新たな旅立ち

もぞもぞと、ランが布団から起き上がる気配がする。


『おきたか、ラン』

「・・・んー」


寝ぼけておるな。

おそらく返事した記憶はあるまい。


『おきろ、ラン』

「・・・うん」


起きておらぬな。


『私は先に玄関に行っているぞ。ちゃんと起きて着替えてくるのだぞ』

「・・・・あい・・」


朝だけは素直で可愛いのだがな。さて、先に行っておくか。

あの惨劇の後、ランは強行軍がたたって睡魔に負け、後片付けを全て化物に押し付けて寝た。

子供達は皆、集落の連中が悉く蹂躙された後に消えている。

おそらく、ランがそうなる様にしたのだろう。


蹂躙された男共の死体はそのままだ。

ランは街に帰った後、嵌められて殺されかけた故致し方なく反撃した、とでも言うつもりだ。

その言い訳は素直には通らぬだろう。

なぜなら致し方なく反撃、というには男たちの損傷が余りにも激しい。

中には形を残していない者もいるザマだ。骨までミンチではそのような言い分は通るまい。

まあ、局員が辿り着く前に森の獣に食われる可能性も大いにありえるのだが。


また、ランに証明書をやった国王の仕事が増えるな。

ランをあてにしたツケがこれ程に付き纏うとは、夢にも思わなかったであろうな。

ランが受けた依頼はこなしてしまうが故に証明証の取り上げも出来ぬのだから、始末に負えぬ。

この屋敷もきっと、契約通りにここは私の物だから勝手に入るなと言い張るつもりであろうな。


そんな事を思いつつ、玄関までたどり着き、玄関で待機しているエルフリーデに話しかける。

今日はメイド服ではなく、カッターシャツに大きくスリットの入ったロングスカートだ。

メイド服では目立つと言っておいた甲斐がある。

この娘はスタイルが良いので別の意味で目立ちそうだが。


『おはよう、ランも起きた。着替えておりてくるであろう』

「おはようございます。旅路の用意は出来ております。いつでも出れますよ」

『うむ、すまぬな、全て任せてしまって。この身はこの通りゆえ、そういったことが出来ぬ』

「気にしないでくださいイコさん。仕事がある方が私も楽です」


この娘はいささか働くことへの喜びが強いようだ。

私はもう一人の娘に目を向ける。

フィアはシンプルなワンピースを着ている。山道を往く故下履きもはいてはいるが。


『フィアよ、良く眠れたか?』

「は、はい、眠れました」


私を見て、ビクッとするフィア。恐れられる覚えはないのだが。

この身はただの猫ぞ。


『・・どうした?』

「い、いえ、ごめんなさい、猫さんが喋るのが慣れなくて」


ああそうか、おぬしは普通の子であったな。

失念していた。


『人気の多い所では喋らぬ故、のんびりと慣れてくれ』

「は、はい、頑張ります」


素直な子だ。ランに爪の垢を飲ませてやれぬものか。

いや、あやつに飲ませても手遅れだな。


「イコ、さんだったね?」

『ああ、そうだが?』


化物が私を呼ぶ。何の用だ。


「娘を、頼みます」

『残念だが、私より娘の方がよっぽど強いぞ』

「あの子はずっとここで暮らしていたので世界を知りません。色々と教えてやってください」


私もあまり世間を気にする方ではないので、物知りというわけではないのだが。

まあ、よいか。


『私に出来る範囲であるならば引き受けた』

「ありがとうございます」


礼を言われても困るのだがな。

私に出来る事なぞ微々たる物だ。


「・・・おはようー」


ランが来た様だ。

袖なしで腰で絞ったリボン付きのカッターと、袖だけの物に鎖が3つ。

そして5段フリルのスカートか。

今日はまだおとなしめの方か?


『いつも思うが、邪魔ではないのかそういった物は』

「・・・ないー・・・」


まだ半分寝ておるなこやつ。


「ランさま、これから誠心誠意お使えします。よろしくお願いします」


寝ぼけているランに、深々と頭を下げるエルフリーデ。

そう、この娘も付いてくる事になった。

おそらくランは連れて行く気はないと伝えたのだが、化物と娘は約束は守らねばならないと言って聞かぬ故、ランに任せようと結論をつけた。


「・・・は、何言ってんの?」


娘の言葉に、ランはようやく目が覚めた様だ。


「母の代わりに私を、という話でした。至らぬところはあると思いますが、精進いたします」

「おい、ヘタレ、あんたの娘どうした」

「私はヘタレで定着なんだね・・・。娘は君に救われたベルと姉妹達の礼をするためにも、君との契約を果たす為従者となってついていくそうだ」

「はあ? あんなん本気じゃねーに決まってんだろ!? いらねーよこんな世間知らず!」

「き、厳しいね。でもどうかお願いだ。彼女に世界を見せてやって欲しい」

「あ? それこそてめえが見せてやりゃあいいじゃねえか」

「それではきっと、私が駄目だなんだ。頼むよ」


会って間もないが、本当に自分勝手な男だ。

あの娘はこの男のどこが良いのか。


「ふん、精々盾に使ってやる」

「すまない、恩に着る」


話は纏まったか。

では、出発だな。


「旦那様行っ―――」

「エル」


娘の名前をよび、出かけの挨拶を止める化物。

娘は不思議そうに化け物の顔を見つめ、次の言葉を待つ。


「父と、呼んで欲しい」

「っ、行ってまいります!お父様!」


化け物の言葉に一瞬驚くも、満面の笑みで挨拶をしなおすエルフリーデ。

さて、暫くは4人旅か。久々だな二人きりでないのは。

少し楽しみではある。何しろ同行者はランの弱い子供二人。からかえる場面もあろうて。


「さて、山道を数日かけて歩くから、覚悟しろー」

「はい、頑張ります。10日程でしたら休息無しでも可動可能です」

「・・・私が死ぬわ」

「す、すみません、私もそれは出来ません、エルフリーデさん」


うむ、この娘色々と不安があるな。よろしくと頼まれるはずだ。

少し不安を抱え、また旅を始める。

今回は仮拠点への帰還という目的だが、この二人は暫く連れて歩く事になりそうな気がするな。


少しでもあやつが気楽に旅を出来る要因になれば良いが。

そんな柄でもない事を考えてしまいながら、歩みを進める。







―――――――――――――――――







行ったか。


「やはり、寂しいな」


頼んでおきながら寂しいか。

本当に自分勝手だ。ヘタレと言われるだけはある。


「広いな」


ここは広い。掃除は娘達の手によって行き届いていて綺麗だ。

だが一人になった今、余りにも広い。広すぎる。


「元々は忘れ去られた屋敷を修繕したんだったな」


もう、何年前になるのか。ここには雨宿りに来ただけだった。

その時、彼女と会った。ボロボロだった彼女と。


私は彼女を見て目を奪われた。私はそれまで、自我は希薄だった。

少し知恵が回る程度で、そこらの獣より少し賢い程度だった気がする。

生まれてからの年月こそ100以上は経っている筈だが、おそらくきちんと自分を自覚したのはあの時であろう。

ベルタを、保護したあの時。


ボロボロのベルタの回復の為に、色々やった。

彼女は最初死にかけていたので、もうどんな形だったか覚えてないが人の形になり、人間の街へ連れて行き、昔手に入れた金を医者に手渡して入院させた。

入院している間、私は彼女のところへ足繁く通った。

彼女が意識を取り戻す前も、取り戻した後もずっと。

この屋敷に人間が生きる為に必要な衣食住を揃え、彼女を、彼女という人種を、彼女という女性を、彼女という人間の思考を学ぼうとした。


私は彼女に恋をしていた。化物が人間に恋などとバカバカしいと思われる事だと今なら解る。

彼女に好かれる為に自分の形はそこそこ男前の男性型を取っていた。

もしかしたら最初からこの形だったのかもしれない。


彼女はそんな私を受け入れてくれた。そう、受け入れてくれた。

そして、あの集落の出来事を知るに至り、子供達を保護する様になった。

彼女は妹と攫われ、自分は命からがら逃げ延びたそうだ。

逃げようと思って逃げたのではなく、崖から落ちて這いながらここに来たせいでボロボロだったらしい。


妹を助けに行った時はもう遅かった。

代わりに他の子供がいた。とりあえず目に付いたその子を保護した。

ベルタと相談し、行くあてのないその子を二人で育てることになった。

そして一人、また一人とあそこから子供を連れてきた。


楽しかった。幸せだった。ベルタとの暮らしも、子供たちとの暮らしも。

その幸せを打ち砕かれた。

許せなかった。私の幸せを砕いたあの男たちが。


だがそれよりもベルタと娘達を失う事の方がもっと怖かった。

だから逃げる奴らを追わず、娘たちを、その形を変えてでも起こしたかった。


結果としては、私はそれを後悔した。

エルだけは上手くいったが、ほかの娘達には謝っても謝りきれない事をした。

娘達は私を慕っていたせいで、あんな事になってしまったんだ。


ベルは全く反応しなかった。

彼女は死を、完全に受け入れてしまっていた。

そこからはもう、エルを悲しませるだけの日々が続いた。

なのにあの子は相変わらず私を想ってくれた。本当に優しい子だ。


だからこそ、エルは私から巣立って欲しい。

エルの為にここは維持するが、ここに縛られてはいけない。

人より長い時間を生きる事になってしまったが、エルの人としての生は短いものだった。

この旅はきっと、エルにとって大事な物になるはずだ。


「エル、大事な物を見つけてきなさい。私より、もっと大事な物を」

『それは、あなたにとって、私みたいな?』


独り言の呟きに応えた声に、驚きながら後ろを振り向く。

そこには人形がいた。

昔、娘の一人がベルをモデルにして作った人形が。


『ふふ、情けない顔してるわね』


そう言ってそれは人の形になった。

ずっと恋をしていた。父と母として娘達を育ててきた時もずっと恋をしていたあの人が。

彼女が、ベルタが、そこに居た。


「ベル!」


私は駆け寄って彼女を抱きしめる。

ああ、ベルタだ。ベルタが、ここに居る。


『ふふ、そういうとこ、相変わらずね』

「ベル、でもどうして」


てっきり彼女と共に行ったか、もう消えたのかと思っていた。

なぜ彼女はここに居るのか。


『ランさんにね、言われたのよ。ここは私の屋敷になる。だから管理をあのヘタれに任せるのは不安だからお前が監視しろ、ってね』

「ふふ、確かに不安だ」

『ふふふ、ええ不安ね』


私はベルを抱きしめ、彼女と、娘と、そしてこんな情けない私を救ってくれた彼女に心の底からの感謝をし、この屋敷を十全の状態に保ち続けることを誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます