第90話 竜の酒 と 夜の美術館
時は、昼下がり。一服入れるのに良い頃合い。
場所は、浮遊島トゥリフィリの外縁部、
その前には、乗用車なら4~5台は停まれそうな更地があり、現在、そこで二人の人物が、作業を分担して木材を加工し、家具を作っている。
「……おっ!」
先に気付いて作業の手を止めたのは、作業着姿で首にタオルを巻いている
「……ん?」
そんなご隠居の様子に気付いて手を止め、その視線を
そんな二人が発見したのは、よく見知ったオートバイに乗って向かってくる少年と、【弱体化】して子犬ほどの大きさになっている
「お久しぶりです」
『こんにちはーっ!』
〔
「なんじゃ? 頭数が増えとるぞ」
目を丸くする翁に向かって、初顔合わせの小天竜と小飛竜が、それぞれ
「はははっ、
それを見て、ご隠居は愉快そうに笑った。
「ルガンじ~ちゃんっ おみやもってきた~っ」
「もってきたのっ おみやっ」
〔ユナイテッド〕から飛び降りた
それで、一息入れるのにいい頃合いだろうと頷き合った二人に続き、ランスと幼竜達もログハウスの中へ。
「おや、いらっしゃい」
そして、
妹のアナピヤは、三賢人が寝起きしている
「フラメアー」
「ピルムですっ」
改めて初対面の2頭が自己紹介すると、自然な流れで、フラメアは翼をどこにやったんだという話になり、四肢があって背中に翼がある飛竜だという事に気付けば、当然、ピルムの正体の話になり――
「昔は、死ぬべき時に生き残ってしまった、死に損なった、と生きている事を恥じた時もあったが…………やはり、長生きはするものだね。まさか、こんなに可愛らしい
笑いながらそんな事を言いつつ、幼児を〝たかいたかい〟するように、両手でピルムを持ち上げたり、左前腕に座らせるような格好で抱っこしてその小さな頭や喉を撫でるご老公。
その一方で、ランスは、珍しくパイクに急かされて、
そのほとんどは、口が狭く縦に長いガラス製の容器、いわゆる
一方、床に置いた、口が広く深みのある焼き物の容器――木製の
そして、
「はいっ これ~」
ランスが、ピョンッ、と椅子の
「これは?」
「つくった~」
「つくった? ……って、まさか、この酒をかッ!?」
「みんなでつくった~」
同じ椅子の
大樹海で過ごしたおよそ五ヶ月の間、なにもただただ修行に明け暮れていた訳ではない。食料調達のための狩猟や採取、それを使って料理したり、保存食に加工したり……生きて行くためにやるべき事はもちろん、それ以外にも、好奇心旺盛な幼竜達に様々な経験をさせるため、いろいろな事に挑戦した。
例えば、大樹海の探検や、活動の拠点となる自分達の家造りにはじまり、お風呂好きな幼竜達のために天然温泉を利用した露天風呂を造ってみたり、
「これが原材料の
そう言ってランスがカウンターの上に置いたのは、巨峰と呼ばれる種類に似た、
三賢人は、それぞれ
「ん~~っ、これはいい葡萄だっ!」
そう言ったのはご老公で、ご隠居と翁も、
「程よい
「あぁ、良い酒ができそうだ」
ちなみに、酒の造り方を調べたのは、ミスティ――万能の神器〔
法呪や竜の権能まで駆使した
パイクが翁に手渡したのは、その際に、ミスティが創り出したガラス製の酒瓶に移した
「まさか、
ご老公が用意したグラスに、ランスが
ドキドキしながら反応を
「うん、いいね。
ご隠居の言葉に、笑みを浮かべて頷くご老公と翁。
製法は原始的で、知識のみを頼りに手探りで造ったまだ熟成が十分ではないワイン。その評価としては、最上級と言って良いだろう。
翁に、良い酒だ、と分かり
お土産はそれだけではなく、生体力場持ちだった
その後、ご老公は満足げな様子で
幼竜達は、舌足らずで言葉も足りず、しかも、興奮して早口になったり、人語で話すのが
「――ランス君」
フラメアを肩に乗せ、テッテッテッテッ、と先に駆けて行くスピア、パイク、ピルムの後ろ姿を眺めながら
ただの見送りではなさそうだと思えば案の定、ご隠居がわざわざ呼び止めてまで伝えてきた内容は、主に二つ。
一つは、
そして、もう一つは、グランディア政府がその動向を監視している人物達――現在、ミューエンバーグ邸に滞在している客人についての情報だった。
時は、夜。一般の家庭では夕食が済んだ頃。
場所は、
スパルトイは、
依頼を受け、それを達成したなら、仕事に見合った報酬を受け取る。
それが例え、依頼人が
交渉の矢面に立たされていたエリザベート・ログレス保安官は、それを聞くと意表を
あれから、フラメアの
そんな訳で、やってきたグランディア国立美術館でランス達を出迎えたのは、知的で品のいい細身の老紳士という印象の館長ご本人。
他の来館希望者からその機会を奪わず、迷惑をかけず、また、人混みを嫌う幼竜達がのびのびと人が創り出した芸術作品を鑑賞するには、
そんな美術館に足を踏み入れたのは、ランス、スピア、パイク、フラメア、ピルム、具現化した分身体に意識を移して人の姿になった〔
階段の脇に車椅子用の
ニーナの姿はなかったが、
館長
という訳で、スピアとパイクは、【弱体化】を
かつて魔王城と呼ばれていたグランディアの物はもちろん、各大陸から
その中で、スピアが興味を
だが、それは、その風景が描かれた場所に行って自分の目で見てみたい、という意味での興味であって、絵そのものが気に入ったという訳ではなく、全体的に、なんだこりゃ? といった感じで、初めて見る物に対する興味はあっても、芸術そのものにはあまり関心がないらしい。
パイクは、絵画には関心を示さない一方で、彫刻や工芸品など、立体的なもの、不思議な形をしているものに興味を示していた。
それは、おそらく、水晶の槍や【地竜式二段加速狙撃砲】、【地竜型六連銃身回転砲塔式重力加速重機関砲】など、【
フラメアは、その逆。彫刻や工芸品には
ランスにはその価値がまるで理解できなかったが、何か
ピルムは、初めて見たもの全てに興味津々な様子だったが、特に強い関心を示したのは、彫刻や、工芸品に刻まれた模様。
石や木などを
キースも、来てはみたものの、芸術そのものには関心がないらしい。
それでも、やはりニーナが絵を描くからか、絵画の鑑賞には時間を使い、ここにある絵にはあって自分のパートナーの絵にはない美術的な価値とはいったい何なのか、と考え、
だが、一定の材料・技術・様式を駆使して美術的価値を創造・表現しようとする人の活動及びその所産――芸術について学習し、理解を深めようと
そして、ランスはというと――
「
人と竜と
「自分には、よく分かりませんでした」
そう正直に答えるランス。
重視するのは実用性であって、実際に使えないものや装飾は不要。目で見た物を忠実に再現できていれば
「……ですが」と
自分の胸に手を当ててそう告白してから明確に回答できない事を謝罪するランスに対して、館長は、いいえ、と首を横に振り、
「今はそれで十分です」
孫の成長を見守る祖父にも似た笑みを浮かべた。
一行が最後に立ち寄ったのは、既に営業時間は終了していたが、館長がご厚意で開けてくれた売店。
陳列されているのは、美術館で展示されているものの縮小版レプリカや画集など関連商品で、ずっと見るだけだった反動か、ここにあるものは
スピアは、旅行者に人気があるというピカピカの記念コイン。
パイクは、名状しがたい形状のオブジェの
自分も絵を描いてみたくなったというフラメアは、館長に選んでもらった初心者向けの水彩画セット。
ピルムは、展示されていた絵画で彩られた四角い缶に詰められた
キースは、ニーナへのお土産にオリジナルスケッチブック。
ランス、ミスティ、〔ユナイテッド〕は見てただけ。
「今夜の出来事は、私にとって、まるで夢のように不思議で素晴らしいものでした。
少年のような笑みを浮かべてそんな感想を
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