第23話 最強の殺し屋と制竜者
「あいつらは……ッ!?」
その二人の姿を認めた途端、レヴェッカは目を見開き、
「あぁ、予想していた以上の大物がかかりやがった……ッ!」
ティファニアは笑みの形に口角を吊り上げるも目は笑っていない。
フィーリアは男性恐怖症だが、既にその二人を男ではなく無力化すべき対象と認識しているらしく、嵐の前の静けさを思わせる静かな佇まいで〔
「グルルルルル……」
他は歯牙にもかけずスピアが一心に敵意を向けているのは、金髪碧眼の青年。重厚な全身鎧を身に纏い、左手で兜を小脇に抱え、右手で身の丈を超える大剣を肩に担いでいる。
象徴的な装飾が施された全身鎧は霊装、剣身だけで2メートルはあり盾ほども身幅がある大剣は宝具、そして、腰に巻いた2本のベルトに並べて差されている無数のナイフのように巨大な牙は全て
「《トレイター保安官事務所》だッ! 指名手配犯、グラーシャラボラス! ソンベルス! ――お前達を逮捕するッ!」
レヴェッカは、左右の太腿のホルスターから2丁の
「武装を解除し、両手を頭の後ろで――」
「――黙れ」
レヴェッカの警告を遮り、もう一人の男が
その無造作に行なわれた動作によって発生した衝撃波が地面を抉りながらレヴェッカへ向かって直進し――一行は危なげなく回避した。
彼らが投降するはずがないのは火を見るより明らか。そうであるにもかかわらず何故そんな無駄な事をしたのかとランスが不思議に思っていると、
「あのね、ランス君。忘れないでほしいんだけど、私は保安官なのよ?」
レヴェッカは、保安官としてごく当たり前の手順を踏んだだけだと苦笑した。
その一方で、
「その混ざっている〝妙なの〟は盗人だ」
そう言ってランスに鋭い目を向けるのは、聖魔使いと思しき黒髪赤眼の男。長身痩躯を戦闘用コートで包み、右手で
その斧槍と槍はおそらく宝具以上、神器である可能性も否定できない。
背後に控えている伯爵級と思しき体長およそ3メートルの
ランスは、その男が自分に向けてくる殺気の質に覚えがあった。
そして、盗人呼ばわりについて思い当たる事といえば一つしかない。
「小僧、貴様が手にしている槍は俺の物だ」
思った通り。しかし、装着している〔
「それを何所で手に入れた?」
ランスは無反応。
その男は苛立たしげに眉を吊り上げ、
「そうかっかするな。何はともあれ、紆余曲折を経てお前の許へ戻ってきたんだ。ここは喜ぶべきところだろう?」
金髪碧眼の青年になだめられて忌々しげに舌打ちする黒髪赤眼の男。
「奴は俺が
「思うが儘に殺し、奪い返すが良いさ。俺のほうで用があるのは奴じゃない。その肩にいる奴だからな」
そう言った金髪碧眼の青年の視線を受けて、スピアが、ぞわっ、と毛を逆立てた。
「ランスも、スピアも、ヤバイのに目ぇ付けられたな」
スピアを撫でてなだめるランスに向かってそう言ったのはティファニア。それに続いてレヴェッカが黒髪赤眼の男を油断なく見据えながら、
「あいつは、『魔王軍』に属する最強の殺し屋。9億の賞金首で、通称『グラーシャラボラス』」
『魔王軍』とは、世界中で暗躍する最悪のテロリスト集団の事であり、前身はその名の通り、かつて世界を脅かした魔王直属の団長達によって率いられていた最強の軍団。その主要メンバーは、長い戦いの果てに竜と人間の勇者達によって潰滅された魔王軍の残党、その子孫だと言われており、多くの謎と深い闇を抱え、一説によると魔王の遺産を受け継いでいるとも噂されている。
「仕事に失敗した事は一度としてなく、保安官、警官、軍人、騎士、
「その隣も同じ魔王軍で、
「……『ソンベルス』」
締まらないティファニアをフィーリアが助けた。
『
敬愛や信頼……そういった人と竜との絆を尊ぶ竜騎士や竜飼師が、そんな
「どっちもその実力は単独で軍団に匹敵するといわれる化け物よ」
一方には契約した伯爵級
だがしかし――
「――ちょっとランス君ッ!?」
スピアがごしゅじんの肩から地面に降り、ランスは常日頃と変わりのない足取りで黒髪赤眼の男――グラーシャラボラスに向かって歩を進める。
「おいッ! 今の話、聞いてなかったのかよッ!?」
「一人でなんて無謀――」
一瞬で体長8メートル超の飛竜へ形態変化したスピアの尻尾が、ズシンッ、とランスと引き止めようとしたレヴェッカ達とを隔てるように振り下ろされた。
そのスピアは、ごしゅじんの勝利を信じて疑わず、綺麗におすわりして既に観戦モード。
「実力に見合わぬ強力な武器を手にして本来の己を見失ったか……愚かなガキだ」
苛立ちと憐れみが半々といった様子で吐き捨てると、応じるように前へ出るグラーシャラボラス。
融合装着する事なく、2本の槍を保持している悪魔系傲慢型聖魔はその場に待機させたまま。包囲している
どうやら己が身とその手にした斧槍と槍のみで戦うつもりらしい。
「…………」
ある程度間合いが詰まった所で槍を中段に構えるランス。
片や1本、片や2本。槍を得物とする二人が対峙した。
自然体で構えを取らないグラーシャラボラスは、ランスの余分な力の抜けた構えを見て、ほう、と感嘆の声を漏らし、
「それなりにやり込んでいるようだな。だが、この俺に勝てると思っているその傲慢、――死を以って
グラーシャラボラスから放たれていた殺気がいっきに膨れ上がり――ドッ、と打突音が響いた。
「……は?」
間の抜けた声を漏らしたのは金髪碧眼の青年――ソンベルス。レヴェッカ達は絶句している。
ランスがしれっと繰り出した刺突は、特に速くもなければ遅くもない。本当に何気ない刺突が〝先の先〟――機先を制する形となってグラーシャラボラスの
「…………?」
残った目で自分の躰に開いた穴を不思議そうに眺めるグラーシャラボラス。
たとえ相手が単独で軍団に匹敵する力を有していたとしても、その力が振るわれる前に討ち取ってしまえば関係ない。故に――
――ギィイィンッ!
「うぉおおおおおぉッ!?」
その場に居合わせた者全員の意表を衝いて忽然と間合いを詰め、ランスはまたしれっと刺突を繰り出してソンベルスをも討ち取ろうとした――が、反応できなかった彼に代わって身に纏っている象徴的な装飾が施された全身鎧が反応し、分離して飛翔した菱形の装甲によって阻まれた。
(
それは、鎧の霊装には珍しくない自動防御機構。全身鎧の肩や腰から分離し、装着者の意思とは関係なく自動的に防御する
ソンベルスは動揺も露わに左手で小脇に抱えていた兜を装着しつつ大きく飛び退り、ランスはそれを上回る速度で追撃し――
――その時、自分が負けるはずはないという傲慢で身を滅ぼしたグラーシャラボラスの躰からついに力が失われて崩れ落ち、召喚者が死亡した事でこの場に存在していた全ての聖魔が一斉に送還されて掻き消え、伯爵級が手にしていた2本の槍が支えを失って地面に転がり――
――ズドンッ、と目の前で地面から槍が生え、咄嗟に急制動をかけた。
「………~ッ!?」
何とかぶつかる前に止まる事ができたが、思わず眉をひそめるランス。
その槍は、グラーシャラボラスが手にしていた血色の槍。だが、彼が命尽きる寸前に繰り出した攻撃ではない。
担い手を失った神器が新たな担い手の前に現れた――ただそれだけの事。
宝具や神器の中には何よりも使われる事を望み、自らに相応しい担い手を捜し求めてその者の前に現れるものや、担い手が死亡した場合、最も近くにいた者の前に出現するものなどある。
この血色の槍と、いつの間にかその隣で地面に突き刺さっている斧槍はそうらしい。
常なら、相手の攻撃であろうとなかろうと障害全てを回避して追撃し、仕留めるまで一気呵成に攻め立てていた。だが、銀槍を手にした時と同様、まだ手に取った訳でもないのに真名と秘められた力の使い方が脳裏に浮かび上がったせいで意識が目の前の槍に引き寄せられてしまい、咄嗟に回避する事ができなかった。
この槍にそんなつもりはなかったのだろうが、そのせいでランスは好機を逸し、
「はっはっはっ! やはり俺は勝利の女神に愛されているようだッ!」
軍団に匹敵すると謳われる
魔法陣の完成と発動までが一瞬ではどうしようもない。特に召喚用の魔法陣は内と外を隔てる一種の結界。その外接するように展開された五つの魔法陣に囲まれているソンベルスには手が出せない。無理に徹す方法がない訳ではないが……。
ランスは小さくため息をつき、邪魔をしてくれた上、勝手に自分を担い手と認めてしまった槍達に目を向ける。
古の世に、妖精族が暴虐の限りを尽くした『
年経る事で器物としての意識が宿ったこの長さおよそ150センチの斧槍は、その魂魄が抜かれた強靭な竜族の肉体を妖精族の秘術で圧縮成形したもの。小さな棘付き鉄球のような石突は尻尾、柄にはびっしりと鱗模様があり、槍の部分は角、鉤の部分は爪、斧頭は頭部で、一見しただけでは分からないが、顔を近付けてよく見ると斧の刃を形作っているのがびっしりと並んだ無数の小さな鋭牙だという事が分かる。
血色の槍の神器は〔
有史以前に滅びた種族、その王は、民族浄化を行ない、その後も領土に踏み入った異民族や異種族を悉く殺し、縄張りを侵したその見せしめとして、串刺しにして国境線上に突き立てた。その数は、数万とも数十万とも云われ、串刺しにされた者達で囲まれたその土地は犠牲者達の怨念で汚染された。
そして、汚染が取り返しのつかないレベルへ達する前に、現在では失われている秘術を以って、串刺しにされた者達の膨大な呪詛を1本の槍に集束させ、玉座を追われ生け贄にされた王を串刺しにする事で犠牲者達の怨念を鎮め、大地を浄化した。
その膨大な呪詛を集束させ、王を処した事でその狂気をも宿した1本の槍こそが、この長さ2メートル超の血色の槍。
どちらも危険極まりない代物であり、その猛威や呪詛が担い手に向く事はないとは言え、できる事なら係わりたくない。だが、こんな物が、今後グラーシャラボラスのような者の手に渡るような事態は回避しなければならない。
ランスは致し方なくそれぞれを地面から引き抜いて〝控えろ〟と念じ、とりあえず異空間で待機するよう命じた。
傍らにスピアが寄り添ってきて――五つの魔法陣の中に五つの巨大な影が出現する。
「…………そっくりさん?」
唖然としていたティファニアがどうにか言葉を搾り出す。その視線の先にあるのは、糸の切れた操り人形のように倒れて二度と起き上がる事のない男の姿。
「そんな訳ない……と思うんだけど……」
否定したものの、レヴェッカも自信なさげだった。
それ程までに衝撃的過ぎたのだ。反応できなかったどころか、自らに穿たれた傷を見てようやく攻撃を受けたのだという事に気付いたらしい、あの
「――まだ終わっていませんッ!」
一人冷静さを保っていたフィーリアがすっぱりと思考を切り替えて仲間に檄を飛ばす。それで二人が、はっ、と我に返った。
《トレイター保安官事務所》の三人は、
「おいおい、
どれも体長10メートル前後。四足型の
それに対してソンベルスは深く同意するように頷き、
「あぁ、全くその通りだな。――だが分かってくれ、仕方がないんだ。俺の相棒は気難しくてな。この程度のペットを退けられないような輩の相手に呼び出そうものなら、たちまち機嫌を悪くする」
スピアと邂逅し、本物の
だがしかし、それ以前はどちらもドラゴンの一種と認識し、総称としてそう呼ぶ事もあった強大な存在。村や少し大きい程度の町なら容易に壊滅させ得る獰猛で非常に危険なモンスター。
ソンベルスは、そんな陸亜竜と偽翼竜を使って腕試しをすると言っているのだ。
ティファニアは、チッ、と舌打ちし、レヴェッカ、フィーリア、ランスとスピアも、未だに檻として機能している魔法陣が消える瞬間に始まるであろう戦闘に備える。
「あぁ、グラーシャを倒した貴様は合格だ。お仲間の健闘を期待しながら見物していろ」
ソンベルスはランスに向かってそう告げ――思い出したかのように続ける。
「それにしても、貴様のような奴が出張ってきているとは流石に予想外だったぞ、――エゼアルシルトの〝王の槍〟」
「えッ!?」
「〝王の槍〟って……まさかッ!?」
レヴェッカ達の視線が、否定も肯定もせず無反応なランスに向けられた。
「おいおい、まさか知らないで一緒にいたのか?」と呆れたように言ってから「公式には存在せず、構成員は近衛騎士団長を兼任する〝王の剣〟を除いて謎のヴェールに包まれた、エゼアルシルト国王直属の達人集団『王の宝物庫』。それぞれが国宝である武具の使用を認められたその道の達人であり、その単独で軍隊に相当すると言われる化け物共の中でも最強と謳われたのが槍の達人――通称〝王の槍〟だ」
ソンベルスは得意げに語り続け――ランスはゆらりと歩を進める。
グランディアがエゼアルシルトの王都へ
そうと判れば無駄話に付き合ってやる道理はない。魔法陣の消失を待たず仕掛ける――つもりだったのだが、
「そいつがどれ程ヤバイかって? 魔王軍が怖気づいてエゼアルシルトからの撤退を決めた程だッ!」
ガシッ、と肩を掴まれ引き止められた。
「魔王軍が、あの魔王軍がだぞッ!? 放っておいてもエゼアルシルトは勝手に衰退し、三竦みは崩れ、大戦が勃発する、などとそれらしい理由を述べてッ! 笑えるだろうッ!?」
目はそう言って自らが属する組織を嘲弄するソンベルスに向けつつ、ランスの肩から手を離したレヴェッカが辛うじて聞き取れる小声で早口に、
「待って。よく舌が回ってる。このまましゃべらせて。
「…………」
ランスは身を引いた。それは納得したからではない。今の自分の立場を弁えての事。彼女達の協力者である以上、その意見は可能な限り尊重しなければならない。
「だが、そんな思惑ははずれた。まぁそれはいい。待ちきれずに別の
その別の
「問題なのは、漏れるはずのない情報が漏れていたらしいという事だ」
それまで全員に語って聞かせるように話していたソンベルスの目がランスで留まる。そして、一転して真剣な様子で、
「俺とグラーシャが入る予定だった
「…………」
「あそこには、
リノンを誘拐した目的は身代金ではないという事は分かっていた。そして、ミューエンバーグ家が所有する飛行船だけが目的ではないだろうとは思っていたが、どうやらグランディアへ上がるためではなく、エゼアルシルトへ侵攻するタイミングをグランディアの位置で計るために、リノンの羅針盤を必要としていたようだ。
「そして、その拠点を潰した貴様自身が、
ここにいるのは幾つもの偶然が重なった結果であり、事実上エゼアルシルトを追放された身でそんな事を知るはずがない。だが……
「…………」
ランスの脳裏にある人物の姿が浮かび上がる。
そんなはずはないと思う。しかし、自分が軍法会議に掛けられる事もなく放免となったのには何らかの思惑があったはずで……
「それが知りたいのならまずそっちから答えなさいッ!」
ランスは無反応。〔
「この
「〝
レヴェッカ達は、その回答に三つの驚きを得た。
一つは、ソンベルスがこちらの質問に答えた事。もう一つは、首謀者が既に死亡していたという事。そして、最後の一つが、
「〝
「〝
期せずして
レヴェッカも目を見張っていたが、次はそっちだ、とソンベルスに催促され、無反応なランスに代わって、
「見当違いも甚だしい。彼はLv・Ⅲのスパルトイで、見ての通り
怪訝そうに眉根を寄せたソンベルスは何事かを思案する様子を見せ……それから口を開こうとしたちょうどその時、
「ギャアォオオオオオォ――――~ッッッ!!!!」
陸亜竜の1体が咆哮して躰を
ソンベルスは、チッ、と忌々しげに舌打ちすると、限界か、と呟き、
「次は当人から聴く。お前らはこいつらと遊んでいろ」
魔法陣が消失し、陸亜竜と偽翼竜が解き放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます