第70話 三度の夜を越えるために
裏碧天祭――フーリガン達の戦いは、かつて魔王城に突入した勇者達が12名だったという故事に
会場は、浮遊島オルタンシア。ただし、選手村として使用されている小浮遊島を除く。
試合形式は、全員参加の
試合時間は、日没から日の出まで。選手には、軍人の
……などなど。
三人掛けのソファーに座っているランスは
「そして、最後に……」
そう口にしたのは
「本来であれば、
淡々とそう告げたのは、隣の
だが、それは――
(嘘だな)
幼竜達に
それが事実なら、魔王城・城館跡で討ち果たしたあの魔族の男性3名は留置所送りになっていたはず。だが、彼らはあの場で確かに死亡し、その遺体が残っていた。
つまり、彼らは【依り代の法】の呪物を使用していなかった。
しかし、彼らが使用しているため、
それはいったいどういう事か?
答えは明白。
「了解しました。問題ありません」
命を落とす危険があり、死んだら終わり――それはいつもの事であり、当たり前の事だ。
平然としているランスに対して、保安官やその腹心達のほうが、本当に分かっているの? と内心穏やかではなく、かといって、理不尽な要求をつきつけ、
――何はともあれ。
裏碧天祭参加者の証である細い鎖が付いている呪化合金の
それだけなら、こんなメッセンジャーのような仕事ではなく、本来の保安官としての仕事があるからだと考えて気にしなかっただろう。
しかし、自分の太腿にぴたっと背をくっつけて寝ていた
「では、私が出口までご案内します」
リアがそんな事を言い出した。その途端、時計を気にしていた理由が気になってくる。
「…………」
確かに、総合管理局は大きく、内部は複雑。だが、帰るだけなら来たルートを戻れば良い。
それができないと思われている訳ではないだろう。
総合管理局内部で何らかの行動を起こすのではと警戒されている可能性はある。
だが、それよりも、自分に関する事で何かあり、この時間に話しを終わらせた、この時間になるのを待っていた、という可能性のほうが高い。
「ちょっと行ってきますね」
上司と同僚にそう言って、ランスの返事を待たずに移動し、部屋のドアを開けて退室を促すリア。
嗅覚は危険を嗅ぎ取ってはおらず、明確な理由もなく逆らうのは得策ではない。
そこで、ランスは、とりあえずおとなしく従う事にした。
退室すると、そこには、話を聞く資格がないと部屋を追い出されたレヴェッカの姿が。話が終わるのを待っていたようだ。
レヴェッカは、ランスの姿を認めると、腕組みを解いてエリザベートの部下の机の一つに下ろしていた腰を上げ、ちょっと待ってて、と言い置いて返事も待たず入れ替わるように執務室へ。
「行きましょう。レヴェッカさんのお話が何かは分かりませんが、今は
どうやら、待っている時間はないらしい。
断っていないが、了解してもいない。返事を聞かずに行ってしまったのは
心持ち先を急ぐリアにそう促されて、ランスはその後について行く。
そして、わざわざ案内すると言い出した時点で予想していたが、案の定、リアは途中から出入口とは別の方向へ歩を進め……
「…………、――いる」
眠ったまま鼻をヒクヒクさせたパイクがおもむろに目を開き、首をもたげた。
覚えのある
【精神感応】でパイクが
魔王城・城館跡で、魔族の男性3名と
リアは、角を曲がった先の他に
「アークエット様っ! お待たせして申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げた。
それに対して、アールヴの生きた伝説は、瞼をゆっくりと開いて壁から背を離し、腕組みを解くと穏やかな表情で同族の若者と向かい合い、気にしなくて良いと
「
エリザベート達が時間を気にしていた理由、それがこれだったとして、自分と彼を引き合わせたその意図は……。
ランスは黙考しつつそちらへ向かって歩を進め、パーシアスのほうもランスに向かって歩み寄り、両者は適切な距離を置いて足を止める。そして――
「君は長話を好まないようだから、単刀直入に用件のみ伝えよう」
そう言うと、表情を友好的なものから真剣なものへ改めて、
「我々グランディア勢、国立マグノリア学園のフーリガンは、君との――リーベーラ国立魔法学園のフーリガンとの共闘を望んでいる」
「…………」
自分が依頼内容を聞かされ、それを引き受けると決めてから、まだ10分と
自分より先に知っていたのは明らか。そして、依頼を受けたと知って話を持ちかけてきたのではない。受ける事を前提に
組織というのは、大きくなればなるほど一枚岩とはいかない。
グランディア政府や総合管理局もまたその
あるいは、彼のパーティには竜飼師がいる。彼らを介して
引退したと公言しているが、今回の事を知って、竜飼師協会名誉顧問であるご隠居に協力する形で、三賢人が動いてくれた可能性もある。
竜宮からも信頼を得ているようだが、彼女の周りにいる者達が、純真無垢な
そんなパーシアスと引き合わせたエリザベートは、おそらく、そのどちらでもない。部屋から追い出す前にレヴェッカとしていた会話の内容や態度からして、政治になどかかわらず
――何はともあれ。
「いい返事を聞かせてほしい」
そう言って手を差し出し、握手を求めるパーシアス。
それに対して、ランスは――
「お断りします」
目をしょぼしょぼさせているパイクを両手で抱っこしたまま、その手を取ろうとはしなかった。
え? と我が耳を疑うリア。
一方のパーシアスには、一見、動揺は見られない。その可能性もあると考えていたからだろう。だが、それは相当低いと考えていたらしく、
「理由を訊かせてもらえるかな?」
何も掴めなかった手を引き戻しつつそう尋ねる表情は、理解に苦しむと言わんばかりで、
「『自分以外全て敵』という状況のほうが好ましいからです」
その答えは、どうやら想定外だったようだ。
パースアスは、わずかに眉根を寄せて、ふむ……、とその意味を考え……
「それは、
確かに、そのどちらも間違いではない。だがそれ以上に――
「そのままの意味です。自分以外全て敵であれば――周りに味方がいなければ、巻き込んでしまう恐れはない」
そもそも、試合形式は全員参加の
なんだかんだ言ったところで、結局、国益を左右するのは学生達の成績であり、裏碧天祭の目的は学生達の支援。
要するに、自分が生き抜いてよそのフーリガン達に妨害させなければ良いのであって、必ずしも他を全滅させる必要はないのだ。
「それは……」
そのつもりさえあれば、肩を並べずとも共に闘う事はできる。味方なら近付くな。来れば敵とみなす――と皆まで言わずとも理解したようだったので、ランスは、パーシアスとリアに向かって、失礼します、と告げつつ会釈し、出口へ向かう。
「ごしゅじん~」
「ん?」
「じぶん ちがう~ じぶんたち」
人間同士の争いに
「分かってる」
そう言いつつ感謝を込めてちょっと強めにぐりぐり撫でると、パイクは嬉しそうに目を細めてからその手にじゃれついた。
裏碧天祭への参加は明らかに理不尽な要求であり、有り
そんな、魔王候補か、再来の勇者か、自称『槍使いの竜飼師』の様子に、剣聖と保安官代理は舌を巻き、結局、かける言葉が見付からず、その場で佇んだまま、遠ざかって行くその後ろ姿と、中で
午前0時を過ぎるため、正確を期するならその当日という事になるが、とにかく、ランスが参加する事になったのは、最終日を含めた3夜。
つまり、3度の夜を越えて日の出を迎えれば、依頼を達成した事になる。
そのために――
「そなえあればーっ!」
「うれ~なし~っ!」
熟睡してすっかりいつもの調子を取り戻したスピアとパイクが、目覚めるなりそんな事を言い出した。
どうやら、〝あの場所〟の事を今まで忘れていた訳ではなく、ランスが
そんな訳で――
「ごしゅじんっ はやくっ」
「はやくはやく~っ」
現在、ランス達がいるのは、魔王城・城館地下――天空城・城内のとある廊下。
テッテッテッテッ、と先に駆けて行っては止まって振り返り、元気にぴょんぴょん跳ねて
「そんなにお嫌なのですか?」
隣を歩く、〔
「嫌……というより、気が進まない」
理由は幾つもある。
師匠が言っていた。――〝武器にこだわるな、技を
そこには神器や宝具が納められている可能性があり、だとすると、長きに
神器や宝具の場合、可能性は極めて低いとはいえ、奪われて敵に使用されてしまう恐れがある。
強力な武具を使用する事が当たり前になってしまうと、それがないと戦えない、という
……などなど
それに何より、武器の神器、宝具を複数所持し、使用する――それがどういう事なのか、伝えていないので幼竜達は知らないだろうが、同化している神器〔宿りしもの〕が分からないはずはないと思うのだが……
「ご心配なく。私が
考えを読んだらしくそんな事を言うミスティ。
だが、独自で扱い切れない力を使うつもりがないランスは、安堵を得るどころか小さくため息をついた。
それでも足を止めないのは、やはり、それがあったから助かった、それがなければどうにもならなかった、という事例があるからだ。
まさに、幼竜達の言う通り、備えあれば
「そう言えば……」
唐突に思い出したかのように言うミスティ。話題を変えるためだろうが、言葉の言い回しや仕草が日に日に人に近付いてきている。まだ変化は
「リーベーラ国立魔法学園のフーリガンだと思われる
ミスティは、主に与えられた権限で管理者に命じ、空中に投影させた
ランスは、歩きながらそれに目を向け……
「…………。分かった。ありがとう」
仮想画面を消してから、ミスティに感謝を伝えた。
すると――
「お言葉もいいですが、なでなでのほうがもっといいです」
「…………」
ランスは、歩きながら横に手を伸ばし……その手を止め、足も止める。
それは、自分が頼み、それに応えてくれた家族への感謝がぞんざいであってはならないと考えたからだった。
いったいいつの間にそう思う事に抵抗がなくなっていたのか、自分でもよく分からないが、隣で立ち止まったミスティと向かい合い、改めて感謝を伝えつつ頭を撫でる。すると、満足そうに頬を緩めて目を細めた。
なんとなく、こういうところは幼竜達と似ているな、などと思いつつ、自分のものとは違って柔らかく触り心地のいい絹糸のような髪を
「ごしゅじぃ――~んっ!」
飛んで引き返してきたスピアが横顔に飛び付いてきて、
「は~や~くぅ~~っ!」
駆け戻ってきたパイクまでが、後ろ足で立ち上がって前足でズボンの膝のあたりを
いったい何が幼竜達の気をここまで
目的地に
そして、つくづく思った。
やはり、嫌な予感に
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