第32話 竜飼師とその役目

 顔を真っ赤にして錯乱し、公衆の面前で、竜飼師ドラゴンブリーダー協会の会長としても、一個人としても人格を疑われる発言を繰り返した挙句、聞くに堪えない卑語スラングの類を喚きだしたゲオルグ老人が秘書達に取り押さえられ、引きずられるように退場した。


 竜飼師協会会長ゲオルグ・アレクルド。竜飼師と名乗らせたくないのに、わざわざ呼びつけ、認定試験を受けさせて……結局、彼が何をしたかったのか、ランスには皆目見当が付かなかった。


 その後、シ――…ン、と静まり返り何とも言えない気まずい雰囲気が漂う中、進行を引き継いだ副会長によって改めて合否が問われ、5名の審査員の内、会長を除く4名が認めた事で、ランスに竜飼師ドラゴンブリーダー認定試験の合格が通知され、異例の公開審査はここで終了。竜の砦の一室を借りて認定書が授与される事になり……


 それらの出来事は全て、ランスにとっては他人事も同然だった。


「…………」


 今、ランスの右手には1本の筒がある。その中に納められているのは、モーリス副会長から授与された竜飼師の認定書。


 そして、ランスの左手に握られているのは、懐中時計サイズの羅針盤。これは、認定書が授与された後、グランディア政府に代わってご隠居から授与されたもので、天都堕しグランディア・フォールを阻止して天空都市国家グランディアを救った事、延いてはエルヴァロン大陸全土を巻き込んだであろう大戦の勃発を未然に防いだ事、総合管理局ピースメーカーの総本山であるグランディアの威信を守った事、多額の寄付でグランディアの復興に尽力した事……などなどの功績が認められた事で授与が決まった、グランディア名誉市民の証との事だった。


「ランス殿」


 呼ばれて、手元に落としていた視線を上げる。


 そこは、少し前に竜の砦を出発したご隠居の黒光りする高級自動四輪車オートモービルの車内、後部座席。


 革張りのシートが向かい合わせになっており、一方にご隠居とモーリス副会長が、もう一方の中央にランスが、その左右に形態変化した小飛竜スピアと小型犬サイズに【弱体化】した小地竜パイクがお座りしている。


 ちなみに、パイクは、舌足らずで片言な上に少し間延びした感じで話し、このサイズの時は、甲殻と鱗以外のところはもふもふで小さくて可愛いのに目付きだけが妙にキリッとしていて格好良い。


「いったいどのようにしてスピア殿とパイク殿を育てたのか、もし構わないのであれば、後学の指導のためにも是非伺っておきたいのですが」


 そう訊いてきたのはモーリス副会長。隣のご隠居も興味があるらしい。


「おおよその獣の子育てと大差ないと思います」

「と言うと?」

「獲物を狩って与える。育って躰が大きくなったら狩りの仕方を教える」

「なるほど……では、一日あたりの食事の量は?」

「決まっていません。お腹一杯になるまで食べて、寝て、起きたらまた食べて、お腹が一杯になったら寝て……」


 今回篭ったのは、エルヴァロン大陸の隣、レムリディア大陸の大樹海。


 そこにした理由は、たまたま。まだ名前がなかった幼い地竜とグランディアから飛び降りた時、下にあったのがそこで、広大な樹海には良い具合に怪物えものがひしめき合っているのが竜族スピアの超感覚で判ったからだ。


 まず一度、活動の拠点としているメルカ市に戻り、スピアの名前を一緒に考えてくれた面倒見とつっこみがいい衛兵エルネストに相談し、幼い地竜に『パイク』と名付けてから、ギルド《竜の顎》へ赴きその理由と共におよそ二ヶ月の間は仕事が出来ない事を報告し、その後レムリディア大陸の大樹海へ引き返した。


 それからは概ねそんな感じ。


 ランスが獲物を狩り、スピアとパイクはその様子を見て学ぶ。


 仕留めた獲物をランスが捌き、まず自分が食べる分の肉を確保してから、汚物が詰まっている部分を除いて内臓や脳や肉を全部半分ずつスピアとパイクに。


 始めの頃は食べきれず、内臓から食べて肉を残していたパイクだったが、『たくさん食べて、大きく、賢く、健やかに育てよ』とランスが声をかけながらご飯をあげ続けて二週間も経たない内に餓喰吸収能力を発現させ、どんな巨大な獲物でも二頭でペロリと平らげるようになった。


 あとは、一緒に狩をする時に備えて、狩猟の心得を伝授したり、気配を潜ませる隠形法を伝授したり、仕留めた獲物を捌く際、ついでにその肉体の構造や内臓の位置、急所の位置を一緒に調べながら解体したくらいだ。


「なるほど……、しかし、それだけでパイク殿はあの権能……【重力操作グラビティコントロール】を発現させたのですか?」

「いいえ」

「では、何か特別な指導を?」


 前に身を乗り出してくるモーリス副会長。ご隠居も興味津々と言った様子で、ランスは目を細めて気持ちよさそうにしているパイクの首筋や顎の下を撫でながら、


「高所恐怖症を克服させるために何度も空から一緒に飛び降りました」

「……は?」

「当初、パイクは地面から足が離れる事すら怖がっていました。そのままでは一緒に空を移動するのに支障がある。そこで、高所恐怖症を克服させるため、スピアに空へ運んでもらい、慣れて平気になるまで何度も一緒に飛び降りました」


 パイクが高い所を怖がるようになったのは、間違いなく、上空およそ20キロのグランディアから放り投げられ、強制的にスカイダイビングさせられた事によるトラウマが原因だと思われるが……


 ――それはさておき。


「な、なるほど……。飛ぶ事ができれば恐れる必要はない。つまり、【重力操作】が発現してから飛ぶ事を覚えたのではなく、翼を持たないパイク殿が、高所から落下する恐怖を克服するための力を欲した結果、と……」


 副会長が納得したようなのでそれ以上は無用かと思い捕捉・訂正しなかったが、より正確を期するなら、契約後にランスが【精神感応】で伝授し、パイクが必死に覚えたのは、霊力から反重力を練成する練法――【落下速度制御フォーリングコントロール】。


 その後、【脱皮】をして今の姿へ大きく変化した際、それまでに餓喰吸収能力で獲得していたもの含めて全ての能力が大幅に向上し、【落下速度制御】も【重力操作】へ変化していて、高所恐怖症を完全に克服していたのだ。


「ランス君の教育は、なかなかにスパルタだね」


 感心とも呆れともつかない表情を浮かべてシートに身を沈ませた副会長の横で、ご隠居がそう言って愉快そうに笑う。それから、


「では、そろそろ今後の話をさせてもらってもいいかな?」


 ランスが了承したちょうどその時、安全運転で走行していた自動四輪車が停まった。そして、ブザー音の後、ゆっくりと下降し始め、好奇心旺盛なスピアとパイクは、いったい何事かと後足で立ち上がって左右の車窓から外の様子を窺う。


 原則関係者以外の立ち入りが禁止されている浮遊島フィリラの出入口であり、翼竜に乗って飛行する以外、唯一内と外を行き来するための移動手段である大型の昇降機エレベーターに乗ったのだ。


「やはり、竜飼師ドラゴンブリーダーとしてグランディアに止まるつもりはないのだろうね、――少なくとも今はまだ」


 後半を妙に強調する言い方が気にはなったがそこには触れず、ランスは、はい、と頷いた。


「そう、ですか……」


 モーリス副会長は至極残念そうにしている。それでも、引き止めたり、考え直すよう説得しようとしたりはしなかった。


 ご隠居の気になる言い方やモーリス副会長の様子からして、こちらの返答を予想してどう対応するか事前に話し合っていたのかもしれない。


「メルカ市へ戻るのかい?」

「はい」

「でも、それは明日以降でいいだろう? 今日は私の家うちに泊まっていきなさい。リノンも喜ぶ」

「お気持ちは嬉しいのですが……」と首を横に振り「もう二ヶ月も仕事を休んでしまいました」


 ご隠居は、それを聞いて残念そうにしてはいたが、その返答を予想していたようでもあり、ここでもそれ以上強く勧める事はなかった。


「リノンに何か伝える事はないかな?」


 下降していたエレベーターが止まり、車のドアを開けようとしたところでご隠居に問われたランスは、少し思案して、


「約束を忘れてはいない、と」

「うむ、確かにうけたまわった」


 ご隠居とモーリス副会長に別れの挨拶を告げ、ドアを開けて車の外へ出ると、徒歩でエレベーターを降りて車道から歩道へ。


 そして、歩きながら取り出した〔収納品目録インベントリー〕に認定書が納められた筒と羅針盤を収納すると、ランスはスピア、パイクと共にひらりと落下防止用の手摺を飛び越えて、上空およそ20キロから地上へ向かって落ちて行った。




 そこは、天と地のはざま


 何も遮るもののない空を、ただただ落ちて行く――ランスはこの時間が好きだった。


 例え小さくなっていても、生体力場を身につけているスピアとパイクは当然、その加護を得ているランスも、低い気圧や薄い空気、マイナス50度の冷気すら苦にしない。


 重力に任せて落ちていくだけのごしゅじんとは違って、スピアとパイクは、縦回転してみたり、横回転してみたり、捻りを加えてみたり、歩くように足をパタパタ動かしてみたり……スカイダイビングを楽しむ事に余念がない。特にパイクは、高所恐怖症だったのが嘘のようだ。


 そして、高度およそ1万メートルに差しかかると、ランスはパイクをかかえ、スピアは体長10メートルの程の翼竜に形態変化して背中でごしゅじんを受け止める。そして、緩やかに水平飛行へ移った。


 空は茜色と青のグラデーションが美しく、眼下には海が広がっている。一番近い陸地はエルヴァロン大陸で、現在の位置からメルカ市へ戻るには、大陸を分割統治する三つの国の一つ――兵器開発から発展した機械技術を誇るオートラクシア帝国の領土上空を通過する事になる。


 上空から眺めた今一番きな臭い国は、峻厳な山々が国土の大半を占め、平地が少ない。そして、その少ない平地に人口が集中し、主要な都市が築かれている。


 ランスはその都市部を避けるルートを選んで指示し、スピアはそれに従ってメルカ市を目指していた――が、


「―――~っ!? ごしゅじんっ!」


 スピアは己の超感覚が捉えた情報を【精神感応】で報告する。


 それに頷いたランスは、〔収納品目録〕から〔万里眼鏡マルチスコープ〕を取り出して装着し、鉄兜の目庇まびさしのように、カシャンッ、と額のプレートを下ろした。


 そして、〝来い〟と念じて右手に銀槍を召喚し――


「――行こう」

「きゅいっ!」

「がうっ!」


 スピアは躰を傾けて旋回。予定していたルートを変更して滑空し、今にも雨が降り出しそうな黒々とした分厚い雲の下にある山間の森へ進路を定めた。




「――助けてッ!! お願いッ!! 私はどうなってもいいからッ! 何でもいう事を聞くからッ! クオレだけは……クオレだけは助けてッ!!」


 曇天の下、黒々とした深い森の中に響く悲痛な叫び。


 その声の主は、十に届かないだろう歳の人種ヒューマン。両手首を大袈裟なほど頑丈な金属製のかせで拘束され、大人用のシャツの袖を捲くってワンピースのように着せられている銀髪銀眼の幼女。


 その声を聞くのは、イヌ科の動物が人型に進化した異種族――ルーガルーの中でも特に嗅覚と持久力に優れた猟犬ハウンドタイプの男達およそ30名。


 そして、もう一人。ネコ科の動物が人型に進化した異種族――バステトの中でも圧倒的な膂力を誇る獅子、その中でも特に珍しい白獅子の女性。


 圧倒的に男性が多いルーガルーと圧倒的に女性が多いバステトに共通する事だが、男性は頭部が完全に獣なのに対して、女性は人間寄りで身体つきや顔つきから一目でそうだと分かる。


「お願いします……お願いします……~ッ! どうか……どうかクオレだけは……~ッ!」


 オートラクシア帝国軍のものに似て非なる揃いの制服を身に纏ったルーガルー達は、その全員が腕や脚など躰の一部を義体化しており、中には機械の腕や脚を破損していて仲間に肩を借りている者もいる。


 そして、当然聞こえているはずだが、揃いも揃って心まで機械化してしまったかのように、悲痛な少女の叫びに応える者はなく、ほんのわずかに表情を動かす事すらしない。


「どうした? もう良いのか?」


 その中の一人、この小隊を預かる長にして両腕を義体化している一際屈強なルーガルーが、機械仕掛けの左腕で軽々と小脇に抱えている幼女に向かって抑揚なく問いかけた。


 涙を流し、鼻水が垂れても構う余裕はなく、泣き叫び、必死に懇願し続けて喉を嗄らした幼女は、一縷いちるの希望を込めて初めて声をかけてきた小隊長を見上げる。だが、彼は自分に目を向けようともせず、何度目とも知れない絶望を味わいながら声を絞り出し、


「だ、誰か……助けて……~ッ! 誰か……誰…かぁ……~ッ! ……~……~ッ!」


 無駄だと分かってはいても拘束から逃れようと諦めずもがき続けた結果、既に体力は尽き、血を吐く様に叫び続けて喉を痛め、もう声も出ない。


「……いい加減に理解しろ」


 抱えている幼女が弱々しく呼吸する事しかできなくなるまで待ってから、小隊長は感情が欠落したような声で言い聞かせるように告げる。


「どんなに泣き叫んだ所で都合よく助けなど来ない」


 幼女が顔を上げると、今まで自分を一瞥たりともしようとしなかった小隊長の底の見えない闇の淵のような瞳と目が合い……


「そして、お前が頼ったから彼女は死ぬ。お前が助けを求めたから彼女は殺される。――彼女が死ぬのはお前のせいだ」

「――違うッ!!」


 そう咆えたのは、全身に寄って集って嬲られたと思しき傷が刻まれ、力尽きたように地に伏している、少女の言う『クオレ』と思しきバステトの女性。


 彼女は両腕、両脚が義体化されている。だが、ルーガルー達のロボットのような手足と違い、生身の手足の構造に限りなく近く、関節部まで可動式の装甲で覆う攻撃的な全身甲冑の腕部と脚部を装着しているようにも見える。


「私は死なないッ! もし殺される事があったとしても、それはソフィのせいじゃ――ァガッ!?」


 無造作に歩み寄った両脚を義体化している隊員が、ゴスッ、とバステトの顔を容赦なく蹴り飛ばして黙らせた。


「クオ……~ッ!? やめ…ぇ………~っ、たす…てぇ……~ッ!!」


 ソフィと呼ばれた幼女が涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして訴えても、その時にはもう小隊長はそちらを見てはおらず、


「手足は回収する。――殺して引き千切れ」


 無情にも命令はくだされ、一班3名のルーガルーが仰向けに倒れたまま動かないバステトに向かって歩を進め――


「――がれッ!!」

『――ッ!?』


 何かに気付いたらしい他の隊員が発した声に、バステトに接近していた3名は頭で考える前に従って飛び退り――ズドォオォンッ、と天より落雷のように飛来した銀色の槍が大地に突き立った。


 轟音を響かせて地を揺るがした銀槍、その飛来した角度から投擲者の位置を予測したルーガルー達は一斉にほぼ真上に視線を跳ね上げ、想像した以上の高さから隕石のように落下してくる存在に気付き、着地の衝撃で飛び散る破片を警戒し落下予測地点から距離を取る。


 そして、それは地表に激突する直前になって唐突に減速して、ぶわっ、と周囲に風を巻き起こし、突き立った銀槍の隣、バステトとルーガルー達の間に音もなく降り立った。




(間に合った……ようだけど、これは……)


 練法【落下速度制御】を行使して無事に着地したランスは、銀槍を右手で引き抜きながら展開した固有練法【空識覚】と〔万里眼鏡〕の【全方位視野】で油断なく状況の把握に努め……


「貴様、何者だ?」


 誰何すいかの声を発したのは、幼い少女を小脇に抱えて堂々と佇む一際屈強なルーガルー。その一方で、彼の部下達は全員がよく訓練された動きで彼を中心とした防御陣形をとり、突然の乱入者のみならず上や周囲へも意識を向けて警戒している。


「スパルトイだ」


 左手で取り出したライセンスを提示しながらそう答えるランス。その一方で、既に地上に降り立っていたパイクが、念には念を入れてランスが伝授した【消臭】を使った上で風下から気配を潜めて接近し、ルーガルー達を射程距離に捉えた。彼らの索敵範囲外まで離れたスピアも、【精神感応】で合図を送れば即座に飛来できるよう準備万端で待機している。


「今後の警備のためにも貴様には聴きたい事がある。だが、その前に答えてもらおう。――貴様、いったいどういう意図があって我々の前に姿を現した?」


 ライセンスに表示されているレベルを見て眉間のしわをやや深めた小隊長は問いを放つ。その間に部下達は迅速に行動し、乱入者と傷付いた躰に鞭打って起き上がろうとしているバステトをまとめて包囲した。


「助けを求める声が聞こえた」


 ライセンスをしまいながら返された答えに、クオレは呆れ果ててもう笑うしかないといった表情を浮かべ、絶望で暗く染まりかけていた幼女の瞳に光が戻る。そして、小隊長は苦虫を噛み潰したような顔をしたのも束の間、


「前言を撤回する。――お前が助けを求めたせいで死ぬ人間が増えたぞ」


 その非情な言葉で幼女の涙で濡れた目が大きく見開かれ、


「――殺せ」


 その冷酷な命令を実行するため、ルーガルー達が義肢に仕込まれた武器を起動し、手にしている得物を構えた――その瞬間、ドシュッ!! と地中から一斉に飛び出した100を超える鋭利な水晶の槍がルーガルー達を串刺しにした。


 それは、ランスが所有していた槍の神器――〔串刺す狂王の威〕を食べて獲得したパイクの能力。


 山篭りをしていた時、おぞましい数の昆虫型モンスターに囲まれた際にそれを使用した。それからずっと欲しい欲しいとおねだりされ、以前リノンに道具を大切にしろと怒られた事があるので始めは断っていたのだが、結局は呪詛や怨嗟を起源とする殺戮兵器を一つこの世から消し去る事ができるのだと考え直し、パイクにあげたのだ。


 その後、【脱皮】した事でその能力もまた昇華され、出現するのが石の杭ではなく鋭利な水晶の槍になったのは、パイクが抱くごしゅじんへの尊敬と畏怖の顕れ。


 ――何はともあれ。


 それは小隊長も例外ではなく、致命傷を負わされて拘束していた左腕の力が緩み、解放された幼女が地面に投げ出されて倒れ込む。


 無事なのは、彼女と、ランスと、その後ろで愕然と目を見開いているバステトのみ。


 水晶の槍は飛び出した時と同様の唐突さで一斉に地中へ引っ込み、それぞれが急所を含む最低3箇所以上躰に風穴を開けられて、ルーガルー全員が地面に倒れ伏した。


「……術を…発動させる…素振そぶりなど……、……そうか、貴様は…我々の…注意…を…引き……付ける……おとり…………」


 小隊長が、ガフッ、ゲフッ、と吐血しながら紡いだ声は乱入者には届かない。何故なら、


「な、なにを……~っ!?」

「えっ!?」


 水晶の槍が引っ込む前に、〝控えろ〟と念じて銀槍を送還し両手をあけたランスは捷勁法で自身を強化すると右肩に自身より長身のバステトを担ぎ上げ、引っ込んだ直後に、駆け出して最小限の減速で掻っ攫うように幼女の腰に左腕を回し小脇に抱え上げるとその場から猛然と離脱を図ったからだ。


 途中、駆け寄ってきた小型犬サイズのパイクと合流して林立する木々の合間をすり抜けるように走りに走り、駆けに駆け――数秒後、その背後で凄まじい爆発音が轟いた。


 それも一つや二つではない。同時に複数、または連鎖的に。その総数は、おそらくあのルーガルー達の人数と同じはずだ。


 爆風が追いついてこない事に気付き、足を止めるランスとパイク。


 ランスは、まず意識がある幼女をそっと地面に降ろし、それから意識を失ってしまったバステトを木の根本に寄りかからせるように座らせて――


(これは……)


 いつの間にか、機械仕掛けだったはずの手足が、短い体毛に覆われたしなやかな生身の手足、少なくともそのようにしか見えない状態に変化している事に気が付いた。


「クオレ……ッ、クオレ……~ッ!」


 意識を失っているバステトの身を案じて縋りつく幼女。彼女には、その変化に驚いていたり不思議に思っていたりといった様子はない。


「ごしゅじ~ん」


 ランスは、足元からこちらを見上げてきて尻尾を振っているパイクを抱っこした。こちらの肩に顎を乗せてきた幼竜のうなじから背中にかけて、指先を立てて毛を梳くように撫でる。どことなく犬っぽいパイクだが、くるるるるる……、と気持ちよさそうに喉を鳴らすのは猫っぽい。


 そんなパイクは、この見た目通り、基本的には気性が穏やかでのんびり日向ぼっこする事を好む。だがしかし、敵に対しては苛烈で容赦がない。殺戮し殲滅する事に躊躇いがなく、敵を嬲ったり戦いを楽しむ行為を嫌い、即座に圧倒的な力で完膚なきまでに撃滅する事を好む。


 話は飛ぶが、帝国軍は偏執狂と言っても過言ではないほど自国の技術の秘匿に熱心で、虎の子の軍事兵器には必ずと言って良いほど『機密保持機構』という名の小型高性能爆弾が搭載されている。


 彼らの一部機械化された躰を、見た事も聞いた事もなかった生身と同等以上の性能を有する実用段階の戦闘用義肢を目の当たりにしてすぐ、まさか、と思ったのだが案の定。おそらく、心臓が停止すると起爆する仕組みになっていたのだろう。


 だからこそ、パイクには、手足を串刺しにして行動不能にすれば良い、と指示したのだが、殺傷を禁じなかったため、殺してしまっても構わないと勝手に解釈してしまったようなのだ。


 そのせいで、二人を抱えてダッシュする破目に陥ったのだが、それは良い。だが、もしここが他に誰もいない森の中ではなく、大勢の無辜の民が行き交う街中だったらと考えるとゾッとする。


 そんな事にならないようしっかり教えておかなければ――そう考えて、不意に悟った。


(そうか……これが竜飼師ドラゴンブリーダーの仕事であり役目なんだな……)


 全ては、人と竜とが共に生きて行くために。


「ごしゅじ――~んっ」


 声がしたほうを振り仰げば、小飛竜に形態変化したスピアが戻ってきた。


 スピアはごしゅじんの肩に舞い降りると、自分も構ってとばかりに頬ずりし、パイクもごしゅじんに抱っこされて尻尾をフリフリしている。


「……あ、あの……」


 揃ってその声がしたほうへ振り向くと、意識を失っているバステトの隣で、可愛らしい顔を涙と鼻水でばっちくした幼女が唖然呆然といった面持ちで自分達を見上げていて……


 束の間どうしたものかと思案したランスは、パイクとスピアを地面に降ろすと揃って姿勢を正し、取り出したライセンスを提示して――


「では改めて、スパルトイの『ランス・ゴッドスピード』です」

「『スピア』ですっ」

「『パイク』で~す」

「貴女が助けを求める声に応えて参上しました」

『ましたっ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る