8:聲。

「索敵情報敵機多数、内約小型複数中型一機確定。保安隊の網を突破してるとなると相当な速度バカか強者だ、マーセ、50%ハーフいけるか」

『無理。せめて25%クォーター

「もうちょい気張れ」

33%ワンサード

「OK、それでいこう」


 駆け込んだ愛機に乗り込んだ傭兵たちは互いの出せる力配分を立ち上げの時間を縫って確認し、酸素水で満たされる肺から必要のなくなった空気を吐き出した。一人ならばこんなこと言わなくてもいい、だが市街戦において必須となるのは他でもないアセン同士の連携だ。互いどこまで戦うかを決めておくことは効率をもとめる以上必要最低限の確認要項である。精神を繋げて機械との融和を果たしたアンカー同志だというならば、なおさらだ。


『珍しいな、貴方が素直に戦いに出るのは』

「緊急事態なのと機嫌がいいからな、アート、お前は万全か?」

『確認の必要性を感じない』

「つれないねぇ」


 本番だ、そう自身に告げるようにブラックは接続端末を左顔面に突き刺す。旧式の大掛かりな接続端末はバージョンの差を無視して精神を解き、確かに糸を繋ぐ。こんなことをしているから血の涙なんて流すんだと理性が呆れながら、両の手はすでに操縦桿を握りしめアセンの立ち上げ準備が終わるのを待つ。

 ギルドのバンカーは地下道へと直通している、そして地下道は市街戦を想定した出口だってあるのだ。防衛に関しては都合のいい夜鳥羽の街は幸い、空を向かうにも海に向かうにもまた都合よく相応のゲートというものがある。ブラックとレーヴァン=アートは空の道へ、マーセとレヴィア・スカルは海の道へといった具合だ。

 タイミングを合わせるのはちょっとした小細工をする必要があるからだと今は言っておこう。

 

「〈星は墜ちた〉」

「〈風は爛れ〉」

「〈花は依然として灰を前に咲き誇る〉」


 精神接続のスイッチを入れるための祝詞をコアたちが歌うように告げ、アンカーたちはそれを追いかけるように言葉を繋ぐ。


「[私]は焔へ」

『[私]は鳥へ』

「[私]は[世界]へ」


 33%の精神をアセンブルに明け渡すための祝詞はアンカーに共通した第三言語だった。

 いつからか見失った心臓に熱が灯る。いつからか筋を失った骨に力が入る。熱で満たされた脳と吐息は脊髄を通じて全身にいきわたり、のさばりつづけた無気力な自分を仮死状態にまで追いやった。視界が色彩で満たされていく、今自分は生きているのだと吼えるように精神は目を覚ました。


『ヨブの依り代が一つ、レヴィア・スカル』

「ヨブの器が一人、レーヴァン=アート」


 さぁ、未だ餓え焦がれる戦場の空を!


『「阿頼耶識のを飛べ」』



 街での戦闘は既に始まっているも同然だった。

 スクエアが形成され、水による侵攻が黒煙ではなく気泡を生む。見たところ住居区にまでは及んでいなかったが時間の問題だろう。夜鳥羽保安隊の団員たちが同じガーベラを用いて戦いを始めている、相手は無論、無尽蔵にうずめく小型ゴーストどもだ。

 見慣れたナンバーを見かけたがブラックはそれを一瞥するだけで見なかったことにした、どちらにしてもブラックには関係がないしマーセももう関係がない他人だろう。


「しかしまぁーた派手に入り込まれたな、ったく冬眠もちけえってのにお盛んな」


 全く厄介な話だが、こうなっては足場が悪い。

 海域に出ているとはいえ街が近すぎるのは非常に面倒だ、スクエアを使えばいいだろうがそのスクエアの場所が悪い。──同調を上げておいて正解だったか。

 ゲートを蹴飛ばし舞い上がるレーヴァン=アートが翼を広げ、空を仰ぐ。夕暮れの光を受けて翼に影が落とされその姿はまさしく鴉だ。意識を巡らせあるはずのない糸を手繰り寄せる、目に見えない何かをブラックは知っている。見えなくとも存在するものをゼロは確かに知っていた。

 糸が束ねられるその場所をレーヴァン=アートの細い指先が弾く、羽は風を受け広がり空はいま天海となり人の領域になる。

 全ては狩るために、何よりも全ては楽しむために。

 水中戦は夜鳥羽の華。


「水域展開」


 かといってそれが海だけとは限らない!

 夜鳥羽の空に水の球スフィアが舞う、スクエアとよく似た性質を持つ空中の水場は必然的にアセンブルの跳ぶ足場を増殖させ、行動の選択肢が桁一つ跳ね上がる。上下左右、必要とあるべき場所に引き上げられた水の球に足を乗せ跳ねる。風が気まぐれであったとしてもこの足があれば、夜鳥羽の空は俺たちの遊び場だ。

 重力は確かに縛りをもたらすがそれでも空に行きたがる心をせかすには十分すぎる、最大限の自由と解放を求めたレーヴァン=アートの最大能力は皮肉にも支援特化なフィールド調整だったのだ。


『サンキュー先輩! お借りします!!』

「いいぜレヴィア・スカル、好きに使え使え! どうにも今日はすこぶる機嫌がいい!」

『明日は槍の雨でも降るかもしれないな、調子に乗って街に落ちるなよ新米傭兵くん』

『ははっ、ドジっ子ヒーローがなんかいってるな。まぁ気を付けるには気を付けるさ!』


 スクエアとスフィアが入り乱れる空中に、海域のゲートから器用に空中に飛び揚がったレヴィア・スカルが先攻すると宣言するよりも先に降りかかる小型ゴーストどもを蹴散らしていく。スクエアとスフィアを介し追い込み漁を行うがごとく、後輩の元気な姿にブラックは負けてはいられないなと気流入り乱れる夜鳥羽の街上空に飛び発ったレーヴァン=アートに両翼をはためかせる。

 この小型ゴーストの群れはおそらくだが深淵海流──つまるところ宇宙ソラから降ってきたものだろう、よくよく見れば型が違う。どうにも深淵海流原産のゴーストは人を率先的に襲う、まったく上からも下からも襲い掛かってくる節操なしどもめ。

 半笑いにブラックが最前線に出向こうかと思ったその傍ら、このエリアに新しい回線が開く。


『こちらギルド:ファウナ、アストラ。機体名だ、帰還したと思ったら大乱闘が始まっていたわけなんだが私はどうしたらいい?』

『同じく帰還したと思ったらレイドイベントが始まっていて困惑してるぜ、カラドリウスだ。で、これ混ざったほうがいいのか』

「グッドタイミングだ、クリーガァ! ネモ! 手伝ったらルルからお小遣い出るってよ!」

『『よっしゃあッ!!』』

『きみらさー!! ほんっとうにそういうところあるよなーっ!』

 

 そりゃ夕方なんだから昼間組は帰ってくる時間だしな。


『街のフラッグはこのルルが執るからアネモネに回線は明けておけよ傭兵ども! 保安隊は街の防衛、エンゲージ済みの傭兵は小型を優先に遊撃! ブラック、きみは僕と組め!』

「ご指名とは嬉しいねえ!」『いいなぁ』『ブラックだけズルいぞー!』


 後輩たちのやっかみの応答をするよりも早く、ルルが手繰る機体アネモネを追いかけレーヴァン=アートは敵機が来ると予兆に従って海岸を軽々と飛び越える。夕暮れに染まる街並みをしり目に見据えた水平線に目を凝らす。黒点が一つ、確かにそれは街へとまっすぐに跳んでいやがった。

 頭部に標準装備されているスコープをのぞき込む。ゴーストらしくない白い装甲、さながら空を行く兵士のような姿をしたそれは夜鳥羽の海に突き出た廃ビルや鉄塔を経由し、恐ろしい速度をもって突っ込んできている。いやまて、あの獅子のような腕章は何だ?


「おいルル! ここまで来たらまさかなんていわねえけどよ、ありゃあ本土の連中も噛んでるのか!?」

『悲しい知らせだが、あれの機体コードは本土の連合が量産しているマタドールだ。確かに何かしら噛んでいるのかもしれない、だが応答にも何も反応しなかったんだ』

「つまり?」

『規律も守れない鉄くずは、スクラップにして再利用するのが最も効率的だとは思わないかね』

「ぶっは、ルル、お前そういう台詞まじで似合わねえな! ──あぁ、だがその意見には賛成だ」


 レーヴァン=アートが敵対象その壱──マーキングはスクラップ01もといS・01ということにしておこう──へと急降下する。

 振りぬいた一対のレーヴァン=アートの双剣をかすめながら、S・01は危機探知するかのように街への侵攻を止めブースターに物を言わせ距離を置き、空中に静止する。気流に乗って上昇するレーヴァン=アートを支援するように銃声が弐つ、アネモネの支援にここは素直に有り難いと斬り上げる。ヒット、だがしかし浅い。接触による回線こじ開けも試みたが応答は相変わらずない。

 相応に腕はあるようだが何だ、この動きは。


『ブラック、お前いつの間に技術提供を?』

「してねぇーわ! するぐらいならデータごと自爆するっつの!」

『だ、だよな安心した。だが一つ確かめさせてくれ、あの機体の動きが生前のきみ……じゃなくてゼロにソックリなんだがその件に関しては!』

「しらねえ!! 目下情報収集中だ!!」

『最高に楽な回答ありがとう!!』


 あの気味の悪い悪夢と同じだ。

 同じものを積んでいるのは確かだろうがそれがなぜ現実まで出張ってくる? あんなものを兵器化でもするつもりか?

 

「うっとおしいんだよ、亡霊ッ!!」


 引き金を弾くことも忘れて上空直下からの右ストレートを放つ、それに合わせアネモネがソードによる突きを穿つ。追い打ちに凍結弾をぶち込み周囲に紛れていた小型ゴーストどもが氷に巻かれて落とされていく。水柱に飛沫が跳ね、砕け散ったゴーストの破片に纏う冷気がそれを凍らせる。海面に揺らぐ機影に気配を感じ舌打ちしながらも踏み込んだ急降下、海面に奔らせた双剣が海の波を凍らせ浮上しかけていたS・01をも凍らせた。

 機体と氷が軋みあがる音が響く、言葉にもしようがない人の悲鳴のような声。夜鳥羽の冬にはまだ遠いと接近を選んだレーヴァン=アートがとどめを刺そうと双剣を振り上げる。

 

【たすけて】

「っ!!」


 振り落とそうとしたその瞬間、 

 声が、聞こえた。

 人の声じゃない。


「おま、え、まさか」

 

 ──アセンの聲だと悟る瞬間、振り上げた剣がいき場所を見失いかけるその手前。


【あ、あ゛あぁァああああぁァああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! いたい、いたい、イタイ!! カラダがいうことをキカないチガウチガウチガウできないできるわけがない! コノカラダはそうハできていないのに!! ダレカトメロ止めろトメテクレ!! ──このままじゃ!!】


 轟音に限りなく近い悲鳴が脳髄を襲った。

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