第76話 打ち上げ会の用意をしている隙に

 情報量が多いミスティの報告を簡単にまとめてしまうと――


 匿名での情報提供タレコミだったため無視される可能性もあると考えていたが、総合管理局局長はそうせず、また、それを鵜呑うのみにもせず、側近に命じ、【擬人化】した怪人シャイターンである可能性が疑われる人物達にそれぞれ諜報に適した人材を張り付けさせた。


 その結果、それに気付いた怪人達が、自分達の存在は既に露見しているようだ、と判断して行動を開始した、との事。


 その怪人達の正体は、世界中で暗躍する最悪のテロリスト集団――『魔王軍』のメンバーであり、天都墜しグランディア・フォール事変に関与した者達とは別の一派。


 その目的は、魔王城の奪還。


 想定外の事態や状況の変化などで変更を余儀なくされたが、当初の計画では、手始めに、閉会式で媛巫女とグランディアを含む世界各国の要人達を血祭りに上げ、各浮遊島に布設済みの魔法陣を同時に起動して怪物モンスターの大群を召喚し、それによって不当に魔王城を占拠していた下等種を根絶やしにした後、竜族トカゲ狩りに興じるはずだった。


 何故、ミスティがそんな事を知っているのかというと、怪人の1体が、自分に張り付いていた諜報員に止めを刺す直前になって、冥土の土産みやげだ、とペラペラ語って聞かせていたとの事。


 そして――


(〝作戦では、【擬人化】を解除したら、という事でしたが、私の独断で、諜報員が止めを刺される前に、怪人を【転位罠トランスポーター】で浮遊島オルタンシアへ強制転送しました〟)


 よろしかったでしょうか? と確認してくるミスティに、良い判断だったと承諾するランス。


 『怪人』と一言で言っても、その実力には個体差があり、能力もまた千差万別。強力なものになると、煮えたぎ溶岩マグマの中へ放り込んだり、大気圏外うちゅう放逐ほうちくしたりしても生還する可能性がある。


 そんな訳で、怪人達の狙いが、いずれ天空城の主の座を譲渡する予定の媛巫女リーネや、じきに孵化すうまれてくかぞくがいる『新生の間』、その母親である聖母竜グリューネ、あるいはグランディアそのものであった場合、ただ外へ放り出すだけではまた舞い戻ってくる可能性がある。


 そこで、確実に処理すべくそんな作戦を立て、ミスティは、天空城とは関係のない何者かの仕業だと思わせるよう、わざわざ既存のものとは異なる術式を用いた別の【転位罠】を構築した。


 自分が失格し、オルタンシアの外にいる事は想定外だが、あそこなら、一般市民を巻き添えにする恐れはなく、〝剣聖〟パーシアスを始めとした裏碧天祭最終戦まで勝ち残ったフーリガン達がいる。


 懸念があるとすれば、小浮遊島群オルタンシアの一つにある選手村だが、各国を代表する学生達の安全を守るために、保安官の精鋭達や聖竜騎士団の地上部隊――正騎士達が詰めている今、グランディアでも屈指の安全地帯と化している。


 チームや部隊で行動する者達は、仲間意識が強く、その反面、外から来た者を警戒し、疎外する傾向があり、部外者である自分の介入は、かえってそんな彼らの班行動や部隊行動の邪魔になってしまう可能性が高いというだけではなく、無駄に目立てば今以上に反感を買ってしまう恐れがある。


 そして、目的達成のために手段は選ばず、利用できる物は全て利用しろと教えられている。


 なので、あとはグランディアの守護者達に任せておけば良い。


 ランスはそう決めた――のだが、結論から言ってしまうと、そうは問屋とんやおろさなかった。


「じゃあ おわり しごと?」

「しごとあとっ!?」


 格別の一杯のため、依頼を受けたら終えるまで酒は飲まない、と決めているパイクは、キランッ、と期待に瞳をきらめかせたが、ランスは首を横に振り、


「まだ終わってない。拘束期間は試合終了まで、つまり、明日の夜明けまでだから」

「もうちょっとっ」

「がうっ もうちょっとっ」


 ガックリと項垂うなだれる直前でスピアにはげまされ、顔を上げるパイク。


 そんな頷き合う幼竜達を見ていてふと思い出したランスは、ロングコートの内ポケットから軍人の認識票ドッグタグのような水晶板を取り出した。


 その表面に目を向けると、試合終了までのカウントダウンが消えている。それはやはり、会場オルタンシアの外に出て失格になったからだろう。


「みしてっ」

「みた~い」


 両前足を伸ばしてきた幼竜達に水晶板を渡すと、


「ないっ!?」

「どして~?」


 大いに期待外れだったらしい。両前足で持って上下に振ってみたり、どこで見て覚えたのか、はぁ~っ、と息を吹きかけてから肉球で表面をこすってみたりする。それでも変化がないと興味を失い、ランスは返されたそれを内ポケットにしまった。


 そして、あとはグランディアの守護者達に任せると決めたからだろう。ミスティからの報告もないまま、しばしの時が流れ……


「…………」


 ランスは前方からものすごい勢いで近付いてくる二つの光――自動四輪車オートモービルのヘッドライトに気が付いた。


 ランスは運転を〔ユナイテッド〕に任せたまま、自分の前に座らせたパイクの首筋をんだり背筋の毛をくようにでたりして穏やかな時を過ごし、スピアはまた風防カウルに両前足を掛けて吹き抜ける夜風に目を細めていたのだが、そのスピード違反の車とすれ違う際、車種は軍用自動四輪駆動車ジープで、見覚えのある人物が乗っていたのを視認した――直後、後ろから聞こえてきたのは凄まじいブレーキ音。


 鉄兜の目庇まびさきのように、カシャンッ、と〔万里眼鏡〕のプレート下ろしたランスは、【全方位視野】で様子をうかがい、スピアとパイクはいったい何事かと首を伸ばして後ろをかえりみる。


 すると、路面にスリップしたタイヤの跡を残して180度方向転換Uターンしたジープが猛然と迫ってきた。


「きたぁ――~っ!」

「にげてにげてっ!」


 何故か歓声を上げ、肉球でぺちぺち〔ユナイテッド〕を叩いて急かす幼竜達。


如何いかがいたしましょう〕


 スピアとパイクは期待におめめを煌めかせ、〔ユナイテッド〕までそこはかとなくやりたそうな気配をにじませているような気がしないでもないが、ランスの答えは、


「ぶつけてでも止めようとするようなら加速して回避。そうでなければこのまま交通法規を遵守」


 どうやらカーチェイスおいかけっこをしたいらしい幼竜達は不満の声を上げるが、ランスは撤回しない。やむを得ない場合もあるが、原則としてスピード違反はダメだ。


 説得を諦めたスピアとパイクは後ろを振り向き、


「きゅぅ~~~~っ」

「がうぅ~~~~っ」


 こいこい……、ぶつけろぶつけろ……、と不謹慎な念を送る。


 だが、その甲斐なく、ジープは追い越し車線側を走行して追い付くと、走行車線側の中央を走る〔ユナイテッド〕に並んだ。


「ランス君ッ! こんなところで何してるのッ!?」


 そのジープは、《トレイター保安官事務所》の備品で、運転しながらそう声をかけてきたのは、所長であり保安官シェリフのレヴェッカ。彼女一人で、保安官助手アシスタント・シェリフ達の姿はない。


「スピアとパイクが落ちないよう支えています」


 期待がはずれた事で不貞腐ふてくされ、ぐでぇ~~っ、と脱力している幼竜達を支えながらそう答えるランス。


 レヴェッカは大きな声を出しているが、法定速度を遵守してとろとろ走っているため風は心地いいくらいで強くはなく、距離もとなりと言える程度なので普通に話せばそれで聞こえる。


 いったいどういう状況なのかと束の間唖然としたレヴェッカだったが、


「そ、それも気になるけどそうじゃなくてッ! 裏のほうよ裏のッ!」

「…………」


 非公式の依頼であり守秘義務もあるため黙っていると、レヴェッカはれたように助手席のほうへ振り返り、そこに置かれていたファイルに挟まれていた書類を手に取ると、それをランスに向かって突き出した。


「依頼内容の変更……」


 それを受け取り、一緒にのぞき込んできた幼竜達と紙面に目を通すランス。


 それは、要するに、試合には参加せず《トレイター保安官事務所》に協力せよ、という内容が記された正式な書類だった。


「今夜の試合が始まる前に渡そうとしたんだけど、いつの間にか会場に入られちゃってて。あそこ、選手以外立ち入り禁止でどうにもならなかったのよ」


 幸いな事に、と言うべきか、後方から他の車輌が来る事はなく、並走したまま一通り聞いた話を要約すると――


 裏碧天祭の存在と、ランス達の力の一端を知るレヴェッカは、こうなる事――ランスが裏碧天祭うらに参加させられる事、撃破数ポイントかせぎ過ぎて碧天祭おもてのほうに支障がでる事――を予想し、厄介事を押し付けられた幼馴染、代表してランスに依頼したログレス保安官に、総合管理局にとっての最優先事項はグランディア四大大祭の一つである碧天祭を守る事で間違いないな、といったむねを確認した上で、自分のその予想を話して対策を用意しておくべきだと忠告し、更に、一つの方法を提案した。


 それが、この依頼内容の変更を指示する書類なのだとか。


「あの時、ランス君がリズの……ログレス保安官のオフィスで待っていてくれるか、ランス君のほうから連絡手段を指定しておいてくれるか、滞在先の住所と電話番号を、せめて依頼人にくらい報せておいてくれれば、こんな事にはならなかったんだけどねぇ~」

「…………」


 今更な苦情と愚痴ぐちは聞き流し、もう一度書面に意識を向けるランス。


 以前、危機感を募らせた総合管理局がいずれ必ず動く、といった旨の警告をしてくれたのは彼女であり、個人で事務所を構える保安官シェリフは、独自の情報網を持っているもの。なので、そんな予想ができてもおかしくはない。まさかあの時、無属性の法呪士である彼女が、【身体能力強化】の一種、【五感能力強化】で聴力を強化し、執務室の外から盗み聞きしていたという事はないとは思うが……


「――でも今はそんな事より! ランス君、力を貸してッ! オルタンシアで怪物モンスターの大群を召喚した怪人シャイターンが選手村に迫っているのッ!」


 ランスが、自身の胸のあたり――自らと融合している〔宿りしものミスティルテイン〕の本体を意識しつつ、城館地下にある私室のミスティに呼び掛けると、


(〝申し訳ありません〟〝打ち上げ会のための食事とお風呂の用意をしていたので、オルタンシアの現状は把握しておりません〟〝後は任せるとの事でしたので……〟)


 普通なら気になって仕方ないだろうが、ご主人様ランスの場合は、任せる、と決めたら完全に任せ切って以降は関与しない。なので、それにならったのだが……


 急ぎ把握につとめます、と告げて交信を切るミスティ。


 その間もレヴェッカの話は続いており、それを分かり易く整理すると――


 ホーンディアンやスヴァルトアールヴ、そして、魔族――迫害され追放された民を護衛したがる者などおらず、ランスが魔族の少女を助けた現場に駆け付け、その少女とも面識があった事もあって、レヴェッカ達《トレイター保安官事務所》がリーベーラ国立魔法学園の生徒達の身辺警護を担当していた。


 担当しているのがそんな彼らなだけに、因縁いんねんを付けてちょっかいを出してくるやからがいるかもしれない、と他よりは気を張りつつ、それでもひまを持て余していると、にわかに騒がしくなり、怪人が出現した、怪物の大群が召喚された、〝剣聖〟達が交戦中……などといった報せが次々と、学生達がパニックを起こさないようにという配慮はいりょから、保安官や正騎士達の間だけで伝わった。


 選手村防衛のため学生以外の多くが動員される中、レヴェッカは、裏碧天祭どころではないと判断し、強力な助っ人ランスたちと合流して事に当たろうと考えた。しかし、肝心の少年スパルトイの姿が見当たらない。


 そこで捜した結果、オルタンシアの外にいる事が分かり、ティファニア達に警護を任せて自分がこうして迎えに来た、との事。


「…………」


 急いでおり、焦っている事もあって、ざっくりとはぶかれて分かり難くなっていた部分を推測でおぎない、整理した情報を記憶に留め、ランスは思う。


 彼女は、おそらく意図的に、どうやって自分を捜し出したのかについてさらっと流していたが、やはり、離れた場所にいる特定の個人を捜索するすべを持っているようだ、と。


「だからランス君、私と一緒にきてッ!」


 レヴェッカの要請に対して、ランスの答えは決まっている。


「了解しました」


 依頼はいまだ達成されておらず、書類が正式なものである以上、いなやはない。


「レース・フォーム」

承知オーライ


 〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕は、シートこうが低いため足を着き易く、ハンドル位置も程よいためライディングポジションが楽で長く乗っていられるクルーズ・フォームから迅速に形態変化。前後のタイヤの間隔が広く、車高が低く、シートこうたかく、ハンドル位置が低くなり、ライディングポジションはかなり前傾姿勢で、ステップはやや後ろに移動して体重移動がし易い高速走行用のレース・フォームへ。


 そして、仕事を終えたという実感がとぼしかったパイクは、格別な一杯のために、ふんすっ、と鼻息も荒く気合を入れ直し、スピアは、最初に期待していた形とは少し違うけどまぁいいか、と言わんばかりに両前足風防カウルにかけて尻尾をゆらゆらその時を待ち――


「――飛ばすわよッ!!」


 レヴェッカが運転するジープは、不可視の巨人に後部を蹴飛ばされたかのように急加速し、〔ユナイテッド〕はそれに遅れず続く。


 その法定速度を超過して更に加速するスピードの爽快感に、幼竜達は不謹慎にも高らかに歓声を上げた。

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