勝負の行方
リリスが膝を折っている間にもミリアは高速で動いていた。
その動きを捉えるのは至難の業だった。
いや、いくらなんでも早すぎる。
下手をすれば母よりも早いかもしれない。
風の魔力を込め、こちらも高速で動き出す。
「あら、本気になられたのでございますか?」
正面に出てきて鞘から刃を抜いてくるのが目に入った。
「リリスに対しては鞘で、俺に対しては刃か。高く見られた物だな」
そう言って寸での所で刃を回避する。
だが抜いた刃自体は目に入らなかった。
すぐにも抜かれた刃は鞘に戻されているようだった。
「これは居合、抜刀術と呼ばれる物です。よくぞ回避されました」
笑顔で言うミリア。
そうしてお互いに距離を取る。
───強い
「異国の技でございます。対魔族用に人間が開発した技の一つ。視認出来ない程の早さで相手を斬り伏せるのです」
「いいのか、そんな丁寧に説明しても」
手の内をさらけ出すとは阿呆のやることだ、それが父の教えである。
「構いません。私は貴方が気に入りました。まあ、あの夜から気になってしょうがなかったのですが。こちらの殺気に気づくのですから驚きもするでしょう」
その言葉は意外だった。構えながら、
「嬉しいことを言ってくれる。こちらも驚いた。あれが殺気なのだから。で、あの夜は一人何をしていたのか尋ねても?」
「ああ、水浴びでございます。森の中に湖があるので。殿方に覗き見されても困るでしょう。ですから威圧したのでございますが。まさか夜目が効く人間がいるとは」
「こちらも驚きだな。あの距離からこちらを確認出来るとは」
───と
「わたくしも忘れないで頂きたいですね、何を二人で楽しそうに話しているのですか」
リリスだった。
「うーん、そちらの魔族は邪魔ですね。少し眠って頂きましょうか」
そう言うなりミリアの姿が消える。
「リリス、後ろだ!」
叫ぶなりこちらも行動していた。
地面を思い切り蹴り、リリスの得物の槍を掴んでいた。
槍は思った以上に重く、風の魔術で軽量化、防御の姿勢を取る。
がきん、と鈍い音がし鞘を弾き、お互いに距離を取る。
「今のを弾きますか」
「そちらこそ、強すぎる。一体どういう事だ」
「貴方こそ、どういう身体能力でしょうか」
駄目だ、不得手な槍では防ぎきれない。
攻撃に出るしかない。
そう思い槍をリリスに渡し、地面を蹴り距離を詰める。
───と
急に相手の動きが止まる。
おかしい。何故動きを止める?
これはまずい!
そう直感し、今度は地面を思い切り蹴り距離を置いた。
見れば腰を低く構え、刀を抜こうとしている。
「よくぞ見切りました」
もしあのまま刀の間合いに入っていれば
───おそらく死んでいただろうことは容易に想像出来た。
「その居合とやら、攻防一体の技らしいな」
ミリアは少し大きく目を開いた後、目を戻し、
「よくぞお気づきになられました。この間合いは必殺の間合い。入れば相手を必ず殺します」
「で、どう攻略しろ、と」
「それは秘密でございます。さて、この構えとなった以上私も動けませんがいかが致しましょうか」
なるほど。攻防一体の技ではあるが移動は出来ないのか。
なら魔術で攻めるか。
左手に氷の魔力を込め、右手に風の魔力を込める。
そして凍結狙いの氷の風を巻き起こした。
「───っ」
流石に驚いたのか、ミリアが構えを解き地面を蹴った。
いい反応だ。だが、この凍結魔術はその遥か上を行くぞ。
思い切り風を巻き起こし更に射程と威力を上げる。
「───貴方、魔術師だったのですか」
ミリアが驚きを隠さず、しかし低い声でそう言ってくる。
だが、それに対し無言。手の内は明かさない、それが鉄則だ。
「ならば、こちらも本気でいかざるを得ませんね」
そう言うなり空中で刀を抜くミリア。
「何を」
と、言った所で魔力が断ち切られるのが感じ取れた。
「刀で魔力を断ち切ったのか」
おそらく魔力を込めた刀で魔術の世界そのものを強引に断ち切ったのだ。
そんなことを可能とするとはな。
───面白い
「面白い、面白いですね貴方」
そう言うなり、殺気を漲らせて来た。
ミリアの目が紅く光る。
「峰打ち等と甘いことはもう言ってられません。手加減の必要はないでしょう」
そう言って刀を逆さから普通の型に戻しているようだった。
「冗談じゃ───」
ない、と言おうとしたらミリアの姿が消えていた。
それは単純な加速だった。
正面から斬りかかって来る。しかもあくまで居合の型で。
けど、何故最初から刀を抜かない?
何か理由があるのか。
ぎりぎりまで引き寄せる。
そう覚悟を決めた瞬間、全ての世界が遅く見える。
───否、雷の魔術で全ての感覚を研ぎ澄ませていた。
「何かあるようですね、けれど良いのですか。私の刀、見切れていないでしょう」
確かに、見切れない。
だが抜く瞬間が弱点だ。
抜いた、そう思ったのと同時。
正面に光の盾を作り出す。
「───なっ」
あまりの眩しさに目が眩んでいるミリア。
しかしこの最速の空間にあって、ようやく見切れる速度か。
そう思いながら刀を蹴り叩き上げる。
そうして思い切り蹴りをがら空きの胴に入れる。回数にして十連。
「───っ」
ここが限界か。
雷の魔術を切り、魔力を練り上げる。
空中に浮いた刀がすとん、と音がし地面に突き刺さる。
それを横目に見、
なるほど、確かに凄い切れ味だな。斬られていたら死んでいた。
というか、本気で斬りかかって来てたよな。
冗談じゃないぞ。
そう思うと全身から汗が噴き出ていた。
雷の魔術、日頃から鍛錬しておいてよかった。
ふう、と一息ついたその瞬間、
目の前に紅い目が視界に入ってきた。
「っ、冗談だろう」
雷の魔術を展開し速度を上げ、慌てて防御に入る。
思い切り蹴りをくらう寸前だった。それを寸でで回避し、思い切り風の魔力を込め蹴り飛ばす。
今度こそ、と思ったらまたゆっくりと立ち上がってくるミリア。
紅い目が開き、こちらに向かって不気味に笑っていた。
駄目だ。
「まだです、負けてません」
駄目だ。
「こんなに楽しいのは久しぶり、貴方、素敵です」
これ以上雷の魔術は耐えきれない。しかし使わねば死ぬ。そんな気がした。
───と
「そこまで!」
ジークフリートの声がした。
「この勝負、引き分け!」
そう言われ雷の魔術を使うのを止めた瞬間、
思い切りミリアに蹴り飛ばされ、訓練所の壁に激突するのであった。
慌てて受け身を取り、
「勝負は終わったんじゃないのか」
口元からたれてきた血を拭いながらそう言うと、
「そんなの関係ありません。戦いはこれからでしょう」
あくまで笑みを浮かべながら立っているミリア。
紅い目がぎらりと光った所で、ジークフリートにげんこつを食らっていた。
「いてっ」
紅い目が黒に戻り、頭をさすりだすミリア。
「勝負ありと言ってるだろ。反則でお前の負けな。何判定出した後蹴り飛ばしてるんだ」
「申し訳ありません、しかしこの高まる気持ちをあの方に伝えたくて」
おい
どこかで聞いたぞその言葉。
なんか似たような言葉を何処かで。
───と
「待ちなさい、わたくしを放置して勝手に話を進めないで下さい」
リリスだった。槍を杖代わりにし立ち上がってきていた。
それを見て、ああ、リリスも同じような事を言っていたなと納得した所で、
「ああ、忘れておりました。そこの魔族さんもそこそこ強かったかもしれませんね」
「───っ。まだわたくしも本気を出しておりません。もう一度勝負なさい」
「いいけれど、貴方、命落としますわよ」
「だから命取ったらおしまいだと言ってるだろうが」
ごつん、もう一度ジークフリートからげんこつをもらっているミリアである。
「いてて、はい。申し訳ありませんお父様」
「い、命拾いしましたね貴方」
「貴方こそ」
お腹のあたりをさすっているリリス、そしてそれに対するミリア。見えない電撃がお互いの間をぱちぱちと火花が散っているようだった。
「そんなことより、見くびっていたのは私の方だったようですね」
ミリアがこちらに向き直り、
「参りました、けれど次は勝たせて頂きます」
「いや、こちらこそ。良い勝負をさせてもらった」
そう言って傍まで行き、手を取る。
「ああ、どうしましょう。一目惚れとはこういう事を言うのでしょうね」
急に顔を赤らめ、そんなことを言い出すミリア。
「───え?」
いや、何を言われているのか分からないが、おかしな流れなのは何となく理解していた。
「私、貴方のこと気に入ってしまいました。どうですか、結婚を前提にお付き合いいたしませんか?」
「あ、いや。それは」
「決断力のない男は嫌われますよ」
はて、同じようなことを言われたような。
「ヴェル様!何故断らないのですか!」
リリスが後ろの方からそれはお怒りになり叫んでいらっしゃる。
ですよね、そうなりますよね。
「そうですか、あの魔族が邪魔なのですね。今すぐたたっ斬りますから少々お待ち下さい」
「聞き捨てなりませんね。わたくしのヴェル様の手を取っておいて」
「貴方こそ、さっきは本気じゃないとか言って。本当はあれで本気だったのでしょう。それに何ですか、そのわたくしのヴェル様と言うのは」
そう言ってミリアは地面に突き刺さった刀を抜いて鞘に納める。ようやく刀を納める所を視認出来たな。
そんなことを考えていると、リリスが、
「そのままの意味です。ヴェル様はわたくしのものです。わたくしを愛していらっしゃいます」
「へえ、それは面白い事を。その偽物の愛と諸共たたっ斬ってあげます」
女同士の第二回戦が始まろうとしていた。
「あの、止めなくても?」
思わず横にいるジークフリートに声をかけていた。
するとジークフリートはゆっくりと腕を組み、深くため息をつきながら、
「止めても仕方ないだろうさ。本人たちはやる気みたいだし。まあ、命に危険があるようなら実力行使で止めるさ」
そう言うのであった。
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