12:残照、夏日空高く。

 視界が開く。

 海上に突き出た潜水艦ラハブは、まるで鯨が歌うようにごうと鳴いたように音を響かせると死んだように動きを止めた。

 朝の潮風が撫でるように抜ける、ラハブはまるで石化するように徐々に白く変化していき、しばらくすると風にかき消されるように……波に押し流されるようにその巨体を水底へと沈んでいく。

 ぱきり、ぱきりと小さな気が折れるような音が小さくか細い歌のように鼓膜に届く。船首から離れ、いくつか海面に突き出した鉄くずの山の上に身体を預けるように足を付けたカラドリウスは、ただただその光景を見届けることしかできなかった。


『役割を遂行できなくなったら、自死するのみ……か』

「これもお前の予想どおりか?」

『いや、……願わくばこれで眠りについてほしい限りだ』

「……あぁ、そうだな」


 トリビュートは模倣されたものをとことん追従する。

 潜航できない状態になったら死を選ぶように組み込まれていた命令だとしても、従順にそれを遂行するのだろう。

 もうきっと起きることはない。 

 あぁ声がかすれて仕方がない、もう日が昇り切るまで動けないだろう。

 久しく無茶をし過ぎた、モニター板に反射して見えるネモの髪は濡れた黒ではなく枯れた白に変化してしまっていた。 手先の感覚も頭の中身も感じ取ることができない、酸素水の抜けた空っぽのコックピットには抜けきらなかった血と動かない身体だけがある。

 ピピピ、と警告音が鳴る。

 眼球だけ……とはいっても網膜投影だが、とにかく視線を傾ける。朝日に陰って赤く姿を形創ったアセンが海上に浮上し、すぐ隣の鉄くず山に足場を取っていた。見下ろされているようなアセンと見下ろしているのであろうアセン、アイラインがちろりと光る。 


「……イデア」

 

 リーシュ顕現を保つためのエネルギーはもう尽きていた。

 追いかけてきたのだろう、イデアの搭乗する赤いアセンはいくつかの装甲がなくなっていた。

 撃たれるだろうか、ぼんやりとした頭で考える。


『私、なんとなく分かってはいたんです』


 無線が開く、どこか垢ぬけた彼女の声が届く。


『私たちは多分普通じゃなくて、帰れたとしても居場所なんてないんじゃないかって』


 今なら分かるよと目線が外れる、イデアは朝日の差す海の境界線を見つめていた。モニター越しに見える一週間ぶりの空は白けて青く青く、懐かしい太陽光の光はじわりと肌の下に眠っていた熱を呼び起こす。

 あぁ、ここはひどく寒くて暖かい。

 ラハブは消えた。

 悪魔もまた、共に。


『ごめんなさい。でも、ありがとう』


 七日間の悪夢は、これで終わった。



 ◇


 ──ギルド・ウェルテクス


 心象はさておいて、潜水艦ラハブでのひと夏の冒険を粗方語り終えたネモは大きくため息をついた。

 こんなことがあったんだよと語る程度でネモ自身の心象は全部さっぴいて言ったのだろうが、それでもかなり膨大な物語、もはや本来の目的を忘れて若い傭兵たちは聞き入っていた。

 だが、その中で開口一番マーセがきっと誰もが言いたかったことだろう台詞を言い放つ。


「お前それ失恋話でいいのか」


 失恋話で片付けていい話なのかそれは!

 ココまで来ると嘘か真か夜鳥羽の英雄も大爆笑間違いなしの冒険譚だ、ネモの性格上真実なのか虚偽なのかもよく分からないのがミソ。確かに初夏のあたりって彼の噂はあまり聞かないどころか行方不明説出てたけど、出てたけど。

 オーナーは相変わらず薄ら笑い、これ言う気がない奴だ。若い傭兵たち皆が思う、これ絶対話濁すやつだ。

 かというネモ本人はというと。


「いやだって、そのあとイデアさんラズベリーに引き抜かれて綿葉にいっちゃったし。結局俺何にも言えなかったし」

「コクってすらいなかった……!?」

「だってぇ!! キラッキラッしてんだよ!! 普通の女の子の生活でキラッキラしてるところに言えるわけねーじゃゴファッ」

「主、流石に酔いすぎだ。いい加減にしたまえ」


 今の今までずっとネモの膝の上に座っていたカラドリウス=コアが、その小さな頭をネモの顎にクリーンヒットさせる。痛そうな音と共にネモがソファに倒れ込んだ、顎痛いだのなんだの完全に撃沈してしまっている。

 よくよくみやればだいぶ酒が回っていたようだ、さてこれは本当に真偽つかなくなってしまったぞ。

 とはいってもこの場の殆どアルコールが入っているも同然なので、真実かどうかなんてわりとどうでもいいのかもしれないが。


「あれ酔ってたのか、いつもあんなテンションだから気が付かなかった。悪いことしてしまったな……」

「マーセは悪くねぇっすよ、普段と見分け付かないネモが悪い。どうしましょこれ」

「部屋に運んでくれると我は非常に助かる」

「私が運ぼう」


 名乗り出た一人の傭兵、名は確かエラ……だったか。

 彼女がネモの華奢な身体を俵のように持ち上げ、部屋まで文字通り運んでいく。いってらっしゃいと手を振ってはマーセはまたもため息をつく、あの人本当に顔に出ないんだなぁと。


「にしても面白い話だったな、マスター」

「あぁ、過去の悪魔とやらに出会うのは少し遠慮したいが」

「そうか?」


 きょとんとした顔で相棒は言う。


「既に会っているじゃないか」


 思わず体内が凍り付いたような感覚がびっしり霜のように取りついた。いやいやいや、これまでもこれからも戦う相手と言ったら傭兵かゴーストだし、眠ったんだろう、確か。

 そんな前大戦の異物なんてごろごろ出てくるわけが。

 ……まさか?


「……冗談だよな?」

「さて、どうだか」

  

 猛暑日なのに、まるでかき氷でも食べたようなキィンとした頭痛がするのはきっと気のせいだと願いたい。

 ギルド・ウェルテクス、今日も今日とて空騒ぎ中だ。

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