第103話 達人

 前へ進み出る二人。


 先に足を止めたのは、肩に小鳳凰竜キースを乗せ、ひたいに装着している〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを下ろし、片手で全長3メートルを超える碧槍をたずさえているランス。


 それに対して、常時能力解放型の宝具〔武力による解放スパルタクス〕を――全長約2メートルの大剣を右手で肩にになうように保持しているブレイバスは、ランスが足を止めても更に歩を進める。


 あるいは、そのまま間合いを詰めて斬りかかるつもりだったのかもしれないが、碧槍を片手で持ったランスが、穂先を上に向け、ドンッ、と石突いしづきで地面を打つと、そのあゆみを止めた。


趨勢すうせいは決しました。投降する意思はありますか?」


 依頼人は保安官であり、逮捕する事を望んでいる。ならば、自分はスパルトイとして、依頼人の要望に可能な限り応えなければならない。


 だからこそ、その有無うむを問うと、


「……まさか、もう勝った気でいるのか?」


 ランスは槍を手にしていても構えていない。その敵意も闘志も感じられない様子に、不満をあらわにするブレイバス。


 だがしかし、ただたたずむその姿は、見事と言う他にない自然体で、信じ難い程にすきがない。そうでなければ、声を掛ける事すらなくブチ殺していただろう。


看板ザルバ・アルスデーテと奴の人脈があれば、組織などいくらでも立て直せる」


 そう語り、不敵に笑うブレイバス。


 後方にひかえる部下達――〝剣鬼〟〝戦魔〟〝断頭台〟〝処刑人〟――も、自分達の組織のトップが窮地きゅうちおちいっているというのに、ある者は無様ぶざま見下みさげ、ある者は嘲笑を浮かべ、ある者は無関心で…………その身を案じる様子は微塵もうかがえない。


 そして――


「この戦いを終わらせたいのなら、ザルバを殺し、俺達を殺せ。もなくば、貴様を殺し、ドラゴンを殺し、後ろの奴らを殺して看板を奪い返し、有象無象を殺しくす」


 その表情こそ、戦意でいろどられた笑みであったり、興味なさげであったり、無表情だったりと違いはあるものの、殺されるつもりなど欠片かけらもないブレイバスを始めとする遊撃隊メンバー全員が、おぞましい程の殺気をほとばしらせながら得物を持つ手に力を込めた――が、


「ランス・ゴッドスピードを殺せ、――そう、という事ですか?」

『――――ッ!?』


 ランスが、話の脈絡みゃくらくを無視して淡々とそう確認した瞬間、一転して、ブレイバスをふくむ遊撃隊メンバー全員が目をみはり、息をんだ。


 後方からでもその変化に気付き、怪訝けげんそうにするレヴェッカ達。


 聞くところによると、《セスロの鎌》に下される命令は、そのほとんどが『り尽くせ』、つまり、『皆殺しにしろ』であり、今回もそう命じられて別働隊として行動していたはず。


 ならば当然、この場にいるランスも例外ではない。


 それなのに何故なぜ、ランス個人を殺せと命じられているのかと確認されただけで、あれ程まで動揺するのか?


 今すぐ問いただしたいのをぐっとこらえ、だまって様子をうかがっていると……


「……貴様は、どこまで……」


 ブレイバスが、ひとごとようにらした。


 鋭い眼差なまざしを向けて真意を見極めようとするものの、〔万里眼鏡〕のプレートで両目が隠されているせいもあって、何も読み取れず……


「…………万が一もなかろうが、一応、明言しておこう」


 ブレイバスは、苦虫をみ潰したような表情でそう前置きし、告げた。


「〝覇王〟様と〝竜王〟殿に、貴様と敵対する意思はない。これはあくまで、現場を任されている俺の判断だ」


 重要だったのは、ランスがあえて口にしなかった、命令されたのか、という点。


 天空都市国家グランディアで開催された四大大祭の一つである碧天祭、その裏で行われていた通称『裏碧天祭』の試合中、裏カジノでランスがしでかした事件を――その場にいた裏の要人達の中で、ランス・ゴッドスピードの殺害を指示した者達だけが槍を打ち込まれ、他は見逃されたという出来事を、〝覇王〟は報告を受けて知っている。


 それゆえに、〝覇王〟は、配下全てに『ランス・ゴッドスピードには手出し無用』とくぎを刺し、招聘しょうへいを拒否された後もそれは撤回されていない。


 目の前の小僧ランスが、自分達の事を、ザルバの配下でその命令にしたがっているのだと思っているなら良い。――だが、もし、真の主がだれか知った上での問いであったなら、最悪の場合、我らが唯一絶対の覇王キング・オブ・キングスるいおよぶ。


 それだけは絶対にあってはならない。


 だからこそ、確証はなく鎌を掛けているのでは、と思いつつも予防線を張らずにはおけず――


『――――ッ!?』


 それを聞いて、今度はレヴェッカ達が目をみはり、息を呑んだ。


 先日せんじつ逮捕した凄腕の殺し屋〝銃と剣ガン×ソード〟ことモンド兄弟から聴き出した情報の中にあった、世界規模で暗躍する秘密結社《見えざる世界帝国インヴィジブル・エンスパイア・オブ・ザ・ワールド》と、その首領と目され〝覇王〟と呼ばれる謎に包まれた男の存在。そして、クラジナ・カルテルを始めとした犯罪組織を裏からあやつり、麻薬市場を牛耳ぎゅうじっているのは、六王旗そのはいかの一人である〝竜王〟だという証言。


 それらを裏付ける証拠は何一つ得られていなかったのだが、クラジナ・カルテルの軍事組織化された戦闘部隊である《セスロの鎌》、その隊長であるはずの人物から思わぬ証言が飛び出した。


 しかも、それは、ブレイバスが《見えざる世界帝国》の一員メンバーだという事をも意味する。


 そんな人物を逮捕する事ができれば、部外者のモンド兄弟より、更にくわしい情報をより多く得る事ができるだろう。


 しかし、結果から言ってしまうと、それはかなわなかった。


 何故なら、ランスは、依頼人の要望に応えるが、それは、、であって、絶対に、ではなく、ブレイバス達ほどの手練れを相手に手加減する事など不可能だったからだ。


「――もういい?」


 ランスにそう訊いたのは、その肩の上にいるキースで…………先程からずっと、グルルルルル……、と小さくうなり続けている。


 もういい加減、まった欲求不満フラストレーションを発散したいらしい。


 ダメだと言えば、キースはちゃんと我慢するまつ事ができる。


 だが、これ以上、我慢がまんを強いるのは本意ではない。それに加えて、ブレイバス達の様子を見るに、更なる情報を引き出せるとは思えない。


 ならば――


「最後にもう一度確認します。――投降する意思はありますか?」


 ブレイバスの答えは、――いな


(――兵は神速をたっとぶ)


 そして、ランスが、いつも通り基本中の基本の型である中段に構えた――次の瞬間、


「クォオオオオオオオオオオォ――――ッ!!!!」


 キースが、溜まりに溜まった鬱憤うっぷんを爆発させた。




 瞬時に【弱体化】を解除し本来の姿である体長約15メートルに戻った鳳凰竜キースが、何かと手のかかる家族ニーナを護るために【転生】して獲得した権能――【精霊化】と【憑依】によって、実体のない炎と雷の超高エネルギー体へと形態変化するなり合体し、槍を構えたランスの全身が鮮烈な美しい炎に包まれる。


 その直後、キースは、その莫大な熱エネルギーをき放った。


 【焼滅しょうめつ】――それは束の間の無音から始まり、世界を白く染める閃光、あらゆるものを蒸発させる超高熱、鼓膜こまくつんざく爆発音、地面を波打たせる衝撃波、身を焦がすような熱風…………それらが、キースを纏うランスを中心として全方位へ広がっていく。


 その結果、爆心地から、半径約50メートルの範囲は、蒸発して半球形に地面が失われ、半径約200メートル程の範囲が焦土しょうどと化し、衝撃波の影響はその倍以上におよび、爆発音は遥か彼方にまで響き渡った。


 【焼滅】発動後、とても長いようでその実それほどでもない時間が経過し、フラメアの【界の殻】の内側で事なきを得たレヴェッカ達が、失明しかねないほどの強烈な光から目をかばうために顔の高さまで上げていた腕を下ろし、きつく閉じていたまぶたを開く。すると、周囲の光景は一変していて……


「――あっ!」


 飛んで来る小鳳凰竜キースの姿に気付いたニーナが声を上げた。


「キース、やりすぎっ!」


 肩の上に戻ってきた契約竜パートナーに強い口調で言うニーナ。


 それに対して、キースは、


「ちょっとはんせい」


 とてもすっきりした顔でそんな事を口にした。


「やりぎ、って点には同意するが…………それでどうしてあの野郎は生きてるんだ?」


 そう言うエルネストの視線の先には、【焼滅】でできた大きな窪みクレーターの外側で対峙する、無傷のランスと、無数の小さな傷を負っているものの健在なブレイバスの姿が。


 その周囲には、地に倒れ伏したまま動かない〝剣鬼〟〝戦魔〟〝断頭台〟〝処刑人〟の存在が確認でき、ブレイバスの左右ななめ後ろには、敵の正面で碧槍を構えているごしゅじんの邪魔にならないよう円を三等分する線の延長線上で油断なくすきうかがっている、体長20メートル程になった白い飛竜スピア地竜パイクの姿もある。


 ――レヴェッカ達が目を離している間に、いったい何があったのか?


 時はしばしさかのぼり――


 クラジナ市を出て国軍の本陣へ戻る際、ランスは、キースからフラメアをかいして知らされていた状況をまえて、依頼人レヴェッカ指揮官エリザベート達が人質として使われないよう、また、自分達の攻撃に巻き込んでしまわないよう一計を案じ、透明化して移動したフラメアとピルムが現在の位置と味方の安全を確保した時にはもう、ごしゅじん達と並行して、遥か上空を移動していたスピアと、地中深くを移動していたパイクは、そのまま空中と地中で待機していた。


 そして、【焼滅】発動直前、キースの【精霊化】と【憑依】をの当たりにした瞬間、直感的に危険を察した遊撃隊は、一斉に全力で後退しつつ、それを持たない隊長を除くメンバー全員が、武器に変化した宝具人の力を解放。最大出力で繰り出した特殊攻撃を叩き付ける事で【焼滅】の威力をからくも相殺し、九死に一生を得た――が、その直後、余程の手練てだれであっても難を逃れた事で気がゆるむその絶妙なタイミングで、地面からは無数の水晶の槍がすさまじい勢い突き出し、上空からは【光子力線フォトンレーザー】が雨のごとそそいだ。


 しかし、遊撃隊は、なんと、両幼竜が必殺をしてよくねらったため、繰り出した攻撃よりも先に届いた殺気に反応し、不可避と思われたそれらを、致命傷には至らない無数の傷と腕一本、足一本を犠牲にしつつもしのぎ――ドヅッ、と己の躰を揺らした小さな衝撃で動きを止めた。


 それは、上空うえからでも、地下したからでもなく、横からの攻撃。


 あの瞬間、【焼滅】を発動させるためではなく、その威力から保護するために行使された【憑依】を解除するなり【精霊化】したままのキースをおとりとしてその場に残し、音も気配もなく意識の裏側をすり抜け目に映っていても気付けない静動緩急自在の移動術――〝捷影シャドウムーヴ〟で距離きょりを詰め、躊躇ちゅうちょなく光槍の雨と水晶槍の林の中へ身をおどらせ、かいくぐりながら繰りだされた碧槍、その刺突によって穿うがたれた致命傷。


 流石さすがの遊撃隊メンバーも、上下から襲い来る無数の光と水晶の槍に加え、あれ程の攻撃を放ってなおおとろえない炎と雷の気配に意識をかれる中、〝捷影〟を駆使して動き回り、微塵も殺気をともわない攻撃を繰り出すランスの存在をとらえる事はできなかった。


 それは、唯一、2頭のドラゴンと槍使いの竜飼師による連携攻撃を凌ぎ切ったブレイバスも例外ではない。


 では、何故、彼だけが生き延びたのか?


 それは、ランスが、弱者から仕留める、という定石セオリーしたがって槍を打ち込んでいったから。


 最も強く一番負傷が軽かったブレイバスは、ランスの存在に、ではなく、部下達の異変に気付き、直感にしたがってねらいを定めず広い範囲を薙ぎ払う横一文字の斬撃を繰り出し、それが、この一連の先制攻撃で仕留めきる事より間合いの外へ後退する事をランスに選択させた。


 結果的に正しい判断だったと言えるブレイバスのその一撃は、鋼よりも硬いパイクの水晶の槍をまとめて折り砕き、その破片が散弾銃ショットガンの散弾のように撒き散らされ、ランスは、既に致命傷を受けて動きを止めていた〝戦魔〟を遮蔽物として利用する事で被弾を回避し、まだ倒れていなかった他の遊撃隊メンバーはそれに巻き込まれて吹っ飛んだ。


 そうして、自分の足で立っているのがランスとブレイバスだけに。


 ブレイバスの位置取りはたくみで、ドラゴンが攻撃してきたら飼い主ランスを盾にしようという意図が窺え、攻撃した事で存在を知られたため隠れている意味がなくなった事もあって、スピアが雲の上から地上へ舞い降り、パイクが地中から浮かび上がるように姿を現し…………今に至る。




「…………」


 ランスは、あせく事も呼吸を乱す事もなく無心に槍を構え、スピアとパイクは、ブレイバスに攻撃する隙を窺う姿勢をみせプレッシャーをかけつつも、そのじつ、第三者の介入や不測の事態に備えて周囲を警戒する。


 対するブレイバスは、【焼滅】の発動からまだ2分もっていないというのに、嫌な汗を顎先からしたたらせ、半身になって乱れた呼吸を整えつつ、通常の中段の構えよりも切先を高くし、剣身を斜めにかたむけ、自分に向けられた穂先の延長線上に大剣を置く防御寄りの構えを取り……


「貴様……」と言って目をすがめて「……まさか、この期におよんで、この俺を生かして捕らえようというのではあるまいな?」


 こめかみに血管を浮き上がらせ、うなるようにそんな事を言い出した。


「…………」


 ランスは、敵と交わす言葉を持たない。ゆえに、無言のまま反応をしめさずにいると、


「ドラゴンども小気味こぎみい殺気を放っていたというのに…………飼い主である貴様のそのざまはなんだッ!?」


 ブレイバスが怒りを爆発させた。


「――殺意のない攻撃でこの俺をどうにかできるなどと思うなよッ!!」


 形相ぎょうそうは悪鬼の如く、ただでさえ異様なほど濃密だった殺気が爆発的にふくれ上り、漏出させないようおさえ込むために割いていた意識も戦闘に向けて集中した事で、屈強な体躯たいくから膨大ぼうだいな霊力が間欠泉かんけつせんの如くほとばしり、服がはち切れそうなほど全身の筋肉が隆起して――


「貴様の殺意ほんきを――」


 ――ドヅッ


 見せてみろ、と続くはずだった言葉は、打突音をともなう衝撃によって、唐突に断ち切られた。




 先のブレイバスのような状態の者と立ち会う場合、ほとんどの者が、殺気にひるみそうになるおのれ鼓舞こぶするために気合いを発したり、相手の霊圧に押されて後退しさがらないよう自身も霊圧を高めて対抗したりする。


 だが、受け流すすべ心得こころえている者にとって、殺気など、そよ風ほどの障害にもならず、霊力を得物に通す術を会得えとくしている者にとって、術式をもちいて形作った法呪・練法の【盾】や【障壁】、または捷勁法の〝流纏〟を応用・発展させて一部に集中させたりよろいのように纏ったりしている訳でもない霊力など、紙をやぶるほどの支障もない。


 そして、無駄にりきんだ事で生じたすきを見逃してやる理由など、どこにもない。


「…………」


 〝捷影〟で間合いを侵食して槍を打ち込んだランスは、その場にとどまる事なく退いて間合いを切り、残心をおこたらず、


「…………」


 顔から全ての感情が抜け落ち、あの凄まじいまでの殺気と霊力を霧散霧消させたブレイバスは、ゆっくりと、自分の躰を見下ろした。


 聞こえた音は一つ。だが、あなは二つ――心臓むね臍下丹田かふくぶに開いていて、突き刺されたのと等速で穂先が引き抜かれた傷口から、血が流れ出る。血液を勢いよく送り出す心臓ポンプが既に破壊されているため、き出すような事はなく、ゆっくりと……


 目をらしてなどいない。それどころかにらみつけていたというのに、己が身に刻まれた傷を見てようやく、攻撃を受けたのだという事を理解した。


 顔を上げ、大剣のつかにぎめたまま崩れ落ちるように膝をつき、その躰が徐々に前へかたむいて…………顔をげた地面に打ち付ける寸前すんぜん、ブレイバスが最期さいごにその目にうつしたのは、油断も隙も、そして、微塵の殺気すらなく槍を構えるおのれの理解を超えた何かの姿で……


「人を殺すのに、殺気など必要ない」


 敵と交わす言葉を持たないランスは、息絶えた事で敵ではなくなったブレイバスにそう告げた。


 そんなものがなくとも、槍を突き出し、その穂先が急所を打ち貫けば、人は死ぬ。


 そもそも、殺気とは、殺意の先走さきばしり。斬ろう、刺そう、殴ろう、蹴ろう…………そんながいしようという意思の影響を受けた体内霊力オドが漏出した際に体外霊気マナを震わせ、そんな考えが無意識に視線や動作に現れ、それらを相手が感じ取ったもの。


 それ故に、精密な体内霊力制御オド・コントロールによって漏出などさせず、想像を絶する反復練習によって心身はおろかたましいにまで刻み込まれた技が、敵と己を中心とした空間の必然としてあらわれる――この域に達しているランスの攻撃には殺気と呼べるようなものが存在しない。


 そうであるにもかかわらず、『殺気がない = あなどられている・手を抜かれている』と早合点したブレイバスは、強敵だと認めていたからこそ極限を超えて集中していたランスに対して致命的な隙をさらし……


「犯罪者とはいえ、あわれだな……」


 そのくずれ落ちるさまを目にしていたディファニアが、思わずといった様子でちいさくそうこぼした。


 懸賞金のがくや確認されている悪事の数々など、事前に得ていた情報からはもちろん、対峙して直接あじわったあの異様な殺気などからも、かなりの実力者だという事が窺えた。その域へ至るために人生の大半おおくのじかんついやしてきたであろう事は、想像にかたくない。


 それなのに、今まで積み上げてきた努力と経験の成果をわずかなりとも発揮する事ができないまま、その全てが無にした。


 ティファニアだけではない。レヴェッカ、フィーリア、クオレ、エルネスト、ニーナ…………努力し続ける事の難しさ、大変さを知っている者達にとって、その無念は想像するにやすく、同時に、もしあれが自分だったら、と考えてゾッとし――


『ごしゅじぃ――~んっ!!』


 大好きなごしゅじんの勝利を素直に喜び、駆け寄るなり【弱体化】しちいさくなって飛び付く幼竜達の無邪気な姿を見て、いろいろな意味でうらやましいと思いつつ、ふっ、と毒気を抜かれたようにほほを緩めた。




 その剣身がさらされている間は、術式を構築する事ができないため、法呪や練法を使う事ができない。


 だが、その能力を封印していた呪符帯は、キースの【焼滅】によって失われてしまった。


 そこで、ランスは、ご機嫌な幼竜達にまとわり付かれたまま、〔武力による解放スパルタクス〕を〔収納品目録インベントリー〕に収納できるかためしてみる事に。


 結果、問題なく収納する事ができた。


 その後、それで厄介な能力を封印する事ができているのか確認するため、試しに練法の【念動力】を使ってみると、問題なく発動する事ができたので、そのまま薄く広げ、解除していた【空識覚】として維持する。


 そうして問題なく使える事が分かると、早速、気をかせたスピアとパイクが別々の方向へ飛び出して行き…………ブレイバスが討ち取られたタイミングで武器化を解除していた宝具人達を【念動力】で捕まえ、そのままちゅうに吊り上げてれてきてくれた。


 スピアがごしゅじんの前に連れてきたのは、〝掻き毟る〟〝粉砕〟〝割断〟と契約していた3名の宝具人。


 その3名と契約していた者達の他に〝肉弾戦車〟〝全身暗器〟〝血祭り〟の3名を加えた計6名は、キースの【焼滅】に巻き込まれて欠片も残さず蒸発してしまったが、それまで契約者が生存していたため武器化を解除しなかったのがこうそうして無事だった。


 そして、〝断頭台〟〝処刑人〟〝戦魔〟〝剣鬼〟と契約していた4名は、残っている契約者の遺体からナイフなどの武器を失敬しようとしていたので、それに気付いたパイクが【念動力】でそれらを没収し、そのまま拘束した。


 横一列に並べられ、地面に下ろされてひざまずかされたのは、みな、年の頃は10歳前後、同じ男物のタンクトップのような粗末なワンピースを着せられている少女達で、感情面が未発達なのか、終始しゅうし何を考えているか分からない無表情だったが、


『…………』


 実のところ、可愛いモフモフ達に纏わり付かれながらそれに気付いていないかのように平然と振舞う契約者のかたきを前にして、戸惑っていたのかもしれない。


 ――それはさておき。


 彼女らは、新たにエルネストと契約して今は武器化し装備されている双子がそうだったように、敵に鹵獲ろかくされる前にみずからを処分するよう命令されているからというむねを告げ、武器の返却を要求した。


 それに対して、ランスは、淡々たんたんと、


「貴女達を人としてします。したがって、我々が、貴女達を、武器や兵器として


 続けて、今後は保安官の指示に従って下さい、と告げてから、質問はありますか? と確認すると、少女達は顔を見合わせて…………結局、質問がない、というより、何を質問したら良いか分からない、といった様子で首を横に振り、それ以降、武器の返却を要求する事はなかった。


 その一方で――


「シンプルぅうぅ……~ッ!! そうだよ……それで良いじゃねぇか……~ッ!!」


 何故か、両膝りょうひざと双子が武器化した甲拳を装備している両手を地面につき、敗北感にも似た衝動に打ちひしがれてプルプル震えているエルネストを尻目に、


「スピア達と連携したとはいえ、〝剣鬼〟あのレベルの手練れ達を一蹴した挙句あげく、それ以上の実力者であるはずのブレイバスがまるで相手にならないとは……」


 尊敬と畏怖いふの念から唸るようにつぶやくクオレ。


 思う所があるのはその二人だけではなく、


「……ダメね、このままじゃ……」


 自身と融合している〔宿りしものミスティルテイン〕の分身体である碧槍を消し、ついて来るよう宝具人ミストルティンの少女達をうながしてこちらへ向かってくるランスに目を向けて、レヴェッカが、真剣な表情でそう漏らすと、


「こうまで頼り切りおんぶにだっこじゃあ、仲間だ、って胸を張って言えないからな」


 付き合いが長いだけあって、皆まで聞かずともその視線と表情から察したティファニアが、あぁ、と頷いてからそう言い、


「――合宿だな。昔やったみたいに。有給休暇ゆうきゅう使って、何処どこか派手に暴れても問題ないところで」

「合宿? ふむ……、強化合宿、か……」


 レヴェッカが、ティファニアの意見を真剣に検討し始めたちょうどその時、


「――ランス先輩ッ! 私も頑張りましたッ!」


 珍しくパイクもっこされていて、左肩の上に乗っているスピアはごしゅじんの横顔に、ぴとっ、と寄りい、もう一方の右肩では後ろ側からつかまっているピルムが背中のほうにらした尻尾をゆらゆららし、頭の上に乗っかっているフラメアが緑のモヒカンのようになっている。


 そんな幼竜達を右手ででながらやってきた先輩を、進路上で足を止めてむかえたニーナが、期待に目をキラキラさせつつそう主張すると、


「そうか」


 ランスは、平然とただ一言そう告げ、えッ!? それだけッ!? と口に出しこそしないものの愕然がくぜんとし、それから悄然しょうぜんと肩を落としたニーナの頭に、ぽんっ、と右手を乗せてで、その肩の上にいるキースの頭も撫でた。


 びっくりして目をまるにした後、えへへ~、ご満悦のニーナ。尻尾があったら、キースと同じようにフリフリしていた事だろう。


 そして――


「…………」


 フィーリアは、どうすればより強くなれるかと相談している上司と同僚のかたわらでその話に耳をかたむけつつ、そんな短期間で恐るべき成長をげた竜飼師の少女の事を見詰めながら、何やら思案していた。

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