第30話 思いがけない出会いと試験
それは、メルカ市を出発した翌日の昼頃、船内放送で、グランディアが見えた、という報せから程なくしての事。
「〝どうやら待ちきれなかったらしい。聖竜騎士団のお出ましだ〟」
その船内放送を、ランスは貸し与えられた船室で聞いていた。そして、
「〝こちらはグランディア聖竜騎士団。――いるな? ランス・ゴッドスピード〟」
少し早めの昼食後、ロフト式ベッドでまったりしていたスピアが、ピクンッ、と首をもたげ、ランスの頭の中に直接聞き覚えのある女性の声が響いてきた。お互いの騎竜を介して行なう騎手間の【念話】だ。
椅子に座っているランスが、上のベッドから肩へ飛び降りてきたスピアを撫でながら応じると、
「〝これから来てもらう
要するに、シャーロット号から飛び降りろ、という事らしい。
ランスは、了解した旨を伝えると、〔
「シャーロット」
ランスが何もない空間に向かって呼びかけると、
「お呼びですか?」
そこに、この
「ハッチを開けて下さい」
そう頼んで事情を説明する。
「マスターに判断を仰ぎます。少々お待ち下さい」
そう言ってシャーロットはそっと瞼を閉じ…………
「許可が下りました。どうぞこちらへ」
そう促され、〔ユナイテッド〕で乗り込んだ後部ハッチではなく、側面のドア型ハッチへ。
「準備はよろしいですか?」
「はい。お世話になりました」
「きゅいきゅいっ」
シャーロットは穏やかに微笑み、
「それでは、いってらっしゃいませ」
そう言ってお辞儀した――その直後、シュッ、といっきにハッチが開放されて気密が破られ、ランスとスピアは、気圧が高い船内の空気と一緒に、気圧が低い船外へ勢いよく放り出された。
スピアは空中で形態変化し、ランスはまた成長して体長10メートルを超えた
先導するのは、体長およそ15メートルの硬皮と輝くような紅の鱗の翼竜と、全身を隈なく覆う騎士甲冑を彷彿とさせる重装の竜騎士。
前回は他に4騎いたが、今日はこの2騎だけ。他は見当たらない。
――何はともあれ。
前方にあるのは、高低差のある大小無数の浮遊島を、浮遊石の粉末を含有する特殊な人造石の構造体――隣り合う浮遊島を繋ぐ連絡橋、上下の浮遊島を繋ぐ塔――で連結した、
あれ以降、前後のどちらからも【念話】はなく、ランスから話しかける事もなかったため沈黙したまま飛び続け、そんな
どうやらそこが目的地――浮遊島『フィリラ』らしい。
大自然がそのままといった様子の
そこへ向かって真っ直ぐ飛び…………近付くと、外縁部に騎竜と竜騎士が整列できそうな広い平地と空港のような建物が確認できた。そして、そこに大勢の人が集っているのが見える。
そこへ降りる――かと思いきや、先導する騎竜の後に続いてその上空を通り過ぎ、城下町のような街並みの中でもかなり大きな建物、その正面の広場に着陸した。
目前の建物の正面出入口には、『クリオヴォイス記念博物館』の文字が。
「ゼファード、――待て」
紅い翼竜の背の鞍から飛び降りた竜騎士は、『ゼファード』と言うらしい騎竜に待機を命じ、〔飛行兜〕を脱ぐ。意志が強そうな目許と眉が印象的な凛とした美しい面差しが露わになり、ふぅ~っ、と一息ついて軽く首を回すと、肩に軽くかかる程度の長さの赤みがかった金髪がサラサラと揺れた。
ランスもスピアの背から降りたが、もう一方はゼファードと共にここで待機するらしく騎乗したまま。
「ついてきてくれ」
女性竜騎士の言葉に頷くランス。
一瞬で小飛竜に形態変化したスピアがごしゅじんの肩に乗り、それを見て目を丸くした竜騎士が何かを言いかけたが口を噤み、博物館の出入口へ向かう。自分の興味よりも任務を優先したようだ。
中に入ると、エントランスホールで老人が一人、泰然と佇んでいた。他に
「お爺様!」
女性竜騎士が駆け寄ると、髪は白くなっているが背筋は真っ直ぐに伸び、表情には覇気がある
「お初にお目に掛かる。私は
それに対して、ランスはライセンスを提示しつつ、
「スパルトイの『ランス・ゴッドスピード』と」
「『スピア』ですっ」
ランスに続いてスピアが自己紹介すると、副会長は瞠目し、凛とした美しい面差し竜騎士は――ブッ、と鼻血を噴き出した。
「こ、これは……~ッ!? べ、別にスピアちゃんのあまりの可愛らしさに興奮したと言う訳では……~ッ!」
手で押さえるも止まらず、鼻血をポタポタ垂らしながら必死に取り繕おうとして墓穴を掘る美しき竜騎士。
その隣の副会長は見ていられないとばかりに手で目許を覆い、スピアはドン引きしてごしゅじんの背中に隠れ、どう反応して良いか分からなかったランスは無反応で通した。
――それはさておき。
ランスは、モーリス副会長から教科書のような一冊の本を受け取った。
よく読むよう言われたこの本には、人と竜との間に結ばれた『大協約』について、他にも竜飼師に最低限必要な知識が載っているとの事。
召喚状に書かれていた主旨が、本を一冊渡されただけで終わってしまった。
ランスが、まさかたったこれだけのためにわざわざ天空の彼方まで呼び出されたのか、と
「しばし、この老人に付き合って頂けませんか?」
神妙な表情で言うモーリス副会長。
ランスは頷き、踵を返した副会長に続いて、シ――…ン、と静まり返った館内を巡る。鼻を抓んで血を止めている竜騎士はその場に残った。
副会長はしっかりとした足取りで脇目も振らず、ランスとスピアは竜騎士や竜飼師関連の展示物を眺めながら進み…………やがてとあるブースで足を止めた。
そこに展示されているのは、どこかの洞窟や神殿からそのまま運んできたと思しき巨大な三枚の壁画。
「これらを見て、何か気付く事はありませんか?」
そう問われ、ランスは三枚の壁画をよく見比べる。
共通するのは、どれにも竜騎士と翼竜の姿が描かれているという事。
違うのは、戦っている相手。
右側の壁画では、山のように巨大な竜と戦っている。
左側では、水面に浮かんだ躰を沈めただけで海が割れるほど巨大な海蛇のような竜と。
中央では、竜が吐いた炎で、天が焦げ、地が焼き払われている。
「……竜騎士が、
ランスとしては見たままを口にしただけだったのだが、モーリス副会長は、我が意を得たり、といった笑みを浮かべて満足そうに頷いた。
「ランス・ゴッドスピード殿……『ランス殿』とお呼びしても?」
「はい」
「では、ランス殿。私は、真に勝手ながら、貴方に期待しているのですよ」
「…………?」
「初めて人が
「…………」
「それ故に、いつの間にか諦め、決め付けてしまっていた。――他の竜族と心通わせる事はできないのだ、と。そのせいで、強制的に竜族を従わせる忌まわしき
「…………」
「ランス殿、
副会長は、どう反応して良いか分からず無反応なランスの瞳を真っ直ぐに見詰めて、
「――貴方は、我々の希望なのです」
「…………」
「残念ながら、全ての
そう言って、深々と頭を下げる副会長。
ランスがそれはどういう意味なのかと尋ねようとしたその時、静まり返っていた博物館内に慌しい足音が響く。それがどんどん近付いてきて……
「オールドフィールド副会長。勝手をなされては困ります」
姿を現したのは、竜騎士の一団だった。〔インナーウェア〕は同じようだが、ここまで随行してきた二人の女性竜騎士のものと比べると明らかに格上の、霊装と思しき一揃いの全身甲冑を纏っている。
彼らを率いてきた隊長格の男性竜騎士だけは兜を脱いで小脇に抱えており、副会長に苦言を呈してからランスに目を向けた。
「お前がランス・ゴッドスピードだな?」
その高圧的な態度を気にせずランスが頷くと、
「我々と共に来い」
そう言い放つなり踵を返し、返事を待たず来た道を引き返して行く。
ごしゅじんに対する横暴な振る舞いに怒りを覚えて唸るスピア。ランスは、そんな相棒の背を撫でてなだめ、厳しい表情を浮かべて男性竜騎士達の背を見詰めていたモーリス副会長に会釈してから、文句一つ漏らさず指示に従った。
ついてくる必要はない、と言い捨てて二人の女性竜騎士を置き去りにし、ランスとスピアが竜騎士の小隊に包囲されて移動したのは、先程上空を通り過ぎた、あの大勢の人が集っていた外縁部の空港のような建物に隣接する広い平地。
ランスとスピアは指示された通りに降り立ったのだが、その構図は、大勢で歓迎している、と言うより、大勢で断崖絶壁に追い詰めている、と表現したほうが的確だろう。
あまり歓迎されていないのは雰囲気で何となく分かった。
竜飼師と竜騎士だ。
竜飼師のほうからは、
「あれが
「
「確かに瞳が紅い……」
「在野の
などという声が聞こえ、竜騎士のほうからは、
「竜は確かにあの時見たものに間違いないが……」
「本当にあの小僧が……?」
「何かの間違いだろう……」
「竜に乗せられているだけに決まっている」
などという声が聞こえてきた。
ランスが【精神感応】で苛立つ
「時は貴重だ。失えば二度と取り戻す事はできない」
モーリス副会長と同年代の、恰幅と身形の良い老人が口を開き、
「私、
挨拶も抜きにそんな事を
いったいこれはどういう事だと訊く間も与えられず、
「ランス・ゴッドスピード、――
幸か不幸か、質問を許されない状況に慣れている元兵士は、慌てる事も取り乱す事もなく、とりあえず従う事に。
見せろ、という事なのだろうと察し、ランスはコートの左袖を捲くる。
そして、前腕部にある天を舞う竜を意匠化したような紋章が露わになった途端、人々が一斉にどよめいた。
「そ、それは、血盟紋……~ッ!?」
雰囲気から察するに、どうやらこれは普通の契約の証ではないようだ。
会長は顔を赤くして歯軋りし、状況を飲み込めずどう反応して良いか分からないランスは無反応。そうしている内に、会長の斜め後ろに控えている立派な装備の竜騎士が、サッ、と手を上げると、ざわめいていた人々がそれを見てとりあえず口を閉じた。
戻ってきた静寂の中、会長は大きく息を吸って長く吐き、自分を落ち着けてから、
「では、貴殿がその
ランスはわずかに眉根を寄せた。スピアを育てたのは事実だが、それを証明するものなどない。
「では、貴殿がその
そんな者はいない。だが、もし仮にいたとしても、審議の事など知らされず自分だけが来いと言われて来たのだから、証人などこの場に連れてきているはずがない。
ランスは、会長が何をしたいのか分からず内心首を傾げた。
それとなく人々の様子を窺ってみると、ニヤニヤ笑っている者、それを堪えている者が大半だが、中には少数ながら不快そうに顔を顰めている者も見受けられる。
そうしている内に、会長は今度もランスの沈黙を答えと受け取ったらしく、また勝手に話を進めた。
「契約は本物。だが、育てた確かな証はなく、確かに育てたと証言する者もない。契約を交わすだけなら
ランスの正直な気持ちは、だからなんだ? の一言に尽きた。
竜飼師に、なりたい、とも、認めてほしい、とも言っていないし思ってもいない。それなのに、
内心の困惑をおくびにも出さないランスをよそに話は進む。
「だが、貴殿は伝統と格式あるクリオヴォイス学院で学んだ竜飼師候補生ではない。それ故に、幸運に助けられただけの貴殿の無知を責める事はできない!」
そこかしこで失笑が漏れ、どうとも思わないランスは苛立ちも露わに唸るスピアを【精神感応】でなだめる。
そして、先程顔を赤くして歯軋りしていた会長は余裕の笑みを浮かべて、
「そこで私は、貴殿に、それを証明する機会を与えようと思う!」
会長の宣言に合わせて、斜め後ろに控えている竜騎士が後方に向かって大きく手を振ると、竜騎士と翼竜が1騎、こちらに向かって飛んでくる。
その鋭い鉤爪を備えた足には、何かが入った袋のようなものがぶら提げられていて…………飛来した騎竜は、そっと、優しく、そのぶら提げていたものを会長とランスのちょうど中間に降ろして飛び去った。
下ろされた袋は勝手に広がり、中に入っていたものが露わになる。
それは、1頭の幼竜だった。
大きさは成体の陸亀ほど。首と尻尾は長く、短く太い四本足で――翼はない。
それはつまり、
目を
おそらく、博物館の壁画で見た山のように巨大な竜――『
「その幼竜はこのグランディアで孵化した
この段に到って、ランスはようやく会長が自分に何をさせようとしているのかを察した。
「貴殿がその
「ありません」
会長は、うむ、と頷き、
「では、貴殿にこの幼竜を預ける! 期間は二ヶ月! 変則的ではあるが、これを
その告知でまた人々がどよめいた。とはいっても、中にはこの流れを読んでいた者も少なからずいるようで、そういった人々はニヤニヤ笑っているか不快そうに顔を顰めていても動揺はしていないため、血盟紋とやらを目撃した時ほどではない。
「異論はあるかね?」
会長に問われたランスは、スッ、と手を上げ、
「異論はありません。ですが、質問があります」
異論はない、と言われて、一瞬、困惑を覗かせた会長だったが、それをすぐ押し隠して鷹揚に質問する事を許可する。
「自分がこの話を断った場合、この幼竜の処遇は?」
その発言で人々はざわつき、会長はわずかに眉根を寄せてから、
「竜族の中で最も情愛が深い
それ故に、ごく稀にだが、こういう事が起こるのだと言う。そして、
「
それを聞いて、ランスは心を決めた。
先程、一瞬だけだが幼竜と目が合った。その瞬間、ランスは胸がざわつくのを感じたのだが……その理由が、今はっきりと分かった。
目の前にいるこの幼竜は、おそらく、もう人の言葉を理解している。そして、自分の周りで話していた者達の言葉を聞き、知ったのだ。
自分が必要とされていないのだという事を。
生まれ故郷から追い出されるのだという事を。
この幼竜は、まだ『ランス』ではなかった頃の自分だ。物心つく前に
自分には師匠がいてくれた。ならば――
「了解しました。責任を持って育てさせて頂きます」
会長が一瞬浮かべた、してやったり、といった感じの笑みが気になったが……まぁ良い。
こうして、ランスは竜飼師認定試験を受ける事になった。
会長の後ろに控えていた秘書の一人が認定試験に関する質問に応じ、二ヶ月が過ぎると機能が停止するという期限付きの羅針盤を渡した後、会長が口出し無用と厳命し、解散を宣言したため、人々が三三五五に散って行く。
「俺はランス・ゴッドスピード。こっちはスピア。これからよろしく」
周りに人がいなくなったため、ランスはくだけた口調で話しかけながら幼竜を撫でようとして――ガブッ、とやられた。
「…………これって、握手の代わり?」
ランスの右手首から先は丸々幼竜の口内にあり、手首の上辺りに上下の前歯突き立っている。
だが、餓喰吸収能力でもなければ
ランスが握手をするように咬みつかれたまま腕を上下させると、幼竜は諦めて口を放した。
コートには傷一つなく、奥歯で咬まれた右手は少し歯形が残っているが出血はない。唾液塗れだが、肘から先に練法の【洗浄】を使えば一瞬で綺麗になる。シャーロット号で話題になった殺人バクテリアも心配する必要はない。
そもそも、
この幼竜は、今日まで人の手で育てられていた。出会うまでどこで何を食べていたか分からないスピアに口移しで食べさせてもなんともなかったのだから、たぶん大丈夫だ。
――それはさておき。
「一緒に行こう」
そう促しても幼竜は一向に動こうとしない。
そこで、どうしたのか訊き、スピアに通訳してもらうと、同時期に孵化した自分より躰の小さい力の意味を知る聖母竜の眷属と同じ量の食べ物しかもらえず、ひもじくて動きたくないとの事。
それなら仕方がない、とランスは【念動力】で200キロ近い幼竜を、ふわっ、と持ち上げた。
「がっ がうっ!?」
幼竜は、しばらく空中でジタバタしていたが、慣れたのか、諦めたのか、体力の無駄遣いだと気付いたのか、だら~ん、と力を抜いておとなしくなる。
「じゃあ、まずは腹ごしらえ。それから……名前か」
その瞬間ランスの脳裏に浮かんだのは、スピアの名前を一緒に考えてくれた、面倒見とつっこみがいい衛兵の顔だった。
とりあえずの目的地が決まり、ランスは【念動力】で浮かせた幼竜と
「がう? がうっ!? がおっ がおっ が――がうぅうううううううぅ~――…」
浮遊島の端から、ぽいっ、と放り投げ、小さくなっていく幼竜の悲鳴を追うように、ランスとスピアも浮遊島から飛び降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます