4:阿頼耶識の鳥が飛ぶ。

 結局一日暇というかどうせ仕事は夜に来るだろうしなと、ブラックはエラから聞いたとおりにシミュレーターに潜ることにした。

 日課を終えての昼過ぎ、夜鳥羽の騒がしい大通りを散歩がてら眺めて歩く。今日は市の日だったらしく出店やショップが狭そうに並びあってどこぞの商店街よりもお祭り騒ぎだ。誰が垂らしたのか分からない三角旗に、夜鳥羽のシンボルでもある鴉の羽をモチーフにした飾りが風に揺れては喧騒にまかれていく。

 隙間を縫いながら進むのも億劫に思い、ブラックは大通りから分岐している路地にさっさと退散することにした。

 すると奇遇なことに、こちらの顔に反応する輩が一人飛び出してきた。


「おや、おやおやおや! ここで出くわすには珍しい顔でございますな、どしたの」

「ゲーセン行くのに理由必要か? ハミー」

 

 情報屋、というよりもパーツ斡旋屋の女ハミーだった。

 出回るパーツの三割が発掘品の夜鳥羽だ、トレジャーハンターと取引先の斡旋を行う役割が必要になる。独特の情報を持ちそして一人一人が独立した立場を持つのが常の中でも、パーツの斡旋を行うトレーダーは一際異端だ。恨みを買うことはそうそうない仕事ながらも命綱を売って歩く彼らはこうして平然と顔をさらして街を歩く。しかも顔が広いというよりも一方的に顔を覚えられている場合が多い、正直急に突撃してくるのでびっくりする。

 しかめっ面をしていたブラックにハミーはニヤリとした笑みを見せ、軽い足音を立てながら近寄ると下から上に見上げるような動きをしながら「そこはほらブラックなりのキレのあるジョークをー」とちょっかいを出す。そこまで頭を動かしていなかったブラックは呆れ気味を装って「そーいうのはネモに投げろ、俺にとっちゃキラーパスだ」と会話の端を放り投げた。

 目的地は同じらしいハミーは勝手についてくるらしく、仕方がなく雑談でも真似してみることにする。


「この時期に蛾翅亭へと参上とは、ブラックくんも例の噂目当てですかな?」

「まぁ、そうなるな」

「やっぱりそっか、いやーなんとも不思議だよねぇ。何せべらぼうに強いシミュレーター内でしか姿を現さない、かといってどこかの飼い猫ってわけでもなさそうってのが中々、うむ中々」

「出くわしたら情報抜けとかいわねぇよなぁ?」

「してくれたらいいことしてもいいのよ?」

「お前面白さが先行するからやだ」

「くっ、見た目に反して王道ベターをいくやつめ! ニッチな殿方には受けるのだぞ!」

「俺はそもそもそっちの趣味はねーし相手にするなら二次元いったほうがマシだっつの」

「むぐぐお堅い……はっ、まさかブラックくん、そっち系「ケツ穴増やしたろか発禁女!」やーん! おーげーひーんー!」

 

 馬鹿らしい方向に話が跳んだところで目的地にたどり着く。薄暗い路地にポッカリ開いた元ゴミ捨て場、かろうじてゴミの片づけられた空間にぐったぐたに壊れかけた椅子とテーブルが並び、昼過ぎだというのに人の数は多い。そこを誰にも触れないように奥に進めば、目的の蛾翅ガバネ亭だ。

 大通りから少し外れた路地にひっそりと建つよくある酒場みたいな風貌の何でも屋、自販機と壊れかけのゲーム機ばかりが立ち並ぶ油臭い店だが、どこにも属さないここは夜鳥羽をテリトリーにする傭兵たちのたまり場だ。

 なによりも、レイライン(誰でも使用可能なネットワーク回線のようなもの)が引かれているシミュレーターがあるのは本夜鳥羽ではここぐらいだ。まぁギルドにもあるにはあるのだが、あれは完全なテストと訓練用だ。レイラインにつなげてしまえば情報を抜かれる可能性がある。

 それを防ぎながら経験を重ねるためにも、情報保護の処理が行われている対戦用シミュレーターは重宝するわけだ。


「おっ、やってるやってる! 結構人いるねぇ……お、ブラックくん、噂のあいつもういらしてるみたいだよ」

「まじで? どこのモニターだ」

「ほら右端の、ひゃーダメだ何起きてるか全然みえねぇ」


 騒がしい店内に下げられたモニタを見上げる、シミュレーター内のバトルを中継していたようだがブラックが見上げた瞬間に決着がついてしまった。

 間の悪さに顔をしかめると、すぐそばにあったシミュレーターカプセルが殻を開く。ぐったりしたような顔で上半身をだらりと力が抜けた感じの動き、さながらゾンビのような体勢でげっそりと青ざめた青年はどうやら、さきほどやられたほうらしい。

 それはそれはとブラックは口角をあげ、青年に「よぉエギルぅ、久しぶりだなぁ」と声をかけた。


「ナ、ナニカ御用デスカ、ブラックさん」

「ちょっとなぁ、さっきの、ほらお前が惨敗かましてた相手。あれ誰よ」

「おれのほうが知りたいよっ、遊んでたら急に勝負吹っ掛けられて気が付いたらダウンして、た……まさか」

「ははーんオルフェが秒速でやられるとはなぁ、いい風じゃねえか」


 エギルと呼ばれた青年はまるで静電気を受けたように跳ね、カタカタと幽霊か悪魔を見るような目でブラックをみる。

 周囲の暇人どもが可哀そうな小動物を見る目でエギルを見ていることもいざ知らず、先の対戦相手のことを聞いたブラックは面白いものを見つけたように目を輝かせ、嬉々として開いたシミュレーターに入った。


「ちょっ、やめとけってブラック! あいつ滅茶苦茶早いし動きが人間じゃなかったぞ、レギュが実戦同等のしか受け付けてないしやめとけって」

「うるせぇなぁ、さっさと行かねえと逃げられるだろ。ほいほーいレーヴァン、といいたいがスピードじゃ勝てねえし堅実に「」でいくか!」


 ちょっとした気まぐれというやつだった。

 ただ、その日何が違ったかといえば。

 自らの古傷を開く釣り針が、そこにたまたま転がっていただけだ。


 ◇


 シミュレーターの海とは言えその精度は実戦とそう変わらない。むしろこの中では風や波がない代わりに、条件だけはすべてのパイロットが同等になる。ポテンシャルだけでは上位に立つアンカーでも、ステータスの高いアセンを持つ傭兵も、誰も彼もがこの電子の海では対等だ。

 接続を経て広がった視界が迎えたのは瓦礫の山と化した街を岸に波が打ち寄せる海上だった。そんな海を見下ろすように突き刺さるようにそびえたつ廃ビルの上に、ブラックの機体と視点は置かれていた。

 鴉人間とも揶揄される仕事用のレーヴァン・アートではなく、今回は心機一転全身が白くところどころに黒と黄色のラインが入った正真正銘の二腕二脚のバランス型。懐を見せない白繭が紡いだような専用の外套を纏うこれはレーヴァン・アートの設計にも参考にしたほどのお気に入り。

 オリジナルはとある理由で失ったため二代目だが、さながら騎士のようだともいわれるこのアセンはブラックにとっての三つ目の武器、名を「無銘」といった。


「お前をこっちの空に連れてきたのは久しぶりだったな」


 データとはいえそこにある魂は同じだというように、ブラックは操縦桿を握りながら笑みをこぼしながら無銘に話しかけた。返事はない。当たり前だ、ブラックが契約を交わしたのはあくまでもレーヴァン・アートであり無銘ではない。本物のこいつに乗っていたころは自分はアンカーですら……否、パイロットですらなかったのだ。

 苦い過去を思い出しかけて首を振る、酸素水のないコックピットはひどく乾いて酸欠になりそうだが今はそれでいい。

 視界を回す、例の悪夢とやらがまだ近くにいるはずだ。と考えてから自分はそいつの顔を知らないのだと思い出す、索敵用SENTを右肩から射出し周囲を探る。すぐさま探知結果がはじき出され確認する。


「ID・EGO……」


 妙なIDネームに小首をかしげたが、そんなことはどうでもいいとブラックは逃げられぬうちにそのIDに向けて「対戦希望」の信号を送る。秒もたたないまま「受けて立つ」と返信されてきた、急に襲ってきたという行動やらその受け答えやら、なかなか好戦的な相手だ。エギルのアセン・オルフェゴールを不意打ちとはいえすぐさま撃破したのだがら、腕前もかなりのものだろう。──面白い、面白くなかったらそれでこそ大損だ。

 紅の悪夢と呼ばれているそれは少し先の海上に立つ廃ビルに降り立ち、じっと機械のようにこちらを見た。二腕二脚、そのあだ名を冠するに違わぬ黒紅の外套。騎士のような出で立ちに鎧の色は深夜の色……きしくもその外見は無銘とよく似ていた。まぁこの界隈見た目が被るぐらいはよくあることだ。内面はともかく。

 一瞬戸惑いはしたがそんなものだと飲み込み、ブラックは紅の悪魔に向けて声を飛ばす。正式名ぐらいは知っておきたいのが普通というものだろう。


「こちら無銘、機体名だ。お前さんは」

『…………


 ──なんだって?

 思わず素面に戻りかけたブラックは困惑のあまりに目を見開いた。



 そして聴覚異常まで疑う羽目になった。

 ゼロだけならありきたりな名前だと切り捨てられたが、こいつ、よりにもよってあの街の名前を出しやがった。大陸の……いやあの馬鹿げた戦火の中にいた連中の内の一人か、だとしてもいったい誰だ。

 なぜ、俺の名とか被せてくる?

 いいや、いいや、まずはそう……戦ってからだ。


「……そうかい、ゼロ。じゃあ──始めようか」

『あぁ』


 銃声、正面。互い左手のハンドガンの引き金を弾きお互いが同じく右へとアセンを傾けた。開戦を合図に周囲にスクエアが展開され空中に都合のいい足場が形成されている、無銘はそのうちの一つを蹴飛ばしながら上空へと身を投げる。靡く外套の下に携えた銃装を弾くよりも先にゼロがスクエアを経由しこちらに食い込むように接近、それを無銘は凍結弾ではなく右手に携えた質量剣によって迎え撃つことを選択した。

 拮抗する質量剣と質量剣の鍔迫り合い。ブースターをこれでもかとふかし圧力を高めていく。これでは押し切れはしないと判断し、質量剣に刻まれたエネルギー回路に火をくべる。剣に仕込まれた小さなブースターが重量をもって力に圧を増した。そして出来上がった力の流れをほんの少し力を緩め、逸らす。そうすればこの通り。


「剣はな、滑るんだよ」


 鍔迫り合いの均衡が崩れ、ゼロは体勢を崩し乱れた力場に呑まれて海面へと落ちていく。だがただで落ちるわけではなく外套を第二の鎧にと言わせるように、一気にそれは海面へと逃げるつもりのようだ。

 ──そうだ、俺だってそうする。そして今の俺なら。

 

「誘ってんのかよ、いいねぇそんじゃあレースと洒落こむか!!」


 空砲代わりに落ちていくゼロの背パーツに向けて凍結弾を放ちながら、誘われるように無銘は海下の戦場へと足を踏み入れる。着水の衝撃が火を煽る風のように吹き荒れ、白泡のカーテンを掻い潜り海下の世界にてゼロを視界にとらえた。黒と赤の防御外套は海によく映える、向こうもそれが分かっているだろう。予感と予兆が理性よりも早くアクセルを踏み込ませた。鉄くずの山をかいくぐり並走を繰り返し、数度ぶつかり合いというアタックを繰り返す。

 追尾ミサイルを放ち白泡の網目がゼロを追いかける、しかしゼロは反転を繰り返すことによって回避してみせた。流れ弾によって咲き乱れる氷の花、その中を駆け抜ける二機の「零」。シュミレーターの海であるはずなのに風と熱を感じてしまう、無呼吸状態に入りかけそうになりながらも一歩先へ向かうゼロに無銘は食らいつき続けた。

 熱い。

 ここは冷たい夜鳥羽の海のはずだ。それだというのに。


「残党が」


 見据えた先の亡霊が、アセンではなくあの翼にみえるのはお前が過去を抉り出したせいに決まってる!



 ──チェイスはブラックにとっては飽きるほど繰り返したドッグファイトそのものだったが、シミュレーターのからしてみれば異様の一言に尽きる。

 夜鳥羽のアセンは水中戦を得意とする、しかしその水中戦の中でも瓦礫の山の中で速度限界に近いスピードで奔ることは余程のことがなければ行わない。それも対人戦ではなおさらだ。シミュレーターだとしても正気の沙汰ではない、今の彼らはまるで空の上に舞う戦闘機のようだと。


「な、なぁ、ブラックってあんな戦い方するやつだったか……?」

「どういう意味かしらエギルくん」

「あいつはもっとこう、楽しんでるっていうか、その。なんか今回めっちゃ怖くね?」


 エギルが同意を求めるように他の観戦者たちを見る、観戦をしていたうちの何人かはブラックの戦い方を知っていた傭兵だったようで、彼らもまたどこか違和感を覚えていたのか不思議そうにモニターを見つめては、どうしたんだろうかと聞き合っていた。

 無銘を持ち出したことはそう珍しいことではない、近距離戦に持ち込んでくるならよくある話だ。

 だが対人戦の動きじゃない、はっきりと違うのではなくただその空気間が異様なのだ。

 

「ブラックも怒ることがあるんだなぁ」

 

 誰かがそんな、新しいものをみたようにつぶやいた。



 海上に飛び出た二機はお互いの性能の差があまりにもなさすぎることを無意識のうちに感じ取ったのか、仕切り直しを狙うように離れた廃ビルの上に足をついた。

 ただのちょっかいのはずだったブラックだが、身に染みて消えなくなった傷が疼いてたまらないと呼吸が乱れた喉で問う。


「そのアセンデータをどこで手に入れた」


 戦って分かったことがいくつかある。

 ゼロ。

 リコリス。

 紅の悪夢を冠したそのアセンは──かつて兵士を海に誘った最初の相棒だ。

 コピーかとも考えた、しかし違う。

 あれはあの機体だ、あの機体そのものだ……!

 !!


「応えろ、そいつをどこで手に入れた……!?」


 ゼロは応えなかった。まるで何かに怯えるように、それは姿は光のように消滅し対戦者退出によるドロー判定のブザー音が鳴り響く。

 意識がリアルに戻ったブラックはしばらく呼吸もできなかった、記憶が濁流を起こしたように喉を塞いでしまったように。久しく別れていたはずの冷や汗というものが額を伝い、茫然と何も映らなくなったただのシミュレーター機材を見下ろす。

 操縦桿から放した右手で拳を作り、開く。動く、この身体は動いている。

 

「EGO……覚えたぞ、その名前」


 ログアウト時間が過ぎるその数十秒間、ブラックはただそのIDを見つめていた。

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