第3節 たった一人の防衛戦、開幕。

8:棺の中に眠るものは。

「なぁ、イデアさんはどれぐらい前に目覚めたんだ」

「んーと……確か三年くらい前だったかな、よく覚えてないです。でもどうして急にそんなことを?」

「なんとなくだなんとなく」


 四日目、飛ばして五日目。

 ネモとカラドは何事もなかったふりをして潜水艦ラハブに戻り依頼の続行を決めた。気になることが多すぎるのも困った話だが、ゴーストの襲撃は変わらずやってくる。もうじきにイデアも実戦に出してもいい頃だろうが、正直なところ、どちらが先になるのかは分からない。

 話を聞くなら船長なのだが、船長室から出てこないうえに行っても寝てるのでどうしたものか。

 

「あ、もしかしたらカプセルに記録が残ってるかも。見に行きましょうか!」

「えっちょっ待ってイデアさん待って待って早っ!?」

「小娘、我が主は足が遅いのだ。自重してやってくれ」

「それはそれでこころがしんどい!!」


 比較的ピンポイントで聞いてみた質問で走り出したイデアを追うと、カプセルルームとネームプレートがさげられている部屋までやってきた。

 イデアいわくコールドスリープしている他の船員が眠っている、そのせいか部屋は随分と冷え切っている。広めの部屋に横たわっている卵のような形をした箱の列とその中をためらいもなく歩くイデアの後姿は、どこかチグハグな印象を受けた。

 

「えーと確かこれ……あっ電源切れちゃってる」

「もう眠ってないしな」

「そういえばそうですね、うーんごめんなさい。いつ起きたのかやっぱり分からないです」

「まぁずっと潜水艦の中じゃ日付感覚薄れるししかたねぇって、俺も変な質問してごめんな」

「いえいえ、気にしないでください! 私も久しぶりに此処に来れて、よかったですし」


 イデアは懐かしむように船員が眠る卵を撫で、目を細める。

 この閉じている卵たちの中に人が眠っているのかと思うと、どこか怖いような不思議な気分だ。


「あっ、メイさんにお手伝いしてって言われてるんだった!」

「いってらっせ、ここは俺がしめとくからよ」

「お願いしますー!」


 思い出したようにイデアはぱたぱたと部屋の扉に向かう、一歩廊下に出たかと思ったら振り返って。


「それじゃ、行ってまいります!」


 敬礼っぽいポーズをとってまたぱたぱたと廊下を走って去っていく。

 条件反射で手を振って見送り、足音も聞こえなくなったと判断した頃。「さて」とカラドが吐息交じりにカプセルたちへと向きなおった。


「暴くか」

「カラド、まじでやんのか? 人が起きちまったら言い逃れも出来ねえぞ」

「案ずるな、我の予想通りなら何も問題はない」

 

 コールドスリープをしている連中の生死を確認すると言い出したのはカラドだった。

 ワルキューレとの会話もちゃんと聞いていたカラドは今の潜水艦ラハブに対しての考察を立てているらしく、それを確認するため、ということでこのカプセルルームに自然に入れる会話の流れを作れとネモは頼まれていたのだ。四日目の夜の時点で。

 正直なところ謎なところの多すぎる潜水艦ラハブ。しかもコールドスリープ中の中身を暴くという荒業には正直ネモも同意しかねるのだが、言ったら聞かないカラドのことだ。その予想があっていることを信じて協力しよう。


「でも制御盤がどこにあるかなんて知らねえぜ」

「必要ない」


 カラドがそう言い切り、カプセルに手を触れる。

 カプセルに急に蜘蛛の巣のような光が奔ったと思ったら、なんと勝手にそのカプセルが開き始めたじゃあないか……!?

 開いたカプセルの中身からは冷気が白い色をもって吐き出されているが、それよりも何だ何をしたんだ。


「我は接続と計算に特化しているのだ、このようなハッキング、わざわざ息を吸うことよりも容易いことよ」

「そういやそうだったな……それで、中身、は……」


 絶句。という表現が一番正しいのかもしれない。

 カプセルの中には人は眠っていなかった、確かにこれは開いても騒ぎにはならないのだろう。だがそうじゃあない、ネモ自身の頭蓋に未だ微かに残る正気が理解をするなと悲鳴を上げている。

 ガンガンと内側から開けろ開けろと脅迫でもされているような、あぁこれは自分は悲鳴を抑えているだけだ。



「何だ、これ」



 カプセルの中身は棺のような長方形の箱の形をしていた。

 ただ、その箱の形にびっちりと敷き詰められた銀色の肉のような塊を今まで見てきた名称に当てはめることは出来なかった。見たことがない、一度だって見たことはないはずだ。異物だ、異物が。

 銀色の肉の筋のようなそれは眠ったままなのか微動だにしない、だがそれでも酷く甘い腐敗臭が鼻孔をつんざく。

 あまり見ていたくないと脳が拒否をしている、目線を無理やり外しカラドのほうを向くがカラドは神妙な顔をして

「やはり予想通りだったか」と言葉を漏らす。


「どういう意味だ? こいつを、知ってるのか」

「私の記録と、主が久しい名を出しておいてくれたおかげでな」


 カラドがこちらに向きなおる。

 血の通っていない青い瞳が、じっとこちらを覗き込んでいた。



「この船は、かつての悪魔──トリビュートそのものだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます