第2節 乖離する空。

5:文字盤の掠れた万能時計を開く。

 風のなく声が聞こえる、水のないコックピットに目を覚ましてはどこを見るわけでもなく息を吐く。

 あぁ、これは夢だ。ブラックは即座にこれが夢であると認識してしまって後悔した、どうせなら夢なら夢のままで酔っておきたかった。こうなってしまえばただただ苦痛な映画の始まりだ。

 

「──ゼロ、君に話しておきたいことがある」


 最後になるかもしれない、とそれがまるで嗚咽を抑えるような言葉を投げかけてくる。大昔の話だ。あぁ、どうしてこの記憶なんだとブラックは手で顔を覆ってしまいたかったが記憶の中の自分ゼロはそうはしない。かつてそういった動きなんてしなかったから仕方がない。

 大陸で自分は初めてアセンブルというものに乗ったのは言わずもがな、しかもそのアセンは特別というかきっと世の中にあるアセンの中でも一番おかしなやつだった。

……俺はそのアセンを先代のパイロットから譲られる形で継承してしまった、その時は自分の命は自分の物ですらなくて、少なくとも誰かに言われれば本当に命を絶つような子供だった。だから言われるがままというやつで。仕方がなかったのだ。

 ──機体名:無名コードゼロ

 当時の大陸は当然人対人の泥沼の戦争に飲み込まれていたが、それとは別の脅威が猛威を振るっていた。ゴーストの群れ、各地に現れた女王と呼ばれていた主を失ったAIの巣城をゼロと無名は壊して回った。無名に導かれるまま誰かを見捨てながら、そういう意味ではあの日々は青春ともいえるほど輝いていた。

 山のように築き上げたゴーストの瓦礫の裏には同じぐらい大きな人間の死体の山があったというのに、皮肉なものだが。

 いつしか人からも憎まれるようになっても一人と一機は戦って、戦って、戦って……。

 その最後の戦いの前、無名は遺言のように回線を開いたのだ。

 

「私は、元々あれらと同じだった。私を作ったものはあれらから離反し、人に味方したものだった」


 真実を私が知ることはとうにできなかったが、考えることはできると無名がまるで人間のように言う。

 君が教えてくれたことだ、と言う。

 自分ブラックは意識の底で思わず耳を塞ぐ。置いてきたはずの思い出が今更になって胸を刺す、癒えていない傷をえぐるような痛みが夢の中でさえも酷く熱い。水の中に埋もれていく肌の感覚はきっと拒否反応だ、あぁ変われていない自分がまだ生きているのが恨めしい。

 

あれゴーストは、新たな生命体だ。この星の環境が生み出した新たな住人だろう。この星は機械による進化と文明を許容した、と解釈するほかあるまい。……あれが正しい進化なのかどうなのか、見定めることができる知的生命体はいないだろう。だが、私を生み出したものはあれを間違いだといった。私も……長らく考えたが正しくはないと結論付けた」


 ──キミが生きていけた世界を壊す生物など、認めたくはない。


 どうして無名がそこまで想ってくれていたのか今の自分にはよく分からない。しかしそれ以上に、彼の言葉を今の今まで思い出の奥底に押し込めてしまった自分の無意識もよく分からない。自分は彼を相棒だと思っていたしそれ以上に大切な友だとも思っていた、確かに打算的なところもあったが人にとっては仕方のないことだろう。

 あの戦いで金具が緩んでしまったのだろうか、それとも。


「すまない、ゼロ。キミを巻き込んでしまった。私は……」

『そう寂しそうにするなって。俺は最後までお前に付き合うよ──そうでなくちゃ、明日の俺は今日の俺を一生憎んで生きていかなきゃいけなくなるさ』


 夢よ、どうか覚めてくれ。

 もう二度と、彼の断末魔を聞きたくなんてない。



「珍しいねブラック、キミが寝過ごすなんて」

「今日は夕刻組だから別にいいだろ……」

「キミ本当に大丈夫かい? 返事が普通過ぎてオーナー鳥肌が立ってしまうよ」

「うっせ」


 夢に魘された挙句に低血圧症再発して二度寝してしまったとは口が裂けても言えず、ブラックは不機嫌に言い訳を立てて白い顔をしたまま、いつもの角席ではなく誰もいないソファーを陣取った。12時過ぎで昼間からゴーストを狩りに出ている面子は当然のこと、深夜依頼の予約が入っている面子は仮眠中。酒場がガラガラなのは秋の時期ではよくあることだ。

 膝に頬杖をつきながら壁のテレビのチャンネルを回す、相変わらずろくなものがやっていない。


「はい薬、重度一歩手前の低血圧起こしてるのならすぐにいいなさい。外で起こしたら野垂れ死ぬよぉ」

「む……」


 ローテーブルにコップと薬を置きながらオーナーがため息をついた。

 流石オーナー、というか本当に今日は調子が悪いらしい。シミュレーター戦闘とはいえらしくなく荒げたせいだろうか。実のところブラックはあまり身体が強くない、というかここ数年どんどん身体が衰えていっている。アンカーとしての対価は既に支払われているものの、こればかりは不可抗力のようなものだ。

 頭の中だけとはいえフル稼働すれば身体に支障が出る、戦闘でもコアの恩恵があっても本気を出せば二時間は動けない。しかしシミュレーターでもこれだとは、ストッパーが効かなかったとはいえ相当限界が近いらしい。薬を飲み干して溜息をつく、ここに他の傭兵がいなくて助かった。見られていたら数発弾いている。

 オーナーが備え付けてある毛布をブラックに押し付けると、どこか遠くを見るような空気で話を切り出した。


「無名にあったんだってね」

「あぁ」

「元気そうだったかい」

「……いや」

「そうか。……今日の仕事はキャンセル入れておくよ、その様子じゃあガレージにすらたどり着けないだろう」

「わりぃ、いやー今季は全然記録がのびねぇなー」

「何の記録かはあえて聞かないことにしておくよ」


 血圧が落ち着くまでどうせ動けない、仕方がないと毛布に包まってぼうっとテレビを見る。白蛇の塔に関するニュースらしく、どうにも技術者の一人が死んだらしい。事故死らしいが、ニュースの内容を見るにそうではないといった空気がある。

 他も似たような番組ばかりで面白くない。


「水槽の中で病気で死ぬのと、酸欠で死ぬの、どっちが幸せなんだろうな」

「ブラックはどう思うんだい」

「……少なくとも溺死は嫌だな」

「なら、その魚は水槽に入った時点で死んだようなものだったのかもしれないね」


 頭がぼうっとしている。血が回っていないのが自分でもよく分かる。

 これは本格的に不味いのかもしれない。

 せめて明日からはあのEGOを追いたいというのに。


「オーナー、俺あと何年持つと思うよ?」

「傭兵としてかい、それとも人としてかい」

「それは……あー……やっぱノーコメントで頼む」


 聞いてから怖くなるなんて情けない話だが。

 

「……今日休むわ、なんかダメだ」

「ご随意に。あぁついでに、誕生日おめでとう」


 余計なお世話だ。バカ。

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