真相

あのガキ、どうなったかな。


「Aランク・・・ねぇ・・・」


俺は国に人食い化け物退治の陳情にいって、雀の涙の援助金で切られた時の、斡旋所管理局員の代理人業務の説明を思い出しながら一人呟く。


Aランク。

あのガキがどうやって手に入れたのかは知らないが、局員の説明を聞いた限りではAランクの証明証というのは『一個人の力が国に匹敵する力を持っている』ではなく『一個人が国に匹敵する軍事力を持っている』場合に限り発行される物と聞いた。

つまり、群衆としての力を持っている者達の代表に渡される物で、個人としての評価ではないという事だ。


Aランク証明書にはいくつかの特典がある。その辺の事は覚える必要もなかったので覚えていないが、国がかなり融通を利かせる物だった筈だ。

その代わり有事にその国の傍にいれば、半強制で人員に数えられる。


国が関わるレベルなら『個人の力』などちんけな物だろう。

『個人』で動き回っている人間に、国が融通をするような物を渡すだろうか?

だが、あのガキは一人できた。あの証明証も本物だった。

局員の説明が一般な事であって、例外が存在するのかもしれない。


とはいえ、あんなガキ一人が国を揺るがす様に見えるか?

全く見えない。というか、たとえBだとしても疑問しか出てこない。

何より、あの化物をあんなガキが倒す様を想像出来ない。あれは本物の化物だ。

あの化物を退治に行った若い連中の殆どが殺され、自分も足をやられ這うように逃げた。


あの時生き残った数人は国に助けを求めた。もちろん俺もだ。

だが現状は完全に切り捨てられて終わった。

この集落を出て行く気にはならなかった俺たちは、死を覚悟した。


だがあの時、攻めに出てくると思っていたあの化物は、あそこから全く

最初の頃こそ俺たちは怯えていたが、今ではもはや化物がいたほうがとまで思う様になっていた。


偶に来るBランクの連中も、ここの現状と報酬を知ると皆そのまま帰っていった。

当たり前だ。

あの化物の力を知ってる身としては、報酬不明であんな者の前に立つ事すら拒否したい。


なのにあのガキは事も無げに、ちょっとそのへんに食事に行く様な気軽さで向かいやがった。

もしかしたら本当にあの化物をどうにか出来るのではないか、と思ってしまう程余裕だった。


「けど、なぁ、やっぱどう考えても、ただのガキにしか見えねぇよなぁ」


女で、子供。

化物の所にのこのこ行かせるのはもったいなかったかもな。無理矢理にでも止めれば良かった。

まあ、今更仕方ないか。


そんな事を考えてると、入口のドアが開く。

その向こうに見えるのは、昨日の昼間にやって来たガキだ。

昨日とは服装が違い一瞬分からなかったが、あのガキだ。

今日は昨日のようなひらひらではなく、落ち着いた感じのパンツルックになっている。


「報酬を貰い受けに来た」


入ってくるなりそんなことを言いだした。

まさか、本当に倒してきたのか?


「マジかよ・・・あれは本物の化物だぞ・・・」


信じられない。あれを一人でどうにかしたってのか?

・・・いや、どうしても信じられねぇ。


「言葉だけじゃ信用できん。今日の所は長にこの事を話しに行くので、そこで休んで貰いたい。その間に調査に人を出す。あんたの言葉が本当なら何もなくなっているはずだからな」

「ああ、いいだろう」


とにかく長のジジイに知らせに行かなくては。

杖を棚から取り出し、適当に作られたカウンターの向こう側に出て、外に出る。


「悪いが付いてきてもらうぞ」

「構わない」


疲れているのか、昨日より覇気がない様に思う。

あの狂気じみた笑いを一度見ているせいか、余りにも静かすぎる様に感じる。

いや、今はそんな事より、やる事がある。

ガキを連れて急いで長のジジイの家まで行き、玄関をどかどか叩く。


「おーい、ジジイ! 緊急事態だ! 出てこい!」


聞こえてねえのかね。耳遠くなってっからなー、あのジジイ。

そんな風に思ってると、玄関の扉が開く。


「うるせえ! 壊れんだろうが!」


怒鳴りながら家主のじじいが出てくる。ジジイのくせに相変わらずいい体してやがる。

耳は遠いし頭もハゲ散らかしてるくせに、体だけは若い衆よりよっぽどい体だ。


「お、生きてたか」

「ふん、口が減らんな」


軽口を言い、ジジイがちらっとガキの方を見る。

下手な事言うなよ、ジジイ。


「それは?」

「それ、呼ばわりはやめといたほうが良いぞ。あの化物を倒してきたらしい」

「な・・・に・・・!?」


目を見開いて驚くジジイ。あんまり興奮すると血管切れて死ぬぞ?


「そうですか、それはありがとうございます。ここにはその報告ですか?」


ガキに向かって、さっきとはまるで違う態度で下手に出る。

そうだ、それで良い。


「いや、この男がここに、と」

「そうですか、そうですか。いや、何も無い所ですが、今から外の街に行きますと夜になりましょう。今日は泊まっていって下さい。大した物は出せませんが食事も用意致します」

「そうか、解かった」

「お前はその事実の調査の報告だろ? ええよ、行ってこい。客人は任せろ」

「おう、任せた」


ジジイがガキを部屋に入れて行くのを見届け、踵を返す。

まずは人を集めなければ。そしてこの事実を集落の者に伝えねば。


俺は杖をつきながら来た道を戻り、一人、また一人と話を伝え、他の人間にも伝える様に頼む。

俺も準備をしよう。









――――――――――――――――――――――










さあ、行こうか。

そこそこ大きい玄関を開けて中に入る。後ろに同郷の2人もついてくる。

息を潜めながら通路を、階段を、忍び足で歩いていく。

気取られたら死ぬかも知れない。

せっかくあの時拾った命だ。こんな所で落とすわけには行かない。


緊張感を持ちながら、暗い通路を歩いていく。

そして辿り着いた部屋に入り、そこにあるベッドが膨らんでいるのを視認する。

暗いせいで判りにくいが、少なくともベッドに何かがいる膨らみ方だ。


ごくりと思わず喉を鳴らして、一瞬慌てる。

こんな音、聞こえる筈が無いと思いながらも、緊張で手汗が出ている。


だが、ここまで近づいたのに反応はない。今なら、殺れる。

俺は他の二人と顔を見合わせ、二人ともこくりと頷き各々持っている鉈を構え、ゆっくりと持ち上げそのベットに勢いよく叩きつける。


肉を断つ感触がしなかった。

慌てて俺はかかっていた布団を投げ捨てる様にめくる。

そこには、ただ枕がいくつも入っていただけだった。


「酷いな」


声が聞こえた方に顔を向けると、いつから居たのか、窓際に少女が立っていた。


「そこに何が居ると思って、その鉈を振り切ったのかな?」


暗くて判らないが、その少女はにやりと笑った様に見えた。

なんで寝てない。ジジイ、


「くそ!」


悪態をつきながら、持っている鉈を投げつける。

少女はそれを事も無げに避け。


「少し、付き合ってもらおう」


そう言って、窓から飛び出した。

付き合う? 何を言っている?


いや、真意はともかく逃すわけにはいかない。

Aランク持ちに牙をむいた。それは国に牙をむいたに等しい。

代理人として局から説明を受けたからそれを知っている。

Aランクに犯罪行為を行った場合、問答無用で死罪になる事も有る、と。


逃せばここは終わる。逃がしてはいけない。

あのガキはここで確実に殺さなければいけない。

それに人食い化物はまだいけない!


「逃がすな! 所詮ガキだ! 武器の類は全部部屋に置いてあるから問題ない! ここで逃せば俺達は終わりだぞ!」


そう叫んで、長の家を囲んでいた物達に指示する。ジジイもその中にいる。

集落の人間全員で取り囲んでいるのだ、逃げられるものか。


「ふふ、この程度の包囲で止めるつもりとはな」


だがガキは、あっさりと山の方へ駆けていく。

俺達の包囲を、歯牙にもかけない。


「くそ! 絶対に逃がすな!」


全員総出でガキを追う。俺も長の家にある猟銃を持っていく。

山狩りだ。獲物は勿論あのガキだ。

あのガキが余計なことをしなければこんな面倒にはならなかったのに!


俺は義足を地面に叩きつける様に走る。

流石に義足で山道は堪えるが、右手で杖も付き、他の者達に遅れながらも急ぐ。

ひときわ声が大きい方へ向かい、辿り着いた先で見た光景はあまりに非現実だった。


大の大人達が十数人でかかっているというのに、明らかに個人が当たり前に対処できる人数ではないというのに、あのガキは笑いながら、踊る様に全てを躱していた。

完全に俺達が、手玉に取られている光景が、そこに在った。


だが、遅れてきた俺にはまだ気がついていないだろう。

俺は匍匐前進で近づいていき、気がつかれないように少しずつ距離を詰める。


これなら外さない、という距離まで近づいて猟銃を構える。

その瞬間、目だけでガキがこっちを見た。気がつかれた。

構うものか! この距離で散弾から逃げられるものか!


「食らえクソガキ!」


そう叫んで引き金を引く。

発砲音が鳴り、散弾がガキを間違いなく捉えた。


「やった!」


ガキは後ろに在った木に叩きつけられ、崩れ落ちる。

だが、穴だらけになったその体から、黒い何かが溢れ出てきた。


「え?」


その黒は、見覚えが有る。

それはかつて恐怖した物。

同郷の者達を多数殺し、この足を持っていった黒。


「ふふ、やはり、何の問題もない、か」


そう呟いてガキは黒を体に纏わりつかせて黒い丸になったと思ったら、その中からあの『化物』が出てきた。

なんで、こいつが此処に居る。


「お久しぶりですね。あの時のお詫びに、一撃だけ、甘んじて受けました」


困惑で、恐怖で動けないでいると、化け物はそんな良く解らない事を言い出した。


「ば、ばけ、も、の」


俺はあの時の恐怖を思い出して、へたりこみ、後ずさる。

俺の発言でこの男の正体がわかったのか、男共に緊張が走る。

だが、コイツの危険性を理解出来ていそうなのは、あの時生き残った者達だけだ。


あのガキはやっぱり殺されたのか。

いや、それだけじゃなく、質が悪い。あの化物をここによこす切っ掛けになりやがった!


「化物、化物ですか。そうですね。間違いなく、私は人食い化物です。貴方達に殺された娘を喰らい、眷属にしようとした馬鹿な化物ですよ! 人食い化物です! あまりにも滑稽なね!」


そう言って化物は体から黒を迸らせる。

その黒は森を犯していき、俺達を完全に飲み込み、何故か元に戻っていった。


「武器の類は奪わせて頂きました」


そう言われて手元を見ると見ると、銃がない。杖もない。更に義足もない。


「さて、獲物を狩るのは楽しかったでしょうか? 今度は、こちらが、貴方達に狩られる恐怖をお教えしましょう」


そう言って化物は手を軽く横薙ぎに振る。

すると黒がその後から走り抜け、周囲の木を薙ぎ倒した。

一瞬で、人の身では不可能な破壊をして見せた。


「少し待ちます。少しでも長くこうならない様に逃げ惑いなさい」


その言葉と惨状に、集団パニックの様相を呈して、みな我先にと逃げ出す。

俺も恐怖に勝てず、這いずりながら逃げ出した。


「・・・狩人は私ではありませんがね」


あいつはそう言って、黒を蠢かせながら虚空を見つめていた。

俺はそんな事に気を向ける余裕は無く、急いでこの場から逃げようとする。

だが奇妙な人間がいた。

皆がここから逃げようとする中、こちらに向かってくる奴がいる。


子供だ。

その子供は、見覚えのあるでこちらに歩いてくる。


「よう、いいざまだな」


あのガキだ。生きていたのか。


「なんで生きてんだ、って顔だな。当然だろ? 人食い化物の退治に来たんだから」


そう言ってガキは、スライド式の銃を出して俺の肩を撃った。

一切の躊躇も容赦も感じられない。


「がっ・・あ・・!」

「これは私を嵌めようと考えた分だ。化け物退治は他の連中に任せる」


こいつ、まさか、全部知って―ー


「ああ、知ってるよ。お前らが昔周辺の子供を攫ったり、その親を殺したり、非合法な人買いから子供を買ったり、後子供を喰らうなんて訳の解らない因習をしてたのもね」


因習?

それは違う、この集落はそれを認められた者達の集落なんだ。


「それをあいつに掻っ攫われたりしてたのをね」


そうだ、化物があそこに居を置いてから、尽くガキ共を持って行かれた。

だから人を集めて襲撃した。

その時あの化物はおらず、代わりにあの化物の女と、育てられたガキどもが居た。


女は勢い余ってその場ですぐ殺してしまった。

ガキ共はいたぶって、動けない様にした後、何人かは色々と『遊んだ』のを覚えている。


その後化物が帰ってきて、ガキ共で遊んでいた男共を一瞬で黒で飲み込み、少し離れていた俺も足をやられた。

それに恐怖して、俺達は逃げた。だが、何故か化物は追ってこなかった。


あの化物があそこから動かなくなってからはとてもやりやすかった。

起こった事は全てあの化物のせいに出来たから。


「本当に、クズが、救いようがない」


おかしい、俺は一言も言葉を発していない筈なのに、なぜか会話になっている気がする。

恐怖のせいか、痛みのせいか、声が発せていない筈なのに。


「大丈夫だよ、そんな事で悩む必要なんて無い。どうせお前は終わりだ。私はね、私が気に入った者には手を貸すが、私に害を与えようとした上に、腐った魂を持つ奴は絶対に許さない」


ガキの後ろから、ガキの膝丈ぐらいの女の子の形をした、小さな人形が歩いてきた。

その手に、凶悪な鉈を持って、意思がある様に人形が動いている。

何が、起こっているんだ。


「あんたの獲物だよ。この子が返してくれるってさ」


そう言って、ガキは人形の頭を撫でる。

すると小さい人形だったそれは、見る見るうちにいつか見た覚えのある少女の姿になっていく。

その少女は「かえして・・・かえして・・・」とブツブツ呟いていた。


フラフラと人形から子供になったそれが歩いてくる。

近くまで来ると鉈を大きく振り上げ。


「私の体、返して」


と言いながら俺の腕に叩きつけた。


「ぎゃああああああ!」


銃の時より、強烈すぎる衝撃が走る。

鉈の振り下ろしに力が無いせいで、振りの鈍さにより逆に痛みが強い。


「返して、返して、返して、返して、返して返して返して返してかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえして」


呪文のように繰り返しながら、少女は何度も何度も鉈を俺に振るう。

俺は痛みに、声にならない声を上げながらのたうち回った。

それでも尚、少女は鉈を振り下ろすのを止めはしない。

かつて自分がされた様に、一切の慈悲なく鉈を振り下ろす。


「何なんだお前ら! 来るな! こっちに来るな!」

「ぎゃあああああ! 腕が! うでがぁ!」

「目が! 目が見えねぇ! 助けて! 助けてえええ!」


そんな声がそこかしこで響いているのが、気の遠くなってきた耳に届いた。

そして、それを聞いたあいつは、あのガキはケタケタと笑いながら語りだした。


「さあ、お立会い! 奇しくも山奥で開かれた盛大な人形劇だよ! ああ悲劇! 何とこの村では子供を食らい、自らを神の子孫などと頭のネジがとんだ一族に食われた悲しい子供達が居た!子供達は自らを食われ、泣き叫び、こいねがった。助けて欲しいと!」


抑揚を付け、まさしくここが劇場の様にガキは高らかに語る。


「少女の願いは聞き届けられなかった! だが少女達のもう一つの願いはかなった! 自分を奪った者達から奪い返したいという願いが! 強い思いと共に留まった魂を持って、人形の体に宿り、不死の者と同質の存在となりてかの愚者たちへ牙をむいた!」


狂気じみた笑いを見せながら、楽しそうに、心底楽しそうに語る。

俺はだんだん痛みを感じなくなっていたせいか、それをじっと聞いていた。

先ほどの少女は、ずっと俺に鉈を振り続けている。


「残念ながら観客は少ないが、主役の少女達は精一杯の立ち回りを、その人形を寄り代にして見せてくれるだろう! さあ、盛大に、盛大に声を上げて最後を飾るといい! このすばらしく無様な人形劇の為に!」


両の手を広げ、虚空に向かってそう叫ぶ。

そうか、これが、俺たちの最後か。

今日、この場で、この集落の人間は一人残らず死ぬのだろう。


『これで仕事は終了だな。報酬がない仕事を仕事と言って良いのかどうか知らぬが』

「いーこー、せっかく興がのってたのにぃ」

『よくこの阿鼻叫喚の地獄絵図の中そんな事が言えるものだ』

「全然たりねーよ。この程度ですましただけ優しい方だ。ともあれ人食い化物の退治は終了だ。この集落の人間こそが人食いだったんだからな」


その言葉を聞いたのを最後に、俺の意識は黒く染まっていった。

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