2:観察日記、名無しの話。

 ──ギルド・ウェルテクス。


 さざ波の話に風の噂、噂に聞くならなんでもござれ。今日もギルド・ウェルテクスは通常運転で開かれている。傭兵とは言ってもアセン乗り、忙しい時期に入ったとはいえメンテナンスや整備の兼ね合いで比較的休みという釣り合いはとれている。

 企業抗争が活発化していると世情は言うが、言うほど傭兵は死ぬほど酷使されるわけではないのだ。まぁ、それ以上に肉盾にされることはよくある話なのだが。

 酒場に模したカウンター席の最奥、整備待ちを理由に席をとるブラックの定位置に近づく人間はそう多くはない。

 だが今日は、というよりもここ最近はその状況も多少なりと変化しつつある。ブラックには自立したサポート端末はいない、だからその隣の席も埋まることは基本的にはないはずだが、ちょっとした縁で知り合った後輩の傭兵、もといアンカーの少年がいつの間にか席をとっている。

 話し相手ができるというあたりは悪くはない。

 悪くはないのだが。


「マーセ、お前傭兵になって何か月経ったよ」

「六か月ぐらいだな」

「俺が言うのもなんだけどよぉ、馴染み過ぎじゃね?」

 

 アンカー:マーセ。別名、名無しの傭兵。

 隣区の泊木からかなり数奇な道順を辿ってこの道に転がり落ちた可哀そうな被害者、なのだが……拾った張本人に似てしまったのかどうなのか、おそらくかなり同類に近い何かだろうということはブラックにも分かっている。なのだが最初こそかなり情緒不安定にみえたというのに何だこの肝の座り方は。

 ランクこそ低いものの安定してノルマクリアを平均値に出している、突出した経験がないからまだ地味な部類だが夜襲に特化したあのアセン、レヴィア・スカルは正直いってブラックからみても侮れない性能だ。本人が比較的ニュートラルな性格をしているから今のところ脅威ではないが、運が悪ければ相対することになるのがこの仕事、こいつを敵に回した場合ただで帰ってこれるとは思えない。

 本能的に警戒している相手だ。

 あぁまったく自分でこそ慣れるのには一年かかったというのに。こういうのを真の化け物というのだろう。

 これでは俺の方が遥かにまともで恥ずかしくなるじゃねえか。


「むしろ最近は天職だったのではないかと感じ始めている」

「お前前は何目指してたんだ」

「整備士。パイロットも考えたがやめた。ブラックは何かそういうことはあったのか」

「どうだろなぁ、特に覚えてねーや」


 ブラックに残っている一番古い記憶は、腹に穴開けられて雨の中でぶっ倒れて死にかけていたあの日だ。

 それを考えるとこいつはそこまでの死線をさまよったわけではない、死に際に何を思うのかもわからないはずだ。そういう意味では彼はまだ「抜けていない」、17の子どもにそれを求めるのかどうかはブラックの考えることではないが、唯一弱点があるとすれば彼のもろさはそこにある。


「周囲はてめぇが枯れてるとはいうが、俺からすりゃまだまだだな」

「枯れてる自信はないが、そうか」

「おうよ。だっておめぇ」


 すっと、ブラックはマーセの首元に下げられたタグを指さした。


 

 タグに隠れるように光る一つのエンゲージリングは、未練を訴えるように錆びつきもせずに綺麗なままの状態だった。


「別にそんな理由で、付けているわけじゃない」

「図星なの見え見えだぜ」

「っ……」

「まぁそういうのがあるのも必要な時はある。だがよ、言っておくぜ。──死にたくなかったらそれは捨てろ、女が足引っ張って死ぬなんてそれでこそよくある話じゃねえか」


 珍しく、マーセの顔が感情にゆがんだ。つまりそういうことだ。抜けきっていない子供の小さなわがまま、こいつがこっちの道に来たのはこっちの才能があったからなのもそうだが、ブラックと同じように子供っぽい意地の張り方をしたせいでもあるのだと、同じような人生を歩んだ傭兵は感じ取った。

 この界隈、意外と世情に対して物事は単純に済むようにできている。

 ブラックは別にマーセがどうなろうと知ったことではなかったが、どうせなら自分とは別の考えを見てみたかった。


「あんたに言われる筋合いはない」

「けははっ、納得できる理由見つけてから言えっての」


 傭兵でも、少年でも。

 きっと酩酊に生きて酩酊に死ぬんだと、それ以外の答えを出す日は遠い。

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