9:南極石が目を覚ます。

 機体は、搭乗者の半身だ。

 搭乗者の想いを跳ね返す影だともいってもいいのかもしれない。命を預ける棺桶だからこそ願いや想い、願望は顕著に表れる。なにせ自分で考えることを知っているのが基本水準、その相方となれば少なくとも命の危機には悲鳴を上げるのは当然の話だ。

 ……その悲鳴を一語一句違わず聞き届けてしまえる人間はたまったものではないのだが。


「くそ……っ!」


 またこいつか、とブラックはどことなく遠い思考で目を伏せる。もう何年も合うことがなかった、もう二度と会うことはないと思っていたかったのだがこうなっては仕方がない。

 今、目の前のアセンはこういったのだ。「私の主が死にかけている」「私は自分で自分を制御できない」のだと。

 と、いったのだ。

 

『解放するか』

「ダメにきまってんだろ」


 この世からの解放という至極雑な最適解を示したレーヴァン=アートを押さえつけ、制御機構の軸を握りなおす。聞いた以上はどうにかしてやらねば、何かしてやらねば自分の中の何かが許さない。

 だがどうする?

 こんな状態で何ができる? 

 相手は今氷漬け、下手に触れればこちらも凍り付く。人って何度まで生きていけたっけ?


『──ブラック!! どうした、何が聞こえた!?』


 この場において唯一事情を把握しているルルの声が、意識の海におぼれかけていたブラックを海面に引きずり戻す。

 どうした自分、今更正気を失うことにおびえている暇なんてないぞ!


「っ中に生きている人間がいる! 策はねぇか!?」


 ひきつった喉に無理を言わせて人の言葉を取り戻し叫ぶ、今更人道を外れているやつが何を? うるせぇ土壇場に何を義理立てる! 


『それは冗談じゃないな? 救助に作戦シフトだ! 生きているのならば助けなければ意味がない!!』

「マーセ! ネモ! 手伝え!!」

『わ、分かった! 指示頼む!』

『右に同じーく!』

『僕は下がった方が良いな、アストラは彼らの補助を!』

『承知した』


 僚機を名指しで指定し一気に思考回路を討伐から救助に切り替える、殺しに寄った傭兵とはいえ夜鳥羽の海に生きる以上相応に知識は必須要項だ。グループ組を変更し無線順位を差し替え、スクエアを足場に体制を整える。

 そうこうしているうちにS・01が氷から抜け出し上空に飛ぶ、都合よく宙に逃げてくれたのかただのがむしゃらか。


「あっぶねッ!?」


 いいやただのがむしゃらだ、こいつ普通に斬りかかってきやがった。

 攻撃を加えないように回避しながらも、その片手で座標を指定しポイントの誘導を始める。

 スクエアを蹴り、スフィアを跳ね、メインターゲットに据えられているであろうレーヴァン=アートは空を舞う。羽衣を濡らした瞬間に凍えつく海水の先にS・01が真逆に映る、身体をひねり方向転換をきめたレーヴァン=アートが嘴で目標を見据えた。

 

『準備オーケィ! いつでも行けるぜ!』

「よし──行くぞオラァあ゛あああああああああああああ!!」


 網の準備が整った合図に従って、レーヴァン=アートは急降下する。

 暴風直下、ターゲットを外せないS・01はそれを追いかけ後に続く。風の唸る声に耳を澄まし視界はむしろ邪魔だと塞ぐ。カウントダウンが3を切る、秒針が跳ねるような幻覚はゾーンに入った意識の証。

 いくつかのスフィアとスクエアをぶち抜き、重力に抗い従いきれなかった水は弾け飛ぶ。その水に跳ね返るS・01の機影が、ある一点の空に縛り付けられるように動きが止まった。


『捕まえたァ!!』


 振り返りながらもレーヴァン=アートは遠ざかるS・01の機影を見ながらそのまま海面に落ちていく。

 ある一点に向けて収束していく氷の糸は空中に象られた「誘い込みの罠」。点在するスクエアにカラドリウスがリーシュを顕現させ糸を繋ぎ、レヴィア・スカルがスクエアに凍結弾を打ち込み網内の気温をできるだけ下げる。そして獲物を罠の中心にまで誘い出すのがレーヴァン=アートの役割、朝顔の形をする即席の捕縛網、三機であり尚且つカラドリウス……ネモがいなければ成立しない最善策だ。

 上手く掛かったようで網の中央にS・01の動きは制止する。失速さえさせてしまえばこちらの物、一度灯を失った炉に熱をともすことは難しいのだ。今回はアストラがいてくれたおかげで誘い出しもうまくいった、奇跡的な配役に今はこの悪運に感謝してやりたい。

 海に着水した衝撃を逃がすように瞳を開いて夕暮れの光に揺らめく海面を眺めながら、ブラックはようやくため息をついた。



 空中で静止状態になったS・01の捕縛及び救出の処理は、夜鳥羽保安隊……というよりもルルに預けることになった。先んじてS・01に搭乗させられていた人間は一命を取り留めたがいかんせんかなり酷い状態だったのだ。

 詳細は省くがさながらコックピットが拘束具のような状態で精神の身を繋げられた同族アンカーは、世間で受けるような侮蔑を体現した扱いを受けていた。……覚悟はしていたが実際見るとなると神経的にかなりつらい、被験者というには簡単だが実物ほど悲惨なものではない。

 肝心の機体は、主を守るためか否かログデータを除いてすべての回路がつぶれてしまっていた。断末魔をあげることなく主の精神の行き場所を確保して海に帰ったのだ、賞賛どころか勲章ものだろう。吐き気がするほどの献身は、人の手によって施された拘束具は外せずとも機体側からは当人の身体を傷一つつけることなく成就した。

 そのおかげか被験者と思しき男は奇跡的にたったの二日で目を覚ました。

 ブラックに彼に会う理由はなかったが、レーヴァン=アートのコアがS・01の功績ぐらいは伝えてやれとうるさいのでらしくなく病院に足を運ぶ羽目となった。白蛇の塔の被験者だったと判明した男はもはや自分の名も分からないほどに憔悴していたが、流石は同族というかその気を感じさせないほど快活な口調をしていた。

 ……名前も分からなくなってしまっていた彼のことは暫定的に【ブランク】と呼ぶことになっていた。本人もそれが気に入ったらしい。


「元々、僕に名前なんてものは区別以上の価値はなかったのかもしれないしね」

「だからといってお前さんの再生能力も規格外だと俺ぁ思うんだが」

「これが恩恵ってやつなのかもしれない、僕はあのアセンに礼を言わなければいけないね。彼がいなかったら僕は今ここにはいなかった」

「少なくともアイツはお前さんを最後まで見捨ててはいなかった」

「……そうか、それはとても──それはとても、嬉しくて寂しいな」

「お前の頭の中にまだ残っているかもしれねぇが」

「そう気にしなくて大丈夫だよ、僕はまだデビューすらしていないんだから。だから絶対に復帰してみせる、僕の生きていたい海が目の前に在るんだ。悔いなんてしやしないよ」

「アンカーでそこまでキラキラしてるやつ久々にみたぜ、さてはお前かなり強いな?」


 聞くに、ブランクは延々とシミュレーター戦闘に接続させられ蟲毒のような戦闘実験にさらされていたらしい。そしてある女の子に会い自分の状況を悟ったブランクは随分と強引な手段で外との連絡を取った、

そしてその連絡を受け取りブランクに手を貸した男は、といった。

 その後は予想できる通り、ブランクはハルキと連絡が取れなくなったことをきっかけにタイミングを見計らって白蛇の塔を脱走。だが途中で意識が持たなくなったのと特殊な何かしらの影響かトラップか、熱暴走させられあの強襲に至る。ということだったのだそうだ。

 向こうも向こうで壮絶な修羅談を奔っていた、ということなのだろう。良くある話だがよく生き残ったものだ。 


「意識の海の底で、きみの輝きに「もしかしたら」と思ったよ」

「はい?」

「僕をここまで奔らせてくれた彼女が言っていたんだ、彼女の力をものともせずに食らいついてきた人に会ったと。あれはきっと、きみのことだったのだろうね」

「……どーだかな、俺より強い奴は吐くほどいるだろう。おめえの目が眩んだんじゃねえの」

「ははっ、それを確かめる日まで互い生きてることを祈るとしようかな」

「お好きにどうぞ」


 ──ただ一つ、ブラックにとっての収穫はブランクは彼女の名をEGOだと言ったことだった。

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