夫婦の心

「お父さん、お母さん、何してるの?」

「っ!」


娘の声が背後から聞こえ、思わず体を硬直させてしまう。

だがすぐに平静を取り戻し、笑顔で娘に向き直る。

とはいえ今は深夜で、明かりも小さな電球で灯しているだけ。

娘の表情は見えないし、私の表情も良くは見えていないだろう。


「あ、ああ、ミャナリか。どうした、眠れないのか?」

「・・・うん」


おそらく、不安なのだろう。

そこまで長期間では無かったとはいえ、森の中で彷徨いやっと帰って来れたんだ。

人恋しくなるのは当然の事だろう。


「そう、こちらにおいで。お母さんが傍にいてあげるわ」


妻がそう言って娘を呼ぶ。

娘は安心して妻の傍まで俯きながら歩みより、その頭を妻の胸に埋める。

よほど不安だったのだろう。


「大丈夫よミャナリ。もう何も怖くないからね。もう何も不安になる必要なんてないからね」


妻はそう言いながら、娘の頭を撫でる。

そう、安心して良い。不安になる必要なんてない。




だって、お前の人生は、もう終わっているのだから。




肉を抉る音を立てながら、刃物が娘の背中に突き刺さる。

そのまま刃を捻り、絶対に助からないように念を入れる。

呻く娘を見ながら妻は手を放し、娘は体を支えられずに崩れ落ちた。


「駄目じゃないかミャナリ。お前は死んだんだ。もう死んでいるんだ」


娘はもう死亡届が出されている。

ならここで殺してしまっても、死亡届を出して死因を調べられる事もない。

手段を選ぶ必要は一切無い。


「おとう、さん・・・なん、で・・・」


痛みを堪えながら、娘が私に問う言葉が聞こえる。


「なに、簡単な話さ。お前達が生きてると、お前達の親の残した遺産が使えないんだよ。お前達が死んでやっと手に入ったのに。生きてちゃ困るんだよ」

「そん・・・な・・・」


この娘は。いや、姉妹は私達の娘じゃない。

目的は、娘達が幼い頃に死んだ実の両親が残した遺産。

その金は、彼女達が一定の年齢になれば受け渡される金。

だが二人が死ねば、その金は全て姉妹を引き取った私達の物になる。


姉は風邪を引いた際に、風邪薬と言ってとある抗癌剤を飲ませた。

結果は上々。肺炎で亡くなってくれた上に医者も田舎の医者だ。

どんな薬を使ったかの究明なんて碌にされていない。

後は妹をどうするかだった。


あの森。この近隣では有名な迷いの森。

帰らずの森や惑わしの森など、様々な名称で呼ばれている。

共通する意味は、森に入れば帰ってこれないという事。


だがある日見てしまった。あの森に入れば帰れないという理由が解る光景を。

本当に偶然。ただの偶然だ。


野生の鹿が、とある場所でいきなり消えた。

森の奥に入って行ったわけでも、見えなくなったわけでもない。

忽然とその場から消えた。これは使えるとすぐに思い至ったのは当然だろう。


半信半疑の妻に信じさせる為に、その辺の野良猫を鹿が消えた位置に投げ込んで見せた。

自身も、もう一度の確認の意味も有ったのだが、それは確かにもう一度起こった。

目の前で投げた猫が消えたのだ。


もう娘に遺産が渡される時期は目前に迫っていた。だから、すぐに決行した。

次に娘が帰ってくる日に大型の車で横合いからぶつけ、気絶した娘をそこにほおり込んだ。


運転手は事故のショックで前後の記憶が完全に飛んでいたので、警察も上手く誤魔化せた。

そこそこの金を握らせたおかげだ。これから手に入る金に比べればはした金だ。


元々森に入ればその日にでも死亡届が出せる事になっているのがこの街だ。

勿論、それを見た証人が要るが。

今回は運転手にも証人になって貰ったおかげで、死亡届がすぐに出せた。

だって言うのに何とも無さそうに生きて帰ってこられちゃ困る。


「頼む、私達の幸せのために死んでくれ」

「ごめんね。折角手に入ったのに、帰ってこられちゃ困るのよ」


娘が生きていた事実が知れれば私達の証言は嘘とばれる。

下手をすれば娘達の遺産を得るための詐欺だと、そっちでも罪を問われる可能性も有る。

結局のところ、生きていられては困る。


「・・・ふ・・・ふふ・・・あははは・・・あはははははははは!!」

「・・・壊れたか?」


娘は私達の言葉を聞くと、唐突に笑いだした。

おかしくて堪らないという笑い声で。きっとショックで壊れたのだろう。


「ばーか」

「きゃっ!」


だが娘は妻の足を掴んで倒し、刺された刃物を引き抜きながら倒れた妻に馬乗りになる。

そしてその刃を、両手で持って掲げた。


「えっ、なっ」

「さよなら、お母さん」


娘の冷たい声と共に、妻の喉に振り下ろされる刃物。

こひゅーこひゅーという呼吸音と、飛び散る鮮血。

そこで気が付いた。暗くて見えないとか、そういう問題では納得できない事実に。


「ミャナリ、お前、なんで、んだ!!」


私の叫びに、にいっと口を歪めながらこちらを振り向く娘。

だがその顔はミャナリでは無かった。良く知る顔だがこの娘はミャナリではない。


「何で、お前は、お前は確かに死んだはず! ミャナリと違って、確かに死んでいたはず!!」

「そうだね、お父さん達に騙されて死んだよ」


娘は血の付いた刃物を手に、妻の血だけが付いた刃物を手に、ゆっくりと近づいて来る。

恐ろしくて、理解出来なくて、同じ数だけ後ずさるが、すぐに壁が背に当たった。


「な、何で、ば、化けてでたのか! 私達を恨んで!」

「違うよ。恨んでるっていうのは確かだけど、そうじゃない」


その言葉が発された時には、私の胸に深々と刃物が刺さっていた。

痛みでふらつき、血を吐きながら倒れ伏す。


「私は、お姉ちゃんだからね。妹を守ってあげないと」


最後にそう言った事だけが、耳に届いていた。

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