第2-2話 純文学というジャンルが、現代の若者にとって必要なのか社会悪なのかという真面目な問い掛けです。
先程、説明しましたが、市場原理というものは、弱い者、無駄なものから省かれる性質を併せ持っています。
私は純文学世代で、純文学に慣れ親しみ、純文学を国語の教科書として育ちました。しかし、それも、もう過去の産物で、今の時代に受け入れられない状況に陥っているのかもしれません。
今の子供の世代は、パソコン、スマホを中心とした、デジタルな世界を基盤とした、ニューワルドがあり、英語の教科書や国語の教科書にも、若者の流行であるアニメや映画、マンガが多用されるように変化を遂げた。
ネット上のゲームも、ツイッターも、ラインも。
マンガなどの、いわゆる2次元の世界から、ゲームなど、3次元の立体的空間を楽しむ傾向へと、少しずつですが趣向も変わりつつあります。
書店を飾る多くの雑誌、ラノベも、半世紀前にはありませんでした。
マンガが、今の時代で市民権を得たのも、ここ最近のことのような気がします。
むかしは、少年ジャンプやマガジン、少年サンデーを買って読んでいるというだけで、くだらない人物だという烙印を
私たちの世代は、物がない時代で、しかも媒体を選べる程、道楽がありませんでした。だからというわけではありませんが、純文学に慣れ親しむしか道がなかったように思います。他に楽しむ媒体がないから、仕方なく純文学を好み、純文学から娯楽を得ていたのです。
もちろん純文学をたしなみ、広く浅く読む、現代の若年層が少数ですがいることは知っています。しかし1ヶ月に読書する量が3冊未満の学生が増えている現状から鑑みると、確実に読書への取り組み方が変わってきているのも事実のような気がします。
ラノベを愛好する今の10代が大人になり、40代、50代、世の中の主流になったとき、時代は間違いなく動き出すような予感が働きます。
念のために言っておきますが、私はラノベを否定しているわけではありません。できれば、ラノベを愛好する傍ら、その何分の1かの情熱を純文学にも注いで欲しいと願っているだけです。でも、それも、老害であり、趣味の押しつけだと言われれば、そうですと言わざるをえない。
マンガの世界も、この半世紀で、かなりのトレンドが入れ替わりました。鉄腕アトムや鉄人28号のような、こてこてのマンガは減少傾向にあり、作風も今時で、中性的な人物像を好み、西洋風なマンガが増えたように思います。
ちなみに、こちらが、2016年のコミックス売上順位表だそうです。
2016年コミックス年間売上 。
1位 ワンピース 1231万部
2位 暗殺教室 689万部
3位 キングダム 660万部
4位 進撃の巨人 654万部
5位 ハイキュー! 647万部
6位 七つの大罪 512万部
7位 僕のヒーローアカデミア
8位 東京喰種:re 428万部
9位 ワンパンマン 398万部
10位 食戟のソーマ 348万部
11位 ちはやふる 302万部
12位 テラフォーマーズ 301万部
13位 ワンピース(偽) 272万部
14位 名探偵コナン 262万部 ←←
15位 僕だけがいない街 251万部
16位 監獄学園 245万部
17位 BLEACH 225万部
18位 ワールドトリガー 223万部
19位 銀魂 223万部
20位 マギ 222万部 ←←
21位 ダイヤのA Ⅱ 203万部
22位 君に届け 202万部
23位 DAYS 199万部
24位 ニセコイ 191万部
25位 文豪ストレイドッグス 188万部
26位 ゴールデンカムイ 184万部
27位 MAJOR 2 182万部 ←←
28位 orange 181万部
29位 終わりのセラフ 174万部
30位 亜人 170万部
純文学、ラノベ、マンガコミックスを同列に、一緒くたに並べることはできませんが、マンガの需要は落ちていないばかりか、時代と共に右肩上がりなのは言うまでもないことです。マンガの市場はまさに熟しており、右肩下がりの純文学とは比べものにならないのが現状です。
つまり、お金のあるところにはたくさん余剰資金があり、潤沢なお小遣いでマンガ本の代金が支払われており、お金がないから純文学の本が買えない、だから純文学が流行らないという理論は成り立たないわけです。
時代と共に終息していく素振りを見せる純文学と、王道のマンガ、ラノベは完全に一線を画していて、純文学にも多様性、時代背景が求められるようになったかのように写ります。
変化、変革、純文学の根幹は、今まさに見直されるべき時期にきているのかもしれません。エンド・ユーザーは正直です。需要のないものには、びた一文、お金を支払いませんし、興味のあるマンガやラノベには、お小遣いを減らしてまで湯水の如くお金を投入する傾向が強い。
様々な媒体で溢れる現代において、時代にそぐわないもの、時代が求めていないものは、間違いなく淘汰される運命にあるように思います。
ちなみに、6月26日現在、私が書いたエッセイと、私が書いた純文学のレビュー数、PV数を比較すると、こんな感じになります(注意.これは私の作品データなので、データの正確性を保証するモノではありません)
純文学
①共食い、カニバリズム、阿鼻叫喚の地獄絵図は古代日から始まった(おらは赤鬼)。
PV数 149
レビュー 6
②愛犬が殺処分されるまで、家族の絆、動物愛についてのお話(迷い犬、ポチの涙)。
PV数 168
レビュー 11
対して、こちらはエッセイ、創作論。
①同じ男から20回位、罵倒を含めた酷評レビューを受けました。
PV数 1377
レビュー 123
②1人でも多くの読者にカクヨムを読んでもらい、1つでも多くレビューいただくにはどうすればいいか?
PV数 1377
レビュー 115
1番頂上を比較したので、かなり顕著な数字の対比となっていますが、純文学の方が、公開した日にちも早く、本来ならもっと多く読まれるような気がするのですが、実際の所は、カクヨムに人が入ってこないばかりか、読まれませんし、レビューも惨憺たる結果を呈しています。
ラノベと純文学を比較したわけではないので、データとしては少し力不足ですが、ランキング上位に名を連ねている作品が、ラノベばかりなことからも、純文学に若者の需要がないことが、はっきりと見て取れます。
これらのことから、市場は間違いなく、純文学以外のものを求め始め、恋愛物、学園もの、異世界転生物、ファンタジー、エッセイ、ノンフィクションなど、読まれやすい題材と読まれにくいジャンルにはっきり分かれることが、一目瞭然となりました。
純文学が、オワコンだとは思いませんが、かつてレコードで音楽を聴いていた世代が、クラシックや、フォークソングを愛好していたのが過去の産物となったように、今は音楽を聴く機材も、ラジオ、レコードから、CD、ステレオ、ウオークマンへと進化を遂げた。
時代に対し、色あせない作品作り、更なる工夫が、これからは求められるのかなと思います。時代は、間違いなく、移ろっている。その匂いを嗅ぎ分けた者だけが、時代の賞賛を得られる。そんな気がします。
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