剣術
ラッパが一回鳴り、朝を告げていた。
ベッドで横になっているリリスを起こす。
「朝だぞ。御飯を食べにいこう」
「ヴェル様、もう起きていらしたんですか?」
「ああ、まあ、な」
あれから寝付けなかったなどとは言えなかった。
夜見たあの女性は一体何者だったのだろうか。
朝御飯を終え、リリスと二人教室に向かった。
出席を取り、学習が始まる。今日は外で剣術について学ぶらしかった。
一人一人に木の剣が配られ、とりあえず素振りから始めるらしかった。
それを片手で軽々と振り回す者もいれば、あっちにふらふら、こっちにふらふらという人間もいた。
それを横目で見ながらとりあえず剣を振る。
ぴたり、と先生が目の前で止まる。
「確かヴェルファリア君だったね。君、剣使うの初めてじゃないだろう」
「はい」
武術はとりあえず全般使っていた。だが、得意と言うわけでもない。
「見れば分かるのですか?」
「ええ、まあ大体は。簡単すぎるかもしれませんが、とりあえず皆と合わせて素振っておいて下さい」
「はい、分かりました」
そう言われひたすら素振りをする。
素振りをしながら、昨日の女性の事を考えていた。
魔力は感じなかった。
否、あれは魔力を抑え込んで隠していた、というのが正しいだろう。
自分も日頃は魔力を隠している。だが、夜目が効くとは、珍しい。
にしてもこちらの気配に気づくとは。気配は無意識のうちに殺していたはずだが。
「ヴェルファリア君!」
「え、あ、はい!」
名前を呼ばれ驚く。
「考え事とはいけませんね。素振りがつまらないのは分かりますがきちんと団体行動してもらわねば魔王軍では生きていけませんよ」
先生に怒られた。
「申し訳ございません」
「では、こちらに集まって下さい。実践方式の剣術練習です。相手に一撃入れたらそこで終了です。貴方の相手は、そうですね。タイタン君、お願いします」
「はい」
タイタン、と呼ばれた魔族が出てくる。
って、出口で当たっていた巨体の魔族ではないか。
タイタンという名前なのか。
あまりの巨体っぷりに改めてまじまじと眺める。上を向かなければ顔を見ることも出来なかった。
それほどの体格差。
周りがざわめいていた。
勝負になるのか。巨体の方が勝つだろう。力量が違うんじゃ。魔族が負けるはずがない。
なるほど、確かに一理あった。
さて、ここで勝つべきか負けるべきか、と考えている所で、はじめ!
と先生が言い出した。
タイタンと呼ばれた魔族はこちらに突進してきていた。
わあ、早い。そんな声が教室中の人間たちから聞こえてくるのがわかった。
───早い、か?
ちらっとリリスの顔を伺う。こちらを見てにこにこと笑っていた。
やれやれ余裕なことだ、と思いながら、同時にこうも思う。
人間が魔族に勝っていいものか、と。
ここで一撃入れるのは容易い。だが目立ちたくもない。
ここは一撃入れられるか。
「うおおおお」
タイタンが剣を思い切り振りかぶってくる。それを思い切り受ける構えを取る。
そして力任せに剣を振ってきた。それを直撃で受け止める事にした。
ばきん、と嫌な音がした。
お互いの木の剣が折れたのだ。
それと同時
ずしん、と軽く地面がめり込んで自分の体が沈む。
「それまで、タイタン君の勝ち!」
おおおおお
周りからどよめきが起きる。
確かに、受け流していなければ身動きすら取れなかっただろうな。
そのまま折れた剣を投げ捨て、お互いに人だかりの有る方へ戻る。
皆がわいわいとタイタンの方へ行く。
凄い力!流石その巨体!
タイタンはそれにすっかりご満悦のようだった。そしてこちらと目が合い、にんまりと笑ってくるのであった。
とてもご機嫌なご様子で何よりだ。無言で戻ると、リリスがとても不満そうな顔でこちらを見ていた。それを素知らぬ振りをして森の方を見ていた。
しばらくするとリリスが呼ばれた。相手の名前も呼ばれた気がしたが誰かはどうでもいいだろう。
勝負は一瞬でついた。皆リリスの動きを捉えきれず何が起きたか分からなかったようだ。
まあ、相手も可哀想にな。そう思わざるを得なかった。相手は女の子だった。地面に倒れて気絶している。
手加減してやればいいものを、と素直に思った。まあ、勝負自体見てなかった自分も悪いが。
そうして全員が終わると、動ける人間と魔族だけで剣の打ち合いが始まる。
リリスがこちらに笑顔で近寄ってくる。
相手はリリスか、そう思っていると、
とんとん、と軽く肩を叩かれた。
「───へ?」
自分で間の抜けた声をしていたと思う。
「あ、あの!」
先程リリスと打ち合いして速攻で気絶していた女の子だった。
「あ、ああ。どうした?」
努めて明るく振る舞う。ちらっとリリスの方を見るととても不満そうな顔をしていた。そしてタイタン、と呼ばれていた魔族の方に行っていた。
まあ、あの巨体と打ち合いたいやつはそうはおるまい。お互いに相手を探していたといわんばかりだった。そしてタイタンとリリスが剣を構えた所で、
「わ、私と打ち合いをお願いします」
そんなことを横で言われる。
「ああ、いいけどどうして俺なのかな。俺、負けたんだけど」
「私もわけ分からず負けちゃって。気づいたら気絶してて」
ああ、そうだろうな。あまりの速度に何が起きたか分からなかっただろうよ。
ほれ、そこの巨体のタイタン君みたいに。
気づいたらタイタンが地面に倒れていた。そしてリリスが冷たい目でそれを見下していた。
何もそこまでしなくても。
気づいたら苦笑していた。
「で、打ち合いを、ね」
「ああ、いいよ。同じ人間同士ゆっくりやろうか」
「う、うん!お願いします。私、メルコって言います」
「へえ、俺はヴェルファリア。ヴェルでいいよ」
「うん、ヴェル君。じゃあお願いします」
そう言って剣を構えられるが構えがふらふらだった。
大丈夫か、この子?しかもとっても小さいし。森にいる小動物を思わせるなりをしていた。
そして茶色の短い髪がふらふらと靡いている。風のせいではなく、構えがふらふらなためだ。
なんだかほんわりしてるなあ、この子。
「じゃあ行くよ」
内心笑いながら軽く剣を振る。
全く防御の構えも見せず、頭に当たりそうになり止める。そこでようやく剣を頭の上に構えて防御に入った。
なんか一つ動作が遅れているような。
まあ、いいか。
構えた剣にこつんと剣を軽く当てる。
「あ、防御出来た。じゃあ攻撃いきますね」
「あ、ああ」
ふらふらとこっちに近づいてきて剣を振るう。
あまりの遅さにあくびが出そうだが、それを軽く弾く。
───が
ちょっと力が強すぎたのか、剣が飛んでいってしまった。
「あ、ごめんなさい。拾ってきますー」
そう言ってふらふらと走っていくメルコと言っていた子。
あの子、戦場に出たら真っ先に死ぬんじゃ。
───と
横から気配がする。リリスだった。
「あの、にこにこと相手しているのは構いませんが」
ぼそりと言われる。
「どうした?」
「いえ、わたくし、皆から避けられているようで誰も相手をしてくれません」
「そりゃお前、教室で一番巨体な魔族を叩き潰すからだろう」
思わず頭を抱えていた。そして周囲を見ると、何であの人間と魔族が話しているのか、という顔でこちらを見ていた。
ああ、もう。
───と
そこにメルコが戻ってきた。
「あのお、ごめんなさい。では、次は私が攻撃しますね。ってひっ!」
ひっ、って言ったぞこの子。
「どうした?」
心配になって声をかける。
「いや、あの魔族怖くて」
「ん、この女の子の事かな」
そう言ってリリスをそっと前に出す。リリスがにこりと笑顔を作るが、
「ひいいい」
へっぴり腰になるメルコ。
「んー、それは酷い対応だなあメルコとやら。この子だって俺達と同じ年頃の女の子だぞ」
努めて優しく声をかける。
「けど、あの巨体の魔族も倒してたし、私も一瞬で何されたかわかんなかったし」
「んー、そうか。じゃあ俺とこの子がやりあうから見ておきなよ。別に怖いことないって」
「えええ、やめなよヴェル君」
そこでリリスが、冷たい声で、
「ヴェル、君?ちょっと、貴方気安くヴェル様に声をかけないでくれる?」
と言った所慌ててリリスの口を止める。そして
「今は様付禁止だ。努めて他人の振りをしなさい」
ぼそりと耳打ちすると、無言で頷かれた。
「いいか、別に怖いことないから。いいね」
そうメルコに言ってリリスと対峙する。
「が、頑張ってヴェル君!」
メルコに応援される。
「ああ、任せておけ!」
そういうなり、リリスの姿が消える。
左か。
剣を左に構え振られる剣を防御する。そしてすぐさま足払いをする。
それをひょいっと飛んで回避するリリス。
───面白いじゃないか
急に楽しくなってきた。
「じゃあ、これならどうだ」
今度はこちらから攻撃を繰り出す。ただの振り下ろしだ。
「受けてたちますよ」
そう言われるなり、剣を上に弾かれた。
だが、甘い。
そのまま素手でリリスの右手を強打する。
「───っ」
痛かったのだろう、剣をぽろりとおろした。
「どうした、それで終わりか」
思い切り蹴りを繰り出す。
が、それを寸での所で回避され、
「そっちこそそれで終わり?」
向こうも本気だった。向こうも蹴りを繰り出してきてお互いの足が当たる。
「っつう、やるじゃないか」
「貴方こそ」
お互いに息が上がっていた。
そうして互いに加速し、殴りかかろうとした所ラッパが二回鳴った。
それと同時。先程空中に浮いていた剣が地面に落ち、からんころんと情けない音を立てていた。
「ほら、何も怖くなかったろ?」
そう言ってメルコの方に向かう。
「す、凄い。凄いねヴェル君」
急にメルコに手をとられてぶんぶんと振られる。
凄い?
何が?
「魔族と対等に戦える人間もいるんだね。頑張ろうって気になれたよ!」
そう言って、メルコは自分のことのように喜んでいた。
「うん、よく分からないが頑張ろうな」
小動物のように見えてきたメルコの頭をぐりぐりと撫でていた。
「うんうん、お互い頑張ろう」
───と
リリスが冷たい視線をこちらに送ってきていた。
「どうした?」
「わたくしにも優しくして下さい」
「じゃあ握手ということで」
「納得が行きませんが、分かりました」
すっと手を差し出してくるリリス。その手をしっかりと握る。
それを周囲が見ていると気づいたのはその後だった。
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