第102話 超人

 ――《セスロの鎌》の遊撃隊。


 それは、ぐんを抜く戦闘能力を有すも、性格に難があり、集団行動に向かない――そんなはみ出し者達が集められた部隊で、通常は二人一組ツーマンセルで行動し、世界中に散らばって、カルテルの敵を排除したり、自分達の存在を誇示こじする事で敵対組織を牽制したり、その能力に、というより個人の性格に合った命令を与えられ、それを確実に遂行する。


 そして、本来であれば世界中に散らばっているはずの遊撃隊、その五つの二人組に総隊長であるブレイバスを加えた11名――これが、マルバハル共和国軍の本陣を襲撃したカルテルの別働隊の正体だった。


 現在、〝戦魔〟とコンビを組んでいる〝剣鬼〟が、単独で〝肉弾戦車〟と〝全身暗器〟のコンビを討ち取った白獅子の獣人クオレと交戦中で、


「何なの、アレ?」


 そうひどく不快そうに言ったのは、常時能力解放型の宝具である全長約2メートルの大剣――〔武力による解放スパルタクス〕を右手で肩にになうように保持しているブレイバスの左隣を、デモンストレーションを行なう舞台ランウェイを行くモデルのように歩く、躰中の刺青を見せるために露出の多い戦闘服を身に着けているせぎすな男。


 血をびる事を好み、愛用する大振りの剃刀カミソリで全身をむごたらしく切り刻み大量出血をうながす殺し方から〝血祭りブラッドバス〟の異名で恐れられ、今もまた全身が返り血で赤くまっている男は、へっぴり腰でわめき散らしながら両手のメイスをぶんぶん振り回しているニーナに、心の底からさげすみ切った眼差まなざしを向け、


「アタシ、キーキーうるさい女って大っ嫌いなのよねぇ~。ホント――」


 その場からき消えた直後、ニーナの前に出現し、


「――虫唾むしずが走るわ」


 振り抜かれた大振りの剃刀によってニーナの首が横一文字に切り裂かれ、鮮血が噴き出す――そんな光景を、その場に居合わせた誰もがした。


 しかし、現実はそれと大きく異なり、ほぼ同時に予備動作なく繰り出された二本のメイスがひらめいて、一方が、ガキィイィンッ!! と剃刀を叩き落とした直後、もう一方が、ゴチュッ、と男のこめかみを痛打つうだした。


 男は、こらえる素振そぶりもなく、り抜かれたその一撃で打ち倒されると、そのまま両手足をピーンッとばしてビクンビクン痙攣けいれんし始め……


「だ、だから言ったじゃないですかッ! 手加減できない、ってッ!!」


 男のそんな有様ありさまの当たりにしたニーナは、涙目であたふたオロオロし……


『…………』


 その場に居合わせた誰もが予想しなかった光景に言葉を失い、別働隊と保安官達、その双方の間で何とも言い難い奇妙な空気が流れた。




 ――そんな中、


擬態ぎたい、か……」


 そんな事を口にしながら動きを見せたのは、耳と言わず顔と言わず全身のいたる所におびただしい数のピアスを付け、左手の五指全てに指先までおおうシルバーのフルアーマーリングをめ、右手には、巨大な青玉サファイアからけずり出したかのような五指全てに鎌状の刃がそなわった鉤手甲かぎてっこうを装備している痩せぎすな男。


 見せしめに血の海を作る〝血祭り〟とは別の方法――全身にむごたらしい傷を刻み込みながらあえて殺さないそのやり口から、〝掻き毟るスクラッチ〟の異名で恐れられる男は、ニーナが弱者をよそおっているのではないかとうたがいながら距離を詰め、


「え? 今、何て……って言うか、こっちに来ないでって言って――」


 ――ギャリィイィンッ!! とみなまで聞かず繰り出した鉤手甲の一撃が、メイスによって叩き落とされ、


「…………?」


 怪訝けげんそうに眉根を寄せた。


 それは、今の小娘ニーナの行動が理解できなかったから。


 自分の攻撃を、驚嘆にあたいする反応速度で後退しさがっかわした――その後、普通なら、攻撃の後隙あとすきいて反撃するところだが、何故か、後退した事でみずからに届かあたらなくなった攻撃をわざわざ叩き落としただけ。


 体勢をくずす事が目的なら、間髪入れず本命の一撃が来るはず。しかし、それがない。


 振るスピードが異常に速いため、受けたのが生身の手だったなら骨が砕けて使いものにならなくなっていただろうが、腕で振り回しているだけで腰が入っていないため、武器破壊が目的とも思えない。


 考えられる可能性として最も高いのは、


(あの武器……おそらくは宝具の発動準備)


 黄金の鎚矛メイスは、頭部から柄頭まで一体形成で、長さはどちらも60センチ程。軽量化と衝撃の集中、その両方をねらった出縁フランジ型頭部は、雷を彷彿ほうふつとさせる同形の金属片を放射状に組み合わせたもので、遠目では分からなかったが、得物を打ち合わせるほどの距離であれば、その柄に、雷や稲妻を意匠化した紋様がえがかれているのが見て取れる。


(打撃によって目印を付け、霊的経路パスで結び、必中を期する投擲とうてき型か……)


 ならば、真名をとなえて能力を解放するすきを与えないよう攻め立てるがきちと判断し、二手、三手と鉤手甲の爪を繰り出して……


(何なんだ、こいつは……?)


 気持ち悪そうに顔をゆがめる〝掻き毟るスクラッチ〟。


 動体視力、認識速度、反応速度…………どれを取っても、明らかに常人のそれではない。


 だが、動きは素人しろうと丸出しで、手と足の動きがバラバラ。躰は危険から逃れようと動いている一方で、両腕は、まるで別の意思で動いているかのように、柄で受けるのではなく、メイスの頭部を精確にこちらの鉤手甲えものに叩きつけてくる。


 そして、困惑を苛立いらだちで隠し、チッ、と舌打ちしつつ繰り出した四手目がメイスで叩き落された――まさにその瞬間、


「――――づァ!?」


 バチッ、と全身を電撃が駆け抜けた。


 実は、三手目の時も電気的なショックを受けたような気はしたのだが、微弱だったため、打撃による衝撃だと思い無視した。しかし、今回は間違いない。


 〝掻き毟る〟は、咄嗟とっさに後ろへ跳躍して距離を取った――が、


「――――ッ!」


 小娘が片方のメイスを振り上げたのを――投擲するための動作を見た瞬間、即断して一転、最高速度でいっきに距離を詰め、この一撃で仕留めんと鉤手甲の爪を繰り出し、


 ――ガキィイィンッ!


 難なく叩き落された瞬間、凄まじい衝撃が全身を駆け抜け…………〝掻き毟る〟の意識は、そこで途絶とだえた。




 ドサッ、と倒れ、ピーンッ、と両手足を伸ばしたまま地に伏し、全身からプスプスけむりを上げている――そんなピアスだらけスクラッチおそる恐る近付き、メイスの先端でつんつんつついて意識がない事を確認する。


 そんなニーナに、今度は、〝粉砕〟と〝割断〟の異名をとどろかす壊し屋兄弟が襲い掛かった。


 身に着けているのが、戦闘服ではなく私服だったなら、どこにでもいそうな中肉中背で特徴のない顔立ちの男達。


 だが、彼らは、感覚的に霊力による身体強化を使いこなす聖人セイントで、双方共に小手先の技を抜きにした圧倒的なパワーと驚異的な速さスピードで、一方は、心底面倒臭そうに、一方は、心底鬱陶うっとうしそうに、片や、巨大な紅玉ルビーから削り出したかのような長柄の鉄鎚ウォーハンマーを、片や、巨大な黄玉トパーズから削り出したかのような長柄の戦斧ウォーアックスを繰り出し――


「ちょっ、ちょっとッ!? 来ないで、って言ってるのに何で来るんですかッ!?」


 ニーナは、気弱な事をわめき散らしているせいもあって、あぶなっかしく見える。


 だが、そのじつ、全く危なげなく、繰り出された敵の攻撃を、叩き落とし、打ち上げ、なしてさばく。


 その様子を見て、


「何なの、あの?」


 《トレイター保安官事務所》所長のレヴェッカは、服用した〔霊力回復液エーテル〕の効力で徐々に霊力が回復してきたおかげで動くようになってきた躰を起こし、それでもまだ地面に座り込んだまま、未知の生命体と遭遇したかのような表情で、ぽつりとつぶやくようにらした。


 ニーナは、別働隊の二人を相手に立ち回っている。


 その戦いぶりは、戦闘訓練を受けた者の目から見ると、メチャクチャだった。


 手と足の動きを合わせろ、とか、手だけで振り回すな、腰を入れろ、とか、わきめろ、とか、重心を落とせ…………などなど、訓練を受けた事がある者なら必ず教えられたはずの基礎が何一つできていない。


 現に今も、広い間合いを持つ長柄武器はふところに死角をかかえている、という事を理解しての行動ではなく、ただただメイスが当たる距離まで近付いて叩き付けただけだろう。踏み込みと同時に打ち下ろす事で体重を乗せた重い一撃を繰り出す、といった技もなく、間合いの詰め方もスタスタと無造作ぎて、からくも受け止めた敵のほうが戸惑っている。


 それなのに、鎚矛メイスあつかいが、というより、〝打つ〟のではなく、振り回して〝〟のだけが、無闇矢鱈むやみやたらうまい。左右どちらも遜色そんしょくがなく、腕をむちのようにしならせて鎚矛の頭部を瞬時に加速させ、その勢いに遠心力を乗せて叩き付けられる一撃は必殺の威力を秘めている。


 目が良いのだろう。常人の目には止まらない速さで繰り出されるウォーハンマーやウォーアックスの攻撃がはっきりと見えているらしく、時に、間合いの外まで退いて危なげなくかわし、時に、武器の頭部へ正確に叩きつけて軌道を変えるといった事ができるのは、それゆえ


 バランス感覚と重心の安定感も非常に良く、どんな体勢からでも縦横無尽にメイスを繰り出し、攻撃を避けた際など、体勢が崩れたように見えてもスムーズに立て直す。


 竜飼師ドラゴンブリーダー戦闘職だと言っていたが、その様子を見る限り、ニーナがまともな武術や戦闘のための訓練を受けていないのは明白。


 つまり、そんな戦闘の素人アマチュアが、護身用にと与えられたメイスを手に、底上げされた超人的な基礎能力の高さだけで、犯罪組織に属する戦闘の玄人プロフェッショナルを圧倒していた。


「……ニーナって、確か、五ヶ月くらい前まではただの学生だったんですよね? たぶん、殴り合いの喧嘩けんかもした事がないような……」


 あきれのてを通り越して感心するように言ったのは、敵に鹵獲ろかくされる前にみずからを処分するよう命令を受けたからと言って自害しようとしていた双子の宝具人ミストルティンを止め、言いくるめて保護し、両手でそれぞれ少女達の手を引いてここまで戻ってきた《トレイター保安官事務所》で実習中のエルネスト。


 ニーナが戦闘のための訓練を受けていないのは明白。だが、その超人的な運動を可能とする高度な戦闘技術――捷勁法、その身体能力を強化する〝捷勁〟を一流の武人レベルでおさめている事もまた明白であり、メイスを繰り出す際、指を軽くからめているだけにしか見えないのに手からすっぽ抜けないのは、霊力をとおす事で意思をかよわせてみずからの手の延長とする〝疏通〟を使いこなしているからだろう。


 それらを、たった五ヶ月で……


「ランスに育てられると、ドラゴンだけじゃなく、人まで変な成長の仕方すんのか……」


 唖然呆然となかば無意識につぶやいたのは、レヴェッカとほぼ同じ状態で座り込んでいるティファニアで、二人同様、小鳳凰竜キースひたいをテシテシ踏ん付けらストンピングされて意識を取り戻したフィーリアも、その様子を見て言葉を失っている――そんな中、


「――ゆだんしすぎ」


 そう指摘したのは、フィーリアの肩の上にいるキースで、


まったくだな」


 それに同意する声を発したのは、いったい何時いつの間にここまで近付いたのか、彼我ひがの距離が5メートルを切った所で足を止め、巨大な緑玉エメラルドから削り出したかのような斧槍ハルバード、その長い柄を両ひじの内側と腰の後ろではさむように保持している〝戦魔〟の名で知られた男だった。




 反射的に立ち上がり、いまだに意識が戻らず地面に横たえられている味方――エリザベートとその部下達をかばう三人。


 ティファニアは、左腕に装備している円形盾ラウンドシールドを前面に構えて、右腕に装備している甲拳ガントレットと一体化した盾――〔輝く炎熱の攻盾ウルカヌス〕の拳を腰に引き付け、フィーリアが、刃のない二股に分れた剣身を有する大剣――〔閃く轟雷の砲剣トニトゥルス〕の切先を地面すれすれまで下げて後ろ側へ回し、剣身を自分の陰に隠す事で間合いリーチさとらせない脇構えを取り、レヴェッカは、〔平行銃身上下二連中折式猟銃型衝撃杖リンスレット・シルヴァンス〕を腰だめに構えた。


 そして、エルネストは、意識を失っている味方だけでなく、宝具人の双子も背に庇い、格闘用手袋ファイティンググラブを装着した両拳を固め、左手左足を前にした拳闘ボクシングのオーソドックス・スタイルで構える――それを見た〝戦魔〟が、唐突に言い放った。


「オイ、お前ら、――そいつと契約しろ」


 顔や首、腕まくりしてあらわになっている前腕、それにおそらくは服の下にも、大小無数の古傷がある男――〝戦魔〟の言葉が向けられたのは宝具人の双子で、目が向けられているのはエルネスト。


「はぁ? ふざけんな。彼女達は俺が保護してるんだ。戦わせる訳――」

「――いいから使えよ。何の問題もねぇ。どうせ殺して回収するんだ」


 そう言って、〝戦魔〟は、見る者の敵愾心てきがいしんあおいやらしい笑みを浮かべ、


武器えものを使わねぇって事は、お前もあの筋肉達磨だるま同様、人をなぐるのが好きなんだろ? 肉が潰れる感触をちょくで味わいたいんだよな?」


 それに対して、エルネストは、一緒にするな、と不快そうに吐き捨ててから、


「保安官の仕事は、犯人を殺す事じゃない。逮捕する事だ。武器を使うと、殺すより殺さずに無力化するほうが難しい。だから――」

「――さっさとやれ」


 はなからエルネストの意向をむ気がない〝戦魔〟が言い、


「あいつの命令は――」

『――聖なる契約により我が身を預くテスタメント


 少女達は、両脇からそれぞれ、片手はエルネストの拳に触れ、もう一方はお互いの手をつなぎ、誓約の言葉をとなえ終えた瞬間、光を反射しているのではなく、魔力の高まりと共に髪と瞳それ自体が発光し、一瞬にして双子の全身を包み込んだ。


「……聞くな、って言おうとしたんだよ、俺はっ! 貴方おれの指示に従う、って言ってたじゃんっ! ならちゃんと聞いてくれよぉ……~っ」


 反射的に目をつむり…………光が収まったのを瞼越まぶたごしに感じてゆっくり開く。すると、自分の両手には、指先から肘までを覆う巨大な紫水晶アメシストから削り出したかのような甲拳ガントレットが。


 それを見てエルネストが愚痴ぐちるようにらす一方で、


なげくな、笑えよ。生き延びる可能性が上がったんだぜ? それが、例えほんの少しだとしてもよぉ」


 愉快そうに笑いながら言う〝戦魔〟。


 そして、ヒュンッ、と長柄の斧槍ハルバードを一振りすると同時に、おさえられていたおぞましい程の殺気がその身からあふれ出し……


『…………ッ!』


 そんな何気ない動作一つからでも高い戦闘力がうかがえ、得物を構えるレヴェッカ、ティファニア、フィーリア、それに、言いたい事はひとまずわきに置いて甲拳を装備した両手でファイティングポーズをとるエルネストの表情に緊張がはしる――そんな中、


「――ゆだんしすぎ」


 不意に響いたのは、フィーリアが立ち上がる際に横たわっているエリザベートのお腹の上へと移動していたキースの声で、


「全くその通りです、ねッ!!」


 それに同意の声を上げたのは、2本の鎚矛を大きく振りかぶった状態で、誰もいなかったはずの空間に忽然こつぜんと出現したニーナ。


「――ぐぉッ!?」


 〝戦魔〟は、横薙ぎに繰り出された2本のメイスを咄嗟とっさに斧槍の柄で受け止めた――が、その威力を受け流す事まではできず、ガギィイィンッ!! と甲高い激突音が盛大に響き渡る中、ブレイバス達がいる方向へ吹っ飛んで行った。




「ふぅ~っ、みなさんをまもる、ってクオレさんと約束したのに、危ない所でした」


 ほっとしたように笑みを見せるニーナ。


貴女あなた、今まであっちで……」


 レヴェッカが、戸惑いもあらわにそう言いつつ、ニーナが他の別働隊2名と戦っていたはずの場所へ目を向けると、その二人はそこで倒れ伏したまま動かずプスプス煙を上げていた。


「キースの能力ですッ! キースは、自分が私の所に空間転位するか、私を自分の所へ空間転位させる事ができるんですっ!」


 それが、今の姿へと【転生】した際に獲得した権能の一つ――【合流】。


 ニーナが、メイスを振りかぶった状態で空間転位してきたのは、様子を窺みまもっていたキースが、あちらで壊し屋兄弟コンビが戦闘不能におちいったのを見るなり【念話】でこちらの状況を伝え、タイミングを合わせてこの【合流】を行使したから。


「だから、常に一緒なんですっ! 例え躰は離れた所にあったとしてもっ!」


 ニーナが、得意満面に説明し、エリザベートのお腹の上から自分の肩の上に移動してきた契約竜パートナーほおを寄せると、キースは、素知らぬ顔でそっぽを向いた。


「ニーナ。その鎚矛メイスって……まさか、宝具?」


 気を使って、そんな事より、という言葉は飲み込み、代わりに、ごほんっ、と一つ咳払せきばらいしてから、気になっていた事をたずねるティファニア。


 それに対して、ニーナは、いいえ、と首を横に振ってから、


「〔雷と稲妻の鎚矛ペルーン〕は、常時能力解放型の神器です」

『――ッ!?』


 レヴェッカ、ティファニア、フィーリア、エルネストは、たまが飛び出しそうなほど驚いているが、ニーナは、はい、と何でもない事のように頷き、


「ランス先輩が、護身用に、ってくれたんです。鎚矛メイスは剣や斧と違ってただ振り回して当てるだけで良いから素人にもあつかえる、って」


 そう言ってから、それに、と続けて、


「〔雷と稲妻の鎚矛ペルーン〕は、攻撃すると同時に、追加で耐性無視の雷属性ダメージを与えるんですけど、この属性ダメージは、攻撃するたびに際限なく威力が倍増していくので、どんな怪物モンスターでも、何も考えずただ殴り続けていれば倒す事ができるんです」


 それを聞いて、レヴェッカ達は思った。戦闘の素人に護身用として渡すようなもんじゃねぇだろ、と。


 ――それはさておき。


「あれ? エルネストさん、その甲拳ガントレットって――」

「――そんな事より」


 不本意ゆえに触れてほしくなかったため、武器化している宝具人の双子に気付いてしまったニーナの言葉を反射的にさえぎるエルネスト。ただ、代わりの話題はあわてて探さずともすでにあった。


「さっき、もうすぐ来てくれる、って言ってたけど、ランスは今どこで何してるんだ?」


 スピアの飛行速度を考えれば、とうに到着しているはず。それなのに、今、この場にランスはいない――という事は、戻るに戻れない状況におちいっているのでは、とあやぶんでたずねると、ニーナも、はっとしたように自分の肩の上にいるキースに目を向けて、


「――ここにいるのっ!」


 突如とつじょ響き渡ったのは、キースの、ではなく、ピルムの元気な声。


 それで、えッ!? と驚きの声をそろえた一同が一斉に振り返ると、何もなかったはずの空間からにじみ出るようにして、頭の上に小飛竜ピルムを、その背にはランスを乗せた、体長約40メートルの天竜フラメアが姿を現した。




 尻尾しっぽの先は地面についているが、首も胴も尻尾も長い躰は、意識を失っているエリザベート達をかこうようにゆったりとした螺旋らせんえがいて滞空しており、その顔は、ブレイバスとそのもとに集まった遊撃隊――予定にない仕事はしないめんどうはごめんだと傍観していた〝断頭台〟〝処刑人〟のコンビと、ニーナに大きく吹っ飛ばされた〝戦魔〟、ドラゴンの出現に気付いてクオレとの戦闘を中断した〝剣鬼〟――のほうへ向けられている。


 そんなフラメアの頭の上には、レヴェッカ達に向かって前足を振っているピルムの姿が。しかし、スピアとパイクの姿は見当たらない。


「――ランス先輩っ! どうしてこんなに時間が掛かってたんですかッ!?」


 ひたいに装着している〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを下ろし、全長3メートルを超える碧槍を手にたずさえているランスが天竜の背から飛び降りると、音もなく着地した先輩のもとへすぐさまけ寄ったニーナが、みなを代表して、と言う訳でもないだろうが、心配と文句もんくが半々といった様子で問い掛けた。


 すると、それに反応したのは、質問された当人ランスではなく、


「――なんで私ッ!?」


 これがその答えだと言わんばかりに、フラメアが、レヴェッカに向かって、片手で鷲掴わしづかみにしていたものを、ぽいっ、と放り投げた。


 突然の事に驚きの声を上げつつ、なけなしの霊力で身体強化したレヴェッカが咄嗟とっさに受け止めたもの――それは、身形みなりこそ良いものの、薄汚れていてほほや手に血がにじむ程度の小さな傷を負っている、老年に差し掛かった男性で……


「え? これって…………まさか、ザルバ・アルスデーテ?」


 地面に寝かせながらその顔を見たレヴェッカが、眉根を寄せつつそうこぼすと、ティファニア、フィーリア、エルネスト、ニーナ、それに、勝手に戦闘を中断して仲間の許へはしった〝剣鬼〟に遅れてちょうどこちらへ戻ってきたクオレもまた、不審がりながら近寄って、その顔をまじまじとのぞき込む。


 意識はなく、ぐったりとして動かないその様子は、国軍とカルテルの戦闘に巻き込まれた不幸であわれな老人にしか見えない。


 だがしかし――


「……はい。間違いないと思います」


 フィーリアが言う通り、まごう事なく、彼こそが、クラジナ・カルテルのトップに君臨する大首領ドン――ザルバ・アルスデーテその人。


「ちょっ、ちょっと待ってッ! どうして、敵の総大将がここにいるのッ!?」


 地面に直接寝かされている男性を前にして、ひどく混乱した様子でそう疑問を口にしたのはレヴェッカ。だが、ティファニア、フィーリア、クオレ、エルネスト、ニーナもまた同様の面持ちで、物問ものといたげな目をランスに向けた。


 ――いったい何故、とりでのように堅牢な邸宅の奥で精鋭達に護られているはずのザルバ・アルスデーテが、クラジナ市の外にいるレヴェッカ達の目の前で地面に転がっているのか?


 事ここにいたった発端は、ピルムがとある避難所で泣いていた少女をなぐさめるためにっこされたら放してもらえなくなる、という想定していなかった事態との遭遇。


 もし、それがなかったなら――キースからフラメアをかいしてマルバハル共和国軍の本陣が襲撃されたとのしらせを受けたあと何事もなく避難所を出ていたなら、国軍の指揮官であるエッカルード大佐がカルテルの別働隊に討ち取られたという続報ぞくほうを受けたのは、クラジナ市から飛び立った白い翼竜スピアの背の上だったはず。


 その場合、ランスは、そのまま依頼人レヴェッカと合流し、遊撃隊という障害を排除してから、一部変更して作戦を続行していただろう。


 だが、キースから大佐が討ち取られたとの続報を受けたのは、穏便にピルムを奪還して避難所から出た所、つまり、クラジナ市内だったため、ランスは、把握していた状況をまえて即座に決断し、依頼人との合流を急ぐのではなく、都市内でカルテルの本隊と交戦中だったマルバハル共和国軍主力の指揮官と接触した。


 そして、最前線で指揮をっていた国軍士官に、エッカルード大佐が死亡した事、それにより指揮権は本局保安官マーシャルエリザベート・ログレスに移る事、更に、自分は協力を要請されたスパルトイである事を一方的に伝えるなり、【弱体化】を解除したパイクと共に突撃を敢行かんこう突如とつじょ街中に出現し咆吼ほうこうを上げ天地を震撼させた体長約50メートルの地竜が、ザルバ・アルスデーテの邸宅目掛めがけて、遮蔽物として利用されていた建物を、即席の防塞バリケードを、無法者共を…………前に立ちふさがることごとくを、生体力場をまとった体当たりで破壊しつつ一直線に突き進んだ。


 結果、カルテル側は、ほんの数度まばたきする間に、壊滅したも同然の状態に。


 依頼人は保安官であり、可能な限り殺さずに逮捕する事を望んでいる。ゆえに、ランスが、自力でい出たもののまともに戦える状態ではなかった護衛ボディガード達を打撃で無力化している間に、パイクが、半壊したアルスデーテ邸の瓦礫がれきの中から気絶していたザルバを引きずり出して確保。後を国軍の兵士達に任せ、ピルムと共に【弱体化】を解除したフラメアの背に乗って移動し…………現在にいたる、という訳なのだが――


「――詳細は後程のちほど、報告書を提出します」


 今は、それを長々と報告している場合ではない。


 碧槍を手にしているランスは、そう告げるなり、集合してこちらの様子をうかがっている遊撃隊に向かって歩き出した。


「――あっ」


 レヴェッカは、咄嗟とっさに呼び止めようとしたが、それよりほんのわずかに早く声を上げたニーナに機先をせいされるかたちになって出かかった言葉を飲み込み、何事かとそちらへ目を向ける。すると、小鳳凰竜キース契約者ニーナの肩から飛び立ったところで…………キースは、そのまま歩を進めるランスの肩の上へ。


「…………」


 〔万里眼鏡〕のプレートを下ろしているため、【全方位視野】の能力で見えてはいる。だが、あえて顔をそちらへ向けると、


「グルルルルル……」


 別働隊を見据みすえたまま、ブワッ、と体毛を膨らませさかだてて小さくうなり出した。


 紋章を介した【精神感応】でフラメアから聞いている。何でも、キースは、奴らと遭遇してからずっと、その横暴な振る舞いに腹を立てており、護ると約束した手前、後ろで守護にてっしていたが、その役目をフラメアに代わってもらった今、一撃見舞みまってやらねばどうにも気がまないらしい。


 それを知っているニーナは、おろおろハラハラ落ち着かない様子で先輩と契約竜パートナーを見守り…………ランスは、何事もなかったかのように顔を正面に戻す。


 そして――


「ドラゴンを連れた槍使い……、貴様がランス・ゴッドスピードだな?」


 肩に小鳳凰竜キースを乗せたランスと、遊撃隊メンバーを後に残して一人前へ進み出た《セスロの鎌》の総隊長――今までとは別人のように闘志をみなぎらせたブレイバスが対峙した。

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