馬鹿

「どういう事だ! 何であの女はまだ生きている!」


目の前でバカな事をのたまっている小僧を見て、ため息を一切隠さずに吐いてから言葉を紡ぐ。


「だから言ったでしょう。ヒガサネはそこまで単純ではないと」


ヒガサネ・ラン。

あの女を上手く使おうなど、考えが甘いにも程がある。

その上やり方も雑すぎる。こんな事が上手く行くはずがないだろう。


「なぜだ! ヒガサネという女は自分に逆らった者は一族郎党組織の末端まで尽くを皆殺しにする女だろう!」

「ですから、クレメア・ブレーグルに関してはその限りではありませんよ、と言ったではありませんか」


ついでに、あの女が気に入った場合も、と付け加えていたはずだ。

あの女が街に来た時に一番最初に注意したのに、この小僧は完全に都合の良い言葉しか聞いていなかった。単純にクレメアとヒガサネをぶつければ、ヒガサネがその組織の一端も残さず殲滅してくれる、などという夢物語を描いていた。


「ぐううう! ヒガサネさえ上手く動けばすぐに終わったというのに!」


この小僧は本気で言っているのだろうか?

小僧の目的はクレメアの組織のすべての根絶ではない。

もしそんな事をしてしまえば他の組織が台頭してくるか、どこかの国が絡んでくるだけだ。

まさかこの小僧はそれすらも考えていなかった?


「それは都合が良すぎるでしょう。たとえヒガサネが動いても、その時はもっと面倒な事になっていたと思いますよ?」


そうなっていたら間違いなく、あいつはここまで来る。あいつなら辿り着ける。

今回はクレメアに気を使っているのかまだ動いていないが、あいつはもし自分も都合の良い様に使われたと判断したなら、即動く。

そうなったら逃げの一手の予定だ。金を幾ら積まれても割に合わん。


「そもそも貴様があの娘を捉えていたならば何の問題もなかったのではないか!」

「無茶を仰る。他所の街の者に攫われるなど予想外ですし、さらにその次の手が折角手に入れた駒を使い潰すなど、私には想像もつきませんでしたよ」


そもそも成功したとても、結局このバカの命運は決まっている。

その場合、おそらくこの小僧まで辿り着くのが早くなり、結末が早まるだけだろう。

クレメアの仕業に仕立て上げるつもりだったのだろうが、ヒガサネが連れている娘だ。

手を出せばどうなるかは想像に難くない。


「そんな事をせずとも、ヒガサネがこの街を出てからでも、どうにでもなったでしょう」


せっかくヒガサネとの確執の心の隙間を狙って呪いをかけ、クレメアの直の部下を手に入れたのに、それを殺してしまった。

この男は人への忠誠心と覚悟という物を甘く見すぎだ。

あの娘はまだまだクレメアを攻撃は出来なかったし、クレメアならばあの娘を切る事が出来る。


結果が、手に入れた手駒を有効利用する間もなくなくしてしまうという愚行。

その上、ヒガサネがここまでくる火種を作ってしまったというおまけ付き。

黙っていればそのうち何時でもクレメアを後ろから刺す事が出来る駒を作れたというのに。

何を焦っているんだ、この小僧は。


「それでは遅いんだ! もうすぐこの街に父が来る! それまでに何とかしないと!」


ああ、成程、急かされていたか。

これの父親はクレメアを手に入れられなかった意趣返しがしたいだけだと私は認識しているのだが、この小僧は違う様に見える。

バカ息子にバカ親父だ。手を出してはいけない人物を知らないとは、なんとも罪な事だ。

おそらくこの火種は、いずれその親父殿にも飛び火するだろう。


これは決まったな。小僧は全く気が付いていないが、もう詰んでいる。

おそらく小僧があの親父の息子という事にクレメアはすぐ気がつく。

今頃クレメアは自分に手を出しそうな人物を洗っているところだろう。

おそらくもう数人は目星をつけているはず。


そうなれば、金が動いた形跡を洗う。それで終わりだ。

この小僧は偽装という行動を一切取らなかった。

警務隊にも目をつけられ、馬鹿さ加減は世間に伝わっている。

警務隊も手を出しかねるクレメアの組織とその利権を掌握し、牽制するのが唯一の手だったが。


「まさかその程度の事ですら理解出来てなかったとは」


思わず口に出る。

しょうがない。目の前の馬鹿には呆れてしまう。


「何か言ったか!?」

「いいえ?」


怒鳴り声にしらっと返す。私はもうこの件からは降りる。あまり余計な事を言う気はない。

私としては、ヒガサネが去った後に奴に嫌がらせが出来ると思って受けた仕事だった。

この小僧が大人しくしててくれさえすれば、上手く行った可能性はある。

少なくともこんな雑なやり方よりはましなはずだ。


私はヒガサネに嫌がらせはしても、命をかけて抗いたいわけではない。

この男に記憶処理は仕掛けてある。私が逃げた後、限定的に記憶が除去される。

私の記憶だけ、その魂からも痕跡を消す。

この呪いが無ければヒガサネに手を出す気は起きんな。


「ええい、もういい! もう直接クレメアを狙え! ヒガサネもだ! こうなった以上あいつも殺せ! 私の事を気取られるな!」

「はあ、やってみても良いですが、おそらく失敗しますよ。私は直接出向く気はありませんし」

「なんだと!? ここまで来て何を言っている! 報酬を前払いしているんだぞ!」

「説明しましたよね。私の話を聞かずに勝手にやられるなら、私は動く気はありませんよと」


一番安全な嫌がらせをやろう、という私の意見は却下された。

である以上私は安全圏からら消極的な手しかやる気はない。

そもそも既に全くやる気がない。


「ま、直接は動く気はありませんが、何かしらいたしますよ」

「あたりまえだ! 安くないカネを払っているんだぞ!」


そうですねぇ、けして安くない『住民の金』ですねぇ。

まあ、全く持ってどうでもいい話ですが、この男はスケープゴートにさせて頂きましょう。

種は埋め込んでいるし、誤魔化しはきっと効く。その間に逃げさせて頂きましょうか。

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