3:高草の蟷螂。

 そういう意味ではブラックの余生は随分と穏やかで従順なものだった。

 傭兵として生き、傭兵として殺し、この角席だって座ってみればいろんな奴の姿が見えてくる。それだけ自分は透明になっているのだ。それだけ、自分に関して関心がなくなってきているという話でもある。

 嫉妬に狂ったやつがいた、金に狂ったやつがいた、親に狂わされた奴がいた。不幸を並べてオークションに並べろと言われたなら、きっと自分なんか安い値で買いたたかれるだろう。くだらない人生に、くだらない世界。ゼロは死んで、残った俺はただ死人のように動いている。

 腐った魚みたいな肉の塊に思考なんてどうだっていいはずなのに、未だ肥料になることも許さない錨が刺さっているのがネックだが。

 ともかくとして夜鳥羽は恐ろしく平和であり、同時に地獄だ。きっとここで慣れてしまえばどこにもいけなくなるのだろう。どこにもいけなくなってしまった本人が言うのもなんだが、ここは水銀と油で満ちている。こんな街で一時期肉のある女と過ごせただけ幸せ者だ。いっそ、いつ死んだってかまいやしなかった。

 だというのに、まったく。


「どいつもこいつも腑抜けばかり」


 海域から浮上し領域を侵害する害意ゴーストに向けて、そのアホ面かましてやがる顔面向けてクロウを叩きつけた。アッパーカットの軌跡はゴーストの顎を砕き、そのまま空中に静止した一瞬を狙ってレーヴァン・アートはゴースト諸共海面に向けて直下飛行する。

 いくつかのスクエアをぶち抜き、海面に衝突する。意識にかかる重圧を振り払うように瓦礫の山へとゴーストを押し付けた。火花ならぬ気泡が膨れ血のように弾け飛ぶ、確認を取らぬまま距離を取りながらも残影を見ずに引き金を弾いてチェックメイト。

 氷の花と共に悲鳴が聞こえる気がしたがそんなものはフレームの軋みだと言い聞かせて次を探す。


 ──深夜の話だった。

 急に届いた保安隊からの緊急依頼、今年は海流がいつもよりも大きく蛇行しているらしく、それに乗じてゴーストの群れが夜鳥羽海域に侵入したらしい。その群れから逸れたゴーストが夜鳥羽諸島の南、つまるところ本夜鳥羽にぶつかるコースに入ったという。

 秋は深夜も忙しい季節、たまたま武具点検を終えてオーダー選択中だったのはブラックはともかく、指名が入ったのはその他ギルドに所属している数名の若い傭兵ぐらいだ。有名どころは東へ西へと飛ばされている現在、本丸を守るのは夜鳥羽保安隊の最前線組と手暇な傭兵しかいない。

 こういう騒ぎは毎年恒例のよくある話だった。むしろ枯風とも言われている。圧倒的な個対多の戦闘に大抵のギルドや斡旋はベテランと新米の混成を指名する、自然災害を利用した大きな「」なのだ。

 ここで死ぬようならそれまでのやつだったということだ。ウェルテクスからも数人指名が入っているらしいが、恐らく今年も数名死ぬだろう。ウェルテクスに属する傭兵は皆少数精鋭とはいうが、正直なところ逸材が生き残っているだけであって平凡なやつはすぐに死ぬ。そういう意味では雑種の墓場だ。

 そんなくだらない戦いでブラックが参戦している理由といえば、新米のしりぬぐいと自主的な理由からだった。


『こちら灯影。第三波、処理終了した』

「レーヴァン・アート、こっちもお開きだ。随分数が多かったようだがどうした」

『二人死んだ』

「なるほど。まぁいい筋いってんじゃねえの、三人分の働きは旨い看板になる」

『……』

「泣き言はカノジョにいうんだな、さー祭りはしまいだ。帰んぞ」


 食い残しは大抵対処のできない強い相手だ、だが今回もブラックの感情を沸き立たせるほどの猛者はいない。化け物の癖に情けない、あの時、お前らが寄越した破滅と絶望はこんなものではなかっただろうに。

 こんな相手では満足できない。満足に死ぬことさえできない。

 腹の底でぐらぐらと煮える熱を飲み干すのは一体いつのことになるのだろうか。



「おはよう。朝帰りとはいい度胸だな」


 朝もやに暮れる夜鳥羽の街をかいくぐり、野暮用を済ませてギルドに帰投を果たしたブラックを真っ先に出迎えたのはアンカー:エラという一風変わったパイロットだった。

 いつもはオーナーが陣取っている台所もといカウンターキッチンを占拠し、フライパンとフライ返しという傭兵似つかわぬ装備で朝食を作っていたらしい。ブラックはいつもの席を取りながら「なぁエラ、一個聞いていいか?」と問いを投げる。


「お好きに」

「お前いつ寝てんの?」

「人は四時間寝れば十分だ」

「わけがわからねぇ……」


 エラというアンカーはウェルテクス内でもかなりの曲者だが、こいつほど生体がよく分からないアンカーもいないのではなかろうか。

 傭兵の中でも一際目立つ上に珍しい「女性パイロット」、容姿端麗なのも加えて女としてならポイントも高い。だがしかしこのなんともいえないあっけらかんな性格、アンカーになる以前からこうだったらしいという噂から元々変人だったのだろう。どうしてエラが傭兵になったのかは知らないが、その狙撃の腕には一定の信頼を寄せている。引き金を躊躇わない女は強い、一時期色々あってそういう関係にもなったことがあるがアンカー同士うまくいくわけがなかったのだ。

 カウンター席に座ってしばらくしていると熱のある油の匂いが鼻をくすぐった。いつの間にかエラが隣に座り、頬杖をついていたテーブルには皿に乗った目玉焼きにパン、サラダといった朝食が並んでいた。


「いつの間にバイトを始めたんだ?」

「気にするな、ただの趣味だ。味は保証する」


 エプロンを外しながら言ったエラはまたマイペースに朝食を取り始める、人のこと考えないが自分も人のこと言えないのでありがたくいただくことにした。

 ……平均的な味だ、なんともいえない。


「ダルと伍島が死んだそうだな」

「あぁ」

「悪くはないやつらだった。が、目測を誤るのはやはり長生きしないのだろうな。その点ジキルは評価できる、尻込みする程度がちょうどいい」

「遅咲きになるな、ジャイアントキリングでもかませばすぐ化けるかもしれねえが」

「そこまで足踏みしそうだ。そういえば例のピアスリング、誰が落とすかは賭けたか」

「する必要なんてねぇよ、冬が明けたら俺がすぐに落としてやる」

「流石、マザーを口説いたバカは言うことが違うな」


 その話を蒸し返すのは程々にしてくれとブラックは肩を竦める。

 マザーというのは、マザーグースと呼ばれていた建造型大型ゴーストの討伐戦の話だ。

 もう二年も前になる、あの頃の夜鳥羽は荒れていた。その中である島にひっそりと構築されてしまった大舟が猛威を振るっていたのだ。それがマザーグース、のちにアセン開発研究所が設立される島にあった旧時代の塊だ。

 保安隊も企業もマザーグースには随分手を焼き、最終的にマザーグースは夜鳥羽に向けて砲撃を放った。──皮肉なことに、今年起こった泊木のゴースト襲来事件と同じ構図になる。

 そして偶然、マザーグース撃破というジャイアントキリングの機会がブラックに回ってきたのだ。その時は最前線でとにかく戦って戦って戦い足りないほどだったから、嬉々として受けたものだ。そして無論、マザーグースを蹂躙したのだ。文字通りに。

 あれは最高に楽しかった。あれほど死ぬかもしれない瀬戸際の戦いはなかっただろう。しかしちょっと派手にやりすぎたのか、ついつい口から出ていた煽りが他の傭兵にも知れてしまったせいなのか。レーヴァン・アートは頭がやばいどころかさっさと放送禁止用語の規制音語録をインストールさせるべきだとすら言われてしまったのだ。自分の口が悪いのは認めるが、そこまでか。お前らだって大して言ってることかわらねーだろうか。

 そんなこんなで、ブラックの扱いといえば察しの通り「頭のやべえやつ」に落ち着いてしまったのだ。

 

「風の噂に聞いたがあのマザーのいた場所に作られた研究所、今は医療施設も増えたらしい」

「組み合わせ的に嫌な予感しかしねーんだが」

「私もそう思う。たしか……『白蛇の塔』だったか、調べれば出てくるぞ。アンカー化した一般人を連れ込んでいるらしい」

「……最近参入がすくねえとおもったがそこが原因か」

「だろうな。元締が東雲グループだったと記憶している、グレーラインの件がよほど堪えたらしい」

「あれっ、もしかして俺やらかしたパターン?」

「偶然の一致だろう。一部に加担しているかもしれないが」


 困った話だとエラはため息をつく。一般人のアンカー化はここの所増加傾向にあるのは事実だが、なるほどそこで囲われていたか。アンカーというこの状態は何かしらのきっかけがある、しかしゴーストの襲撃が日に日に激化する中そういった症状を咎められ送られてしまうものも多い。アンカーにはアセンが必要だ、アセンはパイロットを必要とし、夜鳥羽は戦力を必要としている。

 保安隊の中からもアンカーとなったものもかなり多い、むしろ夜鳥羽保安隊の最前線組は理由つけてこっちに流すのが定常だ。 

 だが最近、春が過ぎたころからかそれが少なくなった。使い潰される兵器として送ることを知っている人間が増えたと向こうが自覚したのだろう、病と銘打って囲いをつけるようにしてくるとは面倒なことをしてくれる。そういうことするから増えるというのにバカらしい。

 しかも関わっているのが神経系の研究を推し進める東雲グループだ、おそらくろくな目に合っていないだろう。冬場が過ぎたら企業から連れ出しの依頼が増えるかもしれない。


「ブラック、今日は暇か」

「大分稼いだしな。機体が動かねえから暇っちゃ暇だ」

「ならシミュレーターに潜ってみるといい、面白い相手が見つかるかもしれん。聞いたことはないか? 電子の空に住む「紅の悪夢」の話だ」


 エラは珍しくもったいぶりな口調でくすりと微笑んだ。

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