13:鏡の前のあまのじゃく。

 白蛇の塔攻略戦から早一週間、冬季に入った夜鳥羽にはゴーストの影もアセンの嘶きも聞こえなくなった。代わりに襲うのは人を殺しかねない冷風と雪と雨、化け物の戦いは鳴りを潜め自然との闘いが始まるこの季節。

 ようやく情報開示と精査にきりが付いたことにより、白蛇の塔によって行われていた非人道的実験と非合法なゴースト兵器の開発などの「人類に対する反逆行為」は沈静化したといえる。

 巻き込まれた多くの罹患者……アンカーと判定され隔離されていた人間たちも一割ほどは救助に成功、したが結局生き残ったのはごく数名の少年少女のみ。現在医療施設に入院しているが一体何人が復帰できるか。

 中枢にて発見された東雲グループの令嬢の遺体は保安隊本部の強い意向で正式に埋葬、自律AIに乗っ取られ暴走した白蛇の塔事件の犠牲者としてアーカイブスに名を残すことになった。尚、令嬢・東雲亜希を殺害した犯人は不明……ということになっている。追跡調査の予定はない。

 夜鳥羽諸島保安隊、本夜鳥羽支部の事務机にてデータレポートを読み終えたルルは一人ため息をついた。嫌な事件だった、といえば簡単だがルルの気持ちをひっかく傷はそうではない。

 あらゆる手を使ったつもりだった、異常は以前から探知していた。それだというのに辿現実が歯がゆくて仕方がないのだ。力不足だったということなのだろうか、それとも条件が足らなかった? 今度こそ尻尾を掴めると思ったが、やはり人間の知識では対応が間に合わないのだろう。人間ではない者たちを相手にするには自分たちだけでは限界がある。

 今回はそれを思い知らされた。

 気が付いている有志は動いてくれているはずだが、それでも人間たちが密かに受けている暴走AIの所業に気が付いていないものは多い。早く引き金を引かせて気が付いてもらわなければ手遅れになるやもしれないというのにこの夜鳥羽は自分の人生に必死な人間ばかりでそれが難しい。

 一人ではないがそれでも孤独な奮戦にルルはげんなりしそうになる。好機だと思ったそれは、ただの生餌にしかすぎなかったのだ。


『東雲グループは事実上消失、残った研究者を囲ったアルセドナ社の優勢で冬季戦が開幕……いやな冬が来るな』


 端末の先で映像通信の中で、同じく額を抑える綿葉区の区長が目を伏せる。被害が多く出た事実が重くのしかかるのは同じことのようだ。綿葉にも数名、犠牲者いたのだろう。

 どのみち時期が悪かった、冬季の寸前……アセンの活動期間をぎりぎり逸れる期間での発生は痛手だった。

 

「長い冬になりそうだ」

『あぁ、それも厳しいものになる』

「……すまない、僕の力が足らなかったばかりに」

『いずれ来る本番で巻き返せばいい、キミにはそれだけの力があるはずだ』


 そういわれて素直にうなづけるほどルルは傲慢ではなかった。自分はただ指示することだけしかできない、ゴースト退治ならば自主的に赴けるがそれ以上のこととなれば他人を使うことでしか対抗できなくなる。ただのアセン乗りでありただの保安隊隊長で、ただの人間の枠組みを越えられない。

 その枠組みから食み出た部分の殆どを、唯一ルルを許したかつてのライバルゼロでありブラックに押し付けてしまっている。彼の甘さに幾分救われている自分がいる。……一番の力不足は自分自身だ。


「……俺は卑怯者だ」

『そうだな、私もだ』

「嫌な立場になったな」

『あぁ、だが誰かがやらねばならない役だ』

「……」

『しかしそれでも休息は必要だ。隙を見てキミも休みたまえ、私も冬季は潜る』

「そうか。……そうだな」


 いくつかの確認を済ませ、通信を終わる。軋んだ椅子の背もたれに半分ほど体重を預けたまま、息を吐く。

 ……大家に預けた文鳥は元気だろうか? 今週末には会いにいこう。

 卿が休むといっているのならば、その間に働いてみろ、きっと強制的に寝ろと怒るだろう。それはごめんだ。甘えてばかりだが、今年も終わるだろうし許されるだろうか。


「……あいつはどういうだろうな」


 考えて、考え付かなくてやめた。


 

「壁……」

「雪だな」

「雪とはいったい」

「ここ除雪車通るか……?」

「車道の幅考えようか」


 ギルド・ウェルテクスの玄関口にて、「嘘だろぉ」と項垂れるように膝から崩れ落ちる悲鳴が溶ける。朝、打って変わって極寒に包まれた夜鳥羽の通りは真っ白に染まっていた。今年一番最初の雪がやってきてしまったのだ。つまりすごく寒い、とても寒い。しかも近年まれに見る大雪だったらしく、ウェルテクスの玄関は高く白い壁によって封鎖されているも同然だった。

 ようやく日が出てきたと外出はできるかなと外を見たマーセはあまりの状況に地に手をつき、同じく今年やってきたアカツキという名の新人は言葉も出ず立ち尽くしていた。

 先輩傭兵たちは「うわぁー今年きっついなー」と口々にいいながら、渋々奥の倉庫へと足を運んではショベルを持ち出し外壁の駆除に乗り出しはじめ、その様子を見ながらオーナーは苦笑いする。

 夜鳥羽に冬がやってきたのだ。


「新人くんたちはこっちで炊き出しね、呆れるほどお湯が必要になるから今日は台所から離れられないと思ってくれていいよ」

「うへーい……それがし、部屋からヤカンとってきまーす」

「いってらっせー。オーナー、今日の飯どうします?」

「とりあえず粥だね、殺人低気圧で数名死んでるし。マーセくん頼めるかい」

「はぁーい」


 新人たちに仕事を与え、オーナーは貸し出し部屋の廊下へと足を運ぶ。普通の傭兵たちならともかく、この低気温と低気圧ではアンカーたちには支障が出る。特に限界に近い者ならば猶更なのだ。

 

「おはよう、オーナー」

「やぁエラ。起きられたようで何より」


 冷えた廊下でエラと行き会う、相変わらずマイペースでも尚且つ凛としたままの彼女も流石にこの気温には堪えるものがあるのか少しぼんやりとしている。


「外は?」

「中々の惨状さ、倒れない程度に手伝ってやっておくれ」

「分かった。……あぁオーナー、

「おやそうかい、結構早かったねぇ。早速みてくるよ」

「頼んだ」


 ゆったりとした足取りでとある部屋の扉を開く、ノックはせずに入ったがむしろそれが合図になっていた。極端に物のない部屋にゆらゆらと足を踏みいれオーナーはいつも通りに何となく「やぁ、生きているかい」と問う。すると備え付けのベッドからまたゆらっと白い腕が手を振っては「いちおー」と返す。


「オーナー、俺どれぐらいねてた……?」

「ざっと一週間だね。おめでとう、最短記録だ」

「くそーもうちょっと縮めたかったなー……くそー」


 いつもより二枚ほど多い毛布に包まったまま、いつもの調子よりもはるかに数段眠たげな声でブラックは応える。白蛇の塔攻略戦時にオーバーリミットをきめた結果、ブラックはゼロを倒すことに成功した。しかし帰投と同時に彼はがくりと眠りについたのだ。最悪この世からいなくなる可能性もあったが、今回は大丈夫だろうと普段通り眠らせたままにしていたのだ。そして普通に起きたのが今である。

 以前からリミットを外せば意識がなくなることはよくあったが、よく帰ってきたものだと人は言うだろう。


「……死ぬかと思った」

「だろうねぇ、帰ってきたほうが奇跡だよ?」

「へへっ、奇跡が起きるタイミングがおかしいっつーの」

「どうだかね」


 オーナーはベッドに腰掛け、特に何かするわけでもなく「ご飯食べれるかい?」と世間話を投げる。呼吸を殺すような音を喉に押し込めたブラックは、一息吸って少し考えると。


「麦粥がくいてぇ、バターいれたやつ」


 久しく好物を食べたいと言い出した。


「好きだねぇそれ」

「こっちにきて、初めて食ったまともなもんなんだぜ」

「そういえばそうだったか」

「そうそう。……こっちに渡って、でもなーんもなくって、残飯食ってたとこをオーナーに見つかってさぁ」

「キミなんで確保されたか覚えてる?」

「あんまり」

「ガラス玉食べようとしてたんだよ」


 飴かゼリーだと思ったんだろうねぇ。

 

「そうだっけ、覚えてねぇや」

「きみねぇ」

「……よく死ななかったよなぁ」

「そうだね、よく生き残ったよ」


 疲れ切った腕で毛布を被りなおそうとするブラックに、やれやれ仕方がないねとオーナーは懐から小さな湯たんぽを出し手渡した。

 ストーブを焚いているとはいえ何も食べていなければ、火はないも同じだ。少しだけそうしていたか、外からぎゃあぎゃあ騒がしい声が響いてくる(大方、傭兵たちが自棄ぎみに雪合戦でも始めたんだろう)のを傍目に聞いていると、ふとブラックが呟いた。


「オーナー」

「うん?」

「俺、やっぱり死にたくねぇ。……誰も俺を追い出さないこの場所で、死にたくねぇ」

「だったら生きるしかないねぇ」


 ざっくばらんに告げた言葉がどう刺さったのかは分からなかったが。


「……うん」


 少なくとも去年よりかは穏やかな声色になったなと、オーナーは肩を竦めた。

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