中学生編

九冊目――七年目の記録春――

 いつの間にやら私は中学生になってしまいました

 気が付けば、という感じです


 まぁ何というか、死に損ねちゃいました

 どこから書けばいいのかな

 あの日、私は、あの道路へ行ったんです

 ぼう走ぞくの人たちの前に飛び出すつもりで、です

 その時は特になんとも思わなかったんですけど、今思い出すと少しふしぎな感覚だったと思います

 なんというか、雨がふってないのに身体中に水滴が流れるみたいな、ピリピリして薄皮の内側で炭酸がはじけるみたいな、そんな感じです

 暗い夜なのに明るい光がくっきり目に焼き付いていて、何故か今でも鮮明に思い出せます

 バイクの光に吸い込まれるみたいに足が動いて、そのままひかれるはずだったんです

 あー、やっと苦しくてつらいのから楽になれるんだー、なんて思いました

 けど、ギリギリのところで私の体止まっちゃったんです

 いえ、自分でやめたわけじゃないです。後ろから手をつかまれて引っ張り寄せられちゃったから、仕方がなかったんです。耳の後ろでブゥーンっていうすごくうるさいバイクの排気音が通り過ぎて音が変になる瞬間があったのをよく覚えてます

 それで、振り返ったらなんか変なお姉さんがびっくりしたみたいな顔で私の手をつかんでるんです

 なんでしょうね、これ?

 変な感じでした

 また死にそこねちゃったっていうのが、一つ

 なんでお姉さんここにいるんだろうっていうのが、一つ

 それから、お姉さんの手は温かいなぁっていうのが一つです

 私が死んでないってことは分かったんですけど、なんで死んでないのかが、分からなくって、結局死ねなかったんだなって実感が沸いたのが三日くらいたった後のことです

 そういえば、これを書いてるのは出来事から二週間くらいたったころなので、私すごいです。すごい記憶力です。私はすごい忘れっぽいって思ってたから、こんなに鮮明に覚えてるなんてすごくないですか!?

 横にそれちゃったので、話を元に戻さないと

 それで、確かぼーっとお姉さんの顔を見てたら引っ張られてぎゅぅってだきしめられました

 そんなに強く抱きしめられたことなかったから、痛くって、苦しかったです

 でも、温かくって、ちょっと汗のにおいがして、スーツの生地のざらざらした感じがこそばゆくって、なんだかふわふわした、変な感じです

 変な感じっていっぱい書いてますけど、私の知らない感覚だったんです、知らないものは全部変な感覚です。でもお母さんのことを変っていう変とは違う変です。

 なんでしょう? いい変と悪い変があるんです! とにかく!

 えぇとなんでしたっけ?

 そうですそうです、死ねなくってお姉さんに抱き寄せられて、それから、私聞いたんです。お姉さんにどうしてって聞いたんです

 そしたらお姉さんは、何が? っていうんです。私は改めてそう聞かれてなんだろって、思っちゃいました。今思い出すと変なんですよね。でも、変って思えなくって、だからスゴイなやんじゃったんですよ

 そしたら、ゴメンネって、お姉さん謝ってくれて、それからまたぎゅぅってだきしめてくれて、お姉さん泣いてたんです

 私はなんでお姉さんが泣いてるのか分からなくって、今も良く分かってないんですけど、だから、なんで? ってまた聞いたんです

 そしたらお姉さん私の顔を見てまた泣くんです

 泣いて今度は私のほほにぎゅーってほほずりするんです

 なんだか温かい涙と、くずれた おけしょうが私にべったりくっついて、なんだかこそばゆい感じでした

 顔ぐしゃぐしゃになっちゃうなーなんて思って、だけど別にいいかななんて、のんびり考えてました。仕方ないなーって

 けっこう長いことそうしてて、お姉さんがやっと泣き止んでそれから近くのちっちゃい公園にいっしょに行ったんです

 二人でベンチに座って、途中の自動はんばい機で買ったあったかいココアを飲みながらぼーんやり月を見てました

 初めて知ったんですけど、月って丸くて、銀色に光ってるものなんですね

 星は、あんまり見えなかったですけど、このあたりはけっこう都会なので仕方がないのかな?

 それから、やっとお姉さんが話を始めてくれました

 たまたま私を見つけて追いかけていたこと、私ぜんぜん気がついてませんでした

 最近よく合うのは、たまたまじゃなく、私のことを探していてくれたこと

 私のことを気にかけてくれるのは、私のことがなんだか昔の自分とだぶって見えた、なんてことも教えてくれました

 だからつい、お姉さんに聞いちゃったんです

 お姉さんも鏡の前で自分をしかったことあるの? って

 そしたらお姉さんは、そんなことしてるの? って、信じられないものを見るような表情をしていました

 そしたらお姉さんが、またぽつぽつって話をしてくれました。お姉さんはお父さんに ぎゃくたい されて育ったそうです。十才の時にそれがもとでいしき不明のじゅうたいになって、それから じどうほごしせつ にあずけられることになったんだそうです。

 お母さんはどうしたのって、聞いたら、もうずっと会ってないなって笑ってました。私が聞きたかったのはそういうことじゃなかったんですけど、でも何となくわかりました。多分、お姉さんもあんまり話したくないんだと思います

 私も、お友達とかにお母さんやお父さんのこと話したくないですから

 それで、でもそうすると、昔のお姉さんと今の私がかぶって見えるってことは、私はぎゃくたい されてたってことになるんでしょうか?

 良く分かりません。お母さんは私に暴力はふるわないし、クラスの男の子でおやじになぐられたって言ってた子がいましたけど、あんな風にあざが出来るようなこともないです

 確かに私は、私の心はチクチクしますけど、それはぎゃくたい、なんでしょうか? 私には良く分かりません

 ただ、私もお姉さんも、痛い思いをしたってことだけは、そうなんだと思いました

 それから、何をしようとしてたの? って聞いてきました

 たぶん、お姉さんは分かってたと思います。分かってて、あえて私に言わせようとしたんだと思います。それは分かるんです、でもなんでそうしたのかって、そういうのが分かりません。今もまだ考えてるけど、分かりません

 私は正直に、隠さないで死のうとしてたのって答えました

 そしたらお姉さんはまた私のことをだきしめてくれます。ぎゅぅって、ぎゅぅぅってだきしめてくれます

 温かいです。くるしいです。でも、いやじゃないです

 なんだか安心します。ほっとします

 それから、しばらくそうしてました

 やっぱりお姉さんが泣いてました。変です、お姉さんは今は別につらくないはずなのに、どうして泣くんでしょう? 変です、でもやじゃなかったです

 少ししてから、お姉さんはまたゆっくり私に話しかけてくれます

 死んだりしたらダメだよ、って言ってくれました。優しいです、でも私はいらない子だから、って思わず言っちゃいました。誰にも必要とされてないから、私はいらない子だよって、言っちゃいました

 そしたら、似たようなこと考えたことあるよって、お姉さんはまただきしめてくれました。でも違うんだよ、って言ってくれました

 あなたは生きてもいいんだよって、言ってくれました

 そんな風に言ってくれた人は今までいなかったので、変な感じがしました

 でも、私は私の価値を信じられません。実感がないんです

 私がちゃんと良い子でもっと人に必要とされる人だったら、きっとお姉さんの言葉を信じられたと思うんです。でも私は、私を生きてていいって思えないから、だから、やっぱり私はわるい子でいらない子なんだって、そう思ってしまったんです

 気づいたときには空がもうすこし明るくなってたから、その日はそこでお姉さんと別れました

 別れるときにお姉さんの連らく先を教えてもらいました。つらいときとか、死にたくなったときとかには連らくしてくれていいからねって、言ってくれました

 お姉さんは優しいです。でもかんじんの私にその優しさを受け取るしかくがない気がするんです



 最近よく、部屋の机に座ってお姉さんからもらったお姉さんの連らく先を眺めています

 何って、こともないんですけど、ただぼぅって眺めてます

 連らく先を貰ってからもう二週間以上もたってますし、いまさら連らくするのも変かなっておもって、だからこうしてずっと、お姉さんの連らく先を眺めてます

 たぶん、ほんとは電話かけたいんだと思います

 最近、私がお母さんのことをきらいだって分かってから、色々気づいたことがあります。お母さんは私の味方だって、言うけど本心ではきっと私のことをうとましく思ってるんだろうなっていうこと、とかです

 私にかかるお金とガチャを比べるのも、私にかかるお金は本来自分が自由にしてもよかったはずのお金って考えてるからきっと、そういうことでイライラするんだと思います

 でも、そもそも間違っているのはそのお金はお父さんが かせいだ お金です。決してお母さんが大変な思いをしてかせいだものじゃないはずです

 だからやっぱりお母さんは変です

 そんなお母さんにずっと育てられた私も変です

 誰かに良くしてもらうにはそれ相応の しかく がいるんだって私思うんです

 だって、わるい人なのにいい人よりも優ぐうされたらおかしいじゃないですか。不公平です

 だから、いい子じゃない私なんて、誰かの優しさを受け取る しかく なんてないんです

 いい子じゃない私は、やっぱり死ぬべきなんです

 そうしないと、ダメなんです



 私にもスマホが欲しいです

 それがあれば気軽にお姉さんに連らくできます。それに友達もけっこうみんな持ってるから、そういえば買ってもらえる気がします

 お母さんは変ですけど、世間体は気にするからみんなやってる、みんな持ってる、私だけないと仲間外れにされるっていえば、少しくらいならわがままを聞いてもらえます。こういうふうに打算で動けちゃうから私はわるい子なんですよね

 それにこういうふうに、すぐ自分の思わくを通そうとするところもわるい子です

 だから、本当は死なないといけないんです。救いを求めちゃいけないんです

 つらいのもたえないといけないんです、一人ぼっちで、誰にも言えなくっても、ダメなんです、本当はダメなんです

 私は弱い子です、すがってもいいよって言われたって、つっぱねて、自分の意思で選ばないといけないのに、それが出来ない弱い子です

 だから私はわるい子なんです



 そういえば、中学校は部活に入らないといけないんです

 絶対入らないとダメって、先生に言われてしまいました

 早く帰ってお家でおとなしくしてないとダメなんです。そうじゃないといい子じゃないんです。でもダメだって、先生は言うんです

 いい子にならなくちゃいけないのに、私は良い子でいなくちゃいけないのに



 お母さんと交しょうしていた念願のスマートフォンが私のもとにやってきました! これでお姉さんと電話できます!

 電話できます!


 ちょっと、ふんぎりが つかないので明日にします



 学校でスマホの話題になって、私も買ってもらったのって言ったら、いろんなこと、番号とかアドレスとかIDとか、なんかそういうやつを教えて教えて、ってわぁって集まって、すっからかんだったアドレス帳が埋まりました

 こういうのお友達がたくさんいるとカッコいいみたいです。私はそれよりもいい子にならないといけないから良く分かりません

 それから部活動なんですけど、新聞部に入りました

 活動があんまり多くなくって、週一回の部誌を作る会議みたいなの以外は自由に活動して結果を提出すればいいっていう話だったので、それならいいかなって、思って決めました。部員が少ないみたいで、一年生の私を入れてメンバーは全部で五人です。三年生が一人二年生が三人、それと私の五人です

 あんまりやる気もないのですけど、いい子になるためにはやっぱりしっかり義務は果たさないといけないのかなって、思いなおしました


 これからお姉さんに電話をします!

 します!



 けっきょく、電話するのに二日かかりました。私情けないですね

 電話番号を教えてもらってからもう一か月以上たっちゃいました。電話したらお姉さんおどろいてました。お仕事中だったみたいでわるいことしちゃいました

 だから私はわるい子なんです

 えぇと、なんでしたっけ? そうそう、こしが引けちゃったからちょっとだけあいさつをして、それで通話を切っちゃいました

 そういえば、アプリのIDもお姉さんに教えたほうがよかったのかな?

 

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