少女の力

黒く、只々どこまでも黒い何かが崩れ落ちる。

それをランは足蹴にする。おそらく男の、ヘタレ加減に対しての腹いせだろう。

それを見て、あの金髪の娘が叫ぶ。


当たり前だろう。

先程までなら、あの娘は化物の死を受け入れたやも知れぬ。

だが、今のあやつは娘達と『再会』を果たせてしまった。

そして娘達が今も尚愛してくれている事実を知ってしまった。自分への願いを知ってしまった。

生きて欲しい、と。


生を願われた事に、あの化物は今まで無くしていた生への執着を取り戻しかけていた。

それを、あの娘は嬉しく感じていた。

これならば、これならばあの化物はまた生きてくれるのではないかと。


ランは、そんな娘の願いを目の前で打ち砕く行動をしたのだ。

娘のその後の行動は早かった。


「うああああああああああああああ!!!」


叫び、ランに肉薄する。その速度は人間には不可視の速度。

人間である限り、あの速度に絶対に反応は出来ぬだろう。

それ程に娘の一撃は、本物の化物が放つにふさわしい一撃だった。

あの攻撃の前では、人間など簡単に崩れるだろう。


無論それがの話だが。


無常にもその一撃がランに届くは叶わず、今まさに首を狩らんとする姿勢のまま、微動だに出来ずにいた。

娘は驚愕で目を見開き、叫ぶ。


「何で! 何で体が! 貴女何をしたの!」


娘はランの力により、行動を止められていた。

娘には何が起きたのか全く解らないだろう。

いや、娘だけではない。

あやつの力を知らなければ、何が起こったのかなど誰も解らぬであろうな。


「何でって、お前がさっき言ったんだぜ? あいつの代わりに私にしてくれって。だからもう、お前の体は私の意のままだ」


そう言って、ランは意地の悪い笑みを浮かべる。

あやつは本当に性格が悪い。


「だからって、そんな、何で!」


訳が解らない、という感じだな。

自分がどうなっているのか、母はどうなったのか、何故父を殺したのか。

端的に言ってしまえばあやつの気分がそうだったというだけなのだが、それではあまりにあの娘が報われぬな。

無論、あの化物がこの程度で死ねるなら、だ。


『そこまでにしておけ。あまり純朴な娘をからかうな』

「あっはっは、いやごめんね、あんまり素直で可愛いからさぁ」

『男児か貴様』

「どっからどう見ても少女でしょ!」

『安心しろ、中身が伴っていない』

「あ? なんだ? 喧嘩売ってんのか?」


軽口を叩く我らを見る少女は、一体何を言っているんだと言わんばかりの目でこちらを睨む。

仇を見る目だな、完全に。


『娘よ、安心せよ。父は生きている』


私の言葉を聞き、娘はランの足元の黒に目を向けた。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ、生きてるよ。おい、そろそろ把握しただろ。惚けてないで起きろ」


ランはそう言って、もう一度黒い物を蹴る。

すると黒はみるみる人の形を成していき、先程の男の姿に戻った。


「これで分かったか? お前、死にたいらしいが、この程度じゃ死ねねーんだよ」


そう、死ねる筈がない。

化物が異形になるのを見た我らとしては、当然と言える。

あの手の化物は、銃弾を一発二発入れたところで何も問題はない。

ただ形を保っていられないだけだ。あの程度で死に至るなど、あまりに難しい。


「そんな、では、私は・・・!」

「ま、いいんじゃねーの。お前、もう死ぬ気なくなってたんだろ」

「それは・・・」


化物は自分の性能を理解してなかった様だ。

おそらく本気の戦闘となれば、今まで自分を傷つけられる者は居なかったのだろう。

故に、人の形をとっていれば、人が即死する一撃をもらえば、自分にも死が訪れると思った。

そこに気がつき、ランは自身の性能を自覚させるためにあやつを撃った。

もちろんそれで娘が激昂するのは織り込み済みだ。余りにも性格が悪い。


「だが、君はどうするのだ。化け物退治にここに来たのだろう?」


貴様がそれを聞くのか、化物よ。


「ああ、人食い化物の退治にな。確かにここには人食い化物がいたけど、それは私の獲物じゃなかったみたいだ」

「獲物じゃない?」

「ホントはそんなの無視して潰すつもりだったんだけどな。妻と娘達に感謝しろ。あいつらが居なかったら、お前は死んだ方がマシな目に遭ってたよ」


ランはこの男があ奴らの言う、人食い化物ではないと知っていた。

いや、娘を一度食った以上人食い化物なのは相違ない。

だが、そこに至る前に人食い化物は存在した。

ランは、あの集落で、全てを理解した上でここに来たのだ。


「あーあ、適当にしぶといストックが手に入ると思ったのになぁ」


ランは心底残念そうに肩を落とす。

本気で残念がっているな、あれは。


「ま、良いや。あそこに2,30のストックは在る。雑魚ばっかだが使い捨てるのに何の呵責も無いようなクズしかいないしな」


下を向いたままそう言って、邪悪な笑みを見せる。

そして、何かに気がついた様に二人の方へ向いた。


「あ、そだお前ら、お前らがこんな事になった原因を作った連中に、仕返しとかする気ある?」


二人共キョトンとした後、化物が口を開いた。


「君は、ここで何があったのか、詳しく知っているのかい?」

「ああ、知ってるよ。聞いたからな」

「それはベルタに?」

「あいつもだ」

「あいつ『も』?」


あの集落で出会った者に我らは警告されていた。ここから早く逃げろと。

ランが言っているのは、者達の事であろう。

そしてその者達とは―――。


「あそこで食われた子供らに教えて貰った。それに、お前が出てかなくなってからあいつら、全部お前のせいにして好き放題やってんぞ」

「なっ、君はその子達を放置してきたのか!」


化物は驚きながら怒り、駆け出そうとする。

成程、これがこ奴の本質か。


「行ってどうする。私は既に『食われた』子達に聞いたんだぜ?」


その言葉の真意を、化物はすぐに理解した。

もうあそこには、助けるべき人間が居ないのだと。


「・・・つまりベルタと同じ、という事か」

「そいう事」


ランは死者と対話が出来る。

だがその記憶は対話で手に入れたものではない。

魂に触れ、掌握し、そこに刻まれた想いと記憶を見た。

あの女や、子供の警告以上に内情を知っているのはそのためだ。


「君はもしや死霊術師のたぐいか?」

「あー、似た様なもん、なのかなぁ。まあやってる事は似た様なもんか」


正確には違う。ランは術、などという物は使っていない。

ランがやっているのは自身の魂に刻み込まれた異能の力を持って他者の魂を掌握し、自身の思う様に使えるという物だ。


それによりランは、自身のダメージを手持ちの魂に譲渡して、損傷を置き換える事が出来る。

そしてランは、そのダメージを受ける前の状態に戻る。

これは明かに死霊術などではない。

ランは、一度受けた筈のダメージを押し付けて、に出来るのだ。

勿論そんな損傷を受けた魂は基本消滅するが。


何より一番違うのは、死者ではなく生者にも通用するという点だ。

ランは、触れさえすればどんな相手だろうと意のままに出来る。


娘達の体に魂をなじませ、意思を持たせたのもその力の一端だ。

ランは銃弾に自分の意思を乗せ当てることで、触れた時と同じ様に魂に干渉出来る。

その為、娘達全員に銃弾を放っていた。

ただ、全部まともに当たらず掠めたのはわざとではない。本当に外していたのだ。


「で、どうすんの?」

「私は、ベルタと同じ形を持った者を殺める気は起きない。あの時は怒りのあまり全力で力を振るったが、冷静な自分には彼らを殺める事は出来ないだろうな」

「そ、お前は?」


ランは化け物の答えを聞いて、返事が解っていながら娘の方にも問う。

この娘が、化け物の意志を無視する筈が無い。


「私は旦那様の心のままに」

「あっそう。じゃあとりあえず、お前ら少し手伝え」

「手伝いかい?」

「ああ、直接攻撃しなくていい。少しあそこでやりたいことがある。だから、手伝え」

「分かった。君には娘達を救って貰った恩がある。出来る事ならやろう。エルもいいね?」

「はい、旦那様」


二人の了承を得ると、ランすぐに指示を出す。

これからが楽しみなのか、嬉々として。


「エルだったか、ここの屋敷にある人形を集めてくれ。人形じゃなくても、人の形をかたどったものなら何でも良いぞ」

「人形、ですか?」

「なるべく数が有ると良い。別に人型してればなんでも良いけど」

「人形作りが趣味だった妹がいますので、かなりの数がありますが・・・」


おそらく、妹が大事にしていた物を持ち出すのに躊躇があるのだろう。

そして何に使うのか、という不安も。


「悪いが使わせて貰う。そのまま綺麗に返す約束出来ないが、無事な分はちゃんと返そう」


娘はぐっと手を握って、素直に「解りました」と答えた。

ランは一瞬だけすまなそうな顔を見せて、化物にも指示を出す。


「じゃあ、お前。その形を、私そっくりしてくれ」

「形を?」

「ああ、出来るだろ?」

「どうかな、人型はこれ以外やったことがないから」

「いいからやる! 出来る!」

「わ、解った」


化物はランの剣幕に気圧されながら黒い物になり、ゆっくりとランと同じサイズになっていき、見る見る間にランと瓜二つになった。

中々うまいものだ。


「・・・出来るものだな」

「出来るんだよ」

「凄いです、旦那様」


娘よ、少しばかり盲目的すぎぬか?

いや、やっと生きる気力を取り戻した家族だ。嬉しさで目が眩んでいるのだろう。


「その姿であそこに行って、私のふりをして報酬を貰いに行ってくれ。そしたら間違いなく襲われるから逃げ回れ」

「・・・は?」

「いやだから、逃げ回って。その間に私ちょっと探し物するから」

「いや、襲われるのか?」

「留まれば十中八九」

「そ、そうか」


自分が襲われるのを解っているのに、あの場に行ったのかという疑問を投げかけたのだろう。

それは仕方ない。なぜなら我々は今一文無しなのだ。


本当はこんな所で仕事をする気はなかった。

だがランのやつは、道中で金銭を落としてしまいよった。

故にこんな辺鄙な所にある、怪しげな集落で怪しげな仕事を受けるに至ったのだ。

金を払わず、仕事もせず、ただ食事を恵んで貰おうとは思えなかったらしい。

特にあの集落のような場所では。


正確な意味で一文無しではないが、手持ちが一切ないのは心もとないので苦肉の策だった。

ここに金銭の類を漁る気満々で来たというのは、言わないほうがよいのだろうか。

もちろん、ストックが手に入りそうというのが一番ではあったが。


「一つ聞きたい。君の言うストックというのは死者の魂。そして君の先程言った2、30のストックとはあの集落の者達か?」


化け物がランに問う。流石に気がついたか。

そうだ、ランは今からあの集落の人間を皆殺しにしようとしている。


「そうだよ。今からあいつらは報いを受けるのさ。それに、私にあんな胸糞悪い事をさせた報いは絶対に受けさせてやる」


ランはあのハゲた男に見せた時の様な、狂気を孕んだ笑みで心底楽しそうに笑う。

私としては逆恨みだと思うのだが、おそらく聞き入れぬのだろうな。


それにランはああいってはいるが、最初からやる気だったに違いない。

化物を退治すれば、あの集落の者にとって都合が悪い。

ならば退治した者の口を塞ごうとするだろう

あやつらから手を出したという事実を作る為に、帰った時の約束を取り付けた。

こやつは心の底から性格が悪いと思う。


思わずため息をつきながら、ランが次の行動に移るのについていくのだった。

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