9:幽霊船は、未だ楽土を目指す。

 着水の衝撃によく似た痛みを思いだす、心臓が縮み上がるような握りつぶされるような圧迫感は何故と問うのに時間を要した。自分の顔の筋肉がひきつっているのを感じる、いや、特段驚いているわけではないのだ。

 まさか、という疑念はあった。ただそれが真実だとは思いたくなかっただけだ。


「トリビュートは人工物を模倣するといっただろう、人間が彼奴らを恐れた一番の理由がこれだ」


 カラドは異物の棺をこんこんと叩き、肩を竦める。船だろうがアセンだろうが、彼奴らは材料さえあればなんだって作り出してしまう。作り出せてしまう。それがトリビュートが悪魔と呼ばれる所以だとカラドは語る。

 フィクションみたいだと笑い飛ばせたらよかっただろうに、今目の前に実物がある以上は。


「人は、人工物じゃねえだろ」

「確かに人は作れない。だが、なら作れる。材料さえあればな」

「それじゃあなんだ、船長やメイさんはともかくとしても──イデアまで、そうだっていいてぇのか」

「そうだと言っているはずだが」

「っ……」


 この船に来てから精巧すぎるアンドロイドやAIを見てき過ぎた、地上の技術では失われてしまったものだが、カラドリウス=コアもまた分類上はアンドロイド。そしてコアは、少なくともそのトリビュートがいた時代には存在した。

 大地があった時代には、もうそれほどに人造人間の技術は完成されていたという仮説が実証されたというわけだ。

 否定材料はこの場にはない。

 すべてがすべて、そうだと口裏を合わせているようだ。

 まだ、まだ、認めたくはない。

 

「じゃあ、なんで俺は殺されなかったんだ」

「……。ふむ、では少し順を追って話すとしよう。我の出した答えはこうだ」



 少しここは寒いがしばし耐えよとカラドはつらつらと語り出す。

 彼女が導き出した、真相を。


 ────



 潜水艦ラハブは確かに存在していた、ラハブに乗り込みかつての人類の敵、トリビュート討伐に乗り出した。──だが討伐の結果はともかくとしても、ラハブは地上に戻ることは出来ずに沈没した。

 トリビュートからしたら極上の餌だったろう、潜水艦はただの船を造るよりも倍以上の時間と技術が必要になる。その現物となれば飢え症な彼奴等が食いつかない理由がない。


 結果的に、彼奴等は沈没したラハブに寄生し、潜水艦としての機能を模倣した。


 しかしトリビュートは「模倣」を繰り返すだけであってな、元型以上のものを作ることは原則できない。

 なぜか? コンピューターが人より賢くなることができないことと同じことよ、彼奴らの原典は結局のところ人間なのだからな。模倣を繰り返し、その数だけを増やしていく。人工物に記された記述でさえも丁寧にな。

 「目的」も、「座標」も。

 結局のところ彼奴等には模倣すべき対象にすぎんとな。


 ……トリビュートの作り出した偽ラハブは元型であるラハブに記された「故郷」を目指した。

 元型であったラハブもまた、作戦が終われば故郷に進路をとる予定だったのだろうな。

 さながら爆弾を抱えていることもしらないまま故郷に帰ろうとさ迷う亡霊船といったところか。

 だが、困ったことに航行中に資源が足りなくなってしまった。

 ──トリビュートではなくゴーストが現れたからだろうな、ゴーストは屑鉄を喰らう上動くものならなんでも襲うからな奴らは。

 そうこうしていても彼奴等の模倣した船には「帰らないという選択肢はない」。だから何をしててでも進もうとする。

 ラハブがそうであったようにな。


 そして、主と我が此処に流れ着いた。


 ────

 

「あとの流れは主でも分かるだろう?」

「……俺を護衛役に立てて、ゴーストの襲撃から身を守ろうとしたってことか」

「乗っていた元々の船長の性格か、この長い年月で多少は防衛本能が発達したのかはさておいてそういうことになるだろう。──皮肉よな、我らが人類悪として憎まれていた悪魔トリビュートに救われるとは」


 全てを模倣していく悪魔トリビュートと、それによって作られた今のラハブ。

壮大すぎて気が遠くなるような物語は物語ではなく慄然とした事実であると、カラドは言外にて告げている。

 トリビュートやあらゆることに関しての知識や見聞はカラドのほうが圧倒的に上なこともある、だが今までの付き合いでネモは知っていた。


「なぁ、だったらイデアさんや防衛隊は俺みてぇに偶然流れ着いて、同じ様に使われてたって可能性もあるんじゃねえのか?」

「主、先ほど本人から聞いたであろう? 。防衛隊はそうかもしれんが、イデアは間違いなく人間ではない」


 カラドは、事実しか言わないのだ。

 彼女は接続と演算の箱、考える材料を憶測だけで片付けるほど甘い組まれ方はしていない。

 かれこれもう五日もこの船の中にいるのだ、頭の半分が人間のままなネモよりも遥かにカラドリウスの情報収集力は高い。

 情報に関して彼女に勝てるものはいない。


「……悪い夢みてぇだ」

「事実悪い夢だ、覚めていない夢がまださ迷っているようなものだ。……主、本来我に提案する権利はないのだが主だからこそ進言する」


 た、た、た。

 カラドはネモに駆け寄りこちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「この船を地上に上げてはいけない、この方舟をたどり着かせてはいけない」


 すっと息を整えてから、愛機が告げる。

 


「我らの手で、沈めるべきだ」



 さながら最終宣告のようだなと、あぁ、笑うにも笑えない。

 ……本当に。

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