01:Libra〈2〉

 前略、沖に存在する屑鉄山の海の影。骨組みに鎧を着せたようなアセン/レヴィア・スカルはターゲットの影を海面に見据えてはその時を待っていた。

 ターゲット:エレオス、機体名はリリラ・リラ花狂い。手足が刃のように鋭く細く、なおかつそれが全部合わせて八本あるという蜘蛛なんだか化け物なんだかよく分からない機体だ。偵察SENTから送られてくる映像には、まるで滑りながら移動する水黽のような海上を駆け抜け小型ゴーストの群れを掃討しているリリラ・リラの動きが映し出されていた。


『作戦は単純だ。任務でやつを灰色の海までおびき出す、そこをきみが仕留める。簡単だろう?』


 笑えるぐらい簡単な筋書きだなと、ゼルトナは灰色の海を眺めながら作戦概要を思い出す。弊社のよくやる手だ、きっと報酬を高く盛ったに違いない。それにいともたやすく引っかかったエレオスもどこまで本気なのかさえ分からないが。

 最後の一体が倒されたことを確認し、愛機レヴィア・スカルの操縦桿を握りなおす。こういったことをあまり好まないコアの人格は今は沈黙したままだ。

 既に酸素水で満たされたコックピットで、ゼルトナは息を吐く。肺まで水で満たされた今、息なんてするだけ邪魔なものではあるが。


「やるか」


 一迅、海面へ浮上する。流れる波を裂きながらレヴィア・スカルはリリラ・リラへと一直線に駆け抜ける。

 挨拶よりも尚速く、両腕に構えた銃の引き金を弾けば装甲を叩かれ足もとを射抜かれたリリラ・リラは否が応でも此方を向く。こちらが真っ直ぐレイピアを突き出せば、リリラ・リラはあり余る腕を交差させ防御する。甲高い金属音が爆発し海面に響き渡った。


〈なぁんだあああ!? アセンの乱入なんざ聞いちゃいねぇぞおお!!〉


 衝撃が弾け水飛沫が舞う、その先でエレオスのなんとも主軸のずれた濁声が聞こえてくる。だが返事をしてやる義理もない、水飛沫を斬り払い一気に機体を押していく。狙うは脚、刃が交わる度に火花が散るほどの斬り結びは並列に進む。それでこそ何かのダンスかのように。

 

〈──あ? おまえ、お前お前お前ぇえええエエ!! 三階のクソガキじゃねえかヨぉ!! なんだよなんだよ何なんだよぉっ、おれをやったところでなんもねぇぞおおお???? おい、聞いてんのかよぉおお!!〉


 流石に同じギルドの所属だ、即バレする覚悟はしている。そんなことよりも聞くことがあった。


「はぁいセンパイ、リーブラって女知ってる?」

〈はぁ? 知らねえよぉ、〉


 だろうな。


〈股の汚れた臭ぇ女ならちょおっと前にぶっ殺してやったけどなぁあ!? あれおめぇのか? 女は選んだ方がいいぞおお? 耳が無駄にでけぇやつぁろくなこたぁしねぇんだ!!〉

「なぜ殺した?」

〈しぃーらね!! 前のおれにきいてくれやぁ、いやぁ、そのまえにお前が逝くかぁ? ひひひっ〉


 ふつふつの湧き上がる憤りと熱、冷淡な頭は疑問符を浮かべていた。ヤク狂いのエレオスとはいえここまで酷かっただろうか? いいや、なんだって構わないか。

 とにかく何であれこいつは潰そう。


「[捉えろ]」


 刹那、海下から海上に向けて複数のワイヤーがリリラ・リラへ跳ぶ。リリラ・リラは状況に気が付いたようだが時すでに遅し、複数のワイヤーが折り重なり網のようになったその罠は一度引っかかってしまえば逃亡は絶望的だ。

 カラクリは簡単だ、先んじてこの海域にSENTを忍ばせておいた。目標のポイントまで誘い出せばあとは勝手に死んでくれる。


〈っお前お前おまえええええ!! 離しやがれよぉおお!! 本気で殺す気かこのやろおおおおおお──!!〉


 そりゃ殺す気で来ましたし。なんて笑っていられるはずだったのだが。

 とどめを刺す寸前でぴたりと動きを止めたリリラ・リラからひどくイかれた笑い声がするもので、それがどうにも浮世離れどころか人間離れしていたせいかゼルトナは手を止めてしまったのだ。


〈……ひ、ひひひひっ、そーかいそーかい、いいぜ、いいぜ? やれるもんならヤッてみなぁ!!〉

「な──!?」


 嫌な予感がしてリリラ・リラを蹴り上げ距離を置く、思わず海の下に潜り出来る限り射程外にアセンを置く。そうしてようやく振り向けば、リリラ・リラが沈みかけていたその場所にはさながら怪物のような物体が浮かんでいた。


 ──あれは何だ!?


 一瞬鉄の卵のように見えたそれは弾け飛び、内側から裏返るようにぬらりとした白い牙のようなもので出来たアセンのようなが現れた。ここまで音は届かないはずなのに、めきめきと軋むような音や生臭い匂いまで伝わってくるような

 まるで肉を得たアセンのような気持ち悪さにゼルトナは吐き気を覚え思わず口を押えた。傭兵として戦ってきた身だがあんなものみたことがない、いてたまるか!!

 

「エレオス、お前一体何を……!?」

〈見てわかんねぇのかよぉ? 羽化だよ! 羽化! 気持ちいいぜぇ、こりゃあほんと……どろどろにとけちまうみてぇだあ〉


 恍惚としたエレオスの声が大きく揺れる、まるで本当にいかれたように。

 羽化。

 それは知っている、夜鳥羽ではアセンの自主的な進化をそう呼んでいるのだ。だがそれはあんな化け物になることではない、身をもって知っているからこそゼルトナは混乱する。ようやく記憶が繋がり思い出したのだ、たしかそういう方法があるらしいということを。時を待たずして無理に機体を羽化させる方法があるのだと。

 強制羽化。

 たしか、その施術の先の名は。


白磁ハクジ海……」


 震える自身の声がそう呟く。

 白磁海、異常改造を施し人の括りを越えてしまった脅威、その総称。それはいわゆるイレギュラーというやつで、個人でどうにかなる相手ではなくて。強制羽化の先の末路? あれが? あんなにもおぞましいものが?

 その結果があれだというのか?

 エレオスは本当は何に買われたんだ!? 


〈こないのか? ならこっちからいくぞおおおお!?〉

「くそっ、ふざけんな!」


 海下に逃げ込んでいた此方を追いかけ、一気に突っ込んでくるリリラ・リラだった怪物を避けようとするもぎりぎりのところで腕を掴まれその辺の瓦礫の山に叩きつけられる。おかしい、今のは避けられたはずだ。ならさっきよりも加速した? 水の中での突進だぞ!?

 

「があっ!?」


 機体への衝撃が一気に精神に叩きつけられ、一瞬視界が真っ赤に染まる。じりじりと頭を焼く違和感、まるで酒にでも寄っているような気だるさ。そこを狙ってリリラ・リラが追撃に白くなった捻じれた腕を振り下ろすが、それだけはかろうじて瓦礫を蹴り上げ回避する。だが離脱までは手が届かず今度はリリラ・リラの捻じれた脚が突き刺さった。

 吐きそうなほど強い痛みを感じながら必死に機体回りを確認する、何かがおかしい。接続の管に何か詰まってしまったような違和感に痛みにくらつく頭を叩いてすぐさま確認を取れば、オーバーフローの警告が出ているではないか。


情報量ダメージフローが、跳ね上がった……?」


 アセン戦では確かに気を付けなければいけない機体情報に対する直接攻撃、ぶっちゃけ普段なら気にするまでもない攻撃をされていることに背筋に嫌な寒気を感じた。

 一撃喰らってこれではこちらの身が持たない上、おそらくこちらの攻撃もほとんど通らない。相手の攻撃量と防御の壁はいつだって同一だ、そういう風に夜鳥羽の機体──漆黒海の機体は出来ている。

 機体情報に差があれば差があるほど分が悪くなる、フローというものはそういうものだ。

 だからこそ目の前のこれは異常だった、ただの傭兵、ただのアセンが持っていていい情報量じゃない。


〈あの女が悪いんだぜ、あの女が財団サマとのオ話を盗み聞きしやがったからわりぃんだ〉


 急に熱が冷えたかのようにエレオスが話し出す、それと同時にリリラ・リラの腕はこちらの首を掴み締め上げていく。接続をきってしまいたいと思うほどの圧迫感に、もう視界がにじみ始めていた。

 意識が遠くなるのを感じる。ちょっとこれは洒落にならないな、流石に死ぬかもしれないな。


〈アァでもあの悲鳴だけはヨカったなァア……!! さいごまで男の名前を呼んでよォ、それがだんだん弱くなってよぉ!〉


 早くにケリがつく話だったはずだ。

 あぁ、こんなことなら面倒臭いとか言わずに速攻でケリをつけておくべきだった。


〈おい、聞いてるかあ? 聞きたがったのはおまえだろお?〉

「……──もういい」

〈あん?〉


 意識の淵で号令を囁く。

 流石に少しイライラしてきた。これはそうだ、腹が立つというやつだ。

 自分の準備不足も、多分原因の一つだから。逃げの一手に専念しきれなかったのも自分の判断ミスだ、この事態は運がなかった、それでも何かは出来たはずだ。それがこのざまだ。あぁイライラする、本当にどうにかなってしまいそうだ。


「残りは、お前の脳に直接聞く」

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フルスクランブル/アセンブル Namako @Namako

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