幕間:喫煙所にて。

 この夜鳥羽にやってきてそれなりの日数が過ぎ、マーセにとってはとうとう恐れていた事態が起きた。

 白蛇の塔攻略戦もとい【収穫祭】に名指しでオーダーを受けることになってしまった。ここまではいい、まぁやることに関しては単純だ。乗り込んで一人殺せばいいだけの話だ。問題はそのオーダーの主、ルルだということだ。

 ルルさんだぞ?

 ルル=ジャッカさんだぞ?

 夜鳥羽保安隊の総大将なルル=ジャッカさんであるぞ?

 つまりこの仕事を請け負って生還したら間違いなく彼のリストに乗るわけで、つまるところ彼に弱みというかなんかそういうかんじのを一つ握られるという話になるわけであって。大体散歩に誘われるように「これやってくれる?」と聞かれて、「いいよ」と流れで答えてしまったマーセにも非はあるのだが。


「あの空気で断れるかって……」


 レヴィアに散々気軽に重役から依頼は受けるなと小言を言われ、まぁまぁ受けてしまったものは仕方がないから頑張ろうじゃないかと説得し、なぜか異様に怒っていたレヴィアをそれとなくアセンの調整に誘導してマーセは一人買い出しに出る。

 コアとの別行動になるが、少なくともコアは所属ギルド内においておけば危険はない上、そもそもこの冷え込む時期に外に連れ出すのはかえって危険だと先輩方は言う。

 秋から冬にかけてこの夜鳥羽は夏とは真逆に極寒の低気圧に襲われる、その寒さがアセンにとっては命取りであり、それは同じくコアにも通じる。アセンに使われるフレームはある程度の寒暖差ならばエネルギーさえも生み出す代物だが、その寒暖差がある基準を超すとれてしまうという弱点がある。

 それに冬は夜鳥羽の海が冗談抜きで凍る、そのせいか否かゴーストでさえもめったに現れることはない。動かす必要がないならみんな黙って寝ろといった暗黙の了解。その追込み期間になる秋は、いつ撤退するかを委ねられる難しい季節なのだ。

 マーセにとってはこの本夜鳥羽にやってきての初めての冬、無理をして傷を作らないためにも無謀なことはしたくない。だからといって何もしないわけにはいかない、マーセとしてはこのルルから指名された収穫祭のオーダーとあと一つ哨戒任務をもらって今期は引っ込む気でいるのだ。

 考えてはいる、考えてはいるんだ。 


「……なんであんなに怒るんだろうなぁ」


 レヴィア=コアはどうしてか気が立っているようで、結局ごまかして外に出てくるぐらいしかできない自分がいた。一体何に対して怒っていたのかが分からない。依頼を取ってくることは悪いことではないだろうし、任務内容が気に入らないのだろうか?

 夜鳥羽の寒波でかなり頭も冷えたものだが、分からないものは仕方がない。買い出し、とはいってもその場にいた傭兵たちのパシリをさっさと終わらせる為にマーケットに向かう。大体がタバコや水物だ、泊木出身としては困った話だがもう関係ない。


「よう新人、今回もパシリかい?」

「そうだよばーさん、赤い逆三角のやつと紅茶の奴くれ」

「赤マルにアークね、ほれ」


 角の煙草屋に立ち寄り注文の品を頼む、ここの店主は珍しく長生きな御婆さんだった。泊木にいたことはしわしわの老人なんてみたことなかったが、この本夜鳥羽では案外そういった人もチラホラといるらしい。本人たちは突然変異といっていたか。

 代金を渡し、受け取った袋の重さにふと違和感を覚えて中身を確認すると

知らない銘柄の煙草がひと箱入っているのが見えた。


「ばーさん、一個知らないの入ってるけど」

「味が奇抜で売れ残ってるのさ、ボーナスだとおもってとっとき」

「……あざーす」


 ていのいい在庫処分か。ってかボーナスで未成年に渡すな。

 とは思いながらもブラックデビルというらしいその黒い煙草を受け取ってしまったマーセは、手を付けずに捨てるにも横流しするにもいかず結局自分の懐に入れることにした。不良ってこんな気分だったのだろうか? 今ではよく分からない。

 

 ◇

 

 収穫祭まで残り数日、本来ならばちゃんと休養を取るべきなのだろうが、初の非合法オーダーだということもあって中々寝付けず深夜に部屋を抜け出した。

 冬季にならなければ門限なんてないのだが、それでも気分というものがあって。なんとなく誰にも会いたくない気分だったのでひっそりと裏口から商店街に向かう。夜の店の客引きがうるさい表通りを避けて裏路地を歩く。手持ちは財布と携帯、ハンドガン、あとポケットに入ったままの煙草とライターだけ。

 月の見えない夜、マーセは慣れた足取りでいつもの場所に向かった。

 ……ゲームセンターの通りを少し歩くと、小さな喫煙所がある。普段から人気のない此処は夜でも誰もいない、ただ蛍光灯がじりじりと鳴く簡素な空間だった。マーセはある日ふとここを見つけてから、気の迷いがある夜はここに足を向けるようになっていた。吸うわけでもなく、残り火にくすぶる煙をただぼうっと見ているだけ。

 今日もそうなるはずだった。


「あ、」

「えっ、……きみは」


 先客がいた。

 泊木保安隊のエース、黒田誠二。かつて兄だった人。不思議なことにあの一件以降、泊木の保安隊でありながら彼は夜鳥羽に出入りするようになっていた。曰くルルに目を付けられたらしい。これまでも数度、上で会ったことがある。向こうで何か起きているのか、今のマーセには知る術もない。

 帰ろうかとも思ったがなんだか面倒で、少しの居心地の悪さを感じながらマーセは備え付けの椅子に座る。人がいるなら仕方ない、一本吸ってさっさと帰った方が多分自然だ。そう判断したのだ。

 封の開いていなかった煙草をこじ開けて、妙に甘い匂いのするそれに火をつけようとライターを取り出す。……火が付かない、どうやら中身がないらしい。これそういえばネモのお古だったな。


「……使うか?」

「あぁ」


 見かねた誠二が火を貸す。紙の焦げる音が喫煙所に響いた。

 甘い。 

 チョコレートの味がする変な煙草だ。


「あんた、喫煙者だったっけ?」

「ここのところはね」

「へぇ。保安隊も大変なんだな」


 妙な沈黙に耐えかねて話しかける、数か月前の異様ないがみ合いはない。不思議な気分だった、ほんの前なら殺してしまいたいほど嫌がっていた相手が目の前にいるというのに、いまでは何でもない他人に見える。


「きみは、まだいけない年ごろなのでは?」

「泊木の法なんて知らないね。……それに、此処にいれば嫌でも吸うことになる。自分のせいだと思ってた方が気が楽だ」

「そういうものかな」

「そういうもんだよ」

 

 誠二はちらちらとマーセを見ては、どこか何かを言いたそうにしては口を閉ざす。なんとなくだがその内容は察することができた。だが、口に出すほどのことじゃあない。

 距離を決めあぐねているのだろうなと、マーセは思っていた。

 早いところ定めたほうがいいのかもしれない、あの時はひどく冷静じゃなく、手あたり次第に突っぱねたようなものだった。これから上で戦うことがあるのならば、距離は今のうちに知っておくべきだ。


「俺さ、」


 言いよどむ。

 自分の声は、これほどまでに難しい。

 

「あー……のさ、あんたのこと、あからさまにやっかむのは止めようかなって思ってる」

「……どういう、ことだ?」


 動揺に満ちた返しがやってきた。

 まぁびっくりするだろうな、昔のこと水に流すっていってるようなものなんだから。


「こっちにきていろんな話を聞いたよ。だから、それに比べると俺は……あー、不幸な事故? ってやつだったんだろうなって、だからその、おかしくなっちまったのも仕方がないっていうか、そんな感じでさ。わりぃ、ふわふわしてて。だからえっと」

「──、きみは」


 悪かったよ、一方的に当たっちまって。そういったつもりだった。

 声が音になる前に防がれてしまったらしく、誠二がいつの間にか掴んでいたマーセの右腕がひどく痛みを発している。どうしたものかとマーセは思い、そりゃそうなるかと弟は思った。

 この兄というやつは少しおかしなやつだった、妙に弟に肩入れするし兄弟らしからぬことだってしてきた。生前のマーセが生みなおされた子供だったことを問うた時、彼はひどく尋常じゃない動揺をしていたものだ。ろくな兄弟じゃない、いやそもそも兄弟ですらなかったのだが。

 家族ですらなかったのだが、多分この人はそのことを少しうれしく思っていたりするのだろう。自分は心底呆れかえったものだというのに、変な家に生まれれば結局変なことになるのだろうか。息が苦しい。いいや、きっと幻だ。


「……許さなくていいんだ、きっと自分はそれだけのことをきみにしてきたのだから。だから、どうか忘れないでくれ。きみが──」

「あー……それ以上いったら金要求するからな」

「なっ!? なぜだ!?」


 いやお前いい加減にせえよと。

 人いないからってもうちょっと慎めよ気持ち悪い。


「この夜鳥羽じゃ人だって金になるんだぜ、ってわけでワンオーダー分05チップ寄越せ」

「そ、そうなのか。強く……なったな……っ」

「冗談だよバーカ、変質者、クソー」


 身の危険を感じるのでマーセはさっさと喫煙所を後にした。本戦がすぐに控えているのだ、さっさと寝よう。何か騒がしい男の声がするが聞こえないふりをして、さらっとパクったライターで二本目の煙草に火をつけた。

 二度と来るかこんな喫煙所、口直しにしたってこの煙草は甘すぎて思わずせき込むマーセだった。

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