11.5:追記、戦歴レポート#007

 いくつかの話が抜け落ちていると謎の叱咤を受け、当時語ることも避けてしまった「当日」の話をしようと思う。

 それなりに釣り合いの取れるような戦い方が身に付き始めたころ、それまで人数合わせのトレジャーハンターからの依頼ばかりだった中に一つ、すとんと唐突に企業の名前を引っ提げてマーセに向けて指名が入った。

 アルセドナ社、常に新しいことに挑戦し続ける最先端技術の真っ先を突っ走るエリート企業だ。どうしてそんな明らかに値の高いところが自分のところにとも思ったが、メールを受け取った際たまたまその場にいた先輩アンカーのネモが激励及び哀れみの言葉とえらく白目向いていたから、多分洗礼か何かなのだろうと話を聞くために呼び出しに応じた。

 指定場所は特になし、通信による会話だ。ギルドは斡旋所としての一面も持つが、それ以外の仲介屋を使ってはいけない決まりはない。通信室の一室を借りて個室で回線を開く。無機質な画面が個室を青く照らした。


『あーあー、聞こえていますか?』

「問題なく」

『オーケー、それじゃあ最初に自己紹介いこうか。僕はエンコード、アルセドナ社の仲介屋をやっている』

「ウェルテクス。名無しの傭兵マーセだ」

『あぁよろしく。きみとはこれからも長く付き合っていきたいと僕は思っている』

「これからによる」

『堅実だなぁ、それじゃあ仕事の話をしよう』


 さて、アルセドナという壁の花にマーセを推した仲介屋は以前の依頼で会ったエンコードという人物だった。

 仕事の内容を簡単にエンコードが語り始める。


『依頼主は先に通達したとおりにアルセドナ社、ざっくらぱんと説明するとリボルト社の軍港基地襲撃だ。リボルト社はここのところ巨大兵器……ギガードの新開発に手を入れこんでいるようでね、我らがアルセドナ社としてはこれ以上のギガード生産は押しとどめたいのが本音なわけだ。夜間に攻撃を仕掛け、倉庫を爆破する。内容はいたって単純だ。ここまではいいかな?』

「あぁ」

『では報酬の話だ。まず前払いでこれぐらい、残りは成功時に支払うことになる。今回に限りアルセドナ社の開発したステルス装備の貸し出しも行う、必要なら申請をするといい』


 決して容易い依頼ではないのと同時に、待遇が妙に良いのが逆に怖い。ライバル社に打撃を与えるのと同時にステルスユニットのデータ収集、といったところか。金額は相場より少しうまい程度、これ見よがしに夜間任務。やれない仕事ではない。


『アルセドナ社とつなぎを作るいいチャンスだ、悪い話じゃないと思うよ』

「引き受けよう。ステルス装備の申請を頼む」

『オーケーオーケー、なら依頼成立だ。そちらにマップと前払い分を送ろう、装備は明日にでも届けるよ。いやー決断が早くて助かるよ』

「ここまでされて断るとでも」

『はは、それもそうだね。それはさておき……個人的な質問だ、いいかな』

「どうぞ」

『きみは童貞かい』

「…………切るぞ」

『あぁいや、そういう意味じゃなくてね。人を殺したことがあるかっていう意味のほうのね』

「それが何か」

『いや、なに。夜間襲撃とはいえあそこは夜間営業もしているからさ、こうね』


 あぁそうか。

 倉庫に、というか基地に人が残っていた場合。自分は人を殺すことになるのか。

 淡々と思って吐き気がしたが、これから人を殺して歩くことになるのかもしれない道を選んだ手前、今のうちに振り切れてしまった方がいいのかもしれないと。抵抗するにもしようがない。だってそういう仕事なのだ。


「問題ない」

『なら、いいんだけど。それじゃあこれからよろしく頼むよ、マーセ』


 通信を終わる。

 ヘッドホンを外しながら椅子の背もたれに寄り掛かり大きくため息をつく、個人依頼はこれからこういう形式だ。しかしそれでもひどく緊張した、学生としての自分がまだ生きているのかもしれない。何もかもを自分でしなければいけない、そういう意味でもこの場所に拾われて命拾いした。

 個室を出るとすぐ目の前にレヴィアが待機をしていたらしく、危うくドアがぶつかりかける。慌ててドアを引き当らないように個室を出ると、レヴィアは何か怖いものを見たような様子でマーセの左手を掴んだ。


「マスター」

「どうした、レヴィア」

「……本当に依頼を受けたのか」

「あぁ、無茶振りでない限り受ける気でいたしな。三日後に出撃るぞ」

「そうか」

「何か不安なことがあるのか?」

「……、いや」


 レヴィアはマーセの左手を強く握ったが、マーセにはそれがよく分からずただ握り返すことしかできなかった。


 ◇


 真夜中の海ほど黒い色を持つものをマーセは知らない。

 新月の夜、星だけが夜鳥羽の海を照らしその水底に届く光はそう多くはない。不気味なほど静かな夜、レヴィア・スカルは借り物のステルス装備を羽織り海中を記されたルートになぞりながら泳いでいた。ステルス装備、といってもその形は外付けの大きな蝙蝠の翼のようなものだった。硬質な翼のように見えてゆらゆらと揺らぐこの両翼は、骨のように細いレヴィア・スカルの姿を覆い隠しさながら海中を漂うクラゲのようなものになっている。

 無論、海中にもリボルト社が配置した警備用ロボも存在したが流石のステルス性能、気が付くことはない。金属音のような耳鳴りを無意識へと抑え込みながら、作戦区域へと到達する。海中からかろうじて見える人工島の基地は、未だに人がいるのだと思わせる無機質なライトによって照らされていた。

 ──自分は、あのゴーストたちと同じように人のいる建物へ向けて引き金を引けるだろうか?

 問いがよぎる。

 ──できるだろうか。

 戸惑いがよぎる。


「……、」


 生ぬるい酸素水に満たされた肺に、息はもう詰まらない。


「──レヴィア・スカル。エンゲージ」


 だ。

 チェックポイントにロックオンを掛け、凍結弾の装填された銃──卯の花の引き金を弾く。人工島の柱の一部が凍り付き、その余波で大きく波が起きる。それに捕まらないようにレヴィア・スカルは一気に海上へと抜ける。

 基地が発する甲高い警報が聞こえる、画面越しに人影が見えたが傭兵はそれを無視しマップに記された倉庫へ向けて跳ぶ。真夜中の島は明かりでしかその形を認識できないが、破壊するべき場所さえ見えていれば問題はなかった。

 景色など些細な問題に過ぎない、見ている余裕など今の自分にはない。


「敵影、ギガードか。……」


 思しき倉庫から巨大な影が海上へと身を乗り出す、数えきれないほどの砲台に鯨のような形をした背からはこちらへと砲台が向けられていた。

 ギガード。大さっぱにアセン以外の機構を持つ大型兵器、大陸での戦いはこのギガード同士のぶつかり合いなのだと聞くが、この夜鳥羽の海にはいささか図体が大きすぎる。依頼で出されている以上、落としてしまおう。

 このクラゲのような外套が新月の夜に身を溶かしてくれている以上、細かなものは当たるはずなどない。

 赤い煙幕に燃え上がる炎、気持ちの悪い鯨に吹き飛んでいく建物だった瓦礫たち。


「……、」


 どちらが怪物なのだろう。

 淡々と引き金を弾きながら、他人事のようにそう思う。

 肺腑の奥底で何かが蠢いている感覚がする。

 開けてはいけない箱が内側から開けろと叫んでいるように。

 死体なんてどこにもない、何も見えてなどいない。

 誰も見えてなどいない。

 誰も、見ていない。


「ははっ、あほらし」


 今更誰に義理立てをしようとしているのだ、俺は。

 仕方がないじゃないか、あの時はそうしなきゃ死んでいた。死なないための選択をして何が悪いというのだ。

 仕方がないじゃないか、不殺を唄ったどころで誰かは死んでいる。だったら全部踏みしめてそのうえで生きていくほうが賢明だ。

 戦うのを楽しんだって誰が文句を言うものか、奪うのを楽しんだって誰が文句を言うものか。

 結果さえ出せば、誰も怒ったりも悲しんだりもしない。


「沈め」


 顔も知らない、他人の人生など知るものか。


「沈め」


 引き金を弾け。敵を倒せ。剣を抜け。敵を壊せ。


「沈め……ッ!!」 


 今の自分には、それが許されているのだから。



 ──ギルド・ウェルテクス。ガレージ。


「おっ、新品の匂いがする。なんだお前ー結局補強パーツはグヨーグにしたのかー」

「なんだよネモ、何か文句でもあるか」

「いーや別に? なんかこう意外だなーと思っただけ」


 依頼の成功報酬でようやくフレーム&借り物縛りを突破したマーセに傭兵ネモが突っかかるように声かけた。整備するときの懐かしい匂いの立ち込める大きなガレージには、休みの中にあるアセンたちが立ち並んでいる。それを眺めるように鉄作に寄り掛かっては様子を見ていた傭兵たちは、時折こうして互いの機体を見比べる。

 自分の作った機体が最強だという概念はあるが、それでも今がずっと最強であるというわけでもない。

 他人の機体だからこそ、強くなるための情報が詰まっている。


「どうだったよ、は」

「特には」

「そーか? 顔には楽しかったって書いてあるぜ」

「……にやけてたか」

「いんや相変わらず仏頂面だけどさ、何だこうさーなんかあんじゃんかー」

「雑だなー」

「るっせ」

 

 気だるく柵に腕を投げたネモからは草を焼くような匂いが漂った。

 

「ネモ、煙草臭いぞ」

「おう。なんだマーセもやるか? 一本ぐらい譲ってやるよ」

「いや、別に俺は……」


 断ろうとして、どこか魅かれるものがあった。精神的に疲れているのは常なんだろうなと、自分の状況が本当にいつもいつもひどくて仕方がない。

 まぁいいや、そうやって思考を止めてしまえたら。


「やっぱりもらう」

「親不孝だぜー?」

「勧めてきた本人が言うか、それを」


 墜ちるならばどこまでも。

 正道を踏み外す、その愉快さはきっと麻薬よりもたちが悪いのだ。

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