愚か者の末路

寝ていると、ガァンともの凄い音がしたのが耳に入った。

その音に驚き飛び起きる。


「な、何だ! 何の音だ!」


服を着て部屋の外に出ると、叫び声が通路に響く。

廊下に、銃声と鉄が打ち合う音も聞こえる。

何だ一体、何が起こっているんだ。


パニックになり動けずにいると、唐突に静かになった。

そしてゆっくりと、靴音をたてながら歩いていくる女が現れた。


「あら、起きてたの。てっきり寝てると思ったわ」


女はまるで俺の部屋に遊びに来たかの様な言葉を放つ。

確かに俺はこの女を知っている、だが会うのは初めてだ。

クレメア・ブレーグルと対面したのは今が初めてだ。


「なぜ貴様がここに居る!」

「あら、街の住民が役所に居るのはおかしいかしら?」

「とぼけるな! こんな夜中に貴様一体何をしに来た! 護衛共はどうした!」


俺が叫ぶ間も、クレメアはゆっくりとこっちに近づいてくる。

そのせいで気がついた。奴が両手に持っている獲物に。そしてその獲物についた血に。


「お、お前、まさか、役所の人間も殺したのか」


ここに居るのは俺の護衛だけではない。住み込みの人間も居るはずだ。

夜中とはいえ、全ての者が部屋に居るわけじゃない。


「こ、こんな事をしたらお前は終わりだぞ! いくら貴様とて、役人に手を出せばどうなるか解らんわけではあるまい!」

「ええ、だから役人にはあなたしか手を出さないわよ?」


なん、だと? この女は何を言っている?

いや、よく考えればおかしい。どれだけ腕がたとうが、火器を使わないこの女に全ての人間を逃がさず殺すなど出来ないはずだ。


「まさか、俺以外、ここにいない?」

「あら、馬鹿だと思ってたけど、そういう事は気が付くのね」


ニヤっと、目の前の女は禍々しく笑った。誰だこれは。俺はこんな奴知らない。

俺が知っているクレメア・ブレーグルは、腕は立つがトロイ感じの女だったはずだ。

少なくともこんな怖気のする気配と笑顔を振りまくような人間とは聞いてない!


「何故だ! 何故誰も俺を!」

「そりゃそうよ。貴方ここに来てから何やったと思ってるの?父親の力を見せびらかしてやりたい放題。挙句の果てにヒガサネ・ランに手を出した。貴方を慕う者なんて居ないし、危険物に手を出したという話が既に通ってる以上、貴方を守る者は金で雇われた事情を知らない護衛だけ」


ゆっくりと距離を詰めながら、目の前の女は絶望を告げる。

もう、俺を守る物は何もないと。


「ひっ、ひい!」


あまりに恐ろしくなり、部屋に逃げ込み鍵をかける。


「バカね、こんな物何の意味も無いわ」


扉の向こうから微かにそう聞こえた後、バガンと音がしてドアノブ部分が吹き飛んだ。

あの女、ドアノブを蹴りぬきやがった。どういう脚力してやがんだ!?


「こ、殺さないでくれ! 死にたくない!」


どうあがいてもこの女には勝てない。

それが解ってる以上命乞いしか生き残る術がない。


「・・・貴方は私を殺そうとしたんでしょう?」

「ち、違う、あれは俺じゃない、俺が雇った人間が勝手にやった事だ!」


咄嗟にあいつのせいにする。この女を殺す算段を組んでいた奴に擦り付けようとした。

そう、あいつが、あいつが居なければ・・・。


あれ? あいつってだれだ? 俺は一体、誰にあの仕事を頼んだんだ?

カネを払ったはずだ。けど、一体誰に?


「そいつは今どこに居るの?」


底冷えする様な眼光に怯えつつ答えようとするが、言葉が出ない。

いや、そもそも俺はしていたんだ?


「・・・口からでまかせ、みたいね」

「ひいっ! 頼む、命だけは! 命だけは許してくれ!」


無様に鼻水も涙もたれながしながら土下座して頼む。

死にたくない。こんなところで死にたくない。


「無様ね。そんなに死にたくないの?」

「死にたくない! いや、ないです! もう貴女に手は出しません! お願いします・・・!」


必死で懇願していると、「はぁ」と溜息が聞こえた。

その後、コンと何かが落ちる音がした。目を向けると何か黒い塊が落ちている。


「選択肢をあげるわ。これを飲むか、この場でなます切りにされるか。好きな方を選びなさい」


クレメアはそう俺に告げると少し下がり、壁に背を預けてこちらを見下げる。

俺はそれを手に取り、確認する。何だ、これ。


「こ、これは一体」

「質問は無しよ。あと一分待つわ。飲むか、死ぬか、選びなさい」


飲まなければ死。

この得体の知れない物を飲めば殺される事は無いかもしれないが、何が起きるかわからない。

そもそも毒物なのでは? 1分では悠長に悩んでる暇もない。


「時間よ。そう、自殺志願者だったのね。今殺してあげる」


悩んで躊躇している間に一分たってしまった。

クレメアは冷たく宣言しながら壁から離れる。


「ひっ、ま、待ってくれ! 飲む! 飲むから!」


クレメアの冷たい声に焦って、その黒い物を飲み込む。

固くて少し大きいので飲み込みにくかったし、食道が痛かったがなんとか飲み込んだ。


「の、飲んだぞ! これで見逃してくれるんだな!」

「・・・ええ、殺しはしないわ」


そう言ってクレメアは、いきなり壁を殴りつけた。

壁は拳が貫通し、穴が開いている。こいつ、本当に女か?


「ひッ」

「こんな、こんな馬鹿のせいであの子は死んだの!? こんな無様な男のせいで!」


先程の様な冷たい目ではない。

怒り。それもその怒りだけで人が殺せそうな程の怒りを撒き散らしている。

クレメアが暴れて部屋の家具を壊しているのを、俺はガタガタと震えながら見つめていた。


「いいわ、飲んだ以上、殺さないわ」


だが暫く暴れた後、静かになったクレメアはそう口にした。

その言葉に心底ホッとした。これで助かる。そう思った。


「元々殺してやる気なんて無かったもの」


え? という疑問の声が出る前に、俺の右手がぐちゃぐちゃになった。

俺が床につけていた手を、クレメアは思い切り踏みつけたからだ。

ドアをぶち壊す脚力で、完全にぐちゃぐちゃにされている。


「ぎゃああああああああああ! 痛い! いたいいいいいいい!」

「五月蝿いわね」


冷たい声と共に今度は潰れてない左手を、ナイフで刺されて床に縫い付けられる。

その後左手の指を全て落とされた。


「があああああ! あぎゃあああああああ!」


叫びのたうつ俺を冷たく見下ろすクレメア。

その目は、冷たいが怒りで満ちている。


「何で! 何で! 殺さな言ったじゃないかぁ!!」


痛みにのたうちながら、クレメアに叫ぶ。

何故約束を破るのかと。助けてくれるんじゃないのかと。


「殺さないわよ。殺してないでしょ。安心しなさい、そのうち『直る』から」


そう言いながらクレメアは俺の腕を、足を、腰を、肩を、胸を、すき放題に『壊して』いく。

俺は息も絶え絶えになりながら、自分の体の異常に気がついた。


俺の体はもう、普通の人間なら致命傷のはずだ。内蔵だって何回も出てる。

なのに死なない。何より何で気絶も出来ないんだ。


「ひゃ、ひゃんへ! ひなない! どうなっへいる!?」


喉も口も一度壊されて言葉が上手く発せない。

だが意味は通じた。


「あんたがさっき飲んだのは昔手に入れた呪具でね。飲んだ者は脳天が貫かれない限り不死になる物。怪我も時間が経てば『直って』いく。どんなに重症でもね。ちゃんと直らないけど、死なない様にはなるわ。ただし痛みは継続するし、死にたい様な怪我をしても気絶も気が狂う事も出来ない。しかも自殺は絶対に出来ない」


冷たく怒りの籠った声で、絶望を告げられた。

そうか、こいつ、初めからこれを飲ます気だったんだ。


「どうやって無理矢理にでも飲まそうかと思ってたんだけど。あんまりにも馬鹿だわ、貴方」

「ひゃ、ひゃすへて」


直っているが、ちゃんと元の形になったわけではない体を地面にこすりつけて懇願する。

するとクレメア以外の声が耳に入った。。


「あれ、なんで終わってねーの。結構時間たってんのに」

「・・・何しに来たの?」


あの男は、警務隊の死神とか呼ばれている男。

俺は助かる、のか?


「逮捕」

「そう、久しぶりにやるわね」

「まてまてまて、お前じゃねえよ、解ってんだろ」

「さあ? 私は何も知らないわ?」

「あー、えっと、うん、そうか、そうだな。とりあえずお前は何の問題もない。そいつは犯罪者で、逮捕状が出てるんだけど・・・これどうなってんの?」


助かると思っていた俺に、さらなる絶望を突きつけられる会話が展開される。

逮捕? そんな馬鹿な! オヤジが怖くないのかこいつ!


「ああ、そうそう。お前の親父、死んだぜ。国家反逆罪で抵抗したから」


だから撃ち殺した、と男は言った。

そして理解した。ああそうか、もう俺は終わりなのか。

終わりと理解しても気が狂えない。

恐怖も痛みもあるのに、思考は纏まり落ち着いている。


「んで、このイモムシ状態は何?」


俺はもはや、人間としての形をほぼ保っていない。

ただただ生きている者になっている。


「呪い。詳しくは本人に聞けば良いわ。説明したから」

「え、お前どこ行くの」

「帰るわ。もうそいつは人間じゃない。気が済んだわけじゃないけど、それ以上苦しめる方法が思いつかないから」

「あーもう、こっちゃお前がこいつ殺してくれると思ってたのに。めんどくせえな」

「私の性格、知ってるでしょ?」

「丸くなったと思ってた」

「それは残念ね」


その言葉を最後にクレメアは去っていった。

もはや俺には一切の興味が失せたという様に、こちらに視線を向ける事は無かった。


「ひゃ、ひゃすけて。いひゃい、いひゃいよ、手が、あひがいひゃい、からひゃがいひゃい」


俺は痛みを少しでも誤魔化す様に言葉を発す。

痛い。もはやなくなったも同然の指が痛い。手が痛い、足が痛い。

腰が、内蔵が、体のありとあらゆるところが痛くて堪らない。


「・・・そういう呪いか。こえー。ま、コレなら持って行っても良いか」


男はそう言って俺を布団で包んで担ぎ、運び出した。


「馬鹿逮捕っと。課長に見せたら驚いて腰抜かすだろうなー」


まるでお土産を見せに行くように男は俺を運ぶ。

ああ、解った。コイツも俺を助ける気はないんだ。





頼むからもう、殺してくれ。

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