EpisodeX.パッチワークの鴉たち。

特に何でもない短編集。

01:Libra〈1〉

 夜市が来る、夜市が来る。がぁがぁ烏のような濁声の鐘の音が、夜の帳にすっかり沈んだ夜鳥羽港に鳴り響く。

 先ほどまですっかり眠っていたはずの屋台のカンテラに、ぽつりぽつりと明かりが入り込む。真っ暗で真っ黒な海に突如として現れた船の墓場のように、一斉に光は広がってざわめきは潮騒のように囁きだす。

 ──傭兵ゼルトナはこの瞬間が好きだ。

 普段からろくなことがない夜鳥羽での傭兵生活だが、深夜にかけて開催されるこの夜市が開くこの瞬間だけは違う。最初に気が付いたのはいつの頃だったろうか、偶然夜に戻った日だったろうか、それとも明かりという明かりを消して自身さえ消えてしまいたかった日だったろうか。詳しくは忘れてしまったが、ゼルトナにとってこの窓の中の光景は"お気に入り"なのだ。……夜市が、どんなに違法な闇市場であったとしても。

 今日のように何もない日はこうしてのんびり部屋の明かりを消して、窓の縁に座ってぼんやりと外を眺める。それが生き甲斐、なのかもしれない。前線でエンジンふかしてトリガーハッピーやるのも楽しいしその為に生きている節もあるが、そういうこともあるのだろう。


「……、」


 対面に座ったままの少女の形をしたコアが微笑んだように見えた。……同じ光景が見えているのだろうか、そればかりは流石に分からないが。


「マスターの話を聞いて起きていたが、悪くないな」

「だろ?」

「だが眠い」


 だろうなぁとゼルトナは頭を掻く、そもそもアセンコアは定刻にスリープモードになるのが普通だ。夜の予約が入っていれば別だが、今日は珍しくなんでもない日である。なんでもない日万歳、一日中愛機テッセラの整備に回れるのも何も用事がない日あってこそだ。

 だったのだが。


「マスター」

「なんだ」

「通知着てるぞ」


 無慈悲にも端末が震え輝いているではないか。

 見なくても分かる、仕事の依頼だろう。夜市に呼び出されるのはあまりいい話ではないのだが。

 バックレてしまおうか?


「知ってる、今見なかったことにしようとしたんだ」

「アルセドナ社とあるが」

「弊社爆発しねーかなぁ……!」


 悲しきかな今季契約中の弊社からの連絡とあっては仕方がない、眺めるのは好きだが実際向かうのはあんまり好きじゃない夜市に出向くしかないかとゼルトナはため息交じりに立ち上がる。


「先寝てていいぞ」

「ひとりで問題ないか」

「ガキじゃねえんだから大丈夫だって」

「分かった、棺だけ起こしておく」


 困った話だ、優秀な相棒がいるとまともにかっこつけさえできやしない。


/


 夜市の一角でゼルトナは咳き込んだ。 水瓶通りと呼ばれているこの場所なんて本当に嫌いだ。むせかえる油と香水の匂い、からからと絶え間なくグラスの音が聞こえる飲み屋通りなんて近寄るものじゃあない。嗅覚の麻痺が始まってそう経ってはいないがそれでも貫通する異臭に首を振り、出来る限り足早に通りを抜ける。そうしたところで結局立ち入るのはまた匂いの濃い場所なのだが。


「やぁ、意外と早かったじゃないか名無し……じゃなかったね、ゼルトナくん」


 指定場所に向かえば依頼主がにこにこと穏やかな笑みを浮かべて立っている、その時点ですでにゼルトナにとっては顔をしかめたい話だった。

 なにせこの場所は水瓶通りに近い娼館の入り口であり、立っている依頼主といえば新米時代から世話になっているエンコードと呼ばれる男。指定場所から察していたがやはりエンコードは一度怒られるべきなのではなかろうか、誰を相手にしても本気に取り合わないことで有名なこの優男モドキに何を言っても無駄なのは重々分かっているが。

 ゼルトナはため息をつく、あぁこれしょうもない話だ。そうに違いない。


「エンコード……個人の呼び出しは個人垢からやれと偉い人に教わらなかったのか……?」

「まぁまぁ、これには込み入った事情があるんだよ。ちなみに前金は部屋代に消えたからよろしく」

「あらやだこの人もうした気になってるわ」

「おやおやまだ交渉の権利があると思っていらっしゃるようで」

「こんのド畜生……いつか女に刺されちまえ……」

「賭けてもいいよ、きみが先に刺される。間違いない」

「すまんもう刺されたんだ、あれは男だったけど」

「逆になにをしたらそんな愉快なことになるんだい、おじさんちょっと分からないわ」


 その件に関しては何もしてないんだ、本当に何もしてないのに刺されたんだ俺は無罪だ。

 なんてそんなこんな悪態つきながら部屋に向かう。娼館で仕事話をするのは夜鳥羽ではお決まりのルートのようなものである、誰にも聞かせたくない話なら対面で、そして尚且つ個人のどうでもいいようなそうでもないようなそんな小さな単位の話ならここで、ただの気休めのような対策だがその方が話しやすい依頼人もいるのだと昔のエンコードは笑って言っていたか。


「それで、何をやらせるつもりだ?」 


 ゼルトナはさっさと椅子に座っては腕を組みエンコードを睨み上げる。対するエンコードはいつの間にかドリンクまで注文していたらしく、随分優雅に飲み物に口を付けては少しばかり遠くを見て。そうして珍しく目を伏せてはこう告げた。

 

「ある男を殺してほしい」



/


 正直、驚いた。

 エンコードからの仕事は大抵他社への牽制や、島を独自に仕切る組に発破をかけるようなものばかりでろくなものではないのだが、逆を返せば彼はそういった目的のはっきりした仕事しか持ってこない。人間のそのまた個人個人なんていちいちラベルをつけるような几帳面な人間ではない、事実ゼルトナはそう思っていた。

 

「今更、単品じゃ物足りないか?」


 面を食らっていたゼルトナを見てかエンコードが肩を竦めて苦笑する。


「人を殺し狂いみたいに言うな、ただ……珍しい話だと思ってさ」


 頬杖をついてゼルトナは目を細める。変な夜だ、そういう日もあるのかもしれないが今日は特に変な夜だ。「僕もこんな依頼を出す日が来るとは夢にも思わなかったよ」とエンコードが手元のグラスを眺めては笑う、これは自虐の笑みというやつだ。春によく見た、夏には見飽きた、あの笑みにそっくりだとゼルトナは少しばかりささくれが出来たような妙な不快感を覚えた。


「リーブラが死んだんだ」

「……まじ?」

「あぁ、おおまじだ」


 思わず耳を疑った。うわまじか、あのリーブラ死んだのか。

 ゼルトナとしてもそれぐらいリーブラという女に関しては記憶があった。なにせ以前、色々あって地下街に潜伏せざる負えない状態になった時期に情報屋としてかなり世話になったことがあるのだ。恩人といっても差し支えない。

 

「いつ?」

「先週」

「……正直な話、ちょっと刺激が強すぎて何を言ったらいいのかよく分からないんだが」

「分かるぞ、僕もそうだった」


 リーブラはここで働いていた娼婦だともゼルトナは今日の今日まで知らなかったが、美人で器用な女だったと記憶している。

 曰く、店で成績が特段いいわけではなく、かといって悪いわけでもない。そして情報屋としての立ち回りも随分と整ったもので、エンコードとしてもその立ち回りと器用さに関しては羨ましく思っていたのだという。そして人の扱いがとてもうまかった、時折うまいこと利用されることもあったがそれも含めて。

 まぁ、つまるところ。


「いい女だったのにな、……とても残念な話だ」


 わりと本気で凹む話なのだ。

 死ぬなんて思っても見なかった。

 

「あぁ、本当にいい女だったよ。あんな死に方で終わっていい人じゃあなかった……」


 エンコードの声が震える、これはおそらく怒りと憤りだ。

 何があったのかと尋ねてみれば、彼はリーブラの死体を見たのだという。……裏通りのゴミ捨て場で。


「体がね、しぼんでいたんだよ」


 体中の思いつく臓器のすべてが引き抜かれた状態でリーブラは死んでいた。殺しだと気が付くに時間は必要ではなく、エンコードはすぐさまあらゆる手を使ってリーブラを殺した人間を特定したのだという。

 それが、今回のターゲット。


「R-28、傭兵エレオス。所属はウェルテクスとあるけど、覚えは」


 エレオスかぁ……とゼルトナは天井を仰ぐ。同業者、そして同じギルドの一員。だがまぁそういうことも日常茶飯事である、死因は事故か戦死か意図的な事故かの選択肢しかないのが傭兵だ。

 むしろ真逆にエレオスだと聞き安堵までした。なるほどアイツならやりかねない。アンカーのように感覚が鋭いアセン乗りだが、その分頭のねじがどっかにってしまっているタイプの男だ。アセン乗りとしての腕はちょっとなめてはいられないレベルなのが全く嫌らしい。

 ここのところ大人しいなと思ったらそんなことに加担していたのか、無駄な才能を危険な方向で使うのはとてもよろしくないとゼルトナは改めて思う。


「それ、どこに買われたんだ」

「臓器販売の裏組の一派だ。でもそっちはダメだ、僕たちでは手に負えない」


 だからせめて実行犯だけでも殺してやるんだと、エンコードは云う。

 だったら仕方がない、殺してやらないとなとゼルトナは肩を落とす。


「根回しはしておく、きみは普段通り仕事をこなしてくれ」

「あぁ、分かった。普段通り稼がせてもらうとするよ」


 実行は一週間後、それまでに色々と準備しなければいけないなとゼルトナは席を立つ。深夜をとっくに回ってしまっていたが、夜市が閉じ切る前に帰ってしまえば問題ない。

 

「おや、帰るのか。ここのモーニングコーヒーは美味しいって有名なのだけれど」

「悪いが軽率に朝帰りをすると相棒に叱られるんだ」

「はは、相変わらずつれないね」


 何も聞かなかったことにして足早に娼館を去る。

 帰ることに躊躇いのない家があることは、やはり良いことだ。

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