第62話 エルフとお弁当
賞味期限。
それは食品販売をするうえで、ぜったいに無視するわけにはいかないものだ。
ホットスナックのマニュアルには廃棄時間も明記されているし、賞味期限を過ぎた食品はレジが通さない仕組みになっている。
で、コンビニバイトと聞くと、みんな必ず思い浮かべる言葉があるはずだ。
『コンビニって、廃棄のお弁当持って帰っていいんでしょ?』
結論を言うと、それは店舗によって違う。
食品は雑誌類と違って返品できないから、入荷品はほとんどが店の持ち物だ。
それをどう処分するかは、経営者の考え方次第なんだね。
とはいえ衛生問題がクローズアップされてきた現代、そんな店舗はなかなかないんじゃないかな。
なによりも廃棄品を店員が食べていいというルールは、不正を招きやすい。
自分たちが好きなものをこっそり避けたりしたら経営はめちゃくちゃだ。
そしてここにも、そのことで迷い悩む子羊がひとり。
「あーうーんー……」
エルフちゃんがそわそわしている。
彼女の視線は、お弁当コーナーに釘づけだ。
特製ハバネロチキン弁当。
なんとこの冬のハバネロシリーズ第二弾が発売されてしまった。
いや、というかあれなのだ。
エルフちゃんの炎上商法のせいでハバネロ肉まんが好調になり、本部で急きょ第二弾のお弁当が発売されることになってしまったらしい。
最初はごり押しと言わんばかりの陳列で、それなりの売り上げを収めた。
しかし時間が経つにつれて問題が浮上し、うちでも日に一個しか入荷しなくなった。
その問題とはいたってシンプル。
辛くしすぎた。
食べたら次の日、たらこ唇が治らずにお腹の調子も悪い。
さすがにこればかりはお客さんもドン引きで、やがて売り上げは最下位へと落ちて行った。
まあ、色物の宿命だよね。
というか、それなら辛さを調整すればいいのに。
しかしうちのエルフのお嬢さんにとって、そんなものはむしろご褒美だったようだ。
今日はずっと、これを買っていくと心に決めているらしい。
エルフちゃんのシフト上がりまで、あと三十分。
肉まんと違って、これは売れても補充なんてできないからね。
「大丈夫、大丈夫だから。誰も買っていかないって」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。この一週間、うちでは一個も売れてないし」
そして予想通り、ぼくらの上がりの時間になってもそれは残っていた。
エルフちゃんは慌てて着替えると、それをレジに持っていった。
「よかったねえ」
「うん!」
そして、ハバネロチキン弁当のバーコードをかざす。
――ピピー!
レジのアラーム音だ。
おや。なにかあっただろうか。
「あ……」
賞味期限が、五分前に切れていたらしい。
「……え、エルフちゃん?」
エルフちゃんの顔から、一切の感情が消えていた。
彼女はゆらりとこちらを見た。
「……トシオ。これまでありがとう」
「まって! エルフちゃん、ちょっと待って!」
冗談だよね!? ね!?
ぼくはため息をつくと、携帯を手に取った。
「あー。お疲れ様です。それで……」
通話を切って、エルフちゃんに言う。
「向こうの店舗に残ってるらしいから、買ってきてあげるよ」
「え、いいの?」
「まあ、そんな遠くないしね」
そうして、ぼくは夜の街道をスクーターで走った。
まあ、こんなのもたまにはいいよね。
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