ノータイトル
企惟 夕
オープニング
それはまだ日陰と日向の温度差が薄まりつつある早春のこと。
春一番が綻び始めた桜の花びらを揺らす、そんな季節の変わり目。
僕は退屈で、代わり映えのない日常を淡々と過ごしていた。趣味もなければ目標もない、怠惰な日々をひたすら浪費しているだけだった。
時折強い風が吹く度にどこかで笑い声が響く、彼らは彼女らは大学生活をきっと全力で楽しんでいる。
また強い風がキャンパスの間を吹き抜けていく。目を細めて風上を見れば砂埃と一緒に大量の白い紙が舞い踊っていた。
「うわぁ! まってまってまって!」
舞い散る紙束を追う女の子が目に入った
自分の足元へ落ちてきたコピー用紙を拾い上げる。
「あっ、すいません」
紙束を風に浚われた女の子は春らしい黄色のジャケットをワンピースの上に羽織っていた。
足元に落ちてきたものを何枚か拾い上げ、全ての紙を拾い集めると女の子に手渡した。
「ありがとうございます! ちょっと考え事してたら手元を救われちゃって」
ポリポリと頭の横を掻くような仕草で少しだけ赤面している。
「風が強いですからね、仕方ないと思います」
「こまった春一番ですよね」
なんとなく怒ったような声音で春一番へ文句をこぼす。
「あ、よければお礼をさせてください! そこの自販機で良ければですけども」
「いや、べつに大したことはしてないし」
「いえいえとっても助かりましたし」
そんなやりとりを何回かしたあと、結局俺が根気負けしジュースを奢られることになった。
ノータイトル 企惟 夕 @kitada_u
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