11:交差する指は未練に縋る。

 当日。妙に冷え切った空気はやってきた冬季直前の大寒波がやってきたからに違いない、今日の今日までできうる限りの対策を仕込んできた相棒は若干エンジンのうなりが低いが、それでも時間は先延ばしにすることはできない。

 夜明け前、静寂の一時間を眼前にブラックは無銘のコックピットに乗り込んだ。

実戦に出した回数で数えるならば圧倒的にレーヴァンのほうが上だ、アンカー化した恩恵を直接受けられるのだから仕方がない話でもあるが、しかし今回に限っては恩恵は役に立たないと判断した。

 蟲毒の零、人工の零ID:EGOの機体傾向はどこからどうみてもスピード型。そして初邂逅のあの一戦、正直なところレーヴァンで出撃していたらあれほどの勝負はできなかっただろう。レーヴァンであれと戦えばスピードでは勝てるだろうが、それ以外の要素で押しつぶされる。

 ……同タイプで戦いに挑むことは正直に言えばアンカーとしても傭兵としても最適解とはいいがたい、速攻で殺される可能性はなくなるが、元来夜鳥羽のアセンに長期戦は不得手だ。

 だが確実を取るならば、過信ではなく確信を取るならば、ブラックはこの無銘を選ばざる負えない。

 かつて零に至ったからこそ、その傍らにあった当時の愛機が自身を使えと訴える。

一つが秀でてたところで勝てる相手ではない。かつて自分がそうであったように、あれは多少の格差があろうがねじ伏せてしまうだろう。まるで自分で自身を殺すための準備だ、めったな機会でも巡り合うには難しい話だろう。


「アンカーが接続なしで決戦か」


 最終確認の最中、開けっ放しにしていたドアの前に姿を現したのは珍しくもエラだった。この時期、エラは冬眠というかそもそもがガレージで行き会うのも本当にないのだが、いったいどうしたことか。ブラックにはその理由にまったく心当たりがなく、首をかしげながらも「俺だって驚きさ」と返すことにした。


「昨日のキミにいったらきっと笑い飛ばすだろうな、ありえないことだ」

「あぁ本当にな。……本当にどうかしちまったのかもしれねぇ」

「だからといってここで燃え尽きるなよ。昔の男がくたばるのは慣れたことだが、現在進行形の男が死ぬのは流石に私でも堪える」


 今彼に死なれるのは困ると。

 ……うん? 一応解消したはずなんだが?


「うむ、口が滑った。キミはそのうち再アタックする予定の男だ」

「復縁をここで持ちかけてくるとは予想外だったわ」 

「狙撃タイミングを逃してな。いっそここで話しておけば死んでも帰ってくるかと思ったんだが、どうだ」

「どうだってお前……お前よくそんな台詞素面のままいえるな? そもそも死んだらそこまでだろうが……」

「でも生きて帰ってきてくれただろう?」


 全盛期の話を蒸し返すなと。

 そりゃあ、まぁ約束を破るのは気持ちが悪いことだ。

 それにお前約束破ったら地獄の底までついてきて引きずり倒すじゃねえか。

 それやられるぐらいなら死ぬよりも生きたほうがマシじゃねえか。

 

「……そりゃあ、まぁ」

「ならよし」

「…………おうまて待て入って来るな今最終確認してるから覗くな、覗くなってば。覗くなって見んじゃねえよ!」

「キミの赤面癖は相変わらずのようだな」

「ワーーーーーーッ待て本当に待ってくれ今本当にダメだからなダメなんだからな!?」

「まだ何も見てないぞ?」

「おまっ……おまえぇ……!」 

「まぁこれから見るんだがな」

「そういうのよくねぇと思うんだよ俺はよぉ!!」


 そういってエラはずかずかとコックピットに乗り込んでくるのを、ブラックは言葉では止めようとはしたが結局止めきれずに作業の手を止めて目線を逸らすことしかできなかった。


「死ぬ気だったろう」

「なんで分かるんだよ」

「人はキミを不可解というが、私にとっては別だ」


 エラの冷たい右手が頬に触れ、いつの間にかブラックの枯れた白髪を梳いていた。ただされるがまま髪を梳かれ、ただされるがまま手が触れている。これだから嫌だったんだ、まるで自分がいつまでも子ども扱いされているようで。


「髪、少し伸びたな」

「春になったら切る」

「もったいない、もう少し伸ばしてから切れ。昔馴染みのお守りを作ってやろう」

「呪いの腕輪か何かか?」

「首輪に変更してもいいぞ」

「やめろ、存在が非合法だってのにそれ以上属性足すな」


 いつか振り解いた関係だったはずだ。いつの間にかそういう関係になっていたのもあったが、その時点でずいぶんとふわふわしたような、あっけらかんなものだったのだから。男女関係というわけでもなく、かといってバディでもない。ただ手透きに互い何を思っているのかもよく分からないまま一緒にいた。 

 あいまいな関係だったからこそブラックは手放そうとしたのだ。アンカーになって自分の時間は止まってしまった、そのなかで分類できない生きた人間を抱えてしまえば、いつか失ったときに何が起こるか分からない。泣くのかもしれないならばまだいい。エラに関してだけは、泣くことがなかったらそれはとても自身にとっては惨いものだと感じてしまっていた。

 このままだらだらと続けてはいけない、このままでは自分はきっと何かに怯えながら生きていくことになる。いざ死ぬときに、死ねなくなる。

 そうだというのにこいつは一向に手放そうとする気配がない、現に今こうされているように。


「私はな、自分勝手に人を恨んでは殺すどうしようもない人間だが、ときおり見栄を張ってみたい時だってあるのさ。特に戦いの前に震えているような子どもにはな」

「……俺はお前の子どもかよ」

「案外そうとも言えるな、私はキミよりも息は長い。私からしてみれば十分に子どもさ」


 勘弁してくれ。

 これからって時に。


「話は帰ってきたらしようか」

「分かった、分かったから……調子狂うな……ったく」

「まぁ死なれたら本気で困るからな。ともかくいってこい。ランク『-』ゼロ、お前を縛るのは重力だけさ、過去なんてめじゃないだろう」

「……おう」


 あぁ本当に、煩わしくも手放せなくなってしまったではないか。

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