報酬の支払い。

彼女の存在に面を食らってしまったが、すぐにそんな事は気にしない事に決める。

なぜ彼女がここに居るのか、そんな事は解らない。私にわかる事はたった一つだけ。

彼女の背後、玉座に座る男が私の討つべき相手という事だけだ。

数人の護衛はいるが、あの程度物の数ではない。問題は彼女だけだ。


「退け」


無駄口をたたく気は無い。そう思いただこちらの要件を言い放つ。

たとえ相手が恩人の彼女であっても、立ち塞がるなら押し通る。


勝算があるとは思えない。この体を用意したのは彼女なのだから。

それでも、ここまで来て、退くなんて事は私には出来やしない。

せめて、あの男だけはこの手で殺す。


「や、奴を殺せ! そうすれば報酬は払う! お前ならば殺せるだろう!?」


彼女と睨み合っていると、玉座に座る男が彼女に向かって命令をそう下した。

金で雇われた護衛という事か。なら解り易い。

どうしたって退いてくれないなら選択肢は一つしかない。

だが彼女はその言葉を聞いた瞬間、至極つまらなそうな顔を見せた。


「あー? 何言ってんだてめえ。てめえは一度ならず二度までも私に報酬未払いしてんだぞ。だってのにこんなバケモン相手にタイマン張ってやる義理はねえな。呼び出しに応じただけでも感謝しろ。それに『私』みたいな『化け物』なんてもう要らねえんだろう?」


彼女はそう言いながら煙草に火をつけ、煙をふかしながら私の横を通って行った。

まるで私も玉座の男も一切興味がないと言わんばかりに、散歩に行く様な足取りでその場を離れて行く。

私は思わず、それを呆けて目で追ってしまっていた。


「ま、待て、待ってくれ。払う。今度は言い値で払うから見捨てないでくれ! ヒガサネェ!」


――――ヒガサネ。

聞いた事がある名だ。単独で国を亡ぼす化け物と噂されてる人間と同じ名前だ。

自分の目的の為なら情け容赦なく全てを殺し、死体の道を歩む者。

他者の命など一切を顧みず、自分に逆らう全てを殺す殺戮者。


まさかあんな少女がと思うが、あの女は見た目通りの少女ではないだろう。

少なくとも、こんな化け物の体を用意出来る人間だ。見た目通りの年齢であるはずがない。


しかし成程「ムカついた」相手はこの男という事か。支払いに応じなかった。だから殺す。

なんて解り易くて、なんて残忍なのだろう。私よりもよっぽど怖いわよ、貴女。

でも、だからこそ私を利用したのだろう。こいつに意趣返しをするには効果的だ。


どうにもならないから滅ぼそうと思ったら手をかまれ、それでも何とか封印したと思って安心したら目の前に現れた。

怖いでしょうね。恐ろしいでしょうね。

今貴方の目の前に居るのは、貴方を殺しても飽き足らない位恨んでいる存在なのだから。


彼女が邪魔をしないならば、その想いはすぐに果たせる。

安心して、皆。解ってる。こいつは、すぐには殺しはしない。

里の皆の欠片にもならないけど、ある程度は同じ目に遭わせてやる。

そう想いを込めて、男を睨む。


「ひっ、行くな! 行くなヒガサッ――――あ、があっ!」


男は私の眼光に恐怖の声を上げながら叫ぶが、それは彼女によって止められてしまう。

パンという乾いた音と共に、男の肩が撃ち抜かれていた。

小型の単装銃が彼女の手に握られている。この国では見た事が無い火器だ。


護衛達は彼女に火器を向けるが、その手は震えていた。

まるで私より怖い化け物を相手にする様に見える。

だが彼女は銃口が自身に向いている事なんて一切意に介していない。


「黙れ。その腐った口で私の名を呼ぶな。反吐が出る」

「あ、か、かたっ、うぐっうっ」


彼女はまるでごみを見る様な目を男に向けながら、吐き捨てる様に言い放つ。

たとえ男は今から私に殺されるとはいえ、一国の王に容赦なく銃弾を撃つ彼女は、まさしく人の規則に囚われない存在なのだと解った。

彼女は人の姿で人間なのかもしれないが、それでも人が彼女を化け物と呼ぶ理由が良く解る。


「が、言い値で払うと言ったな」

「う、うぐっ、は、払う! 払うぞ!! だから助けてくれぇ!!」


肩を撃たれながらも尚も彼女に助けを求める男。それだけ彼女の力が強大という事なのかもしれないが、それならば何故彼女を蔑ろにしたのだろうか。

そんな事はどうでも良いか。今問題な事は彼女が報酬を払うと聞いてやる気になりそうな事だ。


「じゃあ、国を寄こせ」

「・・・は? い、いや、何を言っている! そんな物を払えるわけが無いだろう!」


彼女の口から出た要求に、男は肩の痛みも忘れた様に呆けた顔を見せた。

だがすぐに気を取り直し、彼女の言葉を否定する。

どうやらこの男は余りにも愚鈍な様だ。彼女の言葉はそのまま死ねという意味だ。


彼女が要求するのは国。もし本当に報酬を払うならばこの男はただの凡夫になる。

ならばこの男の所業を考えればただで済むわけがない。

そして払わないのであればどの道私に殺される。

あれは要求でも何でもなく、ただの死刑宣告だ。


「あっそ、じゃあ死ね」

「わ、解った、は、払う!払う!」

「・・・本気で言ってんだろうな」

「ほ、本気だ! し、死にたくない!」


何て、情けない男。そしてなんて馬鹿な男。こんな男に私の一族は滅ぼされたのか。

彼女の目を見て良くそんな事が言えるものだ。

あの眼を見てそんな戯言を吐けるなど、本当に救いようがない。

彼女が何をしたくて留まっているのかは私には解らないが、それでも彼女は男に害をなそうと考えている事だけは見て取れた。


「なら、ここに音声記録の機械がある。これに王権の放棄をすると、記録して貰おうか」


彼女はそう言って、手に持つ小型の機械のボタンを押す。

まさかそんな物を出されると思っていなかったのか、男は口を噤んでしまった。

どうせこの場だけ乗り切れば良いと思っていたのだろう。


「どうやら出来ない様だな。じゃあ、大人しく――――」

「わ、解った! 私は王を降りる! この国で持つ実権全てを放棄する!!」

「―――だ、そうだ。聞こえたな。後は宜しく頼まぁ」

「・・・は?」


彼女は男が王権の破棄を口にすると、手に持つ機械を口に持って行き、誰かに語りかけた。

するとノイズ音交じりに、その機械から音が流れる。


『理解した。今そこに居るは王の血を引く一族でも、貴族でも何でもない、ただの逆賊だ。聞こえたか民達よ! お主らを苦しめる王は王では無かった! ただの下賤の者だ!』


機械から誰かの叫ぶ声と、大きな歓声が聞こえて来る。

一体あれは何なのだろうか。

その音を聞きながら、彼女は心底楽しそうに笑い声をあげた。


「あっはっは、ばっかでー。これでお前どうあがいても死ぬぜ。周辺の豪族共はお前が王で、王族だから手を出さなかったんだ。これで最早お前を守る物は何もない。護衛共も逃げたらどうだ。あっという間に周辺から兵士が押し寄せて来るぜ?」


彼女の言葉に男は口をパクパクとさせているが、状況を理解したらしい兵士達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。

こんな王の為に、いや、王でも何でもない者の為にかける命はないと。


「だ、だ、だ、騙したなぁ! ヒガサネェ!」

「うっせえ! 最初に騙したのはてめぇだろうが!!」

「ひっ」


騙された事に怒り叫ぶ男だが、逆に叫び返されて悲鳴を上げる。

怒りに染まったその顔は、化け物になった私でも少し気圧された。

だが彼女はすぐ元のどうでも良さげな顔になり、煙草を吸って煙を吐く。


「これで私の用は済んだ。後は好きにしな。・・・こいつに殺されたガキどもの分も頼む」


彼女は今度こそこの場から去って行き、ずっと動かなかった白猫も彼女について行く。

ただその時一瞬見えた彼女の横顔は、ほんの少し悲しげに見えた。

その姿を少しだけ眺めてから男に向き直る。やっと、想いを果たせる。里の皆の仇を討てる。


「た、助けてくれ! た、頼む! か、金なら払う! だかんぐっ」

「もう喋るな。後お前は用済みだ」

「ひっ、そんぐぎゃっ」


男が命乞いをするのすら苛立ち、手で口を塞ぐ。

そして用が無くなった案内に使った男を握りつぶし、壁に投げつける。

ベチャッと潰れたトマトの様になったそれを見て、男は恐怖で失禁をしてしまった様だ。


「殺すのは簡単だ。だが、お前は簡単に死ねると思うな」


死の恐怖と、すぐに死ねない恐怖と苦しみを味合わせてやる。

兵士がなだれ込んでくるのがいつになるか解らないが、それまで里の皆の苦しみを思い知れ。

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