第70話 三度の夜を越えるために

 裏碧天祭――フーリガン達の戦いは、かつて魔王城に突入した勇者達が12名だったという故事にあやかって、1チーム12名以下の選手メンバーで構成された団体戦。


 会場は、浮遊島オルタンシア。ただし、選手村として使用されている小浮遊島を除く。


 試合形式は、全員参加の勝ち抜き戦バトルロイヤル


 試合時間は、日没から日の出まで。選手には、軍人の認識票ドッグタグのような細い鎖付きの水晶板が渡され、日没の1時間前からその水晶板にデジタル時計のような数字が表示されてカウントダウンが始まり、0になるまでにオルタンシアに入っていなければ失格。日の出の1時間前からまたカウントダウンが始まる。


 ……などなど。


 三人掛けのソファーに座っているランスは身動みじろぎせず、保安官マーシャルエリザベートの後ろに立っている二人の保安官代理マーシャル・デピュティ――リアとブレアのルール説明に耳を傾けている。


「そして、最後に……」


 そう口にしたのは植物系人種アールヴのリアだったが、その口調にわずかな逡巡しゅんじゅんが感じられたからか、


「本来であれば、碧天祭おもて同様【依り代の法】を用いるため、致命傷を負う、または降参ギブアップした場合、呪物フェティッシュの崩壊と同時に【位置交換型転位トランスポジション】が発動し、総合管理局ピースメーカーの地下留置場へ送られるため死亡する事はありません。――ですが、リーベーラ国立魔法学園のフーリガンのために用意された呪物は、既に失踪中のメンバーによって使用されており、予備は存在しないのです」


 淡々とそう告げたのは、隣の鉱物系人種ドヴェルグのブレア。


 だが、それは――


(嘘だな)


 幼竜達に嗅覚においで確かめてもらうまでもない。


 それが事実なら、魔王城・城館跡で討ち果たしたあの魔族の男性3名は留置所送りになっていたはず。だが、彼らはあの場で確かに死亡し、その遺体が残っていた。


 つまり、彼らは【依り代の法】の呪物を使用していなかった。


 しかし、彼らが使用しているため、急遽きゅうきょ代理となった自分の分は存在しないという。


 それはいったいどういう事か?


 答えは明白。はなから使わせるつもりがないのだ。


「了解しました。問題ありません」


 命を落とす危険があり、死んだら終わり――それはいつもの事であり、当たり前の事だ。


 平然としているランスに対して、保安官やその腹心達のほうが、本当に分かっているの? と内心穏やかではなく、かといって、理不尽な要求をつきつけ、窮地きゅうちに追い込んでいる自分達が心配するなど筋違いもはなはだしく……


 ――何はともあれ。


 裏碧天祭参加者の証である細い鎖が付いている呪化合金のプレートフレームで補強された水晶板を受け取り、話も済んだ――が、その途中、エリザベート達はチラチラ壁にある時計を気にしていた。


 それだけなら、こんなメッセンジャーのような仕事ではなく、本来の保安官としての仕事があるからだと考えて気にしなかっただろう。


 しかし、自分の太腿にぴたっと背をくっつけて寝ていた小地竜パイクを起こさないように抱っこして、ログレス保安官エリザベートの執務室から退室しようとした際、


「では、私が出口までご案内します」


 リアがそんな事を言い出した。その途端、時計を気にしていた理由が気になってくる。


「…………」


 確かに、総合管理局は大きく、内部は複雑。だが、帰るだけなら来たルートを戻れば良い。


 それができないと思われている訳ではないだろう。


 総合管理局内部で何らかの行動を起こすのではと警戒されている可能性はある。


 だが、それよりも、自分に関する事で何かあり、この時間に話しを終わらせた、この時間になるのを待っていた、という可能性のほうが高い。


「ちょっと行ってきますね」


 上司と同僚にそう言って、ランスの返事を待たずに移動し、部屋のドアを開けて退室を促すリア。


 嗅覚は危険を嗅ぎ取ってはおらず、明確な理由もなく逆らうのは得策ではない。


 そこで、ランスは、とりあえずおとなしく従う事にした。




 退室すると、そこには、話を聞く資格がないと部屋を追い出されたレヴェッカの姿が。話が終わるのを待っていたようだ。


 レヴェッカは、ランスの姿を認めると、腕組みを解いてエリザベートの部下の机の一つに下ろしていた腰を上げ、ちょっと待ってて、と言い置いて返事も待たず入れ替わるように執務室へ。


「行きましょう。レヴェッカさんのお話が何かは分かりませんが、今は裏碧天祭うらのほうに集中して下さい」


 どうやら、待っている時間はないらしい。


 断っていないが、了解してもいない。返事を聞かずに行ってしまったのは彼女レヴェッカ。なので問題はない。


 心持ち先を急ぐリアにそう促されて、ランスはその後について行く。


 そして、わざわざ案内すると言い出した時点で予想していたが、案の定、リアは途中から出入口とは別の方向へ歩を進め……


「…………、――いる」


 眠ったまま鼻をヒクヒクさせたパイクがおもむろに目を開き、首をもたげた。


 覚えのあるにおいと生体反応。


 【精神感応】でパイクがしらせてくれたその人物は――〝剣聖〟パーシアス・アークエット。


 魔王城・城館跡で、魔族の男性3名と宝具人ミストルティン4名との戦闘の後に遭遇し、その後ランス達を竜宮まで導いた、Sランクパーティ〈護剣の担い手〉の一人。


 リアは、角を曲がった先の他に人気ひとけのない長い廊下、そのなかば、隠れる場所はなく、左右の突当りは遠く、その先の角のかげに身を潜めて聞き耳を立てても聞こえない場所で、壁に寄りかかって腕組みしまぶたを下ろしていた植物系人種アールヴの男性の許へ小走りに向かい、


「アークエット様っ! お待たせして申し訳ありません」


 そう言って深々と頭を下げた。


 それに対して、アールヴの生きた伝説は、瞼をゆっくりと開いて壁から背を離し、腕組みを解くと穏やかな表情で同族の若者と向かい合い、気にしなくて良いと鷹揚おうように首を横に振る。


して待ってはいないし、いくらでも待つさ」


 エリザベート達が時間を気にしていた理由、それがこれだったとして、自分と彼を引き合わせたその意図は……。


 ランスは黙考しつつそちらへ向かって歩を進め、パーシアスのほうもランスに向かって歩み寄り、両者は適切な距離を置いて足を止める。そして――


「君は長話を好まないようだから、単刀直入に用件のみ伝えよう」


 そう言うと、表情を友好的なものから真剣なものへ改めて、


「我々グランディア勢、国立マグノリア学園のフーリガンは、君との――リーベーラ国立魔法学園のフーリガンとの共闘を望んでいる」

「…………」


 自分が依頼内容を聞かされ、それを引き受けると決めてから、まだ10分とっていない。だと言うのに、彼は当然のように依頼内容それを知っていて、そんな提案をしてきた。


 自分より先に知っていたのは明らか。そして、依頼を受けたと知って話を持ちかけてきたのではない。受ける事を前提に計画プランを立て、それにしたがって行動しているのだろう。


 組織というのは、大きくなればなるほど一枚岩とはいかない。


 グランディア政府や総合管理局もまたその御多分ごたぶんに漏れず、始末すべきと判断した者達の他に、まだ取り込む事を諦めていない、あるいは、この機会を利用して恩を売り取り込もうと考えている者達がいるようだ。


 あるいは、彼のパーティには竜飼師がいる。彼らを介して力の意味を知る聖母竜マザードラゴンの眷属以外の竜族ドラゴンと契約した自分の事を、希望だ、と言っていた竜飼師協会のモーリス・オールドフィールド会長が、パーシアスに共闘をすすめたのかもしれない。


 引退したと公言しているが、今回の事を知って、竜飼師協会名誉顧問であるご隠居に協力する形で、三賢人が動いてくれた可能性もある。


 竜宮からも信頼を得ているようだが、彼女の周りにいる者達が、純真無垢な媛巫女リーネをこの件に関わらせようとはしないだろう。


 そんなパーシアスと引き合わせたエリザベートは、おそらく、そのどちらでもない。部屋から追い出す前にレヴェッカとしていた会話の内容や態度からして、政治になどかかわらず犯罪者を追いしごとをしたいというのが本音だろう。


 ――何はともあれ。


「いい返事を聞かせてほしい」


 そう言って手を差し出し、握手を求めるパーシアス。


 それに対して、ランスは――


「お断りします」


 目をしょぼしょぼさせているパイクを両手で抱っこしたまま、その手を取ろうとはしなかった。


 え? と我が耳を疑うリア。


 一方のパーシアスには、一見、動揺は見られない。その可能性もあると考えていたからだろう。だが、それは相当低いと考えていたらしく、


「理由を訊かせてもらえるかな?」


 何も掴めなかった手を引き戻しつつそう尋ねる表情は、理解に苦しむと言わんばかりで、


「『自分以外全て敵』という状況のほうが好ましいからです」


 その答えは、どうやら想定外だったようだ。


 パースアスは、わずかに眉根を寄せて、ふむ……、とその意味を考え……


「それは、つたない連携は混乱を招くから、かな? それとも、足手まといは敵よりも性質たちが悪い?」


 確かに、そのどちらも間違いではない。だがそれ以上に――


「そのままの意味です。自分以外全て敵であれば――周りに味方がいなければ、巻き込んでしまう恐れはない」


 そもそも、試合形式は全員参加の勝ち抜き戦バトルロイヤルとは言っても、勝ち抜いて他のチームを全て撃破したところで、優勝トロフィーを授与されて拍手喝采かっさいされる訳ではない。


 なんだかんだ言ったところで、結局、国益を左右するのは学生達の成績であり、裏碧天祭の目的は学生達の支援。


 要するに、自分が生き抜いてよそのフーリガン達に妨害させなければ良いのであって、必ずしも他を全滅させる必要はないのだ。


「それは……」


 そのつもりさえあれば、肩を並べずとも共に闘う事はできる。味方なら近付くな。来れば敵とみなす――と皆まで言わずとも理解したようだったので、ランスは、パーシアスとリアに向かって、失礼します、と告げつつ会釈し、出口へ向かう。


「ごしゅじん~」

「ん?」

「じぶん ちがう~ じぶんたち」


 人間同士の争いに竜族スピアとパイクを巻き込みたくない――そんな本心を承知の上で、独りじゃない、自分達がいる、と言ってくれるパイクに対して頬を緩めたランスは、喜んでいるようであり、また困っているようでもあり、


「分かってる」


 そう言いつつ感謝を込めてちょっと強めにぐりぐり撫でると、パイクは嬉しそうに目を細めてからその手にじゃれついた。


 裏碧天祭への参加は明らかに理不尽な要求であり、有りていに言って絶体絶命の窮地きゅうちに立たされたというのに、いきどおるでもなく、悲嘆に暮れるでもなく、ただ淡々と受け入れ、常日頃と何ら変わる事なく幼竜とたわむれる。


 そんな、魔王候補か、再来の勇者か、自称『槍使いの竜飼師』の様子に、剣聖と保安官代理は舌を巻き、結局、かける言葉が見付からず、その場で佇んだまま、遠ざかって行くその後ろ姿と、中で小飛竜スピアが寝返りをうってもぞもぞ動くフードを見送った。




 裏碧天祭うらの最終日は、碧天祭おもての最終日の前夜。


 午前0時を過ぎるため、正確を期するならその当日という事になるが、とにかく、ランスが参加する事になったのは、最終日を含めた3夜。


 つまり、3度の夜を越えて日の出を迎えれば、依頼を達成した事になる。


 そのために――


「そなえあればーっ!」

「うれ~なし~っ!」


 熟睡してすっかりいつもの調子を取り戻したスピアとパイクが、目覚めるなりそんな事を言い出した。


 どうやら、〝あの場所〟の事を今まで忘れていた訳ではなく、ランスがしぶっていたため、言い出す機会をうかがっていたようだ。


 そんな訳で――


「ごしゅじんっ はやくっ」

「はやくはやく~っ」


 現在、ランス達がいるのは、魔王城・城館地下――天空城・城内のとある廊下。


 テッテッテッテッ、と先に駆けて行っては止まって振り返り、元気にぴょんぴょん跳ねてかす小飛竜スピア小地竜パイクに対して、ランスの足取りは重く、とても速力の特化修練を受けた者の歩みとは思えない。


「そんなにお嫌なのですか?」


 隣を歩く、〔宿りしものミスティルテイン〕の分身体――人化して戦神に仕える巫女の装束をまとう麗しき乙女になっているミスティは、不思議そうに小首を傾げた。


「嫌……というより、気が進まない」


 理由は幾つもある。


 師匠が言っていた。――〝武器にこだわるな、技をみがけ。武術には道具の優劣をなくす境地がある〟と。それなのに、常に複数の強力な武器を所持し、状況に合わせて使い分ける事で、その境地からどんどん遠ざかってしまっているような気がする。


 そこには神器や宝具が納められている可能性があり、だとすると、長きにわたり死蔵されていた事で使われる事にえていると予想できる。つまり、踏み込んだ瞬間、それらに担い手として認めらとりつかれてしまうかもしれない。もしそうなってしまった場合、自分が敵に敗れて死亡すると、既に所有しているものも含め、更に多くの争いの種を世に解き放つ事になってしまう。


 神器や宝具の場合、可能性は極めて低いとはいえ、奪われて敵に使用されてしまう恐れがある。


 強力な武具を使用する事が当たり前になってしまうと、それがないと戦えない、というていたらくにおちいってしまうのではないかという恐れがある。


 ……などなど


 それに何より、武器の神器、宝具を複数所持し、使用する――それがどういう事なのか、伝えていないので幼竜達は知らないだろうが、同化している神器〔宿りしもの〕が分からないはずはないと思うのだが……


「ご心配なく。私が補助サポート致しますっ!」


 考えを読んだらしくそんな事を言うミスティ。


 だが、独自で扱い切れない力を使うつもりがないランスは、安堵を得るどころか小さくため息をついた。


 それでも足を止めないのは、やはり、それがあったから助かった、それがなければどうにもならなかった、という事例があるからだ。


 まさに、幼竜達の言う通り、備えあればうれいなし。誰が何を思い願おうと、死んでやるつもりがない以上、万が一の事態に備えなければならない。


「そう言えば……」


 唐突に思い出したかのように言うミスティ。話題を変えるためだろうが、言葉の言い回しや仕草が日に日に人に近付いてきている。まだ変化はとぼしいものの表情も増えてきた。


「リーベーラ国立魔法学園のフーリガンだと思われる宝具人ミストルティンの4名ですが、既に出国していました。城館跡で別れた後、その足で浮遊島グリスィナへ向かい、到着し次第係留されていた飛行船に乗り込み、魔族3名の遺体を積み込むなり出港しています。その飛行船の名義は、登記書類上でのみ存在する事業所や従業員を有しない実体のない会社、いわゆるペーパーカンパニーでした」


 ミスティは、主に与えられた権限で管理者に命じ、空中に投影させた仮想画面ウィンドウをランスの前に移動させ、そこにその際の記録映像を再生させる。


 ランスは、歩きながらそれに目を向け……


「…………。分かった。ありがとう」


 仮想画面を消してから、ミスティに感謝を伝えた。


 すると――


「お言葉もいいですが、なでなでのほうがもっといいです」

「…………」


 ランスは、歩きながら横に手を伸ばし……その手を止め、足も止める。


 それは、自分が頼み、それに応えてくれた家族への感謝がぞんざいであってはならないと考えたからだった。


 いったいいつの間にそう思う事に抵抗がなくなっていたのか、自分でもよく分からないが、隣で立ち止まったミスティと向かい合い、改めて感謝を伝えつつ頭を撫でる。すると、満足そうに頬を緩めて目を細めた。


 なんとなく、こういうところは幼竜達と似ているな、などと思いつつ、自分のものとは違って柔らかく触り心地のいい絹糸のような髪をくように頭を撫でていると――


「ごしゅじぃ――~んっ!」


 飛んで引き返してきたスピアが横顔に飛び付いてきて、


「は~や~くぅ~~っ!」


 駆け戻ってきたパイクまでが、後ろ足で立ち上がって前足でズボンの膝のあたりをつかみ、グイグイ引っ張ってかしてくる。


 いったい何が幼竜達の気をここまではやらせるのかと不思議に思いつつ、ミストルティン達の、あの『殿下』と呼ばれていた魔族達が敗北する事を想定していた、というより、敗北する事を前提としていたような動きの速さも気にはなったが、今は他にすべき事があると思考を切り替え、覚悟を決めた。


 目的地に辿たどり着くと、ランスは、管理者に命じてその封印を解除させ、重厚な扉を開放させ、スピア、パイク、ミスティと共に、天空城の――魔王の宝物庫へと足を踏み入れる。


 そして、つくづく思った。


 やはり、嫌な予感にかぎってよく当たる、と……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る