10:水面の夢。

 六日目、船長に呼び出された。


「急に呼びたててしまって申し訳ない、お客人」


 船長室にいつの間にかあったチェス盤のようなテーブルの対局座るギャレー船長は、どうにも以前とは全く違った人間の匂いがしてくるような印象に代わっていた。急にどうしたのだろうと疑問に思いながらも、ネモは対局につく。

 カラドは、ネモが船長の声を認識できていることを確認してから部屋を離れた。どうにもカラドはカラドでメイさんとイデアと何か約束を取り付けられたらしい、あまり個人ごとに関わらないようにしている。相手は一人だ、問題はない。


「別に構わねえけど、どうしたんだ」

「少し手が空いたので。……お客人、ボードゲームは得意でしょうか?」

「出来なくはないぜ」

「では」


 船長がチェス盤のテーブルに手をかざすと互いの駒がホログラムで現れる、駒の形からしてアーカイブゲームの中にあるイエント(チェスと似たようなもの)だろう。

 からり、ホログラムのサイコロが先攻のプレイヤー……船長を示す。

 一手、歩兵が動く。連動して二機の歩兵もまた動く。


「三つ、自分は貴方に謝らねばならないことがあるのです」


 二手、両端の騎兵が前進する。


「もう気づいているやもしれませんが」


 先攻ルールで三手目はスキップされた。

 謝罪、その単語にもしやと思いながらネモは言葉には出さず頬杖をつきながら盤上を眺める。

 視線を上げれば相変わらず機械の顔をした船長が、表情もよく分からない状態でこちらを見ていた。

 駒を進める、三手あるうちの二手は船長と同じ手順をなぞった。

 三手目、弓兵を一歩進め話を促す。

 

「一つは貴方に対し精神干渉を行い、護衛を遂行させたこと」


 船長が弓兵を二歩動かす。


「一つはそれを貴方に対し伏せたこと」


 歩兵、斜め前のマスへ。


「一つは、我々の罰に巻き込んでしまったこと」


 騎兵動かず、近衛兵前進。

 

「気が付いていたのか、俺がそれを知ったことを」

「気づいた、というよりも頃合いだと思いまして。……伏せ続けることは良くないと、自分が判断いたしました」


 淡々とした口調からはどこか悔いるような人間の息遣いを感じ取る、それが自分がそうだと思いたいからそう感じたのか、それとも本当にそうだったのかは今ではもう分からない。


「我々は罰を受けるべきだと、常々そう思っているのです」

「罰?」

「我々は……私たちは、いうなれば弾丸のようなものだったのです。──帰ることは、誰も望んでなどいなかった」


 戦地へ赴く兵士たちへ帰ってこいとは誰も言うことは出来ない、名誉のために戦う、何かの為に戦う。

 ネモにはその戦というものがよく分からないしよく知らない。

 誰かのために戦うということをしない傭兵だからか、今の夜鳥羽に戦争というものが存在していないからか。

 

「我々もそれを望むべきではなかった」


 どちらかといえば、前者に思えた。

 

「……依頼内容を更新してもいいでしょうか」

「依頼人は船長さんだ」

「そう、でしたね」


 盤上は進む。

 おそらくは、詰みを狙って。


/


「ネモさん、大丈夫ですか? ぼーっとしているようですけど……」

「あ、あぁ、わりぃ。ちょっと寝ぼけてるみてぇだ」

「寝不足ですか」

「かもな」


 午後、最後のシュミレーター訓練を終えてネモはため息をついた。

 イデアに勘付かれるぐらいには集中が途切れてしまっていたらしい、いけないいけない。カラドがやれやれだとタオルでぺしぺし叩いてくる、やめて、地味に痛いのやめて。

 そんな様子を見てイデアが笑う、海の中にいたはずなのにその笑顔だけは太陽のようである。

 ふと、彼女が「そういえば」と話を切り出した。


「ネモさんって、上に戻ったら何かするんですか?」

「とりあえず家が空き巣にあってねえか確認するな」

「え、えぇ……、そういう意味じゃないほうで。ええっと、なんていうんだっけ、やりたいこと、みたいな」

「……夢みてえなもんか?」

「そうそうそれです!」


 夢、といっても。ネモはあまりそういうことに関して口には出さない主義だった。苦し紛れに「イデアはどうなんだ」と話の矛先を方向転換させることで難を逃れようと試みる。


「朝日、というものを見てみたいです」


 そう、彼女は言った。


「ほら私ずっとここにいるじゃないですか! 空も、星も、アーカイブのデータでしか見たことがなくて……目的地につけば空が見えるって船長さんがいってたから。変……でしょうか」

「そんなことねぇよ、立派なもんじゃねえか」


 彼女はこの海の闇の中で目を覚ました、空を知らないのも当然の話だ。不思議な話だ、あたりまえのように眺めていた空の色を知らない、その感覚は創造すらも出来ない。

 今周囲に埋め尽くす水と瓦礫だけが現実、小さな世界。

 彼女は確かにトリビュートに作られたものだ。

 それでも、その言葉だけは本物のように思えた。


「ネモさんの夢はなんですか?」



 ──自分は、それすらもこの海に沈めようとしているのか。



「俺に勝てたら教えてやるよ」

「ほほう賭けですか……! 受けて立ちますよ!」



 あぁ、六日目さいごの夜が来る。

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