悪魔の契約

「はっ!?」


意識が浮上したのを感じて飛び起きる。

慌てて周囲を見渡すと、どこかの部屋の様だ。

少なくともさっきまで居た真っ暗な洞窟とは、似ても似つかない。


自分が転がっていた物がベットだとそこで気が付き、更にもう一つ気が付く。

体が動いている。自分の意志通りに体が動いている。


「・・・うご、ける」


自分の両手を見つめ、久方ぶりに動いている感覚に違和感を持つ。

おかしな話だけど、封印されてた時間がそこそこあったせいで、動くのが不思議な感覚だ。

でも、なんで動けているんだろうか。あの後一体何があったのか。

あの娘は、あの変な娘と白猫は一体どこに行ったのか。


「あ、れ、この、姿」


周囲を確認していると、姿見が視界に入った。

そこに映っていたのはまだ呪いを受ける前の、一族の呪詛を一身に受ける前の自分の姿だった。

膨れ上がった体も、化け物の形相も、全てを貫きそうな角も無い。

パッと見ただけでは人間と変わらない、以前の自分の姿がそこに在った。


「起きたか」


背後から、洞窟で聞いた声が聞こえた。

きっと自分の姿に驚いていたせいだろう。

背後にあの娘が近づいていた事に気が付けなかった。


「これは、貴女の仕業?」

「ああ、そうだ。その状態じゃ、本来の半分程度も動けりゃ上等だけどな」

「十分よ」


あの半分も動けるなら十分すぎる。

人間を悉く砕き、潰すのならば、本来の半分でも何の問題も無い。


「貴女、何者なの。何が目的?」

「何者って言われても、ただの可愛い人間の女の子だけど?」


ふざけたポーズをとりながら、ふざけた答えを返す娘。

確かに可愛い事は認めるが、そんな事が聞きたいわけじゃない。


「ふざけないで。こんな事が出来る奴がただの人間なわけがない」

「人間だよ。一応な。目的はそうだな、ムカついたから、だ」

「そう、あくまで答える気は無いという事ね。良いわ、恩人だもの。これ以上は聞かないわ」


娘はおそらくまともな人間ではない。こんな事が出来る存在がただ人間であってたまるものか。

目的も良くは解らないが、知った事ではない。私は私の目的さえ果たせればそれで良い。

そしてその目的を果たす事が出来る様にしてくれた娘は恩人だ。

意識を失う前の契約は覚えているが、それでも想いを遂げられるなら構わない。


「今から、暴れて来るわ。貴女は被害を被らない様に早く逃げる事ね」

「まあ、待てよ。ちっと散歩にでもいかねぇか」

「なにを――――」

「従え。目的を果たしたいならな。私に従わないなら洞窟に逆戻りだぞ」


先程までのふざけた態度とは真逆な、威圧感の声音で娘は言った。

拒否権は、お前には無いと。

そう言われては私は何も言えない。流石に先の契約の意味ぐらいは解っている。

私は悪魔に魂を売り渡し、その力で願いを叶えるのだ。

叶えてくれる悪魔の機嫌を損ねれば、全てが無意味と化す。


「解かったわ」

「いい子だ」


私より小さいなりのくせに、いい子だとは随分上からね。

やっぱり、見た目通りじゃないのは確定かしら。まあ、別にどうでも良いわ。

私の目的も、やる事も変わらない。

全て殺す。この国の人間は、一人残らず。


私は娘が部屋を出て行こうとするのについて行く。

そしてそのまま家も出て、外に出て目に入ってきた光景に一瞬狼狽えた。


「―――なに、これは」


死体が当たり前の様に転がっているかと思えば、その死体を食っている人間がいた。

周囲に見える人間の目には気力が感じられない者と、ぎらぎらとしたただ飢えを凌いで生きようとする感情だけが見える目の物に分かれている。

そしてその誰もが、体に栄養が、食べ物が足りていないと解る。


「――――ぁ」


目に力のない人間の一人が倒れた。

すぐ傍に、目に力のある人間が駆け寄って―――。


「なっ」


手に持った凶器を、倒れた人間に振り下ろした。

人が、人を解体して、食べるところを選んでいる。

それもその人間一人ではなく、群がるように。


「―――なん、なの、これ」


同族を一切の躊躇なく解体できるその光景に、吐き気が込み上げてくる。

なんだ、何なんだあいつらは。あれが、あんな物が人間なのか。


「これがこの国だ。この国の底辺だ。そしてこの国の人間はこの現状から逃げられない」

「こ、こんな物がこの国だっていうの!? 私達の里では、こんな事!!」

「だからだ。だから気に食わなかった。この国の王は搾り取れないお前たちが気に食わなかった。だから、いっそ殺してしまえと思った」

「――――っ、そんな、そんな事で、私の里は!」


フザケルナ。フザケルナ!

国の人の不満どころか、個人のつまらない感情の為に私達は、家族は、あの人は殺されたのか!

あと少ししたら婚姻だったのに、愛を誓い合ったのに!

あいつらが来なければ、幸せに暮らして、子供も出来ていたかもしれないのに!


最早今の私は化け物だ。完全な異形の化け物だ。

あの人が美しいと言ってくれた容姿も、綺麗だと言ってくれた指も、心地よいと言ってくれたあの体も存在していない!

そんな、そんなつまらない理由で、私は――――!


「意味が無かっただろう」

「え?」


怒りで頭がいっぱいになっている所に、娘の静かな言葉が不思議なほどに頭に入る。

それで少しだけ、怒りが落ち着いた。


「どういう、事」

「こんな事、やった本人に返さなきゃ、何の意味もねーだろ」


―――――ああ、そうね。確かにそうだわ。

国を挙げての、国の総意での討伐では無かった。

ただ私達が気に食わないと、ただそれだけの個人的な感情。

なら、これはきっと、個人的な喧嘩だ。殴ってきた相手に返さなければ、何の意味も無い。


子孫を皆殺しにした所で、何の恨みも張れない。

本人を、心の底から、死ぬ事を願う程の目にあわさなければ意味が無い。


「感謝するわ。私のやるべき事と、殴る相手を教えてくれて」

「感謝は要らねえ。言っただろう、悪魔に魂を売るかって」

「そうだったわね。じゃあ契約を果たして悪魔さん。私も約束は守るわ」

「ああ。存分に暴れさせてやる」


そう言って小さな悪魔は私に触れ、私はもう一度意識を失った。

次に目覚める時がきっと、約束が果たされる時だと信じて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます