第13話 未曾有の大事件

 そこは、かつてその二つ名で呼ばれていた元保安官シェリフが経営するファストフード店《キャノンボール》の店内。


「空港に爆弾が?」


 先ほど別れたばかりだというのに早くも再会を果たしたリノンとランスに向かって、レヴェッカはチーズバーガーを片手に怪訝そうな表情で聞き返した。


「はい。スピアちゃんがそう言ってるんです。ね?」


 リノンに問われて頷くランス。


 彼女達と別れた後、ランス、スピア、リノンは、クルーズ・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕に乗り、この浮遊島グリスィナから連絡橋を渡って、複合商業施設バベルの根本に位置する最も低い位置にあって空港やターミナルビルがある浮遊島リザへ。そして、巨塔バベルの外側に張り付いている螺旋状の道路を上ろうと入口へ向かっていたその時、スピアの超感覚がその存在を捉えた。


「空港の警察に報せたの?」

「もちろん報せました。でも、検査を通って運び込まれたものだからそんなはずがない、なにか証拠はあるのか、って全然取り合ってくれなくて。それでランスさんが直接調べようとしたら、スパルトイには捜査権がないからダメだ、って空港の管理施設の中に入れてもらえなかったんです」


 それを聞いて、トッピング全部乗せのホットドッグを頬張っていたティファニアと、ランスが近付いた事で数種類の野菜とスライスチーズと薄切りの鳥胸肉を挟んだベーグルサンドに口を付けたまま硬直していたフィーリアが顔を見合わせた。


「そのスピアちゃんは?」

「空港で見張っててくれてます」


 リノンが従姉妹シェリフの力を借りようと提案し、ランスと共に呼びに行く間、スピアには身を隠して見張り、もし何者かが移動させようとしたらそれを追うように頼んである。


 そして、まだそこにいるか分からなかったが、とりあえず潜空艇シャーロット号へ向かっている途中、ランスが偶然前を通りがかったこの店の中に三人がいるのを発見して今に至る。


「間違いないの?」

「スピアがそう言っています」


 レヴェッカの問いに、確信を込めて即答するランス。


「……分かったわ。――行くわよ!」


 所長レヴェッカの命令に、ティファニアはホットドッグの残りを口の中に押し込み、フィーリアは残りを包み紙で包み直す。


 事務所へ帰還する途中で店に寄った三人は装備を持ってきていたため、そのまま店の駐車場に止めてあった事務所備品の軍用自動四輪駆動車ジープに乗り込み、〔ユナイテッド〕に乗ったランスとリノンに先導される形で空港へ向かった。




「ごしゅじんっ!」


 役目を全うしたスピアが舞い戻り、ランスは顔面に向かって飛来した相棒をそのまま、ふぶっ、とやや仰け反りながら受け止めた。


 レヴェッカは危険だからと言い含めてついてきたがったリノンを空港警察署で待たせようとしたのだが、自分達の近くが一番安全だろうとのランスの進言で同行する事に。


 やはり保安官バッジの効果は覿面で、迷惑そうな空港の貨物管理施設の責任者と警官を伴って、レヴェッカ、ティファニア、フィーリア――《トレイター保安官事務所》の面々とランス、スピア、リノンは、屋外に大量のコンテナが並べられ積み上げられている迷路のような一画へ。


「きゅいっ」

「これです」


 肩に小飛竜スピアを乗せたランスが、とあるコンテナの前で足を止めた。


 レヴェッカが問うと、責任者の中年男性は手元の書類に目を通す。それによると、中身は医薬品との事だが……。


 保安官レヴェッカに開けるよう求められ、責任者は渋々自身の権限で掛けられていた錠をはずし、コンテナの扉を開いた。


 責任者を扉から下がらせ、ティファニアが暗いコンテナの中へ法呪【照明ライティング】で創り出した光球を送り込む。中はガランとしており、納められていたのは呪化金属製と思しき小型のコンテナが一つきり。


 中へ入り込んだティファニアが確認すると、それには錠が取り付けられていた。目で許可を求め、所長レヴェッカが頷くと、右手に装備している円形盾ラウンドシールドの縁を叩き付けてそれを破壊し、小型コンテナを開放する。


 中はほぼ緩衝材で、納められている品は同じものが五つ。その内の一つの取っ手を掴み、緩衝材の中から引き抜くと、それは1リットルサイズの強化ガラス製の容器で、ゲル状の霊気遮断物質の中に黒い球体が――いや、既に限界ギリギリまで霊気を吸収しているらしく、ほぼ黒い光で染まった紅玉色の球体が浮かんでいた。


「なにこれ?」

「これって……まさかッ!? 〔消滅爆弾オーブ・オブ・バアル〕ッ!?」


 ティファニアは知らないらしく訝しげに眉を顰め、コンテナの中へ踏み込んだレヴェッカは、それを見て一度細めた目を見開いた。


 レヴェッカが、警官と責任者を呼び寄せて確認させ、それについて説明すると、


「そ、そんなはずは……ッ!?」

「このコンテナがここに運び込まれたのは何時いつ?」

「えッ!? あっ、はい! えぇ~と、これは……あっ、はい! 先頃到着した便から降ろされたばかりです!」


 動揺を露わにし、嫌な汗を額に滲ませた責任者は、しきりに手元の書類をめくる。


 警官はコンテナから飛び出すと手帳サイズの警察用通信霊装で署に連絡を入れ、保安官事務所してんの所長がついでに総合管理局ほんてんにも連絡するよう頼んだ。


 その一方、ランスはコンテナの外から中の様子を窺いつつスピアの頭や顎の下を撫で、


「教えてくれてありがとう」


 お手柄小飛竜は気持ち良さそうに目を細める。


 〔オーブ・オブ・バアル〕そのものの波動は特殊なゲルによって完璧に隠されていたが、スピアは以前食べた霊気遮断物質特有の気配を覚えていて、ごしゅじんに報せた。


 そして、そうと知ってしまったランスは、それを放置できなかった。何故なら、『犯罪の抑止』はスパルトイの義務だとリノンに教えられたからだ。義務は果たさなければならない。


 そんな訳で行動したが、あとは《トレイター保安官事務所かのじょたち》と警察に任せるべきだろう。


 ランスはそう判断し、リノンをつれて観光に戻ろうとした――が、少し遅かった。


「リノン、コンテナの奥に隠れていたほうが良い」

「えっ?」


 軽く目を見開いたリノンがランスの視線を辿ると、こちらへ向かって走ってくる三つの人影が。全員ツナギを着ており、この管理施設で働いている職員のように見えるが……


「分かりました」


 ランスを信じ、真剣な表情で頷くとコンテナの中へ。


「何が来たって?」


 リノンの報せで中から外へ出たティファニアが訊き、続いて出てきたレヴェッカが目を細めて向かってくる三人を観察する。


「お前達そこで何をしているッ!? ここは関係者以外立入禁止だぞッ!」


 駆け寄りながら男達の内の一人が職員としては至極真っ当な事を言い、ティファニア、レヴェッカ、フィーリア、ランスへと視線を順に移し――開放されているコンテナの扉の陰から出てきた警官を見て目を見開いた。


 隠れていた訳ではなく、たまたまその職員がいる場所からは見えないところで署に報告していた警官の手には通信霊装があり、それを見たツナギ姿の三人は咄嗟にベルトで腰に提げている工具入れの中から拳銃を取り出し――


 ――ドドドォンッ!


 銃声が連続で轟き、肩を撃ち抜かれた三人は、銃を取り落として膝から崩れ落ちた。


 先に動いたのはツナギ姿の男達。しかし、動き始めたのは後でも、右手で左脇に提げていた回転弾倉式拳銃リボルバーを一切無駄のない動作で抜き撃ったレヴェッカの三連射のほうが圧倒的に速かった。


「レヴィッ! 弾薬たま無料ただじゃないんだから散財は控えろっていつも――」

「――今のは必要だったでしょッ!? それと今は『所長』って呼びなさい」


 突進しようと構えていた円形盾を下ろしたティファニアと、銃をホルスターに納めたレヴェッカがそんな言い合いを始め――


『――ぬぅうぁああああああああああぁッッッ!!』


 その隙に、撃たれて倒れた三人は痛みと恐怖を打ち消そうとするかのように咆哮し――懐から取り出した短剣を自分の胸に突き立てた。


呪物フェティッシュを用いた儀式召喚ッ!?」


 それは、そのための才能を持たない者が、積み上げた過去と未来の可能性、そして、現在の自分という存在を代償として聖魔マラークを召喚する禁断の儀式。


 この方法での召喚は術者が死亡し、受肉して存在がこの世界に固定されるため、聖魔はその器が完全に破壊されるまで自律型戦術兵器として機能し続ける。


 その機能とは、ほとんどの場合、破壊であり殺戮だ。


 その独特な形状の大剣を構えるフィーリアの横で、ティファニアは、チッ、と舌打ちし、


「ってかレヴィ! なんで撃って止めないんだよッ!?」

「ティファが撃つなって言ったんでしょッ!?」


 そんな無益な言い合いをしている間に、短剣を心臓に突き立てた三人の男達がゾンビのように立ち上がった。その肉体が内側からボコボコ膨らみ、ゴリゴリ、とも、ボリボリ、とも聞こえる異音を発して骨格から変形する。


 おそらく変化は数秒で完了し、聖魔が顕現するだろう。だが――


「――兵は神速を貴ぶ」


 それを待ってやらねばならない道理などない。


 ランスは一歩目を踏み出しながら胸中で〝来い〟と銀槍を呼び、


『…………ッ!?』


 レヴェッカ、ティファニア、フィーリアがふと気付いた時にはもう、捷勁法を用いた高速移動で忽然と間合いを詰め、変化中の無防備な状態を晒す三人、いや、三体を捉えていて――ボンッ、とほぼ同時に三体の頭部中央に風穴が開き、ドンッ、とほぼ同時に三体の胸に風穴が開いて、カランッ、とほぼ同時に三本の短剣が地面に落下した。


 しかし、それでも遅い。


 彼らの命は既に捧げられた。召喚は止められない。聖魔が完全な状態で顕現するため肉が盛り上がって破損箇所を再生する――が、そのために必要とされた数秒間、そのわずかな時間を稼ぐ事こそがランスの目的。


『…………ッ!?』


 突如目を眩ませた純白の閃光に、《トレイター保安官事務所》の面々が手でひさしを作って目をかばいながらそちらへ振り向くと、そこには体長8メートル超の飛竜へ形態変化したスピアの姿が。


 三人は驚愕し、警官は通信霊装を手にしたまま腰を抜かして、


 ――ゴォオオオオオオオオオオォッッッ!!!!


 スピアはごしゅじんがバックステップで離れた直後、紅より橙や黄に近い透明度の高い超高熱の炎――竜の吐息ドラゴン・ブレスで三体の蠢く肉塊を一片も残さず焼き尽くし、呪物の短剣すら蒸発させた。




 以心伝心――と言ったほうが格好はいいのかも知れないが、【精神感応】を用いればこの程度の連携は容易い。だからこそ、距離をとる前に【念動力】で短剣以外の彼らの持ち物を剥ぎ取るだけの余裕があった。


 ランスはスピアを労った後、地面に纏めて置いていたそれらを検める。


 その一方で、ごしゅじんに褒めてもらい頭を撫でてもらってご機嫌な飛竜スピアは、コンテナの中に手を突っ込み、中の小型のコンテナを取り出して器用に開け、


『わぁああああああああああぁ――~ッ!?』


 周囲から上がる悲鳴を気にする事なく、緩衝材の中から引き抜いた〔オーブ・オブ・バアル〕を口の中に放り込んだ。


「ちょ、ちょっと、ランス君ッ!? スピアちゃんがなんかとんでもないもの食べてるんですけどッ!?」

「そうですね」

「そうですね、って大丈夫なのッ!?」

「大丈夫です。前にも食べた事があるので」

「なんでよッ!? もっとまともなもの食べさせてあげなさいよッ!!  ――って、それ、さっきの奴らの?」

「はい」


 後ろではまだギャーギャーワーワー悲鳴が上がっていたが、ランスとレヴェッカは気にせずそれらを検め……スピアが全ての〔オーブ・オブ・バアル〕を食べ終わった後もけろっとしているのを見て、その騒ぎは次第に収まっていった。


「ティファ、フィー」


 所長が助手達を呼ぶ。その二人の後にリノンもついてきた。


「この職員証、たぶん本物よ」

消滅爆弾オーブ・オブ・バアル呪物フェティッシュ、本物の職員証……周到なのは用意だけじゃなく計画も、か?」

「でしょうね。あとこれ」

「イヤーカフス型の通信霊装?」

「そう。つまり、通信する相手がいる」

「ったく、グランディアはいったいいつから観光客だけじゃなくテロリストまで歓迎するようになったんだ?」

「で、でも、シェリフの総本山でテロなんて……」


 ランスを避けるようにティファニアの背に隠れているフィーリアがそう言ったその時、


「あ、あのっ、すみません!」


 管理施設の責任者同様、蚊帳の外にいた警官が声を掛けてきた。彼は、血の気の引いた青白い顔で手にしている警察用の通信霊装を指差しながら、途方に暮れたように、


「あ、あの、ついさっき、なんか、空港警察うちの署が武装集団の襲撃を受けているって……」

『…………』

「そ、それで、あの、通信が途絶えて……、な、何度も呼び掛けてるんですけど、その……応答が、なくて……」

『…………』

「あ、あの、そのぅ……本官は、いったいどうすれば……?」

「――テメェで考えろこの税金泥棒がァッ!!」


 ひぃいぃッ!? と震え上がる警官と怒鳴り散らすティファニアをよそに、目を閉じたレヴェッカは頭痛を堪えるかのように額に手を当て、夜叉ティファニアの背中から自分の後ろに移ってきて、所長? と不安そうに声を掛けてきたフィーリアに、こんな時だけ所長にしないで、と返し……とりあえず大きく深呼吸する。そして、


「空港警察署は、空港ターミナルビルの中にある。こんな空高くまで上ってきて警察署を襲ってそれで終わりって事は、まずないでしょうね」


 そう言ってから、はぁ……、とため息をつき、一同を見回して、


「私には、総合管理局ピースメーカーと戦争がしたい頭のおかしいテロリスト共が空港を占拠して、この浮遊島リザを橋頭堡にしようとしているようにしか思えないんだけど、みんなはどう思う?」


 それに異論を唱える者はいなかった。

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