認識不明領域:01

 夜更けの空がひどく遠く、少年にとっては気が遠くなるほどの景色に意識が流れ出てしまいそうだと思った。懐かしい名から呼び出しを受けてどれくらいの時間が経ったか、今日で一つ年を重ねた少年は待ち人を待ち続けていた。もう十分な大人だといわれても未だに抜けきらない生温かな心情が、まだ生きていると少年を安心させる。

 春になりかけた深夜の公園は今の時期であっても寒さは針を刺すようにひどく、どうせ誰もいないのだしと年甲斐もなくブランコを陣取ってはため息をついた。


「遅い」

「すまんすまん、仕事を引き上げるのに手間取ってな。元気にしていたか」

「見ての通り、死なずにこの年まで生きてるよ。父さんは変わらないな」


 暗がりから現れた父はその若作りな顔でそういってくれるなと苦笑した。いつもはどこか遠くに働きに出ている父に会える日は向こうから連絡が届いたとき以外にない、それぐらい忙しいのかまた別の理由があるのか。そういう意味では少年の家族というのは少々事情がこじれていた。

 少し不機嫌気味に少年が肩を竦めれば、父はやれやれだと少年の頭を撫でる。子どもじゃないんだからと払いのけようとはしなかった、誰もいないんだしたまにはいいかとされるがままを選ぶ。今時、そういった扱いをしてくれる人なんて父以外いないのだし。くすぐったい気分の中にどこか寂しい水が溢れそうになるが、それだけは女々しいと飲み込んだ。


「ハッピーバースディ。17歳の誕生日おめでとう」

「……遅刻っていわないんだな」

「当たり前だ。昨日はただの命日だ」


 ──少年は今日で17歳になった。

 皆は昨日に祝ってくれたが、それは間違いで今日が本当の誕生日だということを弥平は知っている。一日のタイムラグであっても本当の日に祝ってくれること自体が、きしくも呪いのように嬉しくてどこか複雑だ。肺の底で蠢き立つ黒い靄を押し込めるように俯けば、父はその手を放し空を眺めた。

 普通なら普段どんなことをしてるかだとか聞くのだろうか、子どもは父の仕事を聞くのだろうか。どうしてか普通の親子の会話というものを二人はしたことがなかったし、片方はそもそもそういう会話をする気がなかった。


「お前はまだアセンに乗りたいか」

 

 確かめるように父は問う。


「そりゃあ、乗れるなら乗りたいよ。でも母さんが」


 躊躇うように子は言った。

 記憶も定かではないほどの昔、同年代の子どもに交じってアセン乗りになる夢を母に告げたある日のこと、どうしてか母は火が付くように怒り「やめなさい」と言った。どうしてそんなことを言ったのか、どうして嘘で言いくるめたりしなかったのか、今でも定かな理由は分からない。アセン乗りを目指すのがこの街では普通だと知ったのは学校に上がってすぐで、それから違和感は加速した。

 そのことについて年の離れた兄にも聞いた、けれど芳しい答えは得られなかった。訳の分からない庇護は、ただ居心地の悪さから少年を些細な非行に走らせるのに十分な質量を持っていた。

 自分が代用品であると知らされる日に至っては、もう何も感じない。


「……ねえ父さん、俺はいつまでこの役でいればいいんだ」

 

 記憶があいまいでよくは覚えていない。

 けれど自分は生みなおされた子だということは、確かに耳が覚えている。


「母さんも兄さんも、俺に関しては生きてさえいればそれだけで嬉しいっていうんだ。志奈にはパイロットになってもいいっていってるのにさ。なんで俺じゃないんだ? ……俺は、いっそいない方がよかったんじゃ」

「お前って本当に家族思いだよなぁ?」

「父さん」

「人のことを気にしすぎだ、バカ息子。確かにお前は三男坊だがさっさとくたばった次男坊じゃない、周りの気がおかしいんだよ。だがなぁ、そうだなぁ……いつまでといったな?」

「……あぁ」


 事情に少年はブランコの鎖を握る手に力が入る、不安がる子に父は振り返り自身が身に着けていたペンダントを外すとそれをそのまま子の手に握らせた。銀色のプレートに何かが刻まれているが、深夜と公園の街灯の光では何が書かれているのかもわからない。これは何? と首をかしげれば「檻の鍵さ」と父は言う。


「今日、お前には沢山辛いことが起きるだろう。沢山の選択を迫られる、だけどな。選択をするときに少しだけ思い出してくれ、これはお前の人生だ。どうやって生きるかはお前自身が決めるんだ」


 呪いを解く呪い。

 お前が決めろといった。

 お前が決めろといったんだ。

 

 義理立てなんて、誰がするものか。

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