子供達の意思

『アショフ?』


私は彼の行動を訝しみ、呼びかける。

確かに彼は今、彼女達を開放しようと動いたはずだ。娘達を助けようとした筈だ。

けど彼は、そのまま膝から、床にへたりこんだ。


『アショフ、何をしているのですか』

「・・出来ないよ、ベルタ」

『アショフ!』


硬い声で問う私に、情けない声でアショフは応えた。

その言葉を聞いて、思わず叫んでしまった。


「解っている、解っているんだ。彼女達を今まで苦しめていた事は。でも私には、娘達を手にかけられなかった! だから、私は、解放されたかった・・・!」

『アショフ! そんな自分勝手が通ると思っているのですか! 貴方は子供達を自らの欲望で異形にしたのですよ! あまつさえそれからも逃げ出そうなど!』

「ああ、情けないよ。君が居なくなって、こんなに自分が情けないのだと思い知ったよ。エルが未だに私の傍に居てくれるのが、不思議なぐらいにね」


そう言ってアショフは泣きそうな顔でエルフリーデを見る。

私達の可愛い娘の一人。唯一新しい生をきちんと受けた、人の形で異形となった娘。

ああ、エル、そんな辛い顔をしないで。貴女は精一杯彼を守ってくれた。

自ら死のうとした彼を、死なせない為にそんなになってまで起き上がろうとしていた。


ランさんがアショフの存在に気がつかなければ、きっと、エルはまだ戦っただろう。

その証拠に、エルの体はもう

会話の最中は動けなかったのではない。彼女を驚異と認め、不意打ちをするつもりだった。

エルは確かに敗れたといったし、他の子達をけしかけないとは言った。

けど、もう抵抗しないという言葉は口にしていない。


彼はそれを解かっていたのに出てきてしまった。

だからこそ、だからこそエルは動けなくなってしまった。

もう本当に、彼が生きていたくないのだと痛感してしまったから。


『何の為にあの子達を救ったのですか! こんな目に合わせる為ではないでしょう!』


お願い、アショフ。辛いのは解る。あんなに可愛がった子供達を殺せと言っているのだから。

この子達は見捨てておけば死ぬ運命だった。それが出来なかったから育てたのではないですか。


結果は惨劇とこんな結末だけど、それでも、私達の過ごした年月は幸せだったでしょう?

あの幸せな日々が在ったから、この子達が可愛いんでしょう?


なら私たちは幸せをくれたあの子達に、今出来る精一杯をしてあげなければいけないの。

あの子達はもう磨り減って、限界が来ている。最後まで苦しめる様な事はしたくない。

お願い、アショフ。あの子達を助けてあげて。


『アショフ!』


悲痛な想いを、子供達とアショフへの愛を想い、彼に向かって叫ぶ。

でも、その思いは彼には届かなかった。

彼は床に手をついて、悲しい答えを返してきた。


「すまない、ベル・・」

『そう、それが、貴方の決断なのですね・・・・』


ならば私のやれることはたった一つ。

あの時、彼女が私を見つけた時、私は彼女が自分を欲しているのだと思った。

だから彼女に交渉をしたんだ。

この身を、この魂を捧げる代わりに娘達を救って欲しい、と。


勿論交渉なんて意味を成さない事だったのかもしれない。でも彼女はちゃんと乗ってくれた。

彼女はあの時「めんどくさい。お膳立てしてやるから、てめえらでやれ」と返してきた。

この方が面倒なのではと思ったけど、彼女なりの優しさを感じた気がしたので、黙っておいた。


彼女は言葉や態度より、もっと優しくて、誇り高い人な気がする。

だから、もう一度お願いしておいた。

それでもダメなら、その時はお願いします、と。


『ごめんなさい、結局貴女に迷惑をかけることになりました』


そう言って、彼女に体を返す。

不甲斐ないこの身と、伴侶の姿に悲しさを覚えながら、彼女に全てを託す。


「ヘタレが、何時までもそこで蹲ってろ。てめえの不始末はてめえの女がつけるとよ」

「まってください! 奥様はどうなるのですか!」


ランさんが口にした事に、エルが素早く反応した。

お母様だってさっき言ったのに、もう!


「べつに、したくもない強制的な約束をさせられてただけだよ。あのヘタレがヘタレたら、後は頼むってな。あいつがヘタレだってのは知ってるからって」


あまりヘタレヘタレ言わないで欲しい。一応伴侶として愛しているのですから。

情けないという事に関しては、反論出来ないのですけど。


「ただ、その代わりあの女は私の物になる。そんだけだ」


ランさんの感情を感じさせない返事に、エルが目を見開いた。


「お願いします! 代わりに私をいくら使ってくれても構いません! 奥様は! 奥様は安らかに眠らせてあげてください!」


不意打ちをしようとしていた事も忘れて、エルが立ち上がる。

エルは私がどう使われるのかを不安に思ったのだろう。

彼女が私を使う事になったら、きっと私はただ消える事は許されないのだろうから。


その証拠に、あれだけ強い意志を持っていないと維持できなかった私自身が、彼女の中にいると何も意識せず安定している。私が薄れていく感じがまるでしない。

間違いなく、彼女は私を掌握している。なのに、彼女は私の言葉に乗ってくれたのだ。


ならどんな使い方をされるのだとしても、ありがとう、という感謝の言葉しかない。

彼女がその気なら強制的に私を自分の物に出来たのだと、体を貸して貰って、解ってしまった。

そんな事を考えていると、ランさんは怖い事を言いだした。


「良いぞ。別にそれでも」

「本当ですか!」


え、ちょっと、待って、それは、駄目。

エルは、助けてあげて。


「んで、お前らはどうする?」


「え?」と、疑問しかない心を置いて、ランさんが目を向けた方に意識を向ける。

そこには大きな音をたてながら、次々に武器を捨てる娘達の姿が目に映った。

彼女達は皆、強い目をしていた。明かな意思を持った、強い目を。


「・・エル、お母様は貴女が犠牲になるのは望まないわ」


生前はエルより大きかった、年上だった娘がエルに語り掛ける。

続けて深々とランさんに礼をして、同じ様に他の娘達も頭を下げた。


「最後に、妹や旦那様と話す時間をくれた事、感謝します」

「抵抗するなら自分の意志の方がおもしれーかなって思っただけだ。会話させる為じゃない」

「それでも、ありがとうございます。もう、自分の意志で口を開く事は無いと思っていました」

「・・・好きにしろ。時間は、あんまないぞ」

「はい、ありがとうございます」


娘はにこやかにランさんに礼を言うと、他の子達も口々に礼を言う。

一体どうなっているのだろう。

いや、私が話せる様になったのだ。

元々の体の在る娘達を喋らせる様に出来るのは、当然なのかもしれない。


でも彼女は、何時の間に娘達を自分の支配下に置いたのだろうか。

完全に娘達を掌握していたのに、エルとの戦闘で盾に使うという事もしなかったのか。


ああ、なんて事だ。

彼女は私のお願いを、私以上に重く受け止めていてくれていたのだ。

エルを助けて欲しいという言葉を、私以上に受け止めていてくれたのだ。

エル自身が姉妹達を傷つける事がない様に。


こうなると、走っていた時の言葉や態度も怪しいものだ。

本当に銃を当てれなかったのかどうか、とても気になる。


「旦那様、悲しまないでください。私達は確かに無理をして、今ここに在ります。けど、それは自分の意思です」


そうだ。娘達は自分の意志でまだここに在る。

彼女は言っていた。娘達は本来、化物になりそこねた時に体と魂が分かれていると。

それを強制的に留まって繋がってしまったせいで魂がすり減って、苦痛の中消えかけていると。

ただ、そのおかげで彼女達の体は生前のままを保てているのだとも。


「だから削れすぎて全部見えない。それが、余計にむかつく。胸糞悪い。やろう、覚えてろ」


と、ランさんが言った意味はよく解らなかったけど。


「旦那様。いえ、お父様、今までありがとうございました。先に逝く事をお許し下さい」

「お父さん、大好きだったよ」

「おとーさん、あたし達は、おとーさんを恨んでないから。ちゃんと、生きて」

「お母様も、お父様が自ら命を絶つのは望みません、ご自愛下さい」


そんな風に娘たちは皆、苦しかったことも、恨み言も、何もない。

本当に優しい、優しすぎる言葉を、アショフに投げかけていった。

なんて本当に、愛しい、娘達なのか。


「エルフリーデ」


娘の一人が、エルに声をかける。

エルと一緒に保護した子だ。保護した頃はエルの方が小さかった。

今ではもう、エルの方が遥かに大きい。


「あんたはあんたの好きに生きなさい。それが、お母さんの望む生き方だよ」

「ニア・・・、でも、私は!」


何かを言おうとするエルの額を、背を伸ばしてベチンと叩くニア。

エルは目をぱちくりさせて、狼狽えている。


「ばっか! あんたはだいたい一人で悩むと、暴走してド壷にはまるんだから! あたし達はあたし達の生きたいように生きたのよ。だからアンタも生きたいように生きて。幸せになってよ」


幸せになってくれと頼まれたエルは涙を堪え切れず、頷きながらニアを抱きしめる。

ニアは優しく妹分の頭を撫でていた。


「私は、夢でも見ているの、か?」


アショフは、そんな事を言って、現状がイマイチ把握出来ていない。

いや、私も出来てはいないのだけど、彼は完全に呆けていた。


「皆、私を、恨んでいると思っていた。だから、体に留まっているのだと」


その言葉に娘達は「ギン」と効果音が聞こえてきそうな勢いで彼を睨みつけ、やいやいと怒る。

ああ、とても懐かしい。まるであの頃に戻った様だ。

きっとこれは彼女が見せてくれた、わずかな時間だけの幸せ。


その証拠にサラサラと砂の様に、娘達が一人、また一人と形が崩れていく。


「馬鹿だな、お前ら。恨み言の一つでも言ってやればよかったんだ。今だって苦しいだろうに」


ランさんは言葉のわりに、とても優しい声音だった。

その顔も、慈愛という言葉がよく似合う顔をして、娘達を見つめている。


「良いのよ、これで。私達は家族だから。迷惑をかけるのはしょうがないの」

「あっそ。まあ、アンタラにやれた時間はこんだけだ。消えかけているのを無理に動かしたから、後は崩れていくだけだ。けど、もう苦しむ事は無い。そこまでも待てない奴がいたら言えばいい。ちゃんと終わらしてやる」


そう言って、彼女は手に持った銃を構える。

娘達は誰もそれを願わず、皆アショフとエルを見ながら崩れていった。

皆痛みに耐えていたのだろうに、解放されていく顔は寂しさも見えたが、とても安らかだった。

娘達が皆が崩れ静寂だけが残ると、彼女は構えた銃を下ろして崩れた砂の前に跪いた。


「汝らの優しき魂に安らぎを祈る」


そう小さく呟き、彼女は黙祷を始めた。

私も同じように祈りを心の中で捧げ、娘達の安寧を祈る。

そして暫くすると彼女は無造作に立ち上がり、どうでも良さげに口を開く。


「あー、そいやさ」


彼女はそう言いながら、エルに使った大口径の銃でとても自然にアショフの頭を撃ち抜いた。

瞬間私は叫びにならないと解っていたけど、アショフの名を叫んだ。

けど、その叫びは悲しいけど届かない。


「旦那様あああああああ!」


銃声と、悲痛なエルの声と、べシャっと黒い不定形になって潰れるアショフの音。

それだけが、この空間に響いた音だった。


「私、人食いの化け物退治の仕事受けてんだよね」


そして彼女は追い打ちをかける様に、黒い塊になったアショフを踏みつけた。

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