仮拠点への帰還

高所から眼下にある街を見下ろす。やっと町が見えてきた。

まだ到着したわけじゃないが、山の上から街が見える所までやっと辿り着いた。


今回はお荷物を休ませなきゃいけないし、足のある所へ行く為に一番近い拠点に戻ってきた。

こっからは山道じゃないからやっと気楽に歩けるな。

へたれの居た所は未開の土地過ぎて、徒歩しか移動方法がなかった。


正直ここには苦手なヤロウがいるのであんまり帰ってきたくはなかった。

荷物が無く一人なら、確実に別の所に行ってる。


「ラン様、どうされたのですか?」


街が見える所まで来て動かなくなった私に、エルが尋ねてくる。

嫌そうな顔で街を眺めていたのも理由だろう。


「別に」


会いたくない奴がいる、なんて言う気はないので短く返す。

返事が少し不機嫌だったかもしれない。


「そう、ですか」


いかんやっちまった。見るからにへこんでやがる。

あーもう、これだから箱入り娘の世間知らずのガキンチョは。


「ちょっと疲れてぼーっとしてただけだ」

「お、お荷物をお持ちしましょうか?」

「いらん。もう持ってんだろ、お前」


エルは荷物をもう持ってる。

自分の荷物だけじゃなく、フィアっていう荷物を背負ってる。

勿論フィアの荷物もだ。


「フィア、そろそろ歩けるか?」

「は、はい、大丈夫です。」


そう言って返事する声に力はない。大丈夫じゃねーな。

まあ、鎖につながれて動けない状態だったんだ。足腰が弱ってんのは当然だ。


「フィア、出来ない事を出来ると言って結局できねーのは無能のやることだ。覚えとけ」

「・・・はい、ごめんなさい」


私の言葉に泣きそうな顔になるフィア。

あーもう、私はなんでこうかな。

子供は泣かせたくないんだけどなぁ。


『要は、無理せず自分の出来る範囲を学べという事だ。コヤツは少し言葉が足りぬだけだ。あまり気にするな』


フィアの様子をみかね、私の発言をフォローするクソネコ。

へーへー、どうせ私は口数が足りませんよ。


「とりあえず、下まで降りるぞ。見える距離だが降り切るにはもう少しかかる。着いたら管理任せてる家があるからそこで休む。今日はベットで寝れるぞ」

「私は、どこででも大丈夫です!」

「わ、私も」


私がそろそろちゃんと寝たいんです。

いい加減野宿はうんざりなんだよ。着替えも数がすくねーしな。


「変な頑張りはいらねえよ。暫くこの街で休む。金と弾薬も調達しねーといけねーしな」


懐の金がほぼ0なのは変わってない。

あの集落からかっぱらってきたから多少はあるが、こんなもんすぐなくなる。


盗人?

知らんね。落ちてたのを拾ったんだ。

ちょっとタンスとか棚とかにあっただけだ。

どうせ訴えてくるやつはいない。皆殺しにしたし。


こんな事ならエル押し付けられた時に、ヘタレに金銭要求するんだった。

持ってんのは知ってたんだけどなぁ。

とりあえず、家に着いたら金の工面は任せて引きこもろう。

私が帰ってきたと知ったら、ヤロウは絶対付きまとってくる。それは嫌だ。


人だかりが出来てたら近寄らなきゃ大丈夫だろ。

うん、きっと、たぶん。

街に着いた後の事を考えていると、エルが何かをじっと見ていた。


「エル、どした?」

「あの集団、金銭を弱者から巻き上げようとした挙句、止めに入った方を嬲っている様です。その上周囲の人だかりは止めるどころかはやし立てています」


お前の耳と目すげーな。この距離でそんなのはっきりわかんのか。

いや、その程度当たり前かお前なら。お前本物だもんな。


「んー、あそこ・・・か・・・?」


げっ、あいつそこにいるじゃねーか。

エルがいてよかったー。あの騒ぎが収まる前にこそっと街に入っちまおう。

私が足を進めようとしていたら、エルがフィアと荷物を下ろした。

うーわ、スッゲー嫌な予感がする。とりあえず止めよう。


「エ―――」


たった二言の名前を言う間に、エルは崖を飛び降りていった。

行動がはえーよお前。せめて道を降りて行ってくれ。崖をそのまま下に降りていくな。

いま強制的に止めても無駄だな。やるならさっきやっときゃよかったんだし。

とりあえずは好きにさせようと、強制力働かせてないのが裏目に出たか。


「フィア」

「は、はい」

「私ちょっと街に行くの嫌になって来た」


座り込み、ちょっとへこみながらフィアに言う。

だってこれ、確実にあそこに乱入しなきゃいけないもん。

あーやだやだ、誰だあんなの連れてきたの。私だよ!


「へ? え、えと、わ、私が荷物持ちましょうか?」


いや、無理だろー。相変わらず足が少し震えてんじゃねーか。

変な気遣いを見せるフィアの頭をクシャっと撫で、ため息を吐きながら立ち上がる。


「すまん、気にすんな。フィア、ちょっとここで待っててくれ。事が終わったらあいつか私が戻ってくるから。イコ、少しの間頼んだ」

『頼まれた』


クソネコが居ればとりあえず無理はしないだろ。

私の中の中にいる「化物の一つ」を少しだけ体になじませ、具合を確認しつつ崖を飛び降りる。


怖いわー。

俺、こういう高いところから降りるのはあんま得意じゃないんだよ。

うるさい、今急いでんだから抵抗すんな。


エルはもう、騒ぎの中心で件の連中をのしている。

まあ、あいつが適当に相手してるぐらいだから、そんなもんだろうな。


「黙りなさい! 貴方達、自らの行いを恥ずかしいとは思わないのですか!」


声が聞こえる距離になると、エルが周囲を睨みながら叫んでいた。

あー、エルちゃんエルちゃん。君、いきなりやらかしてくれるね。

とりあえず自分のやってる事の徒労を教える為に、ケツでも一発ひっぱたくか。





――――――――――――――――――




崖をまっすぐに駆け降りる。この程度、私にとってはただの坂道だ。

最短距離で目的地に辿り着き、嬲られている男性との間に入る。

嬲っていた彼らには、いきなり上から降ってきた様に見えたのだろう。

とても動揺している様だ。


「見苦しい事はやめなさい」

「な、なんだてめえ」

「ただの旅人です。ただ、愚行が見るに耐えなかったので、少し介入させて頂こうかと」

「な、んだと!? 女一人で何ができ――――」


男が叫びながら私の胸ぐらを掴もうと動いた瞬間に、拳を顔にいれる。

ちゃんと死なないように手加減はした。

だが思ったより男は貧弱で、一撃で気を失ったようだ。


「その男を連れて去るなら良し。でないならば、覚悟を持ってかかってきなさい」


警告の言葉のつもりだったが、暴漢達は頭にきたらしい。

連中はそれぞれの獲物を抜き一斉にかかってくるが、あまりに遅い。

私はあくびが出るような速度で迫って来る暴漢を、全て一撃で下していく。


その光景に、周りで行為を観戦していた人間達が口々にはやしたてる。

私はそれが我慢出来なかった。


「黙りなさい! 貴方達、自らの行いを恥ずかしいとは思わないのですか!」


彼らは暴漢共が暴力を振るっていた時も、私が無力化した時もただ楽しそうだった。

それはつまり、人が傷つくのが楽しいという事?

なんだそれは、ふざけるな。

私は私の怒りを込めた目を周りの人間に向けて――――。


「ひゃん!」


お尻を叩かれた痛みを感じ、その音が周囲に響いたのが耳に入る。

え、うそ。気配すら感じなかった上に、私に「痛み」を感じさせた?

驚いて振り向くと、そこにはラン様が立っていた。


「お前予想外の時は意外と可愛い声出すのな」

「え、ラン、様。どうやって?」


この人は身体能力は普通の人間の筈だ。

いつの間に、どうやって追いついたのだろう。


「お前さ、ちゃんと見えてたなら、もうちょっとちゃんと見ろ」


私の混乱を無視して、ラン様はそんな事を言われた。

意図が読めない言葉の真意を探していると、先程なす術なく殴られていた男がむくっと起き上がって、ラン様を見るなり抱きつこうとした。


「おお、マイエンジェル! 帰ってきてたのか!」

「ちかよんなああああああああああああ!!!」


ラン様の綺麗な右ストレートが、飛びついた男に刺さる。

男は吹っ飛んだ上にバウンドして転がっていった。


嘘でしょ、今の速度は普段の私に匹敵する。

これが出来るなら、何故私との戦いの時使わなかったのだろう。


「しまった、くっそ痛え! あーもう、解除解除! 私の腕は普通の腕なんだっつの! お前の動きの負荷に耐えられるわきゃねーだろ!」


私が困惑していると、ラン様は誰にでもなく悪態をつきながらブラブラ振っている。

解除? お前? 

どうやらラン様は、まだ他にも私が知らない力を持っている様だ。


そこに至って周囲の人間達が「あれ無慈悲幼女じゃないか?」とか「あ、外道女だ。帰ってきたのか」とか言っていた。

なんだか酷い言われ様だ。


いやそれよりもあの人、さっき迄なす術無く殴られていた筈なのにピンピンしていた。

おかしい。普通の人間があれだけ殴られれば、無事では済まない筈の暴行を受けていたのに。


「エル、お前さ、もうちょっと見る目を養わないと、いつかもっとめんどくさい事になるぞ。

後、私の許可無く暴走すんな。次やったらヘタレんとこに送り返すからな」


手をぶらぶら振りながら、ラン様が鋭い目で私を睨む。

そんな事になればお父様をがっかりさせてしまうし、恩も返せない。


「す、すみません、つい」

「お前があの手が嫌いなのは判った。けどな、何にでもそうやって首突っ込むな。いいな?」

「は、はい、以後肝に銘じておきます」


深々と頭を下げる。早々にやってしまった。

ラン様は気の長い方では無い事は、流石に理解している。

頭に血が上りすぎて、後先考えてなかった。


「エル、あのバカのおかしい所は気がついたか?」

「あれだけの暴行を受けていた割に元気です、ね」

「そうだ。おまけに顔は無傷。ここまで言えば解んだろ?」


言われて気がついた。

先ほどの右ストレートで酷いことになっているが、それ以外の外傷が彼にはない。

少なくとも、ぱっと見解る様な物は無い。


「なす術がない様に見せていた。という事でしょうか・・・」

「そういうこった。あいつは何時もこういう事やってっから、周りの連中も知ってんだよ」


ラン様の言葉にうんうんと頷く観戦者達。

そうか、つまり、本当の意味で観戦者だったということか。

彼はちゃんと戦っていたのだ。そしてあの数の暴漢共を手玉に取る技量があった。

だから誰も何も心配していなかった、という事なのか。


つまり私が一人暴走して、一人怒鳴って、一人滑稽な姿を晒しただけ。

・・・なんて事だ。


落ち込んでいると、ラン様は「へこんでる暇があるならフィア迎えにいけ」と言って男を放置し雑踏の中へ潜っていった。

男は動かないけど、大丈夫なのだろうか。

でもラン様が放置してるんだし、大丈夫ですよね?


少し不安になりながらフィア様を迎えに、全力で崖を戻る。

その際人だかりが私を見て「あの女のツレはやっぱ異常だな」「おかしい奴の傍はおかしいのが来るんだな」とか言っていた。

私はあの人程とんでもなくは無いと思う。


『戻ってきたか』

「すみません! フィア様も申し訳ありません!」

「い、良いんですよ、気にしないで下さい。元々私が自分で山道を歩ききれないぐらい体力が無かったのが原因だったんですから」

『まあ、どちらも言いたい事はあろうが、戻って来たならば早々に下山せぬか?』


イコ様に謝罪を止められ、急いで、でもなるべく優しくフィア様を背負って駆け下りる。

彼女は大分体力が落ちているし、筋力も落ちている。

無理はさせるわけにはいかない。


「はえーな。もうちょいかかると思ったんだが」


道なりに降りて行くと、ラン様が街の入口に立っていた。

どうやら丁度街の入り口に来るようになっていたらしい。


『この娘の身体能力の成せる技だな』

「クソネコも含めて言ったんだけどな」

『私はこれでも猫なのでな』

「あ、そ。じゃあとりあえず帰っか。あいつ家にいっかな?」

『先に行って、様子を見に行っていればよかったのではないか? 私が居るのは何の為だ?』


イコ様に言われて「あっ」という顔をするラン様。

一瞬目を泳がせた後、私達を睨みつけながら口を開く。


「ま、まあいいや、いなかったらとりあえず先に飯にすんぞ」

『金が無いぞ』


イコ様の言葉で、ラン様が完全に固まる。

沈黙が痛い。


「あの、少しでしたらお父様から持たされたお金がありますが・・・」

「エル、その金はどうしても必要な時以外使うな」


懐に手を入れようとすると、ラン様に即座に止められてしまった。

行き場を無くした手が宙を舞う。

うう、上手くいかない。


とりあえずラン様は家に行く事に決めた様で、私達は素直について行く。

私、これから大丈夫でしょうか、お母様・・・。

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