第20話 空中戦

 保安官達が、管制室から総合管理局ピースメーカー竜騎士の砦ネストと連絡を取り、敵の正体、旗艦の位置と形状、その飛行船にリノンの父親である『ライアン・ミューエンバーグ』が乗っている事……その他、求められるままこの場所で得られる限りの情報を伝え、今後敵に新たな動きがあれば報告するよう管制室のスタッフに頼んだ。


 その間、ランスとその肩の上にいるスピア、そして、祈るように両手を胸の前で組み合わせているリノンは、複数投影されているモニターの映像をずっと見続けている。


「状況は?」


 ティファニアがそう声をかけると、


「良くありません」


 ランスはモニター群から目を離さずそう答えた。


 現在、飛行船団は、術者達が乗っている傲慢プライド聖魔マラークが憑依した旗艦を中心として、大量の銃砲火器と共に吸収して飛行船のような形状になっている無数の強欲グリード型の聖魔マラークが三次元的に配置されている。


「良くない、か……、ずいぶん控え目に言ったものね」


 やってきたレヴェッカが、口調は軽く、だが、深刻な表情で言う。一緒にやってきたフィーリアは前髪で目許が隠れていて表情が読みづらいものの、雰囲気からして意識的に冷静さを保とうとしているようだ。


「編隊を組まれる前に落とせなかったのが痛いわね」


 おそらく、急所の存在を隠すためだろう。旗艦は当初、同じ方向を目指しているだけで無秩序に飛んでいるように見えた飛行船団の中にさりげなく混じっていた。


 だが、竜騎士団のわずかな動きの変化を見逃さなかったのか、始めからその距離まで接近した段階で編隊を組むという作戦だったのか、判断の難しいタイミングで飛行船団は現在の隊形へ。それに呼応して、先行していた数隻の小型艇も後退し、今は旗艦に接舷して補給を受けているようにも見える。


「痛い、か……、ずいぶん控え目に言ったもんだな」


 レヴェッカは、ちゃかすな、と自分の言い様を真似た助手を睨んだが、


「致命的、だろ?」


 ティファニアの言葉に対して何も言い返せなかった。


 旗艦には、召喚者と支援者と思しきおよそ150名の術者が乗り込んでいる。つまり、この一隻を撃墜できれば全ての全金属飛行船の形をした悪魔を無力化する事ができたのだ。


 しかし、その機会は失われてしまった。


 旗艦を護衛する集団で召喚された強欲型聖魔の等級は、おそらく中級――伯爵級以上。子爵級以下――下級とは強奪の能力の強度、吸収する速度共に次元が違う。子爵以下の下級聖魔なら、上級攻性法呪の高威力で術が吸収されるよりも速く破壊して倒す事ができる。しかし、伯爵級以上にその手は通用しない。


 そんな伯爵級以上の強欲型聖魔を撃破する方法は幾つかある。同じ等級の天使アンゲロス系聖魔をぶつける。イルシオンが術式を秘匿している消滅系法呪。高位召喚術士による強制送還。通称『消滅爆弾』こと〔オーブ・オブ・バアル〕。霊威を帯びた物理攻撃。年を経て力を付けた竜族ドラゴンの理不尽な威力の吐息ブレスなど。


 竜騎士の長柄武器と狙撃銃ライフルが融合したような法呪・練法を遠距離に高速で射出する霊装――〔火線槍ファイアアームズ〕による砲撃は、聖魔を破壊し切る前に吸収され、わずかなダメージも即座に修復されてしまった。


 〔オーブ・オブ・バアル〕が使用される気配はなく、消滅系法呪や強制送還の使い手もいないらしい。


 そして、その海栗ウニかハリセンボンの棘のように生えた無数の銃身や砲身から発射される大口径機銃弾や砲弾の分厚い弾幕に阻まれて、霊威を帯びた物理攻撃を叩き込むどころか、騎竜の吐息ドラゴン・ブレスが届く距離まで近付く事もできない。


 それ故に、手も足も出ない竜騎士団は、飛行船団の射程外まで引き、以降、その距離を維持して後退し続けている。


「…………」


 隣にいるリノンが手を握ってきた。その小さな手の震えを感じつつ、ランスは考える。


 グランディア側がこのまま何もしないはずがない。時期に、虎の子の宝具使いや天使系と契約を交わした聖魔使いサモナーを乗せた飛行船や潜空艇が出てくるはず。


 敵飛行船団がグランディアへ到達するのが先か、グランディア勢が敵旗艦を撃墜するのが先か――そんな戦いになる。


 戦闘が始まってしまえば、旗艦に捕らわれているリノンの父親を救出する余裕などないだろう。報告されたのはつい先程。救出を専門とする部隊の編成は間に合わない。そうなると、まず間違いなく、グランディア側は大を救うために小を切り捨てる。


 救出するなら、そんな戦いが始まる前――今しかない。


「リンスレット保安官」


 ランスは、何? と振り向いたレヴェッカに確認する。


「ミューエンバーグ氏が生きているというのは確かな情報ですか?」

「えぇ、確かよ」


 レヴェッカの肯定を受けて、【精神感応】でスピアに作戦を伝えると、


「きゅいきゅいっ」


 スピアは自信満々に頷いた。ならば――


「ちょっと行ってくる。ここで待ってて」


 自分の手を握っている小さな震える手を握り返してから放し、ランスは踵を返した。


「行ってくる、って……叔父様を助けに行く気ッ!?」

「はい」


 幾つか制止の声が掛かるが聞き流し、ランスは、管制室中央にある二重螺旋の階段を降り、その中心スペースにある円形のハンドルを両手で回す。始めは重かったが、軽くなってくると円形ハンドルから垂直に立っている棒状ハンドルに持ち替え、片手で勢い良く回すと梯子がするすると伸びて円形の足場ステップが下がっていく。遥か下に雲海が見えた。


「無茶よッ! グランディアうちの聖竜騎士団が手も足も出なかったのを見てたでしょうッ!?」


 確かに見ていた。――だが、関係ない。


「〝できる〟か〝できない〟かは問題ではありません。〝やる〟か〝やらない〟かです」


 そう言って、両掌と両足の土踏まずで左右から挟むようにして梯子を滑り降り、非常用脱出口から身を躍らせ、


「――兵は拙速を尊ぶ」


 ランスは体長8メートル超の翼竜に形態変化したスピアと共に出撃した。




 突如、どこからともなく現れた白い翼竜が、単騎で敵集団に向かって蒼穹を一直線に翔けて行く。


「――おいッ!? あれはどこのバカだッ!?」


 それを目視し、飛行船団と一定の距離を保って後退してきた部隊を率いている大隊長が声を上げた。


「今すぐ呼び戻せッ!!」


 それはすぐに試みられたが、通信霊装を持っていないらしく、その上お互いの騎竜を介して行なう騎手間の【念話】にも応答がない。


「何を考えているんだッ!?」

「無謀だッ!!」


 部隊中が騒然となる中、


「ねぇ、あれって……ッ!?」

「あぁ! あの時のッ!」


 とある小隊の隊長と副長、麾下きか4名は、警備任務遂行中に遭遇した竜と少年だとすぐに気付き、驚きの声を上げた。


 そんな声が今まさに敵旗艦を目指して突撃しているスピアの背にまで届く訳もなく、伏せるように姿勢を低くしているランスはただ一点、敵旗艦――細長い2本の気嚢の間に大型クルーザーのようなゴンドラが挟まれている特長的な形状の全金属飛行船、その艦橋を見据えていた。


 そして、スピアも同じものを見据えていて――


「――スピアに任せる」


 ランスは、〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを、カシャンッ、と鉄兜の目庇まびさしのように下ろして言い、スピアは、ごしゅじんのその一言を受けて紅の瞳を、ギンッ、と光らせ、力強く羽ばたき、風を操って加速する。


 ただ速く、ひたすらに速く、ほんのわずかでも早くごしゅじんを目的地へ送り届けるために。


「…………ッ!」


 全金属飛行船の形をした強欲型聖魔の正面に生えた無数の砲身かから、ぽっ、と煙が上がったのが、無数の銃身の先が、チカチカチカッ、と光ったのが見えた。砲撃音と発砲音はまだ聞こえない。それより早く砲弾と機銃弾がくる。


 ――ドゴォンッ!! ドゴォンッドドドゴォドゴォンッ!! ドゴドゴォンッ!!


 無数の砲弾の3分の2がこちらに届く前に進路上で炸裂した。


 爆炎が広がり、爆音が轟き、爆風が荒れ狂い、爆煙が行く手の視界を塞ぐ。これに怯んで速度を落とす、または回避行動をとったところで残りの3分の1――榴散弾が破裂して撒き散らされた破片と散弾、それに紛れて機銃弾が襲い掛かる。


 モニターで見た通りだ。


 通常の騎竜は、生体力場を持っていない。体内霊力制御オド・コントロールで身体能力を強化して飛行し、騎手が【障壁バリア】を展開していた。


 だがしかし、スピアにはそれがある。


 体内霊力制御と生体力場による二重の強化、更に生体力場の防御力、これらを合わせ持つスピアならこの弾幕を突破できる――はずだった。


「――ぅぐッ!? ス、スピアッ!?」


 直進するはずが、突然跳ね上がるように急上昇――回避行動をとったのだ。


 いったい何故? そう思って【精神感応】を試みると、


(……怯えてる?)


 そう、スピアはひどく怯えていた。


 いったい何に? そんなのは決まっている。あの炸裂した砲弾の爆炎や爆音などに、だ。


 『百聞は一見に如かず』と言う。故に、ランスは、モニター越しに見るのと直接肌で感じるのは別物だと警告し、人の感覚と竜の超感覚では情報量に雲泥の差があるのだと注意した上で、自分が過去に経験した衝撃を【精神感応】で伝えもした。


 それでもスピアは自信満々に大丈夫だと言っていたからこそ実行に移したのだが……


 射程外へ退避しようとUターンするスピア。


 その飛び方は明らかに普段と違っていた。白い体毛に覆われている背中から震えが伝わってくる。羽ばたきが不規則で、これまで感じた事がないほどひどく揺れた。


(無理もない、か……)


 スピアは、まだ生後三ヶ月に満たない幼竜。数百、数千……数万もの長き年月を生きるものもいるという竜族ドラゴンにしてみれば、まだ一瞬にも満たないような時間しか生きていないのだから。


 自分が、恐怖という感情の重要性に気付いたのはいつ頃だったろう?

 恐怖を感じなくなる事を恐れるようになったのはいつ頃からだろう?


 〔万里眼鏡〕のプレートを上げ、ランスはスピアの背中を見詰めながらそっと撫でる。


 【精神感応】で、打たれ、叩かれ、散々に打ちのめされて鍛え上げられ、死地、修羅場、数多の戦場で磨き上げ研ぎ澄まされた兵士はがねの精神が、幼き竜の精神に寄り添い――スピアの大きく見開かれていた目が、すぅ――…、と細められ、揺れていた瞳に落ち着きが戻り、飛行が安定する。


「俺は飛べない。だから、何も教えられない。空で俺にできる事は、スピアを信じて頼る事だけだ」


 ランスは、【精神感応】を維持したまま語りかける。


「スピアは、モニターに映し出されたあの光景を見て、やれると言った。だから俺は信じた。でも、ダメだった。――それは良い」


 何故なら、自分達はこうして生きていて、百聞は一見に如かず、という大切な事を実感する事ができたからだ。これは、確実に今後の糧になる。


「今できなくても構わない。スピアならいずれ必ずできるようになる。だから、今できない事をやろうとする必要はない。できる事だけやれば良い」


 回避行動をとってからだいぶ離れた。勢いをつけるのに十分な距離だ。


「空で俺にできる事は、スピアを信じて頼る事だけだ。だから、スピアが決めてくれ。――〝やる〟か〝やらない〟か」


 その返事は――


 グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!


 蒼天に、決意の咆吼が響き渡る。


「よし、――行こう」


 ランスは〔万里眼鏡マルチスコープ〕のプレートを、カシャンッ、と下ろし、スピアの背中に伏せるような前傾姿勢をとる。


 スピアは、【精神感応】で感じていた。ごしゅじんの中にも恐怖がある事を。ごしゅじんは自身の中にある恐怖から目を逸らさず、しっかりと受け止めた上で前進を、目的の達成を望んでいるのだという事を。そして、自分へ向けられている信頼が微塵も揺らいでいないという事を。


 それがスピアに渇望させた。ただただどこまでも一途に、ごしゅじんのようになりたい、その想いに応えたい、そのために――


 ――力が欲しい、と。


 ランスはまだ知らない。

 スピアもまだ知らない。


 竜族ドラゴンにそう思わせる事ができる人間が、何と呼ばれるのかを。


 元のルートに戻ったスピアは、力の限り羽ばたいて、そのために必要な能力全てを行使して、持っていても今まで必要としなかった力すら発揮して、――加速する。


 恥や後悔、迷いを置き去りに、加速して、加速して、更に加速して――

 ただひたすらに前を見詰め、一直線に前へ、前へ、更に前へ――


 その非常識な速度に、竜騎士達が驚愕して我が目を疑い、敵は危機感を覚えたのか、飛行船団から前回を遥かに上回る砲弾と機銃弾が発射された。


 〔万里眼鏡〕の【全方位視野】と【空識覚】を発動させたランスは【感覚共有】で知覚を委ね、竜族ドラゴンの超感覚にそれらを加えたスピアは全ての砲弾、大口径機銃弾の弾道を把握し――両翼を閉じて躰を弾丸のように回転させる事で不可避と思われたそれらを悉く躱し、わずかな隙間を潜り抜けた。


 進路上で炸裂する事で怯ませるはずの砲弾は全てスピアの後方で空しく炸裂し、榴散弾の破片と散弾、大口径機銃弾は虚空に向かって無意味に撒き散らされ、正面よりも圧倒的に数が多い飛行船側面の機銃群は一つとしてスピアを捕捉できず――


「――ありがとう」


 ランスは、ここまで連れてきてくれた頼りになる相棒に感謝の気持ちを伝え、バッ、と翼を広げてバレル・ロールし上下逆さまになったスピアの背中から跳躍。脇を締め〝来い〟と念じて現れた銀槍を抱き抱えるように石突付近を保持し、両足で柄を挟み、十分に練り上げた霊力を穂先に集中させ、ドロップキックのような姿勢で分厚い強化ガラスを破砕し、ミサイルのように敵旗艦の艦橋へ突入した。




 魔王崇拝者サタニストの男性――『ダスヴァヌ』には、最後まで訳が分からなかった。


「あの弾幕を突破したッ!?」


 自分と同じく、召喚術士の負担を一部肩代わりし、霊力を提供する事で消耗を軽減するためにいる同胞が驚愕の声を上げ、艦橋がにわかに騒然となり、


「は、速――」


 真っ直ぐこちらに向かってくる白い翼竜の速度に驚嘆した別の同胞が、速い、と言い終わる間もなくそれが――銀の槍を携えた男が強化ガラスを突き破って飛び込んできた。


 気密が破られた事で艦内の空気がもの凄い勢いで外へ――上空20キロの空へ吸い出され、急激な気圧と気温の変化で耳鳴りや目眩に襲われ……イカれてるとしか言いようのないその男の行動に混乱する同胞達の中で、冷静さを保っていたのはただ一人。


 先日、意識を同調させていた悪魔デーモンを撃破された際のフィードバックで脳を破壊され、目、耳、鼻、口から血を溢れさせて亡くなった『ラウム様』を超える召喚術士――『フォラス様』が、手許に大鎌を召喚しながら誰何すいかの声を上げると、銀の槍を携えた男は、


「リノンの友人だ」


 そう答え、


「リノンッ!? 今リノンと言ったのかッ!?」


 既に我々の手の内にはないという事も知らず、人質に取られた娘の解放を条件にここまで案内してきた愚かな男が声を上げ、


「リノンの父、『ライアン・ミューエンバーグ』か?」

「そうだがそんな事はどうでもいいッ!! 娘は――」


 その言葉を掻き消すように響いた、ドゴンッ、という轟音に振り向くと、括り付けられていた補助シートごと巨大な白い手に鷲掴みにされた愚かな男が艦橋の壁に開けられた大穴の向こうに消え――


 ドッ、という音に振り返ると、大鎌を手にしたフォラス様の後頭部と背中と腰の三箇所に穴が開いていて、一瞬、その向こうに突入してきた窓から艦橋の外へ飛び出した銀の槍を手にした男の後ろ姿が見え――


 背中に熱を感じてまた振り向くと視界が白く染まり――…


 ダスヴァヌの意識はそこで途絶えた。




〝作戦は奇を以って良しとすべし〟


 それと、こうも教えられた。


〝作戦は単純明快シンプルであればあるほどほど良い〟


 故に、今回の作戦も、敵旗艦を目指してスピアと共に突っ込み、艦橋から突入してリノンの父親を捜索・確保して脱出する、と至って単純明快。後は臨機応変に。


 悪魔デーモン系・傲慢プライド型は、本来、召喚した術者が融合するように装着するタイプ聖魔マラーク。故に、それと契約を交わした召喚術士は武術を嗜む者が少なくない。


 艦橋にいた術者達の要となる召喚術士もそうだったらしく、禍々しい装飾が施された大鎌を召喚して構えた。


 だが、艦橋に突入したランスは召喚術士それに構わず、拘束されている男性に『ライアン・ミューエンバーグ』であるかどうかを問い、救出対象であると確認すると、【精神感応】と【感覚共有】を活用してスピアと連携し、迅速に目的を達成した。


 その流れは――


 まず、ランスが自分に敵全員の意識を引きつけている間に、飛竜へ形態変化したスピアが外から艦橋の壁をぶち破って対象を確保。


 次に、追撃を阻むため、スピアが壁をぶち破った轟音で、召喚術士が正面こちらを向いたまま思わず意識を背後そちらへ逸らした刹那の隙に間合いを詰め、反応する暇も与えず三度突いた。


 躰の正中線に沿って銀槍で眉間、胸、下腹部を貫き、生命を維持する上でも、術を行使する上でも重要な器官である脳、心臓、臍下丹田を確実に破壊して踵を返す。


 そして、まだ流出し続けている空気の流れに乗って突入時に破砕した正面の窓から艦橋の外へ退避――直後、スピアが対象を確保するために開けた穴から竜炎ドラゴン・ブレスを吹き込み、他の術者ごと艦橋を焼却した。


 その後、艦橋から飛び降りたランスは、〝控えろ〟と念じて銀槍を送還し、甲板デッキに着地後即ダッシュ。頭上から響いてきた爆発音には目もくれず、艦橋の破片が降り注ぐ前にその場から退避。そして、追いついてきたスピア――リノン父が縛り付けられているシートを両手で抱えた飛竜の背中に飛び乗り、敵旗艦からの離脱を図る。


「――――ッ!」


 追撃がきた。旗艦に接舷していた小型艇の一隻だ。


 その特長的な形状の全金属飛行船は、召喚者の死亡によって憑依していた聖魔が送還された事で本来の姿に戻った。だが、破壊された艦橋はそのままで制御を失っている。


 他の小型艇は傲慢型聖魔が憑依していればこその高出力で、なんとかまだ他の術者達――周囲の飛行船の形をした強欲型聖魔を召喚・制御している召喚者と支援者およそ140名――が乗っているこの飛行船ふねを支えようとしているが、その一隻だけがもの凄い勢いで追ってくる。


「――うわっ、ぅわぁあああああああああぁ――――~ッ!?」


 何やら男性の悲鳴が聞こえてくるが構っていられない。翼竜形態なら振り切れただろう。だが、飛竜形態で人一人が縛り付けられている椅子というおもりを抱えた状態では……


 直線では間違いなく追いつかれる。飛行船の形をした聖魔と聖魔の間を縫うように、不規則でアクロバティックに飛翔するスピアに対して、執拗に追ってくる小型艇は撃ってこない。無駄弾を嫌い、ジリジリと距離を詰めながら確実に仕留めようとしているのが分かる。同士討ちを嫌ってか、飛行船の形をした聖魔が撃ってこないのがせめてもの救いだ。


 ランスは首筋がチリチリするような感覚を味わいながら方向を指示し、スピアはそれに従って懸命に飛び、小型艇が殺意を滾らせながら追い……小型艇から放たれる殺気が頂点ピークに達した――その時、


「――〝避けろッ!!〟」


 【念話】で女性の声が直接頭の中に響く、スピアはランスの指示で急旋回。そこへ遠距離から高速で射出された攻性法呪が降り注ぎ、小型艇は間一髪で回避したもののスピアの追撃軌道から大きくはずれた。


 小型艇は、追う側から一転して追われる側へ。追撃しているのは、グランディアへ上がってきた際に遭遇した、あの警備任務中だった六頭の翼竜と六人の竜騎士だ。【念話】の声に聞き覚えがある。


「ふぅ~……、間一髪だったな」


 〔万里眼鏡マルチスコープ〕の【全方位視野】で、背後から迫る小型艇にだけでなく周囲にも意識を向けていたからこそ、前方でグランディア側が動き出したのに気付き、こうなる事を見越してスピアをこの空域へ誘導した――ランスの作戦勝ちだ。


「気を抜くのはまだ早い。帰還して報告するまでが仕事だからな」


 ランスはそう言いつつ頼れる相棒の背を撫で、スピアは統制が失われた飛行船団とグランディア勢がぶつかり合う空中戦を尻目に管制室へ向かって飛翔した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る