4:汝、其の名は。

 気が付けばそれを体育館の扉のほうに、亜希に向けて放り投げていた。誰かの戸惑う声と誰かのバカ野郎と叫ぶ声が同時に聞こえる。

 少年は大きく一歩、ゴーストへ向けて歩いていた。自殺行為だと我ながら笑いすら出てくる、だがライフルの銃口が弥平の動きに沿って下がったのを見逃しはしなかった。

 ほぼ真下、この位置からなら破片は飛ぶだろうが銃弾は飛ばないだろう。

 怪物へ、己が盾になるように対峙する。


「俺の人生だ」

 

 逃げろと叫ばれる前に引き金が落とされる。

 不思議と恐ろしさというものはなかった。

 まるで、抜け落ちたように。

 まるで、知っていたように。

 知っていた。そうだ。


死に場所ぐらい選ばせろここで終わらせてくれるわけがないだろう!!」


 吼えた。

 自分が本当は何を言ったのかは分からない、ただ叫んだだけなのかもしれない。

 それでも自分は、俺は、生きているだけじゃ物足りない。真相なんて知らない、真実だってどうでもいい。謎を解きたいがために生きているわけじゃない、この日まで生きてきたわけじゃない! だって本当は、本当は何もかもが邪魔だっただけなのだから!


『契約を果たそう』


 目の前のゴーストが、まるでひしゃげた音を立てて横へ吹っ飛ばされる。

 まるで骨のような……鋼色をしたフレームだけのような姿のアセンが、ゴーストを殴り飛ばしたのだ。衝撃波が身体を吹き飛ばしそうだったが、その骨のアセンが少年を守るようにすぐさま覆いかぶってくれた。

 覆われるような体勢に、そのアセンと目が合う。

 翡翠色のアイラインはどこか海の色とよく似ていた。


「ヤヘイ! 早くこっちへ!!」


 誰かの声が聞こえるが、少年は逃げようとは思わなかった。


「おっさん! そいつら連れて逃げろ!」

「ばっ、お前何言ってるのかわかってるのか!?」

「よくわかってねーけどさ、こいつが俺に乗れって言ってんだ。ゴーストの気、頑張って引いとくからさ」

 

 わざとらしいセリフを吐く。

 気軽すぎるなぁと思ったが、そうでも思ってなければ進めない。この鎖は振り切れない。これまでの人生に義理を立てていたって仕方がない、変わりたい、変わらないと死ぬっていうなら変わるしかない。理由だって万全だ。誰にだって文句も言わせるものか。

 

「──ざまぁみろ」

 

 少年はためらうことなく開かれたコックピットに乗り込んだ。コックピットは訓練で扱っていたアセンとは違い、どちらかといえば真新しい印象を受ける。席に座りすでに立ち上がっていたメインシステムのウィンドウに触れると、コックピットは閉まり密閉空間になった。

 メインシステムにはLeviathanと浮かび上がり、それがこのアセンの名なのだろうと理解する。


「(さっさと起動してあのゴーストをやる……!)」


 アセン操作の訓練は受けている。

 大丈夫だ、やれる。やれるはずだ。

 自分は今まで誰だった、あのガーベラ04を手繰る黒田誠二の弟だった人間だ。

 

「っ、がぁ!?」


 戦闘モードを指示したとたん、少年の頭に激痛が奔った。コックピット内に下げられていたなにかの接続機のようなものが、直接頭に食い込んだのだ。頭蓋を割るように騒がしい痛み、頭痛、それどころではない、まるで頭の中に何かがなだれ込んでくるような違和感。

 酷い吐き気ですべてを吐き出したくなる、今なら内臓だって出てきそうだ。


 だが、見栄切った以上のことはやってやる!


「いうことを──聞けェ!!」


 がむしゃらに取った操縦桿を操作し、頭の中でうるさい痛みも黙らせる。

 大きく息を吸う、開いた視界は網膜投影が始まっているようだ。クリアな視界と、機械の瞳。──浮かんで見えたドッグタグがまるで残光のように煌いた。 

 密閉されたコックピット内を水が満たす。水中戦の為の酸素水だ。

 肺が水と酸素で満たされる。

 痛みは、とうに熱に変貌した。

 


「レヴィア・スカル、出撃る」



 狂気は、引き金を弾いた。 



 訓練とは違う生き死にが関わる戦いは、無論少年は初めてのはずだった。模擬戦やシミュレーター、いくつかの戦いは経てきたもののそれらはしょせん仮想の戦い、実戦とはかけ離れたものである。

 だが、少年は取り乱すことはなかった。


「あれだけで死ぬわけねぇか」


 押しては返し、剣舞のように続く戦闘は依然と延長戦を求めていた。

 大型のゴーストの息はまだある。それは背こそあったがまるで機体はおんぼろのガラクタの塊だ、人型の二腕二脚、その腕はアセンにしては長く作られておりまるで人の形に合わせたような造形。脚はどちらもまったく違う形をしていたが、歩行以外には脳がないらしい。

 長い腕から放たれる剣、質量ブレードがレヴィア・スカルをたたきつぶさんと襲い掛かってくる。避けることも考えたが、これ以上建物にダメージは与えたくない。


「やらせるかよ!」


 至極冷静に、少年はレヴィア・スカルで受け流す……切り払うことを選択する。レヴィア・スカルの近接武装はレイピアタイプのブレード、真面目に考えて切り払うことでさえも至難の業のはずだが、少年にとってはまるでそれは息を吸うことと同じぐらい簡単なことだと思えたのだ。

 長腕のゴーストが振りかぶったブレードの機動からタイミングを見定め、一閃、ラインすら見えるようにレイピアが空を撫でる。

 金属の擦れる音と火花が散る、覆いかぶさったはずの力の流れは、あっという間に後方へ抜ける。


「まるで昔から乗ってたみてぇだ……!」


 長腕のゴーストが水の中、すぐ近くのスクエアに逃げ込んだ。

 どのみち街のほうに下るつもりなのだろう、だったら選択肢は一つだ。


「逃がすわけねぇだろ」


 レヴィア・スカルも続いてスクエアの中に突入する。

 スクエアの中は水、海水だということは知っていたがそこは想像以上に重力がなかった。だが無重力というわけではないらしい、むしろ、重力はアセンにむかって引っ張られている感覚。

 授業で数回だけやったことがある、海中の操縦……ここは深海と同じだ。


「海中戦……そのための酸素水か。……ん、なんだ?」


 スクエアを経由しゴーストを追っていると、急にどこかの回線が接触してきた。

 誰かからの通信のようだ。


『此方夜鳥羽海域保安隊! ガーベラ04、パイロットだ。所属不明アセン、応答してくれ!』

「こちらレヴィア・スカル、パイロットで──」

『その声は……弥平!? 弥平なのか!?』


 届いた声は少年の兄のものだった。

 スクエアの中で一度止まり、周囲を見ると街のほうにもう一つあった大型ゴーストと戦っていたらしいガーベラ04の機影があった。他の保安隊は小型のゴーストに手間取っているようで、それでさっき中学のところに一匹流れてしまったのだろう。

 それに対して少年は怒りは感じない、見た限りのスクエアはもう二ケタを突破している。

 この数相手では、ことだ。


『弥平、お前自分が何をしているのか分かっているのか?』

「街は壊さないように気を付ける」

『そうじゃなくてだなぁ……! あぁここまでなったら文句もいってられないか、弥平! あの長い腕のゴーストを相手してくれ! お前の操縦ならやれるはずだ!』

「──!」


 兄の声はまるで呆れとあきらめが混じったものだったが、少年はまったく気にせずにゴーストの追撃を開始する。スクエアを行き来し、飛び、まるで空を泳ぐようにレヴィア・スカルは飛ぶ。飛行するための燃料はないはずだが、この水の箱のおかげで手間取ることなく自由に行き来ができること出来ること。

 長腕のゴーストが行き場の選択肢を失ったのか街へ降りようとしている。

 レヴィア・スカルは躊躇わず、今浮かぶスクエアからとびだった。


「だから逃がさないっていってるだろ」

 

 直線上に見据えた長腕のゴーストをひっつかみ、さらに後方に見据えていた大きなスクエアに押し込む。

 海中に押し込まれたゴーストは流石にこちらを敵として認識しなおしたのか、水の中で距離を取っては突進、ブレードを突き立てようとしてきた。水の流れを作るように、いっそ地上にいたときよりも速度を増した突撃にレヴィア・スカルは対応が遅れ、逆に別のスクエアに突き飛ばされる。

 水面に叩き付けられる感覚が接続から身体に直接叩き込まれる。

 しかも追撃と言わんばかりにライフルの弾が飛んできた。


「ちッ、スカーラ防諜壁は!?」

 

 慣れないはずの単語を脊髄は知っている。もう一つの炉、もう一つの武器であり鎧。このアセンブルは情報の塊であり攻撃を受けるたびに内部にも影響が出ることを、秒にも満たない精神は把握していた。

 パネルに引き出された情報防壁の損耗を見る、まだなと少年は笑う。あぁ、知っている。知っているとも。


「当たるかってェ……の!!」


 勢いを殺さないように少年はレヴィア・スカルをスクエア内で一周ぐるりと回るように泳がせ、──貰った勢いのまま再度ゴーストのいるスクエアへ再度突撃する。着水の衝撃は今でこそ心地よい。

 レイピアブレードを構え、一直線に長腕のゴーストへと切り込む。

 装甲の隙間にうまいこと直撃した。

 一気につなぎとめるようにレヴィア・スカルの左腕を突き出し、装甲の隙間に骨のような爪を食い込ませ内部のコードを引きちぎる。内臓を抉り出すように、いっそ握りつぶすように。


 何か生ものを抉ったような気が、しないでもないが。


 そんなことをしたせいか、長腕のゴーストはなんと頭部をぶつけてきた。

一瞬の衝撃と殴られたような錯覚。銃撃がレヴィア・スカルを襲うが重要部位は守られているようだ。一蹴りで距離を取り、銃撃から逃れ、泳ぎながら機会を探る。ブーストによるものか動きによるものか、勢いが泡となり軌跡を生んだ。

 刹那。

 

「(M1C0035A2……?)」


 長腕のゴーストが持つライフルに刻まれた文字列が目に入った。

 アセンパーツには必ずといっていいほど何処かにパーツ番号が記されているものだ。

 見覚えがある、あの番号を知っている。

 

シャトーリボルト社のライフルか……!」


 軍事重火器専門の開発企業リボルト社は、保安隊など国家機関のアセン乗りがよく使用している。弾数はそうでもないはずだ、よほどの改造をしていないかぎり。

 知っている、何もかも。


「だったら、」


 確信めいた予感に従い長腕に接近する、長腕はライフルを構え間違いなく心臓部を狙って撃とうとしたようだが、そこから弾が出てくることはなかった。

 でもなぜ?

 疑問を口にする前に、殺意が前線を往く。


「──もう撃てないだろ」


 終われよ。

 レヴィア・スカルのレイピアが長腕のゴーストを貫くことは、そう大して難しい話ではなかった。

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