第96話 強襲は咆吼と共に

 ――マルバハル共和国の首都リルルカ。


 レムリディア大陸で最大級の港湾施設をゆうする大都市は、海洋貿易の中継点としてさかえ、今なお、日毎ひごと舗装ほそうされた綺麗な道路が造られのび、次々と目新めあたらしいデザインの建物がきずかれ…………日々発展し続けている。


 まるで、ふるきを淘汰とうたしようとしているかのように……


 そんな表側の発展にともなって、裏側で勢力を拡大した者達がいた。


 それが、現在、マルバハル共和国での窃盗や密輸、違法な武器、人身、そして、麻薬の売買などなど、あらゆる犯罪の総元締め――『グラジナ・カルテル』。


 そのリルルカにおける拠点は、表向き貿易会社という事になっている地上7階の建物で、――そこはまさに、難攻不落の要塞。


 外壁は見た目以上の耐久力をそなえる下手なとりでよりも強固な造りで、正面は大通りに面し、残りの三方は駐車場になっていて見晴らしが良いため、何者も気付かれずに近付いたり中の様子をうかがったりする事はできない。


 建物の中には、犯罪組織の隠れみのだと承知の上でつとめている頭脳労働担当の社員と、肉体労働ぼうりょく担当の構成員がめているため、たちの悪いクレーマーだろうが他の組織の兵隊だろうが、難なく撃退する事ができる。


 そして、周辺一帯にはそれ以上高い建物が存在せず、上からおおうように半球形の結界がかれているため、銃器による狙撃も、法呪・練法による攻撃や監視・盗聴も不可能――そんな屋上のペントハウスには、最新の機械式昇降機エレベーターでしか出入りする事ができない。


 更に、エレベーターホールと、細い通路の先のロビー――控室ひかえしつや応接室などをねる広いスペースには、容赦ようしゃのなさと残虐さで知られている軍事組織化された戦闘部隊《セスロの鎌》から派遣されたボディガードと、外部からやとい入れられた用心棒、それに、腕利きの側近達が常時ひかえている。


 そんなペントハウスの2階、メゾネット式の階段を上がった奥の部屋に身を置くのが、偽名ぎめいを使っているこの貿易会社の社長、若い頃から組織のために各国で恐喝、強盗、誘拐、殺人…………ありとあらゆる犯罪に手を染めてきたクラジナ・カルテルの最高幹部ナンバー2


 それら全ての障害を排除して、最高幹部――『マデュエス・ホーマー』を逮捕するには、警察の特殊部隊か軍隊が必要だが、警察署長やリルルカの市長がそれを許可する事は、


 それゆえに、賄賂わいろを受け取らない警察官や保安官シェリフであっても手を出す事ができない。


 ――いや、できなかった。




 〝平和な日々はたましいくさらせる〟――とは、誰の言葉だったか。


 今日も今日とて、ここのボスの側近達は、豪華な調度品が取りそろえられ一角にプライベートBARバーもうけられたロビーに、出張遊女コールガールを連れ込んで、共にその地位まで上り詰めた相棒である拳銃やナイフをテーブルやカウンターなど適当な場所に放り出したまま、ヘラヘラ酒と女と麻薬におぼれ、ボディガードとして現場の警備も担当している《セスロの鎌》の隊員達は、略式の戦闘服姿で配置にき、既に初弾が装填されているオートラクシア製最新型自動小銃オート・ライフルかかえて無表情のまま、ただひたすらに少しでも早く時が過ぎて交代の時間が来るのを願っている。


「…………そろそろ潮時しおどきかもなぁ~」


 超一流の殺し屋として知られる『モンド兄弟』の兄――『ジャン』は、そんな連中を横目にながめながら、細くきざんだアルカイクの葉ドライを紙で巻いたお手製の煙草たばこをふかしつつ、心底つまらなそうにぼやいた。


 中肉中背の彼がすわっているのは、プライベートBARの一番端のカウンター席で、そのすぐ後ろ、立ったまま壁に寄り掛かっている長身痩躯の弟――『ジャック』は、それを聞いて口を閉じたまま何度もうなずいている。


「……とは言っても、まだ契約期間のこってんだよなぁ~」


 少々草臥くたびれてはいるものの、白シャツ、しっかりとした仕立てのスラックス、ベスト、ジャケット、洒落しゃれ革靴ブーツを身に着けている兄は、帽子テンガロンハット目深まぶかに被り直しながらぼやくように言い、


「…………」


 少々草臥れてはいるものの、白シャツ、しっかりとした仕立てのベスト、スラックス、薄手のロングコート、軍用の革靴ブーツを身に着け、元々目深まぶか帽子テンガロンハットかぶっている弟は、口をへの字に引き結び、心底残念そうにうつむいた。


 そして――


 強過ぎる効果を弱めるための混ぜ物を減らした特別製の白い粉スマイルを鼻から吸引し、服を脱ぎ散らかして下着姿になった女達と、派手なスーツを着崩しジャラジャラと高価なだけの装飾品を身に付けた側近達の脳ミソが、天国のお花畑までブッ飛んでへらへら笑っていた、その時――


 人間ヒューマンの屈強な男性みで構成された《セスロの鎌》の隊員達が、そんな男女に汚物を見るような目を向けたり、普段はクソの親戚くらいにしか思っていない神々に少しでも早く交代の時間になりますようにと心の底からいのったり、顔は正面に向けたまま視界に入れないように目を背けた、その時――


 凄腕の殺し屋兄弟の兄が、お前も吸うやるか? ちっとは(気分が)ましになるぜ、と言いつつ紙巻き煙草を差し出したのに対し、弟が首を横に振った、その時――


 ――パリィイィン、とクリスタルガラスが砕け散ったような音を、耳で聞くのではなく全身で感じ、


「グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!」


 その直後、特大の咆吼ほうこうが、天を、地を、建物全体を震撼させ、矮小な存在の身も心も震え上がらせた。


「…………おいおい、なんだなんだ? この世の終わりでもやってきたってのか?」


 ジャンは、背凭れのない椅子スツールから滑り落ちるようにして片膝立ちの低い姿勢になると、無理やり口の片端を吊り上げて不敵な笑みを作りつつ軽口をたたきながら、ジャケットの下、ハーネスで両脇にそれぞれ吊っているホルスターに納められている2丁の自動式拳銃オートマチック、そのどちらでもなく、うまくカモフラージュされている背中のホルスターから50口径長銃身回転弾倉式大型拳銃マグナム・リボルバーを右手で引き抜き、人外は専門外だってのに……~ッ! と内心で愚痴ぐちをこぼしつつ、れた動作で弾倉を横に振り出してそこに装填されているのが5発の対法呪士用障壁貫通弾だという事を素早く確認し、元に戻す。


 その隣では、ほぼ同時どうじおなじく姿勢を低くしたジャックが、ロングコートの内側から、両手でそれぞれ、大振りの山刀マチェット型とククリ刀型の霊装をすらりと抜き放ち、兄の方に目を向けて指示を待っている。


 以心伝心いしんでんしん。目を合わせ、頷き合うと、兄が先行し、弟が影のように追従する。


 壁沿かべぞいに移動し、衝撃波のような咆吼で一面のガラスが砕け散りガラス戸のサッシしか残っていない南側――屋上テラスのほうへ。


 一応、天国のお花畑から戻ってきたらしい側近達と女共は、きょとんとした表情でトロトログダグダしているものの、流石さすがは《セスロの鎌》。正規軍の兵士にも引けを取らない反応を示して素早く行動にうつっており、一枚板のガラスの壁とテラスへ出るためのガラス戸があった場所をはさんで、殺し屋兄弟と《セスロの鎌》が足を止めたのは、ほぼ同時。


 そして、遮蔽物かべかげからゆっくり顔を出して外の様子をうかがう、ジャンと分隊長チームリーダー


 すると、そこには、空中にとどまる体長約40メートルのドラゴン――首も、胴体も、尻尾も細長く、そのシルエットゆえにおまけのように見えてしまうがしっかりとした四肢を備え、空にってもばたくつばさはない、お腹側は雲のように真っ白だが背中側は聖母竜グリューネ彷彿ほうふつとさせるあざやかな緑の毛で覆われた天竜の姿が。


「……ったく、勘弁かんべんしてくれよ……~ッ」


 出していた顔を戻しひっこめたジャンが、壁に寄り掛かって泣き言をらす一方で、


「…………」


 《セスロの鎌》の分隊長は、顔を半分出したまま様子を窺いつつ、手振りで部下に待機を指示した。


 その両名は、ドラゴンを目の当たりにした事による心理的な衝撃インパクトが強過ぎて気付けなかったが、その背には3名の人間ヒューマンの姿があり――


「――《トレイター保安官事務所》よッ!! 違法な武器、麻薬等所持の現行犯、並びに殺人その他諸々の容疑で逮捕しますッ!!」


 天竜フラメアの背中から飛び降り、まず屋上の端に降り立ったのは、右腕に甲拳と一体化した盾――〔輝く炎熱の攻盾ウルカヌス〕を、左腕に円形盾ラウンドシールドを装備しているティファニアと、刃のない二股に分れた剣身を有する大剣――〔閃く轟雷の砲剣トニトゥルス〕をたずさえたフィーリア。


 そして、二人の保安官助手アシスタント・シェリフの間に降り立ったのは、保安官シェリフであり《トレイター保安官事務所》の所長であるレヴェッカで、肩にかつぐように右手で散弾銃ショットガン型の〔衝撃杖〕――〔平行銃身上下二連中折式猟銃型衝撃杖リンスレット・シルヴァンス〕を携え、左手で持った身分証を、上半分のバストアップ写真と下半分の中央にある金色に煌く五芒星ほあんかんバッジがよく見えるようかかげながら、そう通告つうこくした。


 それに対する反応は――


「――てぇえええええぇッ!!」


 遮蔽物かべの陰から飛び出した分隊長の、咆哮ほうこうするような命令と連続する銃声。


 エレベーターホールから駆け付けた者をふくむ部下7名は、即座にしたがって飛び出すなり、怒号を上げながら、ダダダダダダダダダ……ッ、と撃ちまくり……


(……みょうだぞ)


 その様子を横目に、またテラスのほうをのぞき見つつ、ジャンは思った。


 今、裏の世界で、ドラゴンを見てうわさの人物――ランス・ゴッドスピードの名が脳裏のうりよぎらない者はいない。


 だが、そこにそれらしき人物の姿はない――という事は、別の場所にいるという事で……


「…………まさかッ!?」


 直感にしたがって、バッ、と勢いよく振り返り、目を向けたのは、階段を上ったところにある2階のドア――雇い主マデュエス・ホーマーがいる部屋。


 それは、確かに閉まっていたはず。だが、今は半開きの状態で――


「――兄貴ッ!!」

「…………ッ!?」


 こちらが外に気を取られているすきに法呪か宝具の力で透明化した襲撃者にボスの部屋へ侵入された――半開きのドアそれを見て反射的にそう思い込んでしまったがゆえに、気付くのが遅れた。


 突然まえに滑り込んできたジャックの背中で胸を押されてよろめくように後退あとずさりながら、弟が何から自分をかばおうとしているのかを知るために視線を転じ、


「――――ッ!」


 ――見付けた。


 前後にずれた横並びで自動小銃を撃ちまくる《セスロの鎌》の隊員達の背後で、鉄兜の目庇まびさしごとく額に装着している〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを下ろし、およそ2メートルの銀槍を構えている少年の姿を。


 そして、次の瞬間――それは、まさに一瞬の出来事。


 殺し屋兄弟の目には、まず左から右へ、次に右から左へ、槍使いが神速でり出した二度の横薙よこなぎが、《セスロの鎌》の隊員達の首と腰を後ろからまとめてぶった斬ったように見えた。


 だがしかし――


 ――〝断突チェイン


 実際は、横一列に並んだに見えるほど、連続する刺突が横薙ぎの斬撃に見えるほどの高速で繰り出された多連突き。


 それ故に、ドッ、ドッ、とひびいた、重なって聞こえる程の速度で連続した打突音のかたまりは二つ。分隊長をふくむ《セスロの鎌》8名の躰に開いたあなは16。


 初手の〝断突〟で、8名全員の延髄えんずいを精確に打ちき、致命傷をあたえた。次手の〝断突〟は、確実に敵を仕留めるために急所を二箇所以上破壊しろ、という教えにしたがって繰り出した駄目押だめおし。


 鳴り響いていた銃声が唐突にみ…………替わりに空気を震わせたのは、ドサッ、とほぼ同時に8名が崩れ落ちた音と、ガチャガチャッ、という腰だめに構えて撃ちまくっていた人数分の自動小銃がフロアの床に落下した音。


 隊員達は、ランスの存在にも、攻撃を受けたという事実にも気付く事なく倒れ伏し――


「貴方達は〝敵〟ですか?」


 容赦のなさと残虐さで知られたカルテルの戦闘部隊《セスロの鎌》、その命を無情にり取った〝エゼアルシルトの死神〟は、穏やかとすら言える声音で問いを放ち、


「…………違う。俺達は、敵じゃない」


 敵意や殺気のたぐいはまるで感じられず、威圧感プレッシャーもない。しかし、ジャンは、今この瞬間にも自分ののどしんぞうに風穴が開くかもしれないという恐怖に嫌なあせを流しながら、絞り出すようにそう答えつつ左手で弟の肩を、ぽんっ、とたたき、同じく額に脂汗あぶらあせにじませて防御を固めているジャックは、兄に異をとなえない。


 殺し屋モンド兄弟は、武器を捨てて降伏した。




 リルルカに限らず、たいていの空港を有する都市では、着陸・離陸するための航路ルートが厳密にさだめられており、飛行機械がそのルートから外れる事、市街地上空を航行する事を原則として禁止している。


 それは、貴族や大商人が個人で所有するものは当然、保安官事務所や総合管理局ピースメーカー所属のものであっても例外ではなく、正規のルートから外れる場合は、事前に飛行計画を提出して許可を得る必要がある。


 しかし、申請したルート上にカルテル関連の建物がある場合は、それがどのような理由であっても、許可が下りる事はない。


 そして、くだんの貿易会社の屋上には結界が存在する。


 それ故に、例え【飛行】や【浮遊】が使えても、屋上からの侵入は不可能だと誰もが考える。


 だからこそ、ランスは屋上から突入する作戦を考えた。


 飛行機械が規定のルートから外れる事、市街地上空を航行する事は原則として禁止されている。――だが、ドラゴンの行動を制限する法律は存在しない。


 ランスは、小白飛竜スピア小飛竜ピルム、レヴェッカ、ティファニア、フィーリアと共に、【弱体化】を解除して本来の姿に戻った天竜フラメアの背に乗って雲の上を移動し、目的地である貿易会社の直上へ。


 そして、〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕に乗って移動する小地竜パイク、ニーナ、小鳳凰竜キースと、事務所の備品の軍用自動四輪駆動車ジープを運転するエルネストが貿易会社の前に到着するのを待って、状況を開始した。


 ゆっくりと垂直に降下する天竜。その背から、まずスピアが飛び降り、ランスとピルムが続く。


 先行したスピアが、以前ごしゅじんにもらって食べた白い槍――ありとあらゆる防御や結界を貫き決して癒えない傷を刻む〔穿ち絶つ聖咎の滅槍ロンギヌス〕の力を宿した爪で、屋上を覆っていた半球形の結界を一撫ひとなでして破壊。


 その直後、フラメアの咆吼にまぎれて、屋上ではランスが、ドゴンッ、と天井を突き破ってマデュエス・ホーマーがいる部屋へ突入。地上ではパイクが【地形操作】で地面に干渉し、ズズンッ、と勢いよく突き出た5メートルを超える壁が貿易会社の敷地をかこって中にいる者達の逃げ道をふさぎ、事前の調査でその存在を把握していた、太い下水道へ続く蓋のような扉ハッチや武器庫がある地下へ行けないよう、そこに新しく床を作るような要領で、階段と三つの昇降路エレベーターシャフトつぶす。


 〔万里眼鏡マルチスコープ〕の【透視】で、内部の様子を――ホーマーと、重要書類の管理を任されている秘書であり愛人の『キャシー・ソティリオ』が、それぞれ自分の席に着いて執務机デスクに向かい書類に目を通していたのを把握していたランスは、突入から流れるように、まず、フラメアの咆吼と躰で感じた地上したからの振動ゆれに気を取られていたホーマーとの距離を詰め、側頭部に掌底を打ち込んで意識を刈り取り、次に、驚いて反射的に席から立ち上がっていたソティリオに当て身を食らわせて昏倒させた。


 最優順位の1位と2位の身柄を確保したランスは、天井のあなから入ってきたピルムに二人の見張りをまかせ、同じく孔から入ってきたスピアと共にドアから出て、声に出さず〝来い〟と銀槍を召喚しつつ階段を下り、ペントハウス1階のロビーへ。


 リンスレット保安官レヴェッカの警告を無視したのを確認してから、戦闘部隊をすみやかに排除するランス。その時、モンド兄弟は気付いていなかったが、スピアは、【念動力】を行使しつつ素早く駆け回って放置されていた武器を全て奪取し、部屋のすみにまとめて置いポイしてから、【念動力】で側近達と出張遊女コールガール達の身動きを封じていた。


 そして、モンド兄弟が武器を捨てて降伏すると、ランスは、監視をスピアに任せてエレベーターホールへ移動し、外扉を開け、人が乗る箱状の構造物――通称『かご』がない事を確認するなり、その通り道である昇降路エレベーターシャフトへ一歩大きく踏み出してそのまま落下し…………今に至る。


「……もう『すみやかに』とか『迅速に』って次元じゃないわね」


 物音がしなくなったペントハウスの様子から制圧が完了した事を察し、味方ながら恐ろしいと頬を引きつらせるレヴェッカ。


 戦闘員達が撃ちまくっていた自動小銃の弾は、レヴェッカ達が、フラメアの特殊能力――【界の殻】の内側にいたため、その固有領域に接触した瞬間、運動エネルギーを奪われて落下した。


 なので、テラスの床に散乱しているライフル弾の弾頭は、潰れる事なく綺麗なまま。


 レヴェッカ達は、それをん付けて転ぶなどという間抜けな事にならないよう、爪先で蹴散らしつつ進み、《セスロの鎌ぎゃくさつしゃ》達の死体を避けて屋内へ。


 すると、そこにあったのは、あの大森海の夜の再現。スピアの【念動力】で、見えない巨人の手でつかまれているかのように、身動きどころか口を開く事もできず、指先・爪先までピンと伸ばした直立きをつけの姿勢で宙に浮かんでいる男女数名の姿。


 それは、腕っ節だけで今の地位まで上り詰め、死ねと言われれば躊躇ちゅうちょなく命を捨てるほど忠誠心が厚いものの馬鹿な側近達と、そんな馬鹿達に体を売っていい思いをさせる見返りに美味しい思いをしてきた出張遊女コールガール達。先程までは、頭の位置が低くなるよう押さえ付けられていたが、今は拘束したりしやすいように持ち上げられている。


 絞首刑くびつりに処された後も見せしめにさらされている罪人達の亡骸の列にも見えるその有り様を見て、レヴェッカとティファニアは、お似合いだとわらい、興味なさそうに目を背けたフィーリアは、ロビーにランスの姿がない事に気付き、


「スピアちゃん、ランス君は?」


 通路の前、エレベーターホールのほうを向いてちょこんとお座りしているスピアを見付けたのでそうたずねると、


「くる もうすぐ」


 返ってきたのはそんな答えで――チーンッ、と響き渡るベルの音。


 それは、エレベーターが間もなく到着する事をしらせる合図あいず


 一同は、反射的に音が聞こえてきたほう、通路の先へ目を向けて…………外扉が開けっ放しだったため、籠が昇降路を上がってきたのが、そこにランスだけが乗っているのが見えた。


「驚かすなよ」


 そうぼやいたのは、屋上ペントハウスが襲撃された事に気付いてカルテルの兵隊がもう上がってきたのか、と一瞬身構えたティファニアで、


流石さすがね」


 もう感心を通り越して呆れたように言ったのは、ランスの意図を理解したレヴェッカ。


 それを聞いて、流石って何が? と怪訝けげんそうな顔をするティファニアだったが、


「エレベーターがこの階で止まっている限り、誰も上がってこられないから」


 フィーリアの言う通り、この建物にある3機のエレベーターは、管制室のような場所で操作しているのではなく、籠に乗った専属の運転手がレバーをげする事で上下じょうげに移動する手動式。


 そして、この屋上までのぼれるのは1機だけで、ペントハウスへの移動手段はエレベーターのみ。しかも、1階から屋上まで直通で、他の階からは乗り込めない。


 以上の理由で、籠が屋上で止まっている限り、誰もここまで上がって来られない。


 だからこそ、ランスは、屋上から昇降路内を落下し、【落下速度制御】でいっきに減速。1階で止まっていた籠の上に音もなく着地すると、天井にある点検用のハッチから滑り込むように籠の中へ。好都合な事に、運転手は外で何が起こっているか気になったらしくエレベーターホールに出ていたので、内扉――通称『籠戸』を閉めるなりレバーを上げ、籠を上昇させて屋上へ戻った。


 一応、建物の外壁をじ登る、昇降路内をじ登る、という方法があるにはあるものの、どちらにせよ、幼竜達に察知されずに行うのは不可能。その時は、上という優位な立場を生かして叩き落とせば良い。


 ティファニアは、フィーリアの説明を聞いて、そういう事かと納得した。

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