Episode2.コード・ゼロ【了】

第1節 紅色をした幻影。

1:熱傷、肺腑の底にて。

 夜鳥羽の港に秋の風がやってきた。つまるところ稼ぎ時、つまるところ傭兵が一番忙しい季節の到来である。

 新しく内部を調整したレーヴァン=アートを慣らし運転がてらに哨戒任務に繰り出したブラックは、秋風の吹く夜鳥羽の海を巡回していた。巡回といっても既定のルートを辿りながら異物がないかを確認するだけの仕事、ゴーストの座礁さえなければ平和な仕事である。

 転々と存在する瓦礫の孤島を経由しながら背に被るように乗せた飛行専用ユニットの翼を羽ばたかせる。アセンは基本的に飛行戦闘に向かない、飛ぶなら飛ぶで専用の外部接続ユニットというものが存在する。哨戒任務は基本的に保安隊からのもの、これもまた保安隊から借りたものだ。今回ばかりに関してはお行儀よく飛ぶとしよう。

 青々とさざめく夜鳥羽の海は果てしなく広く、果てしなく透明度の高い海ということでも知られている。ゴーストの蠢く割には何で穢してもすぐにきれいにろ過されている、だからこそ上からの哨戒によって敵機が出た場合見つけることも容易い。確か、異常なサンゴ礁の発達が原因だとか言われていたか。ゴーストさえいなければ此処は観光地として売り上げを伸ばせていただろう。


「綺麗なもんだよな。なぁ、アート」

『否定、スクラップの沈む海、綺麗とは言わない』

「そういう意味じゃねえって」

 

 愛機にケラケラと笑ってやる。相変わらずレーヴァン=アートは人情のわからないやつだ。まったくブラックと契約を交わした機体は特に例外的要素が多すぎる。

 黒鴉の羽が生えたような飛行用パーツを素の状態で持つレーヴァン=アートだが、その翼は飛行兼弾薬庫用のもの。どちらかといえば後者の意味合いの方が強いため、今回のような外部ユニットが必要になる。

 それに、こいつにコアとしての人格はあっても身体がない。アートは常にこの機体の中にいる、平常時は仕事の相棒のように離れて過ごすのがこのタッグの常だ。

 だからこそこういった長丁場の仕事が好きだった。いつまでも空にいられる、この瞬間が好きだった。

 

「アート、ラジオ流してくれよ。今日は何にも聞こえねぇ」

『ジョーク番組、広報の歌姫、どちらがいい』

「歌姫一択」

『承知』


 さざ波を後ろに雑音交じりの歌声がコックピットに流れ始める。綿葉の放送局から拾っているせいか邪魔な電波までも拾ってしまっているらしいが、別にそれでも構わなかった。

 よくある夢染みた恋愛を唄った歌のようだ、新曲らしい。


『歌、貴方は歌を好んでいる』

「やきもちか?」

『否定、意外だと思った、それだけ』


 そういってくれるなよ。

 嫌いなことに対して、すべてに何かしらの要因があるように。好きなことに対してだって理由というものを持っている、そういうものだ。唯一の例外以外に枠組みされるそれらに意識を向けるのは、あまり得意ではないのも事実だが。


「……こっちの空は、本当に綺麗だからなぁ」


 歌声に響く空が一瞬だけ赤く見えてしまったのは、きっと自分の傷が癒えていないだけだ。


 ◇


 いつだったかの話、俺はずっと空の中で戦い続けていた。

 すでに何のための戦争なのかもわからなくなった泥沼の領土争いは、それだけで兵士を疲弊させるには十分すぎる時間を貪りつくしていたのだろう。旧式の戦闘機に乗り、飛行機雲を描きながら息をするにも苦しい赤い赤い空を飛んでいる。

 地上で過ごす時間よりもうえにいるほうが多い、戦いというよりも生きるためだけに飛んでいる。

 自由になれるのは、この戦火に焼かれた空だけだった。


「Arc1、Engage」

 

 操縦桿を握りなおし、交戦開始の合図を鳴らす。深夜海辺の、名も知らない街の襲撃作戦だったかなんだったか。ともかく作戦内容としてはいたって単純だ、敵を全滅させる。それだけだ。この仕事は本当に単純だった、墜とした数だけ金が手に入る。墜とされれば死ぬ。そういう意味では惰性的だ。同じ隊の交戦合図でさえもう聞こえなくなった、だから誰も止める者はいない。

 両翼さえもがれなければ、それでいい。


「──……、」


 敵機がミサイルの射程に入る、ごうごうと鳴り続ける潮風に翼を切りながら鋼色をした機体を追いかける。敵機が上回りで死角に回ろうとするのを察し、右回りでルートを乱す。何度かの切り替えしと機銃の脅し、それでも後ろに付いてくる。

 あぁ、こいつ上手いな。そう感じた。

 直観とミサイルアラートを頼りに蛇行気味の直進から一気に速度を落とし、自身を失速させる。ぐらつく機体、落ちる視界。対応できずに俺の前を進行方向真っ直ぐに飛んでいく敵機、翼を持ち上げて後尾につくことに成功する。機銃を唸らせ弾丸を打ち込んでいく、翼がもげて落ちていくのが見えた。

 ベイルアウト先は海だろうか、人の影も見えなくなった黒い海を見下ろしふと思う。

 羨ましい。

 そうとさえ。


「…………地獄だ」


 火の落とされた対岸の街は、まるで雑誌記事にクリップされた写真のように他人事のように、ただごうごうと燃え続けている。炎は全てを焼く、弾丸は殺す、自分たちがやっていることはそういうことで、けれどもそれが間違っていると分かっている人間は少ない。こんなことならば国境なんてものがなければよかったのに、誰かが決めた役割に文句を言っても仕方がないのも分かってはいたがそう思わずにはいられない。

 もう、自分が何のためになにをしているのかさえ分からない戦いなんて。

 衝動的に、自棄のように激戦区の空域に飛び込んでいく、ただ撃墜数が増えるだけだった。

 あぁまた頭の中の熱が収まりがつかなくなる、自分の悪い癖だ。風の音も聞こえなくなる、ただただ自分は敵機を狙い墜とす。そういう動きが体に染みついているせいか、一度スイッチが入ると止まらない。

 そうやって、何をしていたかもわからないまま作戦自体が終わる。


《任務終了。Arc隊、帰投を許可する。……【ゼロ】、あとで指令室に来るように》

「Arc1、了解。帰投する」


 あぁそうだ。

 俺は、今の名前とは違う名前だったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます