第3節 頂点に二人はいらない。

10:頂きの銃声。

「で、話ってのは何よ」

「ちょっと正義の味方をしてみないかい」

「帰るぞ」

「待ってくれ言い方が悪かった、白蛇の塔に喧嘩を売るからその武器になってくれ」

「お前も大概ひどいと思わねぇか?」


 ──自動レストラン『遮光』。

 客の影もちりもない油じみた店内にて、ブラックは肩を竦めながらも今にも壊れて詰まりそうなバーガー販売機にコインを入れた。

 自販機とゲームだけが立ち並ぶ殆ど廃棄されているような店だが、こういった話をするにはここ以上の場所はないとルルは思っているのだろう。決まって、本当に厄介な話をする時はこの店に呼び出される。呼び出しに応える義務はないブラックだが、応じるだけのことを互いにしてきたつもりだった。

 さて。

 依頼の話は至って単純だ。


「アルセドナ社が動いた。あの本夜鳥羽強襲事件であぶれた情報で東雲グループの首を取ったつもりらしい、近日中に白蛇の塔を公的にも物理的にも潰す大波が起こる。それで保安隊にも協力を仰ぐ鳩が届いた」

「非人道的実験をしてるのは確実なわけだしな、正義の保安隊サマは動かないわけにゃあいかねえ」

「あぁ、だが中立である僕たちが直接介入することは望ましくない。せいぜいグループと契約を切ってストライキする程度が限界だ」


 公的役職というのは悩ましい立場だ。自身の正義で動くことは許されず、かといって総意で動くとなればその総意を決めかねる。そして肩入れを見せることはもってのほか。縛りの多い仕事によく飽きないなとブラックは思うが、必要以上に考えないという環境は案外多くの人間が望むのかもしれない。

 しかし、残念なことに。


「だが、それ以上を出せばうまみがある」

「……あぁ。命を貸せとはいわない、ブラック、きみの名前を僕のガレージに貸してくれ」


 ルルという男は環境を内側からぶっ壊していくタイプのはた迷惑な人間だった。

 アンカーに対する理解があるといえば聞こえがいい、その実こいつはアンカーという武器の使い方を熟知しているにすぎないのだ。本人がなりそこないが故に、こいつは本人以上に扱い方を知っている。知られているからこそ気が楽だが、いいように使われているのは事実なのが結構癪でもある。

 貸してくれとは言うがまぁつまり、「別件の依頼をアルセドナの波に乗ってバレないようにこなしてほしい」といったところだ。毎度恒例の無茶振りだが毎度恒例の断るに断れない話なのが憎たらしい。しかも今回は随分と珍しい大賭けだ。


「本命を聞く前に確認だ。直接俺を指定することに関しちゃ今更だ何も言わねえ、だがお前自身はいいのか? 個人を指名すればお前は自身の手の内を明かすことになるぜ」

「承知の上だ。……じき冬になる、動き出すには今しかない」

「そうかい、なら何も言わねえよ」


 こういうことには深くかかわらないのが吉だ。


「──じゃ、仕事の話をしよう」


 ◇ 


 東雲グループの令嬢、東雲亜希。別名ID:EGOの破壊。

 傭兵としてはよくある仕事だったが、アセン乗りとしては至極珍しい殺害依頼だった。


「理由を一応聞いておく。大体察しは付くが生憎そこらの伝手はねぇ」

「簡単に行ってしまえば彼女は実験によって第二の『ゼロ』になってしまった、いや……なりかけているといったほうが正しいか。きみも『零』の力は知っているだろう?」


 思わず、というのだろうかこういう場合は。ブラックは『零』を問われて反射的に顔をしかめた。

 『』。

 この単語が意味するものはいくつか存在する、一つはブラックの生前の記号。もう一つはアンカーノーマル関係なしにアセンに乗るものすべてに共通する──最強最果の称号『零』。

 アセンにそれぞれ固有能力的な性能を望まれるのは、万能を目指すよりも何か一つに特化して秀でることこそが強みになる。そこで生まれた弱みを飲み込み何者にも追いかけることができなくなった力、この世の節理の頂に立つものの為の畏怖の称号。

《無限》《深淵》《極致》、いくつかある記号の中の一解釈。……あの大陸でブラック戴いた唯一の戦果、それが『零』。

 だがそこに至れば普通の人間ではいられなくなる、それでこそそこに至れば死ぬのが普通だ。例外的に生き残ってしまえば当然膨大なペナルティを受けながら生きていくことになる。そんなものにそんじゃそこらの人間がなれるわけがない、それでこそがなければ。

  

 蟲毒というものを知っているだろうか。


 あらゆる毒を持つ生物を出口のない壺に押し込み放置する、餌もない閉鎖空間の中で最後に生き残った生物には最強の毒が宿る。

 ようはそれと同じことをしていたのだ、白蛇の塔は。

 仮想空間に人の命を押し込め、ログアウトできない状況で「最後の一人になるまで続く」命懸けの生存戦争。しかもその参加者が戦いも何も知らない一般人であったとしたら、誰一人、銃を人に弾いたことのない人間だったのならば。

 ……ゲームならよくある設定だなとブラックは思ったが、それが実際にあったというのならば流石にしばらく寝ていた恐怖が目を覚ます。気が遠くなる錯覚はおそらく人としてもおかしなものではないはずだ。

 人工的な地獄で奇跡的に生き残った一人。

 そしてその最後の一人は調整の名目で意識だけが外に出され、かつての雛形と相対した。

 出来の悪い小説でも此処までひどい話はないだろう、現実とはかくも奇妙なり、にしたって嫌な話だ。


「人工的な状況で生まれた零、ってか」

「そうなる。だが正直それだけならば問題はなかった」

「問題は誰が戦場を誰が用意したかってところだろうな、少なくとも効率脳な学者がやるようなことじゃねえ。ってか人間がやるようなことじゃねえしな。……おい何遠くみてんだよ、やめろよ。俺またあいつと殴り合うの嫌だぞ」

「すまん……可能性の話なら人間じゃない可能性が高いんだ……」


 ブラックは冗談抜きで気が遠くなるのを感じた。

 あまりの脱力感にテーブルに額を落とす、ごんっといい音が頭の中に響いては余計に頭が痛くなった。


「情報の経緯に関してはきみの安全のためにも伏せるが、この実験……今の白蛇の塔の主が人間ではない可能性が非常に高い」


 つまりさっさと潰さなければヤバイって話だ。

 ただでさえAIや人工知能が闊歩するこの世の中、いつまでも従順でいるはずがないというべきか。安全装置とはいえ機械に心を宿させるのはいささか賭けだったのではとヒガサ博士を問い詰めたい。


「時折不可解に思うんだがよ、どうしてやつらは人間ばかりに目を付けるんだろうな?」

「人体にはそれだけのポテンシャルがあるんだろう。……あの大陸で最強に至ったキミみたいに」

「その座は無限アトランティスに譲ったよ」


 ともかく、ルル曰く零として完成しつつあるならば抑え込むには同じものをぶつけたいといいたいらしい。光栄というべきか最悪というべきか、正直なところ今のブラックは零の戴きから転落した身、押し切る自信はあるにはあるがどうなのだろう? 誇っていいことじゃあないとは思うんだが。

 まぁ頼られることは悪くはない。

 悪くはないんだが。


「しっかしよー問題があるぜ。俺があのゼロをやるが、本体をやる役が足らねえぞ」


 ID:EGOとの戦いは白蛇の塔上空でのものになる、それにID:EGOの機体が確定で出てくるということなのだろう。しかも厄介なことに任務内容の通りなら機体に肉体が乗ってはいない。別の場所で管にでも繋がれているはずだ。それも白蛇の塔の中だろうが……残念ながらこちらは分身なんてできない。ID:EGOを抑えるだけで全神経を使うことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 しかしどうにもルルには当てがあるらしく。


「それは彼に任せようかと思っている」

「……マーセにか?」


 随分と賭けた人選だ。

 話の様子を見るからにマーセは生前東雲家に関わりを持っていた、関わりというほどでもないものだったのかもしれないが。

 少なくとも知り合いであることには間違いない。


「一生を後悔させることになる」

「けどやらせるんだろ」

「あぁ」


 ……性格考えれば、まぁ、やるんだろうなぁ。

 あいつはなんというべきか、かなり人間関係にひびを入れかねないようながあるというか。

 同じ悪癖を持っていた奴を知っているというか。


「彼ならば、間違いなく引き金を引く」

「……だろうな。俺の誘いに普通に乗った野郎だ」


 自分より性格クソなのはあいつぐらいだよなぁ。

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