第58話 魔王候補ランス・ゴッドスピード

 一夜明けて。


 時は、間もなく正午。保安官レヴェッカ立ち合いの下、リノン達を誘拐した犯人一味の遺体および回収した道具類など全てを引き渡した後の事。


 場所は、ミューエンバーグ邸へ向かって移動中の軍用自動四輪駆動車ジープの車内。


 《トレイター保安官事務所》の備品であるジープを運転しているのはレヴェッカで、ランスは後部座席の中央に座り、後ろ足で立ち上がった小地竜パイクは右側の窓からじぃ~~っと、小飛竜スピアは左の窓からパイクの隣みぎのまどへ、パイクの隣から左の窓へとごしゅじんの膝の上を乗り越えてちょろちょろ移動を繰り返しつつ外を眺めている。


 ミスティは、あのフロアの地下に封印されている魔導書に興味があるとかで、天空城・城館地下の蔵書部屋に残り、〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕に乗らずジープに便乗しているのは、レヴェッカに大切な話があると言われて乗るよう促されたから。


 乗り込んで最初にした話は、調査が難航していた『虚実の迷宮』の地図を提供した事に対する感謝。


 これは、レヴェッカも了承した上でエリザベートの手柄となり、彼女の更なる出世の足掛かりとなるだろうとの事。


 次に、『生死を問わず』の賞金首に掛けられていた懸賞金と、アジトの場所や『虚実の迷宮』の地図その他証拠品の提出などを含む情報提供料の支払い方法について。


 ランスは、ご隠居の教えを受けて資産を分散させて管理している。そこで、以前は然るべき場所に提出すれば懸賞金を受け取る事ができるという書類を受け取ったが、今回は後日、正確な数字が出てからまとめてグランディア・セントラル銀行に振り込んでもらう事にして口座番号を伝えた。


 その際、また寄付を求められるかと思ったがそんな素振そぶりはなく、どうやら他に当てがあるらしい。おそらく、手柄をエリザベートに譲った事と無関係ではないだろう。


 そして、レヴェッカの雰囲気がわずかに、だが確かに変わった。ここからが本題らしい。


「ランス君もそのほうが良いだろうと思うから単刀直入に訊くけど、――ランス君が魔王候補ってどういう事?」


 レヴェッカは、運転しつつ微妙に位置を調節したバックミラー越しにランスの様子を窺いながら、そう切り出した。


「リノン達を誘拐した犯人一味の交渉役が電話で言っていたの。――『魔王候補ランス・ゴッドスピードに伝えろ』って」

「候補者の一人だったソンベルスを倒した事で魔王候補の一人と認められ、魔王の遺産を手にする資格を獲得した、と以前俺の前に現れた魔女らしき女が言っていました」

「つまり、本意ではない、あくまで巻き込まれたのであって望んで候補になった訳ではない、って事で良いのね?」


 ランスが、はい、答えると、レヴェッカは、だろうとは思っていたけどね、と呟いてから、


「今、世界のいたる所で魔王候補達による後継者争い……総合管理局ピースメーカーでは仮に『継承戦』と呼んでいるそれ絡みだと思われる事件が幾つも起きているの」


 知ってる? と訊かれ、いいえ、と答えるランス。


 それからのレヴェッカの話は、現在の世界情勢を踏まえ、各地で確認された継承戦が関係していると思われる事件の説明などが含まれていたため長くなったが、簡単にまとめてしまうと――


 総合管理局は、既に確認されている魔王候補達の動向を密かに探っていた。そこで新たにランス・ゴッドスピードが魔王候補者の一人だと知り、やがては魔王――〝世界の敵〟に成りおおせるのではないかと危惧きぐしている。おそらく、ランスはこれからも否応なく継承戦に巻き込まれるだろう。そして、勝ち残るほど魔王に近付いていると総合管理局は危機感をつのらせ、いずれ必ず動く。自分達の手に負えなくなる前に。それは杞憂きゆうだといくら口で言っても信じない。信じさせるには行動で証明するしかない。


 ――そんな内容だった。


「そこで、ものは相談なんだけど、ねぇ、ランス君、――《トレイター保安官事務所うち》の嘱託しょくたくにならない? あっ、もちろん嘱託なんて言わず正式に所員として雇用するのもありよ!」

「…………」


 スピアは窓の外を眺めるのに飽きたらしい。膝の上に乗ってきて丸くなっている小飛竜を撫でながら話を聞いていたランスは、即答するのをひかえた。


 そこだけ聞けば、これまでもあった、ただの勧誘。だが、その前に長々と語っていた内容を加味すると……


「総合管理局は、所在が分かっている他の魔王候補同様、ランス君の動向を監視させようとしている。これって、スピアちゃんとパイクくんが嫌がりそうだし、ランス君達なら簡単に振り切れるだろうけど、それをしてしまうと後々まずい事になる。ランス君だって好き好んで総合管理局と事を構えたくはないでしょう?」

「…………」

「そこでさっきの提案。私は、ランス君達の監視という困難極まりない仕事を請け負い、一緒に行動する事で得た情報を提供する事でリズ……保安官マーシャルのエリザベートに恩を売り、なおかつ頼り甲斐があって心強い仲間を得る。ランス君は、常に連絡が取れるようにしてもらって、継承戦絡みと思われる事件の捜査に協力してもらうけど、私達の証言で疑いは晴れ、監視の目にわずらわされるような事はなくなり、私達という協力者を得て、これまで通りスパルトイとして依頼を受ける事もできる。――良い話だと思わない?」


 確かに、良い話なのかもしれない。だが、


「…………」


 ランスは、その話に魅力を感じなかった。


 監視するならすれば良い。〝敵以外のもの〟に興味はない。


 相手が総合管理局であろうとなかろうと関係なく、それが何者であっても敵対するつもりはないが、〝敵〟として襲い掛かって来るのであれば、それが何者であっても、どれだけ強大な組織であっても関係ない。ただ槍を打ち込むのみ。


 忠義を尽くし、命令を受け、迅速に遂行する――そのためだけに育て上げられた元少年兵にとって、レヴェッカが提案するような関係は、複雑で、窮屈きゅうくつで……煩わしさしか感じなかった。


「……あれ?」


 バックミラーに映るランスのかんばしくない反応に、というか無反応に思わず声を漏らすレヴェッカ。


 返事を急がせるつもりはなかったが、良い反応は得られるはずだと確信していただけに困惑し、もうすぐ目的地に到着してしまうため焦りつつも必死に頭を働かせ……攻め方を変える。


「ランス君が受けたクオレの依頼。あれって、ランス君がシャーロット号を有する私達に連絡をくれていたら、その日の内に達成できていたと思わない?」

「…………」


 確かにそうかもしれない。


 結果的にあの一件で得られたものは多かった。しかし、依頼人であるクオレとソフィアにしてみれば、一分一秒でも早く脱出できたほうが良かったはず。


「今回の一件もそう。これこれこういう訳だからリノンを頼む、っていう1本の電話で未然に防ぐ事ができた。そうでしょう?」


 確かにその可能性は高い。


 目的を達成するために利用できるものは何でも利用する――そうるべきなのに、電話番号を知っていて、その機会もあったのに、そうしなかった。


「何でも一人でやらなければならないなんて決まりはない。無理に一人でやろうとする必要もない。それに、世の中には一人じゃできない事も――」

「――ひとりちがうっ!」


 手応えを感じ、たたみかけようとしたレヴェッカの話をさえぎったのは、ごしゅじんの膝の上で身を起こしたスピアで、


「ごしゅじん ひとりちがう~」


 パイクまで、ぴとっ、とごしゅじんに身を寄せてそう異論を唱え、


「え? ちょっ、ちょっと……えぇ~~~~っ!?」


 これまで静かだったので幼竜達の存在を失念していたレヴェッカは、困惑と抗議の声を上げ…………ジープはミューエンバーグ邸に到着した。




 ――その後。


「ランス君。私は君を信じて頼りたいと思ってる。だから、同じくらい私の事を信じて頼ってほしいと思ってる。これだけは忘れないで」


 この後仕事があるから、と言って、門の前でランス、スピア、パイクをジープから降ろしたレヴェッカは、発車間際にそう言い置いて走り去った。


 どう返事をすれば良かったのか、どんな顔をすれば良かったのか――ふとそんな事が気になってしばらくその場で佇んでいたが、肩の上のスピアと足元のパイクに前足でテシテシ頬や足を叩かれて我に返り、きびすを返してミューエンバーグ邸へ。


 形ばかりとは言え、受けたレヴェッカの依頼はまだ終わっていない。リノンとの約束も果たせていない。


 とはいえ、あんな事があっただけに、もう二度と娘に近付くな、と面会を断られる可能性もあると覚悟していたのだが、リノンと彼女の母親――『メリッサ』に笑顔で出迎えられて意表をかれ、娘を救ってくれてありがとう、助けてくれてありがとう、と母娘に感謝されて戸惑い、どうか今後とも娘をよろしくお願い致します、と丁寧に頭を下げられて困惑した。


 そんな事はおくびにも出さず、ひょっとすると今の話は昨日の事ではないのかもしれないと真剣に考えたランスは、母娘に、今している話は自分が狙われてそれにリノン達が巻き込まれてしまった件についてで合っているのかと確認してみる。


 すると、リノンと彼女から話を聞いた両親は、自分達(娘)のわがままのせいだ、と認識しているらしいという事が分かった。『迷わずの迷路』へ行く事になったのも、無用な危険をおかさせたのも自分達(娘)で、そもそもランスや幼竜達と一緒だったなら拉致などされなかった、と。


 間違ってはいないし、その可能性は非常に高い。だが、自分に落ち度があったのも事実で…………結局、どうにも釈然としないが、レヴェッカの依頼は、リノンとの約束の履行と、その要望に可能な限り応える事。リノンが良いならそれで良いと頭を切り替えた。


 そのリノンは、昨夜の出来事をよく覚えていないらしい。


 それは、スピアの能力の一つ――【眠りへ誘う妖花の香り】の副次効果。眠りに落ちた直前から数時間前までの記憶が徐々に朧気おぼろげになり、起きたら忘れてしまう夢だったかのように思い出せなくなる。


 その効果は個人差があり、リノンの場合だと、ホテルでの出来事や『迷わずの迷路』に入った事までははっきりと覚えているが、そこから出て拉致された辺りから曖昧になっていて、何となく手足を縛られていたような気はするが、その時に感じた恐怖や誘拐犯達の顔、人数などはもう思い出せないらしい。


 そうと知らない掛かり付けの医者は、精神を守るための自己防衛本能の働きだろうと診断し、それに納得した両親は、碧天祭の手伝いなどの予定を全てキャンセルさせ、自宅で静養させる事を決めた。


 それを聞いたランスは、ならばリノンと約束したグランディア観光もまたの機会にせざるを得ないだろうと考えたが、当のリノンがそれに猛反対して母親に懇願し……結果、今日一日は自宅で静養する事を条件に、メリッサの一存で観光に行く事が許可された。


 喜び、はしゃぎ、早速用意を始めると言ってパタパタ駆けて行くリノン。そんな娘の姿を微笑ましそうに見送った後、メリッサは当家に逗留とうりゅうする事を勧めたが、ランスは丁重ていちょうに断った。それを勧めたのがリノンだったなら要望に応えるためにそうしたが、今はまだ落ち着いて寝泊まりできる場所がある。


 明日までの予定が空いたので、断られる事を前提に立てていた予定を変更する必要がなくなり、これから行く所があると告げておいとましたランス、スピア、パイクは、〔ユナイテッド〕に乗って、浮遊島トゥリフィリの端にある丸太造りの小屋ログハウス――『ローランのダイニングキッチン』を目指して出発した。




 しばらくツーリングを楽しんだ後、人目につかない場所で天空城の管理者に布設・再設定させた【転位罠トランスポーター】を利用し、出現いどうしたのは、崖から空へ向かって突き出した岬のような部分に建っている一軒の丸太造りの小屋ログハウスの前。


 ランスよりも先に〔ユナイテッド〕から飛び降りたパイクとスピアが跳ねるように駆けて、その勢いのまま正面から側面へ続いているバーベキューをするのに良さそうなL字型のウッドデッキに飛び上がり、出入口ドアの前へ。


 そして、パイクは、ごしゅじんがこちらへ向かってくるのを確認すると、到着を待たずに尻尾でドアをノックするなり返事も待たずに【念動力】でノブを回して中へ飛び込み、


「ルガンじ~ちゃんっ」

「じ、じいちゃんッ!?」


 おきなは、駆け寄ってきた小地竜からの思わぬ呼びかけに目を白黒させた。


 どうやら昼食を終えて食後のお茶を飲んでいるところだったようで、カウンター席にルガンご隠居アルフォンス、ソフィア、先生アルヴィス、奥の厨房にご老公ローラン、窓際の特等席に子猫ミーヤ、天井の梁の上に家妖精の兄妹ティムエルとアナピヤ――全員揃っている。


「おわび もってきた~」

び?」


 もうすっかり気にしていないという事なのだろう。翁は束の間怪訝けげんそうにしてから、あぁ~、と思い出したようだった。


「ごしゅじんっ ごしゅじ~んっ」


 早く見せたくて待ちきれなかったらしい。パイクにしては珍しく、ランスが笑顔で迎えてくれた皆さんに挨拶を返していると駆け寄ってきて、後ろ足で立ち上がり両前足でズボンの裾を引っ張ってかしてきた。


「ほぉ、ワインと、こっちはブランデーかな? その樽はウィスキーかい?」


 〔収納品目録インベントリー〕から取り出してカウンターの上に並べたのは、ワインのボトルと、およそ25リットルのガラス製大型保存容器ボンボン他数本。酒瓶は形や大きさが異なり、中身同様、色が付いているものもあれば透明なものもある。


 ランスは、はい、と頷いてからこう付け加えた。


「どれもです」


 それを聞いて、よく分かっていないソフィアを除いたそれぞれの口から驚きの声が上がり、先生は半信半疑といった様子でしげしげと眺め、ご隠居と翁はボトルを手に取ってめつすがめつし、カウンターの奥から出できたご老公は、丸テーブルの隣に置かれた樽に触れて調べ……


「これは、ブナ科の樹木オークのようだが……尋常なオーク樽がこれ程の霊気を纏うはずがない。それに、術的な封印が施されているね。だからこれだけの量が残っているのか……」


 ご老公いわく、『酒精霊の分け前』といって、普通はたるのまま寝かせると熟成中に蒸発してどんどん量が減ってしまうらしい。


「君の言葉を信じるなら、これは魔王国時代のものという事になる。こんなものをいったいどこで?」

の貯蔵庫で見付けました」

『――――ッ!?』


 実際に自分の目で安全を確認したのは蔵書部屋だけだが、管理者に案内図を表示させて館内の構造を把握し、避難経路を確認してある。


 その際に発見したのが『宝物庫』と『貯蔵庫』。


 そして、今日の早朝、日課の稽古を終えた後、人や役所を訪ねるには時間が早かったため、貯蔵庫なら酒もあるのではと思い付いて幼竜達と散歩がてら見に行ってみた。


 すると、傷んだ食料などは片付けられたらしく、複数に分かれた大部屋のほとんどは空だったものの、乾燥された生薬や消費期限のない調合済みの秘薬・霊薬、様々な鉱物など、天空城の管理者によって完璧に保存されている部屋もあり、その中の一つが酒蔵で、大部屋の中が更に複数の部屋に分かれていて酒が種類ごとに保管されていた。


 遺跡で発見された物の所有権は発見者にあり、しかも今は主でもある。故に構わないだろうと、これらはそこから頂戴してきたもの。


 ――それはさておき。


「どうやら、これらを届けに来ただけ、という訳ではないようだね」


 『天空城』――その一言で、三賢人はおおよその事情を察したようだった。




『…………』


 現在、重い空気が立ち込めるログハウス内にいるのは、ランス、スピア、パイクと、ご隠居、ご老公、翁。


 ソフィアと先生は、ランスが話を始める前に子猫ミーヤをつれて席を外しており、ブラウニー族の兄妹はどこかにいるはずだが姿は見えない。


 三賢人は、カウンターテーブルを背に並んで座っており、ランスは丸テーブルのほうの席に着き、パイクはごしゅじんの足元で綺麗な伏せをしていて、長くじっとしていられないスピアは、ごしゅじんの膝の上で抱っこされてお腹を温めるように撫でてもらってうつらうつらと気持ちよさそうに目を細めている。


 ランスが今日ここへやってきた本当の理由。


 それは、三賢人に、天空城の主として真に相応しい人物を紹介してもらうため。


 故に、ランスはまず、天空城の『管理者』とそれが選出する『主』という存在について語ってから、自分の手には余ると判断し、それが最善だという結論に達したのだと話した。


 すると、主の座に就くとどのような事ができるのかとご老公に尋ねられたので、昨夜、自分がどのようにして拉致されたリノン達の居場所を知り、敵を見付け出して掃討したのかを語ると、話が進むにつれて三人の表情が険しいものになって行き……


「ランス君、このまま君が天空城の主でいてくれないか?」


 一通り話を聞き終わった後、長い沈黙を挟んでそう口にしたのはご老公。だが、その発言は三賢人の総意らしい。


「相応しい人物はいない、という事ですか?」


 その問いに、ご老公は首を横に振り、


「いない訳ではない。だが、問題なのは君から後任へ継承されたその後だ。独裁者や、それこそ魔王を生み出しかねないその危険極まりない特権を、魔王崇拝者や神の狂信者、政治的野心家、犯罪者といったやからの手に渡らぬよう守り続けて行かねばならない訳だからね」

「…………。つまり、墓場まで持って行け、と?」

「いや、そうではないよ。『迷わずの迷路』から城館地下への侵入が可能である以上、いずれ誰かがその座に就く。それがランス君だったのは僥倖ぎょうこうに恵まれたと言う他ない」

「要するに、君に護っていてほしいんだ。後任の準備が整うまで、ね」


 ご隠居がそう言うと、翁が、ふむ、とひげを撫でながら、


「代替わりしたばかりで、確か当代はまだとおかそこらだったか?」


 12歳だ、と答えてから、ご隠居は真剣な表情をランスに向け、


「私達が適格だろうと考えているのは『媛巫女ひめみこ』――国家的儀礼としての国事行為のみを行い、国政に関する権能は持たない、我が国グランディアの象徴であり、聖母竜マザードラゴンと契約し、その加護と〝竜を統べる者ドラグナー〟の称号を与えられた『竜の巫女』とも呼ばれる御方だ」

「竜の巫女……」

「ただ、ルガンが今言った通り、代替わりしたばかりの媛巫女はまだお若い。今はとにかく必死に慣れない務めを全うしようとはげまれている」

「つまり、その媛巫女が成長し、落ち着くまで待て、と?」

「んな厄介なもん、とっとと手放しちまいたいってのはよく分かるんだが……なぁ?」


 翁の言葉に、ご老公とご隠居はため息をつき、


「過去になると決めて退しりぞいた私達は、現在いまを生きる者達を信じて託すべきなのだろうが……」

「他の誰に預けても、事が穏便に済むとは思えなくてね」


 それを聞いて、元エゼアルシルト軍人であり、少々特殊な兵士だったランスの脳裏を過ったのは、貴族間や軍内部での権力闘争。そして、非合法的政権移動クーデター


 おそらく、三賢人の脳裏に浮上したその人数と同じ数だけ勢力、派閥が存在するのだろう。そして、その頂点に立つ人物達の誰かが天空城の主としての権能を手にすれば、いっきにパワーバランスが崩れて騒乱が起きる。もしそうなったら迷惑をこうむるのは誰か? それは、市井しせいの人々だ。


 それ以外にも、軍幼年学校で兵としての教育しか受けていない自分には考えも及ばない理由があっての事だろう。


「了解しました」


 天空城の主になってしまった――が、だからと言って、果たさなければならない務めがある訳でもない。故に、何をすれば良いのか、どうすれば良いのか分からず持て余したが、一定期間預かり護り抜いて適格者へ届ける、という達成すべき目的ができた。


 ならばもう問題はない。ただその任務を遂行するのみ。


 これで用は済んだ。ランスが席を立とうと自分の膝の上でうとうとしているスピアを起こそうとした――その時、


「媛巫女に会ってみるかい?」


 ご隠居がそんな事を言い出した。


流石さすがにすぐとはいかないけれど、ランス君の噂は媛巫女の耳にも届いているだろうから、たぶん彼女も会いたがっているんじゃないかな? それに、ひょっとすると、聖母竜とのお目通りがかなうかもしれないよ?」

力の意味を知る聖母竜マザードラゴン……」


 自分が会えるという事は、おそらくスピアとパイクも会えるはず。


 預かったものを届ける相手を確認しておく事には意義がある。だが、幼竜達を竜族における一つの頂点、生ける伝説のドラゴンに会わせる事にはそれ以上の意義があるかもしれない。


 ランスがそんな事を考えていると、


「きゅう」


 どうやらお腹を撫でる手が止まっていたらしい。ぱちっ、と目を開けたスピアが、小さな前足で、もっとやって、と催促してきた。

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