館の主人、そしてその義務

音を立てて金髪メイドが崩れ落ちるのを見届けて、一息ため息を吐く。

手間取らせてくれたもんだ。中々上位の化け物だったな、この娘。

こいつが経験不足でなきゃ不味かった。


「くっ、がっ・・ま、だ」


動かないであろう手足を動かし、体を起こそうとする金髪メイド。

それを視界に収めながら右腕ごと落とされたリボルバーを拾い、肘と膝の関節を撃ち抜く。

動かれちゃ面倒だ。


「がっは・・・うっく・・!」


追い打ちをかけられ、さらなる痛みで完全に動けなくなるメイド。

呻く言葉を詰まらない気持ちで眺め、真横に立つ。


「まだ、やるかい?」


私の問いを聞き、メイドは仰向けに転がったまま、身動き自体完全に取らなくなった。

力を抜き、地面に完全に体を投げ出した。


「・・・・・なぜトドメを、ささないんですか?」


痛みを堪えた様子を感じる声で、メイドは無表情で聞いてきた。

我慢強やつだな。


「お前を殺すのが私の仕事じゃないからな。ただ、まだ続けるなら抵抗したくなくなる程度には付き合ってやる」


メイドに応えながらカバンから煙草を取り出し、一本咥えて火をつける。

正直なところは折れて欲しい。まだ続行出るし、この状態に持ち込んでしまえばもうどうにでもなるが、あまり無駄な事はしたくない。

ストックも今の一戦で1つ使ってしまった。

流石に後1ストックでは心元ない。化け物相手の戦闘は、予想外のこともある。

さっきみたいに反応出来ない攻撃をされると、いくらストックがあってもジリ貧になる。

この娘がお人好しで、触れられる距離まで近づいてくれてよかった。


「あー、つっかれた。とりあえず休憩!」


そう叫んで、メイドの横に座り込む。メイドはその行動を驚いた顔で見ていた。

知るか、疲れたんだよこっちは。


「あなたは、私達を滅ぼしに来たんでしょう?」

「あんたは標的じゃない」


契約書には「人食いの化物の退治」と書いていた。

このメイドは正真正銘本物の化物の類だが、おそらくは元人間。

そしてその頃の価値観を捨てられない部類のやつだ。こんな奴が人を食えるわけがない。

殺した相手に涙を流すような甘いだ。


「・・・解りません。例えそうだとしても、私は確かに貴女を殺そうとしました。それでも、殺さないのですか?」


そうだな、それはもってしかるべき疑問だ。

でも、それはできない。できない理由がある。

それよりも先にをしてしまったから。


「こっちにもいろいろと事情が有ってね。ああ、別にあの子らをけしかけてきても良いよ?」


通路を塞ぐメイド達を指差し、内心止めてくれと思いつつ余裕を崩さずに言い放つ。

実際はやられたら結構面倒くさい。


「いいえ、私が敗れた以上、あの子達では相手にはならないでしょう。貴女のその腕と腹部のからくりも解りませんし、ね」

「そ、じゃあ、そういう訳らしいけど、あんたはどうする?」


メイドの意思を確認してから、問いかける。

この光景をずっとのぞき見てた趣味の悪い奴に。


「気がついていたのですね」


居場所の判らない声が、開けた空間に響いた。

だが声の主を探す必要もなく目の前に黒い塊が膨らんでいき、人の形を成していく。

しばらく待つと、貴族風の格好をした男がそこに現れた。


「初めまして、お嬢さん」

「初めまして覗き魔」

「これは手厳しい・・・その子と約束をしていたので出てこれなかったのです」

「約束、ね」

「ええ、私が敗れるまで絶対に侵入者の前に姿を現さないで欲しい、と」


つまりこの男は金髪メイドが敗れた、と判断した様だ。

まあ、これを敗北したわけじゃないとは、どうやっても言えねえな。


「で、どうすんの?」


立ち上がり、吸っていた煙草を捨ててブーツで踏んで消す。

我ながら態度が悪い上にやりたい放題だ。知ったこっちゃねえが。

男は返事をせずにゆっくりと近づき、自分の頭に私の銃を突きつけて目をつぶり「どうぞ」と言った。


金髪メイドは目を見開きながら悔しそうな顔をしている。

つまりあのメイドが敗れたならば、自分はその侵入者に殺される。

そういう約束だったのだ。

何よりこいつは、私の様な子供には


しってるよ。聞いたもん、あいつに。

だから私は回りくどくも屋敷の中を無様に逃げ回り、丁寧に仕込みをし、どんな手を使われても対処出来る所まで積み上げ、それを悟られない様にしていた。

けど、それは最後の手段だ。あまり、やりたくない。

だから先ずあのメイドを無力化した。

そしてここからは、交代の時間だ。


『勝手に死ぬなんて、許しませんよ』


凛とした綺麗な声が響く。

私の口であって私の口ではない所から、私じゃない声が周囲に響く。

その声は勿論、男とメイドの耳にも届いている。


「・・・ベ・・・ル」

「奥様!?」


先程まで私が立っていた場所に、歳は30代半ば頃だろう、白いドレスを着た金髪で白い肌の女が立っている。

メイドも男も、現れた女の姿を信じられないという顔で見つめていた。


「ベル、本当にベルタなのか?」


正気に戻った男は、声を震わせながら問う。

女は男を静かに見つめながら、口を開いた。


『ええ、彼女の力を借りて、貴方達の前に姿を現すことが出来ています』


そう、今の私は、この女に体を貸している。

この世に誰もが見える様に顕現する為に。

こいつらに、本人達に始末をつけさせる為に。


「・・・おく・・さま・・・・」


金髪メイドがベルタを見て、泣き始めた。

こいつらの関係を考えれば、会ういたくても二度と会えない相手に会えたわけだからな。

特にメイド娘にとっちゃ、嬉しくて堪らねえだろう。


『エルフリーデ、私を呼ぶときはお母様! もしくはお母さん! ママでもいいけど、奥様はやめなさいって言ったでしょ!』


メイドの名を呼び、空気を読まずに女は、ベルタはメイドを叱る。母として、親として。

メイド娘は一瞬きょとんとした顔になったが「はい、お母様」と嬉しそうに応えた。

とりあえず私としては早く約束を果たして欲しいんだけどなぁー。この状態結構疲れんだけど。


「本当に、ベル、なんだね」

『ええ、アショフ、久しぶりね』

「ああ本当に、彼女には感謝してもしきれないな、また君と話せるなんて」

『そうね。私も、この土地に留まり続けた甲斐があったわ』


彼女はこの土地に強い意志で有り続けた。だからこそ、私は彼女を見つけた事を後悔した。

あの時墓地に向かわなきゃ、彼女達の事情なんて知らなくて済んだのに。

ただの化け物退治で終わったのに。

あまりにしっかりと形を保っていた彼女に触れて、彼女の人生を見てしまった。

なんて幸せな毎日で、なんて残酷な末路だろう。そう思ってしまった。


『アショフ、子供達に何か思うところは無いのですか』

「・・・すまない。私の弱さが原因だ」


ああ、そうだ、この子達は皆、誰も血が繋がってないが皆私達の子なのだ。

違う、体を貸しているせいで思考が混ざる。この二人が育てた、可愛い子供達だ。

赤ん坊から育てた子も居た。

あの子は4つで成長が止まっているが、ちゃんと生きていれば今なら10歳程だった筈だ。

皆、とても愛おしかった。皆、可愛い人間の子供だった。

けど、彼女達は人として死なず、化け物として今を生きている。


「私は怖かった。君と過ごした幸せな日々が在ったから、皆が死んで、一人が怖かった!」

『解っています。でも、親は子を助く者で在って、苦しめる者で在ってはいけないのです』

「ああ、そうだな、私は父親失格だ」


嫌な感情が流れてくる。

当時の事件を思い出し、子供達の悲痛な叫びを止められない苦痛に満ち溢れた感情が。

泣き叫ぶ娘達を見ながら、意識を失った時の記憶が。


『ですが、まだ果たせる事はあります』

「果せる、事?」

『彼女達を、貴方の手で開放してあげなさい』


これが、この女とした約束だ。

彼女と「体を貸す代わりに自分達でどうにかしろ」と交渉していた。

娘を、あの金髪メイドと男を殺さない代わりに、自分達でけりをつけろと。


彼女達を救って欲しいと懇願され、それを無視できなかった。

けど、だからって私自身がやりたいなどとは思わない。


「娘達をこの手で殺せ、という事か」


男は手を震わせながら、女の言葉の真意を口にする。

いい加減、化け物の、仮初の生から解放してやれと。

一度死んだ娘達を、もう一度ちゃんと殺し直せ、と。


まともな神経の持ち主なら、誰が好き好んでやりたいものか。

あんな、精一杯父親を守ろうとしている子供達に、そんな事が出来るものか。

けど、だけど、だからこそ何より、あんな愛しい我が子達を苦しめたくはない。


いや違う。ベルタに完全に自由にさせているせいで、思考がどんどん引っ張られている。

あの子達に同情はするし、自分でやりたくないのも本心だが、私はそこまで優しくない。

ああ、もう、面倒だ。自分でやるのも嫌だけど、この状況も物凄く面倒だ。

金髪メイドを殺さないでと頼まれ、加減したせいでストックを使ってしまったし。

塊で使えそうな魂が見えたからって、近寄るんじゃなかった。

こいつの人生なんて、見るんじゃなかった。


『あの子達の苦悶が、貴方には聞こえないのですか。本当の意味で起き上がれたエルは第二の人生を歩めるでしょう。でも、あの子達はもう限界です。本来ならとうに崩れる筈の身を、魂を削り、苦痛に耐えて維持している。貴方の為に!』

「・・・っ!」

『アショフ、最後の、私達の最後の親としての義務を果たしましょう?』


女は優しい母の顔で男に促す。

娘達を、愛しい娘達を救ってあげようと。

男は女が見つめる中その体を黒い異形に変え、彼女たちの前まで歩いて行き――――


そのまま、元の形に戻ってしまった。

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