第52話 なりたて母娘と三賢人

 それは、名誉市民の証である懐中時計サイズの羅針盤を頼りに、ランスと小地竜パイク翼竜スピアの背に乗ってグランディアへと辿り着き、まずは依頼人としてこの機会を与えてくれたレヴェッカに到着した事を報せようとシャーロット号を訪ねた時の事。


 出迎えてくれた、人間と見分けがつかないクラシックなメイド服姿の精巧な自動人形――シャルロッテに案内されて、ランス、小飛竜スピア、パイクは酒場のような居住空間キャビンへ。すると、そこにはレヴェッカ、ティファニア、フィーリア、クオレの他に、紅の翼竜ゼファードのパートナー、意志が強そうな目許と眉が印象的な凛とした美しい面差しの女性竜騎士エレナと、紫の翼竜のパートナー、怜悧な美貌の女性竜騎士シャリアもいて――


「ランス・ゴッドスピード殿! ――どうか私と結婚を前提にお付き合いして下さいッ!!」


 顔を紅潮させ、決然とした面持ちでズンズン近付いてきたエレナに突如そう申し込まれた。


「…………?」


 ランスは束の間、未知の言語で話しかけられたかのように何を言われたのか理解できず、


「けっこん?」

「おつきあい~?」


 自分の足元で顔を見合わせて、何それ? と言わんばかりに首を傾げている幼竜達の声が聞こえ、それでようやく言葉の内容を理解した。


 それに対するランスの答えは、


「お断りします」


 だが、どうやらその返事を想定していたらしい。エレナは、そうか、と動揺する事もなく受け止めると、


「では、まずはお友達から――」

「――はいはいちょっとこっち来てお話ししようねぇ~」

「んなッ!? 何をするッ! 私は今大切な話をしている最中――」

「――ごめんねランス君。不審者に職務質問しょくしつかけてくるからちょっと待っててね」


 ティファニアとレヴェッカが有無を言わさず左右からエレナの両腕をってキャビンの隅へ引きずって行き、フィーリア、クオレ、苦笑しているシャリアもそれについて行く。


 そして、ランス、スピア、パイクとシャルロッテをよそに、可能な限り距離をとった女性陣は解放されたエレナを中心に集まって、


「おいおいどうしたドラゴンマニア。まさかの発情期か?」

「茶化すな。私は真剣に考えた上で交際を申し込んでいるんだ」


 エレナの真剣な表情を見て、ティファニアは、マジか……、と愕然とし、


「今まで人間の男に興味を示した事なんて一度もなかったドラゴンマニアが、いったいどういう心境の変化だよ」

「それだけ、ランス・ゴッドスピードという男性が魅力的だという事だ」


 ティファニアは、自分が知っている幼馴染のものとは思えないその台詞を脳が理解する事を拒絶して硬直フリーズし、


「魅力的な男性って……何を根拠に? 今までろくに話した事もないんじゃないの?」


 レヴェッカが後を引き継ぐように訊くと、


「何を言っているんですか? スピアちゃんとパイク君が、異なる竜の眷属である事など全く気にしていないのは見れば分かりますし、あの幼竜達がどんなにいい幼竜で、どれほど彼の事が大好きか、散々自慢げに語っていたのはレヴィさん達じゃないですか」


 エレナは、それだけで十分だと言わんばかりだが、シャリアは、レヴェッカ達の顔を見てその説明では不十分だと判断し、


「私達、竜騎士ドラゴンナイト竜飼師ドラゴンブリーダーの女性にとって、『竜に好かれる』と言うのは他の何にも代えがたい魅力なんです」


 それに、と言って振り返り、シャルロッテに抱き上げられてもおとなしく抱っこされているパイクと、ランスの肩の上に乗っているスピアを見てから、


「幼い竜の精神は契約者の影響を強く受けます。『契約竜ドラゴン契約者パートナーの鏡』――契約竜を見れば契約者がどんな人間か分かる、と言われるほどに」


 なるほど、と頷くレヴェッカ。その説明で、ランスの魅力について話していたのにスピアとパイクが出てきた理由は分かった。


「それで、貴方達がスピアちゃんとパイク君から見て取ったランス君の人物像は?」

「人柄は素直で温厚、誠実で仲間思い。硬派と言うより女性にあまり興味がない。異種族に偏見を持たず、争いを好まない。それでいて、強靭な精神と肉体を兼ね備えている。破壊を創造する滅魔竜ジェノサイドドラゴンの眷属にも臆さず立ち向かい、これを撃破してしまえるほどに」


「ちょっと待って。竜を制する者ドラゴンスレイヤーって、竜騎士や竜飼師あなたたちにとって不倶戴天の敵なんじゃないの?」

力の意味を知る聖母竜マザードラゴンとその眷属を含めた全ての竜族ドラゴン怪物モンスターと見下す、そういう思い上がったやからはそうです」

「でも、騎竜パートナーとの邪竜退治は、竜騎士ドラゴンナイトにとっても、竜飼師ドラゴンブリーダーとっても、この上ないほまれ。それを成し遂げた者は、まごう事なき英雄。尊敬や憧れの対象です」

「ランス君が英雄……あぁ~、でもそうよね。天都堕しグランディア・フォールを阻止して、グランディアだけじゃなく地上も救ったんだから」


 でも、と言ってレヴェッカは苦笑し、


「ランス君っていうと、スピアちゃんのお腹を撫でて落ち着かせてたり、気持ちいいところを指先で掻いて後ろ足をパタパタさせてたり、うつ伏せでふみふみされてるような印象のほうが強くて、なんかそんな感じしないのよね」


 その戦闘力の高さには度肝を抜かれ、何度も驚愕させられた。それなのに何故か、戦っている姿よりも、レヴェッカの言う通り、幼竜達の世話を焼いてきゅいきゅいがうがう纏わり付かれている印象のほうが妙に強く残っている。


 同じ思いを共有するティファニア、フィーリア、クオレが顔を見合わせて思わず苦笑し、


「――ちょっと待て」


 何かに気付いたらしいティファニアがそう言って一同の注目を集めた。


「それって、竜族ドラゴンに関係する結婚適齢期の女全員がランスを狙ってるって事になるんじゃ……?」

「まぁ、全員とは言わないまでも多いだろうな」


 それを聞いたティファニアは、同じ事を聞いていたはずなのに目立った反応のないフィーリアに真剣な表情を向け、


「フィー、ここは焦るところだぞ?」

「え?」

「『え?』じゃねぇよ! 先に目を付けたのはフィーなのに、もたもたしてたせいでライバルが増え――」

「――何言ってるのッ!? それはティファとレヴィが勝手に言ってるだけでしょうッ!?」

「ん? フィーもランスを狙っているのか?」

「だから違いますッ!!」

「大丈夫ですよフィーさん」


 そう言って安心させるように微笑みかけたのはシャリアで、


「竜騎士と竜飼師は多夫多妻が認められていますから」


 フィーリアが、は? と言ったきり言葉を失う一方、ティファニアは思い出したように、


「あぁ~、そういえば竜騎士と竜飼師おまえらって、竜族ドラゴンに好かれる子孫を残すために、同じ派閥の家の女7人で優秀な男3人を共有するとか、そういう訳の分からない結婚が一般的なんだっけ?」

「違う。ただそれが許されていて珍しくないと言うだけだ」

「そういう結婚をした場合、男性には求めてきた妻達を等しく愛する義務がありますけど、女性には一人だけを愛し、他の夫を拒む権利があるので大丈夫ですよ」


 エレナに続いてそう話したシャリアは、長い前髪で隠れて見えないものの、フィーリアが顔を青ざめさせている気配を察して更にフォローする必要を感じ、


「フィーさん。竜騎士と竜飼師の女性の愛情は、おもに竜と子供に向けられるので、産後は人間の男性に対する興味が失われる事のほうが多いんです。だから、ランスさんと他の妻達との間に子供が生まれるまでの数年間辛抱すれば、あとはランスさんとフィーさん次第。実質的には、になりますけど、一夫一妻の生活を営む事だってできると思います」

「何を言う。私の両親は今もラブラブだ。鬱陶うっとうしい程に」

「んな事訊いてねぇよ」


 フォローを台無しにされたシャリアは嘆息し、台無しにしたエレナと突っ込みを入れたティファニアは額を突き合わせるようにして睨み合い、精神に負荷がかかり過ぎたのかフィーリアはふらつき、それに気付いたクオレがさりげなく支えた。


 そして、職務質問はもう十分だと判断したレヴェッカが、おそらく、当人は全く望んでいないだろうし、気付いてもいないと思われる空前のモテ期の到来について話しておいたほうが良いだろうと考えつつ振り返ると、


「あれ? ランス君達は?」


 その姿がない事に気付いて尋ねた。すると、シャルロッテは、行っちゃいました、と出口のほうを指差して、


「ここに来たのは依頼人に到着した事を報せるためで、その目的は果たしたからって」

「何で引き留めないのよッ!?」

「引き留めろって言われてないから」


 悪びれる様子もなく言うシャルロッテ。


 レヴェッカと、話の途中だったエレナが慌ててキャビンを飛び出して捜したものの、結局、竜飼師と幼竜達の姿を見付ける事はできなかった。




 高低差のある大小無数の浮遊島を、浮遊石の粉末を含有する特殊な人造石の構造体――隣り合う浮遊島を繋ぐ連絡橋、上下を繋ぐ塔――で連結した、四次元超立方体テッセラクトを彷彿とさせる距離感がおかしくなるほど巨大な、地上から20キロ離れた空に浮かぶ建造物。


 現在、ランスと幼竜達は、クルーズ・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕に乗って、そんな天空都市国家グランディアを構成する浮遊島の一つ――『トゥリフィリ』を移動中。


 建物はまばらで、見渡す限り畑が続いているのどかな景色の中、〔ユナイテッド〕は一本通った信号もない真っ直ぐな道を快調に飛ばし、


「きゅ~―――…」


 ごしゅじんの前に乗って風防カウルに両前足を掛けているスピアと、後ろに乗ってシートにお座りしているパイクは、前から後ろへ吹き抜けていく風に目を細め、〔万里眼鏡〕のプレートを下ろしているランスもかすかに頬を緩めている。


 何故ランス達はこんな場所にいるのか?


 シャーロット号を後にしたランス、スピア、パイクは、〔ユナイテッド〕に乗ってミューエンバーグ邸へ向かった。それはもちろんリノンに会って約束を果たすためであり、何かとお世話になったご隠居に挨拶するためだったのだが、結果から言ってしまうと、どちらにも会えなかった。


 リノンは、友人達と共に有志として、この時期に行われるという『グランディア四大大祭』の一つ、『碧天祭』の手伝いに行っていて留守。


 『ご隠居』ことアルフォンス・ミューエンバーグは、突如、引退する前から考えていた『引退してから死ぬまでにやりたい10の事』をするためだと言って、家を出て行ってしまったとの事。


 表に出て来て対応してくれたのは、ミューエンバーグ邸の一切を取り仕切る家令で、彼からの提案を幼竜達と検討した結果、それを採用し、リノンは実行委員会の手伝いが終わる頃迎えに行く事にして、まずは特別に教えてもらった家族も知らない住所を頼りに隠遁生活を始めたご隠居を訪ねる事にした。


 浮遊島の上空は原則として飛行禁止になっている。故に、ミューエンバーグ邸を後にしたランス達は、連絡橋を渡って浮遊島から浮遊島へと移動し……今に至る。


「ここ?」

「うちない~」


 〔ユナイテッド〕のナビゲーションナビで到着したのは、浮遊島トゥリフィリの外縁部、最寄りの人家が1キロ以上離れている雑木林の手前。


 そこから目の届く範囲にご隠居の姿は影も形も見当たらず、道はそこで途切れている。だが、ランスは地面に車輪の痕跡を見付けた。頻繁に使われてはいないらしく草で埋もれかけているが、それを辿たどって雑木林を迂回するように〔ユナイテッド〕を走らせる。


 そして、見えていた雑木林の裏側へ回り込み、道と呼ぶ事に抵抗を覚えるような乗用車が何とか一台通れる程度の舗装されていない崖っぷちを進むと、その先にはひらかれた空間が。


 まず目に付いたのは、崖から空へ向かって岬のように突き出た部分に建っている一軒の丸太造りの小屋ログハウス。その前にある駐車場らしき乗用車なら4~5台は停まれそうな更地には、ログハウスと同程度の家が建てられそうな程の木材が積み上げられており、その隣の雑木林を開拓したと思しき土地には畑が見える。


 ランスは、そこにしゃがみ込んで作業をしている人影を発見した。


 他に適当な場所がなかったので、〔ユナイテッド〕を駐車したのは、積み上げられている大量の木材の手前。ランスは先に飛び降りた幼竜達に続いて降りながら、もうすっかり慣れた霊的経路パスを介しての〔収納品目録インベントリー〕の操作――自分にしか見えない視界に表示された仮想操作画面ウィンドウ思念イメージで操作して、外した〔万里眼鏡〕を収納し、自給自足するためのものと思しき様々な野菜を栽培している家庭菜園に向かって歩いて行く。


「やぁ、君達が来るのを待っていたよ」


 ランス達に気付いて立ち上がり、そう言いながら迎えたのは、作業着姿で首にタオルを巻いている矍鑠かくしゃくとした老紳士――ご隠居で、


「えッ!? ランスさんッ!?」


 驚きの声を上げ、その隣でぴょんと跳ねるように立ち上がったのは、白Tシャツとオーバーオールを着て麦藁帽子を被っている一人の少女――クオレの依頼で護衛したあのソフィアだった。


「どうしてランスさんがここにいるんですか? それに、スピアちゃんとパイク君も」


 ご隠居への説明も兼ねて経緯を話すランス。


 それを聞いて、自分に会いに来てくれたのではないのだと知ったソフィアはちょっとがっかりしたようだったが、


「仕方ないさ。だって、彼は君たち〝母娘おやこ〟がここにいる事を知らなかったのだからね」


 ご隠居はそう言って微笑み、ソフィアはよわいを重ねてもなお魅力的チャーミングなウィンクを見て、あっ、と声を上げる。


 そして、ソフィアはランスに向かって姿勢を正すと、


「改めまして、『アルヴィス・ウィリアムス』の娘の『ソフィア・ウィリアムス』です! これからまた、よろしくおねがいします!」


 そう名乗ってお辞儀した。


 内心で、親子? と疑問を覚えていたランスは、そういう事か、と納得するとこちらも姿勢を正し、その両脇で幼竜達もごしゅじんに倣ってスッと背筋を伸ばし、綺麗にお座りして、


「『ランス・ゴッドスピード』です」

「『スピア』ですっ」

「『パイク』で~す」


 すると、何故かソフィアは楽しそうに笑い、ご隠居も笑みを浮かべている。


 当然の礼儀として名乗ってきた相手に名乗り返しただけなのだが、何かおかしな事をしたのだろうか? と、ランス、スピア、パイクはよく似た仕草で小首を傾げ、それが更に二人の笑みを誘った。




「そろそろ昼食の時間だ。リノンを迎えに行くまで他に何も予定がないのなら、一緒にどうだい? スピア君とパイク君がった野菜を使って何か作ってもらおう」


 そうご隠居に誘われたのは、家庭菜園での収穫を手伝った後の事。


 実際に精神攻撃を受けたごしゅじんが全く気にしていないので、スピアとパイクも過去の事は水に流し、ソフィアと仲直りして一緒に畑を回り、いろいろな野菜を収穫した。それが今、ソフィアが抱えている篭の中に入っている。


 ランスにとっては森でも、山でも、畑でも、同じただの『食料調達』。だが、スピアとパイクにとっては畑での収穫は新鮮な体験だったらしく、たくさん生っているものの中から食べ頃で一番美味しそうなものを真剣に選んで採る事を楽しんでいた。


 予定はなく、断る理由もない。そして、訊くまでもないと思うが一応スピアとパイクにどうするか尋ねてみると、案の定。


「たべるっ」

「ごは~んっ」


 既にいくつかもぎたてをその場で食べているのだが、調理したものも食べたいらしい。


 そんな訳で、ランスはご隠居に感謝の意を表して誘いを受ける事に。


 ご隠居は少し〔ユナイテッド〕と話をしたいと言うので、ソフィアを先頭に、スピア、パイク、ランスはあのログハウスへ。


 正面から側面へ続いているバーベキューをするのに良さそうなL字型のウッドデッキに上がり、ソフィアは玄関マットで靴の裏の土をよく落としてからドアを開け、ただいま~、と言ってから、両手で篭を抱えたまま背中でドアを押さえて、どうぞ、とランス達を中へ促した。


 小飛竜スピアは羽ばたいて飛び上がると、自分で四つ足を【洗浄】してからごしゅじんの肩の上に舞い降り、ランスはパイクを抱っこして足を【洗浄】してから、ソフィアに倣ってブーツの裏の土を落とし、入口を潜る。


 ログハウス内は、手前側と奥側をだいたい半分に分ける位置に緩く弧を描くカウンターがあり、ダイニング側とキッチン側を行き来する通路はその右端。入口から見た手前のダイニング側よりもやや広い奥のキッチン側は、設備と器具が充実したゆとりある厨房になっていて、ダイニング側のカウンターテーブルには席が四つ。ドアから入ってすぐの右側には手摺と下へ続く階段があり、左側には丸テーブルが一つと椅子が2脚、壁際には棚があって下半分は戸棚、上半分には『VSOP』や『OX』の表記がある高級そうな酒瓶ボトルが並んでいる。


 そんな屋内にいるのは、人が2名、猫が1匹、そして、妖精が2名。


「おや、お客さんかい? 珍しいね」


 そう言ってカウンターの向こうで穏やかな笑みを浮かべたのは、長い髪をうなじのところで束ね、長い袖を肘の上までまくったシャツとスラックスにエプロンを身に着けている植物系人種アールヴの男性。


「ご老公ろうこうさま。前にお話ししたランスさんと、肩にのっているのがスピアちゃん、だっこしてもらっているのがパイクくんです」


 ソフィアは、その落ち着いた雰囲気や色が抜けて白に近い薄い緑色の髪、目尻のしわなど、注意すれば老いが窺える事から相当なご長寿だと思われるアールヴの男性に採れたての野菜を入れた篭を手渡しながらそう紹介し、


「ランス? てぇと、あれか? アルフォンスが〔ユナイテッド〕を譲ったと言っとった……?」


 カウンターの左端の席でウィスキーのボトルを傍らにロックグラスを傾けていた、髪も髭も白い、いかにも頑固な職人といった風貌の骨太で筋肉質な鉱物系人種ドヴェルグの男性がそれを聞いて振り向き……ランス、スピア、パイクが揃って天井を見上げているのを見て怪訝そうに眉根を寄せ、その視線を辿たどるように目を天井へ向ける。


 すると、露出している立派なはりの上で、竜族の視線を恐れてか、抱き合って座り込んだまま震えている小さな妖精達の姿が。


「彼らは『家妖精』とも言われるブラウニー族の兄妹で、この家を守ってくれている『ティムエル』と『アナピヤ』。決して害のある存在ではないから、どうか怖がらせないでやっておくれ」


 ランスはアールヴの男性の頼みにすぐ了解した旨を返したが、幼竜達はめちゃくちゃ見ている。


 家妖精の兄妹は、怯えきっていて腰が抜けたかのように身動きが取れない。しかし、それが不幸中の幸い。スピアとパイクは完全にロックオンしているので、もしティムエルとアナピヤが逃げ出していたら、その瞬間、ちょろちょろ動くものに対して反応せずにはいられない猫のように飛び掛かっていただろう。


 しかし、幼竜達の気をどう逸らすかを考える必要はなかった。


「ミャ~っ」


 しっかりとした大人の躰に向かいつつある子猫――ミーヤが、一番日当たりのいい窓際に置かれたクッションの上からやってきて、カウンターテーブルの上で一声鳴く。すると、スピアとパイクの視線は引き寄せられるようにそちらへ。


 スピアが肩から下りたのでパイクもテーブルの上に下ろすと、挨拶をしているのか、甘えているのか、ミーヤがじゃれ始め、スピアは少し鬱陶しそうにしているが、パイクは妙に悟ったような顔で好きにさせている。


 小動物達がたわむれる様子は見る者をほっこりさせ、ミーヤが全く警戒していないのを見たからか、家妖精の兄妹も梁の上からその様子を窺っている。


 ――何はともあれ。


 程なくして、外で〔ユナイテッド〕と話していたご隠居がやってきて、彼ら二人にランスの事を息子夫婦と孫の恩人だと紹介し、昼食に誘った事を告げ、ランスには、アールヴの男性『ローラン・エギンハルドゥス』とドヴェルグの男性『ルガン・バリク』を、趣味人だと紹介した。


 そして、ランスは、渾名あだなのようなものだと言われて、前者を『ご老公』、後者を『おきな』、それと、ここでは医師免許を所持していたという理由でそう呼ばれているらしいので、ソフィアの母親――アルヴィス・ウィリアムス博士の事は『先生』と呼ぶ事に。


「自分で言うのもなんなんだが、我らの腐れ縁を知る者達からは『三賢人』などと呼ばれていてね。何か困った事があれば相談に来になさい。私達はこれからずっと、ここにいるから」


 ご隠居にそう言われたランスは、どこか師匠と似た雰囲気を有する三人に向かって、よろしくお願いします、と頭を下げた。

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